夏祭り
土浦は少々ぼぅっとしながら、駅前の広場で人を待っていた。 そう、彼は人と待ち合わせていたのだ。 だが、待人は未だ来ない。遅い。何やってるんだ。 「ごめ〜ん! お待たせ!」 その表情がかろうじて仏頂面になる前に、待人は姿を表した。 小走りで来たらしい頬は少し上気していて、息はちょっとだけ乱れている。 香穂子は真っ直に土浦の前に来ると、パンっと両手を合わせて拝むようなポーズをした。 「ごめん! ちょっと支度に手間取っちゃって……」 駆け寄って来た香穂子に、土浦は何も言えないでいた。というのも、香穂子が浴衣を着ていて、それに驚いたのだ。 くすんだ緑の浴衣と、纏め上げられた髪が色っぽい。 「……土浦……君?」 「あ、いや……」 何も言わない土浦に、香穂子は恐る恐る上目遣いで見上げた。 土浦はごまかすように咳払いする。 初めて見た浴衣にドキリとしたなんて、恥ずかしくて言えるかよ。 祭に行くために待ち合わせたのだから、香穂子が浴衣を着ていてもなんら不思議はない。 浴衣で来ると予告を受けていた訳ではないが、これくらいは予測して当然だったのに。 内心の動揺を押し隠しつつ、土浦はわざと機嫌が悪そうな声で言った。 「自分から誘ったくせに、遅れるとはいいご身分だな、オイ」 「だからごめんってば〜。かき氷おごるから許して〜」 香穂子が困った顔で笑うのを見て、土浦もにやりと笑った。 「それと、たこ焼きで手を打ってやるよ」 無論冗談だったが、そう言って笑った土浦に、香穂子は安堵した表情を浮かべた。 「それにしても、面倒臭そうな格好してるな」 「えっ、に、似合わない?」 「そんな事言ってないだろうが。ただ、動きづらそうだと思うがな」 わざと興味なさそうな風に言うと、香穂子がえー、と抗議の声を上げた。 「そんな言い方ってなくない? 似合ってるよ、とか言えないかなぁ?」 「言えるかそんな」 「ヒドーイ!」 「あーわかったわかった。孫にも衣装だ、な!」 「なにソレ! もういい!」 香穂子は頬を膨らませて歩き出した。 土浦に背を向けた瞬間、ぽそっと呟く。 「せっかく、土浦君に見せようと思って着て来たのにな……」 土浦には見えない方に顔を向け、寂しそうに唇を尖らせた。 表情が見えなくても、香穂子の落ちた肩は誰が見ても明らか。 土浦はため息をついて、香穂子の後を追った。しょうがないヤツ、とか。手間がかかるヤツだ、とか。そんな苦笑いめいた顔を浮かべて。 「そんな顔するな。ちゃんと似合ってるよ」 ぽんっと頭に手を置かれ、香穂子は顔を上げる。 見上げた土浦は、香穂子の好きな、たまにしか見せない柔らかい笑みを浮かべていた。 つられて香穂子もえへへと笑う。 「さ、公園行こ」 照れくさそうにしながら、二人が手を繋ごうとした時だった。 「結婚してください!!」 駅前広場に男の声が響き、周りが一斉に発信元を探した。 土浦と香穂子も例に漏れず、顔を見合わせてから辺りを見回す。 目標はほどなくして見つかる。皆が同じ方向を見ているのだから、簡単であった。 「ぼ、僕と、結婚してくださいっ!」 そこには首まで真っ赤になりながら赤いバラの花束を差し出して、まさに“お願いします!”状態のサラリーマン風の男と、男の言葉と周りの視線に動揺しているOL風の女。 「こんな所でプロポーズなんて、やっるー」 思わず香穂子は呟く。 女はしばらくオロオロとしていたが、やがて頬を染めながらバラを受け取り、男に向かって微笑んだ。 同時に観衆がわっと沸き上がる。拍手と掛け声が響き渡った。 それに真っ赤な顔でお辞儀を返しながら、二人はどこかへと去っていった。 「なんかすごいもの見ちゃったよ土浦君っ!」 生で見たプロポーズに、興奮を抑え切れない香穂子。土浦の腕をバシバシ叩きながら言う。 反対に土浦はすっかり呆れかえっていた。 「なんとも古典的で恥ずかしい告白だったな……」 「なんかドラマみたいだったね!」 「ひと昔前のな」 「土浦君つまらない〜」 「つまらなくて結構。それより祭に行かないのか?」 「あっ、待ってー!」 さくさく歩き出す土浦を香穂子は慌てて後を追う。 その横に並びながら呟くように言った。 「でもいいなー。あんな風に花束もらっちゃったりなんかして……」 「あれだけデカイと、ずいぶんな荷物だよな」 「……土浦君、ロマンチックが足りなくない?」 これじゃぁロマンチックな曲が弾けないんじゃない? 上目遣いで見上げてくる香穂子に、土浦はため息をついた。 「演奏と現実は違うんだよ」 「そうかなぁ〜」 「大体あんな所でプロポーズなんて、相手の迷惑になるとか考えないか普通?」 「でも、気持ちは嬉しいよ?」 「相手にも恥ずかしい思いをさせるんだぜ? 注目の的でさ」 「でも! 周りが目に入らないくらい好きってことでしょ? 私だったら嬉しいもん!」 