陽だまり

「ん。いい天気!」
 屋上へのドアを開け、火原は思い切り伸びをした。
 春から初夏へ、といった今日の気候は、少し汗ばむくらいだが大変清々しい。空は晴れ渡り、風がゆるやかに雲を流している。
 あまりに穏やかな陽気なので、外で練習をしたくなって屋上へ来た。
 思ったとおり、屋上は火原を一層ご機嫌にしてくれた。
「こんな日はいい音が出せそうだ」
 どうせなら一番高い場所で練習をしよう。そう思ってさらに階段を上がりかけたところで、火原は屋上に先客がいることに気づいた。
 屋上にあるベンチに座り、俯いてる普通科の女子生徒。
 後姿なので顔はわからないけれど、火原は誰だか知っている。間違えるはずがなかった。
「……日野ちゃんだ……」
 屋上に来たら、もう一つ嬉しい事に出会えたなぁ。
 そう思ったのもつかの間、香穂子が俯いてる事が気になって、階段を昇るために上げていた足を下ろし、そのまま方向転換をした。
 もしかして、泣いてる?
 香穂子は横にヴァイオリンケースを置いたまま微動だにしない。
 不安な気持ちになった火原は、そっと香穂子に近づいた。
 自分の影が香穂子に重なるほど近づいても、香穂子は顔を上げない。膝の上に置いてある楽譜が、ゆるやかな風に少し捲れた。
 気づかないのか、そんなことはどうでもいいくらい悲しんでいるのか……?
 さっきまでのご機嫌はどこへやら。火原は自分こそ悲しそうな顔をして香穂子に声をかけた。
「あの……日野ちゃん?」
「………………」
「どうか……した?」
 悲しい事があったのなら、ぜひ自分に話してほしい。
 力になれるかわからないけれど、自分に出来る事があったらなんでもするのに。
「……日野ちゃん?」
 しかしいつまで経っても香穂子が顔を上げないので、火原はいぶかしんで香穂子の顔を覗き込んで──もし泣いていたら、表情を見られたくないだろうと思ったので今まで見なかったのだ──みた。
「……ね、寝てる……」
 覗きこんだ香穂子の表情は、安らかな寝顔だった。
 確かに冷静になって見てみると、体がかすかに舟を漕いでいたりする。
 思わず間の抜けた表情をする火原。
「うそぉ……」
 呟いた声が少し大きめに聞こえて、火原は慌てて口を抑えた。ぐっすりと寝入ってるらしい香穂子は、全然気づいていないようだったが。
(でも、泣いてるとかじゃなくて、よかった)
 自分の早とちりに気づくよりも、まずそう思って安心する火原だった。
 後ろから覗きこむ体勢だった火原は、ベンチをぐるっと回って、香穂子の正面にしゃがんだ。
 香穂子は気づかず眠りこけている。
 その寝顔を上目遣いに見上げて、火原はため息とも苦笑ともつかない吐息を洩らした。
「無防備だなぁ……」
 こうして香穂子の寝顔を見られた事はラッキーだが、ここにいるのがもし自分でなかった場合、非常に悔しい、というかもどかしいというか……。とにかくいい気分ではない。
 まぁ、いいけどね。結局は、今ここにいるのは自分なんだから。
 そんなことを考えながら、火原は香穂子の寝顔を眺めつづけていた。
 香穂子は一向に起きる様子がない。
 今起きられたらパニックになるだろうなぁ。などと思いながらも、それでもいい気がする。
 だがパニックに陥ったのは香穂子ではなく、火原の方だった。
「えっ? ……って、うわっ!」
 香穂子がいきなり前のめりに倒れてきたのだ。
 いきなりと言うよりは、今まで倒れなかった事の方が不思議かもしれないが。
「あぶっ……。セーフ」
 抱きしめるような格好で香穂子を受け止め、火原は安堵のため息をついた。
 それでも香穂子は、よく寝ている。
「あ〜びっくりした」
 突然の出来事で、自分もトランペットケースを置くので精一杯。香穂子を受け止めるというより、抱きしめるような感じになってしまったが、瞬時にそこまでできたのは賞賛に値する。
 だが本人は、受け止めるではなく抱きしめてしまった事実に赤面して、慌てて香穂子を引き離した。
「わわわっ」
 びっくりした〜。
 女の子って体小さいんだなぁ。しかも柔らかいよ。
 日頃、野郎連中とどつき合いのようなスキンシップをしている火原としては、腕の中に香穂子を迎えた感触は衝撃だったらしい。
 腕を極限まで伸ばした状態で香穂子を支えながら、火原は深呼吸して自分を落ち着けた。
 この期に及んでもまだ全然起きる様子がない香穂子が少し、恨めしい。
 どうしようかな。ずっとこのままって訳にもいかないしなぁ。
 屋上に置いてあるベンチは背もたれがないので、寝ているままの香穂子を寄りかからせる事ができない。
 かといって、呆れるくらいぐっすり眠っている香穂子を起こすのも……。
「……そうだ!」
 火原はピンと思いついて、香穂子を支えたまま隣に腰を降ろした。
 そして起こさないように気を使いながら、自分の肩へと香穂子を寄りかからせた。
「よし!」
 思ったより上手く行動ができて、火原は嬉しそうに笑った。
 もちろん香穂子は起きなかったが、寄りかからせた瞬間体重を預けてきたので、一層嬉しくなって笑った。



