+ 天使の羽 +

「先輩には、天使の羽、あると思いますけど」
「えっ?
 後輩であるところの志水君がいきなりそんな事を言ったので、香穂子はびっくりしてしまった。
 彼は相変わらずのマイペースで、言った事を繰り返す。
「だから、先輩には、天使の羽がありますよね」
「そ、そうかなぁ」
 なぜいきなりその話になったのかわからないけど、真面目な顔していう志水に照れて、香穂子は頬を染めた。
「そうです」
「そんなことないと思うけどな〜」
 こたえながら、香穂子はふと思い出す。そういえばさっき、天使の羽という単語を、確かに使った気がする。
 どこだっけ、と思う香穂子を知ってか知らずか志水は続けた。
「香穂先輩には、天使の羽があります。僕の髪なんかよりも」
 その言葉に、香穂子はあぁと思い出す。
 確かに「天使の羽」という言葉を言ったのは自分だ。先ほど寝癖のように跳ねていた志水の髪を直してあげた時に、確かにそう言った。志水の髪がふわふわで、天使の羽みたいだったから。
 その時からこの事をずっと考えていたのだとしたら、志水は天使の羽について30分以上考えていた事になる。
 なにげに器用だな。と香穂子は思った。だってその間、ずっとチェロを弾いていたのだから。
「そんなことないよ。志水君の方がずっと、天使みたいだって」
「そうですか?」
「うん。可愛いし、髪の毛だってふわふわだし……」
 本当にそう思ったので言ったのだが、言われた志水は複雑そうな顔をして黙った。
 高校生男子を形容する言葉として「天使」というのは、やはりちょっとまずかっただろうか? 香穂子がそう反省しかけた時、少し眉根を寄せた志水が言った。
「香穂先輩……。先輩は僕のこと、どう思ってますか?」
「ど、どうって……好きだよ」
「……僕が、弟みたいに可愛いから?」
「えっ?」
 一瞬何を言われたのかわからなかったが、少し寂しそうな顔をした志水を見て合点がいった。
 彼は自分が香穂子にとって、恋人ではなく弟のような存在なのではないかと心配しているのだ。
 志水は心細そうな瞳で香穂子を見上げている。
 香穂子は微笑んで、構えていたヴァイオリンを降ろした。
「先輩?」
 香穂子の答えを恐れながらも待っている。志水はそんな表情だった。
 静かに近づいてそっと抱きついた。
「せ、先輩?」
 志水がうろたえた声を上げる。たぶん表情は照れているだろう。彼は動じる事が少ないので、香穂子は嬉しくなった。
「私はね、志水君のこと、彼氏として好きだよ。そりゃ、私の方が年上だし、弟みたいって思うこともあるけど……。……でも、弟だったら、こんなこと、しない」
 そういって香穂子は、志水の頬にキスをした。
 近づいた拍子に二人の額がコツンと触れる。
「キス……していい?」
 悪戯っぽい表情で、香穂子は志水に問い掛けた。
 志水はコクンと頷く。その頬が上気していた。それを見て自分の鼓動も高鳴るのを感じた。きっと自分も赤い顔をしているだろう。
 大人っぽい情熱的なキスではないけれど、唇の柔らかさを覚えこむように何度もした。
 唇を離してほぅ、と息をつくと、志水が腕を回してきた。
 まだ華奢だと思うけれど、力強い腕。男の子なんだなって実感する。
「……先輩にはやっぱり、天使の羽がある……」
 まっすぐに香穂子をみつめて、志水は微笑んだ。
「先輩の一言で、僕はこんなに嬉しくなる。キス一つで、幸せになれる」
 最後に志水は、天使は幸せを運ぶものだから。と言った。
 そうして二人、笑いあう。
「あ、雪だ……」
 香穂子の背後にある窓を、上から下に白いものが通過していったのを見つけて、志水は顔をあげる。
「あ、ほんとだ。雪だ」
 香穂子も窓に視線を向けた。
 どちらともなく窓辺に寄って、天から舞い落ちる雪をながめた。
「本物の天使の羽が降ってきたね」
 どこまでも純白な雪の結晶は、天からの贈り物。
 ちらほらと降りてくる雪を見ながら、志水はポツリとつぶやいた。
「本当だ。僕のまわりは、天使の羽で溢れている」
 そう呟く横顔は、とても優しい微笑みをたたえていた。

 

〜 あとがき 〜
 志水君ってどんな子――!!……と思う気持ちは今も変わりませぬ。
 ちゃんと不思議っ子オーラが出てるといいですねぇ。
 でもわからないとか言いつつ、「天使の羽」発言が出るのは彼しかいないだろうと思ったりもしましたが。皆様のなかの志水君。どんな不思議っ子ですか?

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