「好きなら相手の状況も考えるべきだと言ってる……!」 段々と声に勢いがついて、叫ぶ一歩手前で二人して我に返った。 これではなんだか、自分たちの事のようで……。 「まぁ……その……なんだ、あの人たちの事だけどな……」 わざとらしく咳払いなんかしながら、土浦は言う。その頬は少し赤い。 「そうそう、あの人たちの……ね」 同じく咳払いをしながら、こちらは肌が白い分、赤いのが丸わかりの香穂子。 それきり二人は黙ったまま、道を歩いた。 「ね……。土浦君、花束もらった事ある?」 「花束? あるわけ無いだろ、俺が」 「えっ、ピアノのコンクールとかでもらわない?」 「ああ……もらってたやつはいるが、俺は男だぞ? 男に花束贈るヤツなんかいない」 大体花束なんかもらって嬉しいものか。何の役にも立たない。 どうせなら食べられるものとかの方が、気持ちがこもってるんじゃないか? そう言う土浦に、香穂子は、 「そっかぁ〜」 ふーん、と頷いたまま、香穂子は黙った。 てっきり話が続くものだと思った土浦は、拍子抜けして香穂子を見る。 「香穂?」 「えっ?」 「続きは?」 「えっ!? あっ、終わりだよ、終わり」 話題は終わりなのかと聞いた土浦に、香穂子は驚いたような声を出した。 (……何だ? 一体何なんだ……?) 香穂子の態度が気になって、どうしていいかわからずに、土浦は香穂子を見た。 身長差のせいで、見下ろすと香穂子の後頭部しか見えない。 じっと見つめていると、視線に気付いたらしい香穂子が顔を上げた。 「何?」 「……もしかして、花束が欲しいって言いたかったんじゃないだろうな?」 「えぇっ!?」 香穂子は赤面する。 ……当たりかよ。 わかり易過ぎる反応に、土浦は心中で苦笑いした。 「い、いや、そんな事もないけど、確かに荷物になると思うし、大きな花束もらったら注目されまくりだし、欲しいとかそんなんじゃないんだけど……」 「欲しいんだな?」 「う……はい」 呆れた声で聞く土浦に、香穂子は観念したように頷いた。 「だ、だって憧れじゃない? やっぱり一度は男の人から花束とかもらってみたいっていうか……。指輪とかと一緒だよ! でも、あくまで憧れで、いいな〜って思っただけだからしてその……」 弁解するようにしゃべり続ける香穂子を制して、土浦はため息と共に一言言った。 「ここで待ってろ」 「えっ? つ、土浦君? えっ?」 置いてかれた香穂子はおろおろしながら、その場で足踏みする。 土浦はしばらくして戻ってきて、手に持った一輪のハイビスカスの花を差し出した。 「えぇっ!?」 「言っとくが、花束は無理だからな。そんな恥ずかしい事は嫌だ」 ほら後ろ向け。そう言われて、香穂子は混乱しながらも土浦に背を向けた。 土浦は香穂子のまとめて上げられている髪にハイビスカスを挿す。 ハイビスカスは髪飾りのように香穂子の髪に収まった。 「……ありがとう」 香穂子は照れながらも表情を綻ばす。 その心底嬉しそうな顔に、土浦もまた微笑んだ。 「土浦君」 「なんだ?」 「手、つないでいい?」 「ダメ」 「え〜、なんで〜」 「ダメったらダメだ。ほら、行くぞ」 「ねぇ……やっぱり花束欲しい」 「それもダメ」 「ケチー!」 「ケチで結構。……だぁ! もうくっつくな!」 腕を絡めてきた香穂子に、土浦は迷惑そうな顔をしてほどいた。 でも本当は照れているだけなのを、香穂子は知っている。 嫌だといいながら、結局は出来る限りを叶えてくれる事、知っているから。 「……プロポーズの時まで待ってろ」 ほらね。 消えそうで不機嫌な声で紡がれた言葉に、香穂子は破顔する。土浦の優しさがくすぐったい。 少し足早に歩いていってしまう土浦を、香穂子は急いで追いかけた。 隣に並んでも、もう腕はとったりしない。 でもそれ以上の温もりを、今、感じているから。 |
〜 あとがき 〜 はぁーはっはっはっ! 土浦め! 女心がわからんヤツ!(笑) ……などと思いながら書いていましたこの話。その割には香穂子さんのお願いを聞いてあげちゃうお人好しさんですね、土浦は。 つかマンガとかCDドラマとかでいつも思うことは「恥ずかしがり屋のくせにクサイ台詞を連発するヤツ」という事。 ある意味それが一番遊ばれやすい原因だと思うのだけれど(主に作者である私に) ところで、この話もある御方に捧げ奉ります。 以前お会いしたときに「ネタが一つあるんですが、天あかと土日だったらどっちがいいですか?」と聞いたらしばらく悩んで「土日」とお答えくださった某様、アナタです(笑) 暦的に夏は過ぎ去ってしまったのですが、ま、気温的にまだ「夏」と言えなくも無い……ギリギリセーフって事で……ダメですか? やっぱりアウト?(汗笑) |
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