 ──バサッ。

 手の中の物が消失する感覚に、香穂子はふいに目を覚ました。
「……あれ?」
 私、何やってたんだっけ?
 10秒ほどぼけ〜っとした後に、唐突に香穂子は思い出した。
 そうだ、屋上で練習しようと思って、どの曲を弾こうか楽譜をめくっているうちに睡魔が襲ってきて、頭のもやもやを振り払うつもりで少しだけ目を閉じたんだ。
 昨日は小テストがあるからと勉強していて、でもセレクションも近いからとヴァイオリンの勉強もして、結局八割方徹夜状態だったから、きっと眠かったのだろう。
 あ、そうだ、落ちた楽譜を拾わなきゃ……。
 そこまで思い出すとやっと頭がすっきりし、香穂子は足元に楽譜を拾おうと身体を起こした。
「……あれ?」
 なんで体起こしたんだろ私? ってか、寄りかかる物なんてあったっけ?
 目をパチパチさせて隣を見ると、一緒のベンチに座っている火原。
「ひはっ……!?」
 どうしてここにっ!?
 香穂子は自分の顔から血の気がさーっと引くのを感じた。
(わわわわわたしっ、火原先輩の肩を枕にしてたのっ!?)
 あまりの事に体も思考回路も停止して、しばらくの間びっくりした体勢のまま固まっていた。
 それがゆっくりと溶け始めたのは、隣に座る火原もまた、寝ていたことに気づいてからだ。
 言い訳や謝罪をしなければならない相手が寝ているので、香穂子は少し落ち着きを取り戻す。
 そして一回落ち着いてしまえば、他の事を考える余裕も出てくると言うもの。
「……火原先輩、寝顔可愛い……」
 火原の寝顔を覗き込んで、香穂子は少し罰当たりな感想を洩らす。
 ところで、どうして火原先輩がここにいるんだろう? 香穂子は寝顔を眺めながら、ぼんやりと考えた。
 火原だってこの学校の生徒なんだから、校舎のどこにいても不思議ではない。
 でもどうして、寝ている自分の隣にいて、自分の枕になっていたのだろう?
「火原先輩面倒見いいしなぁ。私が寝こけるところでも見て、心配してくれたのかも」
 大当たり。
 それ以外にも不純な動機を少し含んでいたけれど、香穂子は知るよしもなかった。
 これはやはり、お礼とお詫びをしなくてはならないだろう……。香穂子はそう思った。
 でもそれをすべき相手は少し前の自分と同じく気持ちよさそうに寝ていて、起こすのがはばかられた。
 しばらくあれこれ悩んでいると、ふいに火原が自分の方へ倒れてきた。
「!?」
 さっきは自分が同じように火原を驚かせたのだとは知らない香穂子は、自分の肩に寄りかかってきた火原に、再び体と思考回路を停止させた。
 全身が心臓になってしまったかのように、鼓動を打つ音が耳にうるさい。
 対処法を見出せずに混乱している香穂子を、近くの手すりに止まった鳥が、首をかしげて見上げ、また飛んでいった。
「ど、どうしよう……」
 香穂子は周りを見回したが、こんなに気持ちのいい日だというのに、二人の他には誰もいない。
 日は大分傾いてきたものの、沈むのにはまだまだ時間がありそうだ。下校時刻も後少し先。
「ま、いっか」
 こんなおいしい思いはめったにできないし、もう少しこのままでいてもいいかもしれない。
 今なら寝ていたという理由にこじつけて、火原に寄りかかっていられるし。
「ふふっ」
 香穂子は嬉しそうに微笑んだ。
 火原の柔らかくてさらさらの髪の毛が、香穂子の頬をくすぐる。
 その感触にさらに幸せな気分になりながら、香穂子は火原に寄りかかって、もう一度目を閉じた。

 

〜 あとがき 〜
 初コルダです。舞台が学校って、色んな場所でいろんなシチュエーションで書けて、非常に楽しいです。
 そういえば、実は自分、まだコルダプレイしてないんです(爆)なので、ちょっとゲームとは違う感じになってるかもしれません。ちなみに脳内コルダは今のところ漫画テイスト。3年コンビがいいですねvv
 あ〜、ゲームがやりたいなぁ。CDドラマ的に金やん激ラブになりそうな予感なので、さっさとゲーム金やんに会いたいのに〜。でもうちにはプレ2ないんです。パソコンでやるより、コントローラー握ってやりたいタイプなので、触る事が出来るのは当分先です……とほ。

 この駄文に芭夏様がステキ挿絵をつけてくださいました〜vv→ 

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