+ シャンパン +
──パーン! 「メリークリスマース!」 玄関のドアを開けるなり音だけクラッカーの洗礼を受けた金澤は、いきなりの破裂音と目の前にいる人物とで思考を真っ白にした。 が、一瞬ののちに我にかえると、即座にドアを閉めにかかった。 「やっ、ちょっと!」 ドアの外の人物──香穂子は、焦ったようにドアの隙間に体をはさんだ。 「ちょっといきなりこれは無いじゃないですかっ。せっかく教え子が尋ねてきたってのに!」 「ないですかじゃないんだよ。なんだってオマエさんがここにいるんだっ」 「クリスマスを一緒に祝おうと思ってきたんですー!」 金澤はなんとかしてドアを閉めようとしていて、香穂子はそうさせまいと奮闘している。まるでドアの取り合いのようだった。 「じゃなくて、なんで俺んちを知ってるんだっての!」 「王崎先輩に聞きました」 年賀状を出したいのに教えてくれないとぼやいたら、王崎が教えてくれた。香穂子は得意げに言った。きっと時期が時期だけに、まったく怪しまれなかったことだろう。 おもわず脱力しかけて、慌ててドアを持つ手に力をこめた。その隙に香穂子が潜り込もうとしていたからだ。 「とにかくその手を離せって。回れ右っ!」 「ヤですー。いいじゃないですか中に入れてくれたってっ」 「あのな、俺は男で教師で、オマエさんは女で生徒なの」 「ならここで騒いでると周りの家に知られちゃいますよ? だから入れて〜!」 「そう思うならただちに帰れ!」 「キャー! いたいいたい潰れるー!」 それはもちろん演技なのだけど、香穂子に叫ばれて、さすがに金澤は折れた。 「……ったく、勘弁してくれよ……」 ひどく疲れた感じで迎え入れた金澤の向こうに、その人の生活空間がある。 「お邪魔しま〜す」 さっきまでの勢いはどこへやら。香穂子はどきどきしながら、玄関にあがった。しかしそこで立ち止まる。 「……何してんだ?」 玄関を一歩あがって立ち止まってしまった香穂子に、呆れたような金澤の声がかけられる。 「や、なんか……緊張して……」 「じゃ、帰るか?」 「や、やだ!」 にやにやしながらからかってくる金澤に、間髪いれず返すと、金澤は優しく苦笑した。 「まったく、仕方ないやつだな」 笑いながら、頭を軽く叩く。そしてそのままの手で、香穂子を奥へと誘ってくれた。 金澤が住んでいるのは1LDKのアパート。古いけど洋風な造りのアパートは、懐かしいような雰囲気をかもし出していた。 そして部屋の中は以外にすっきりしていて、物が少ない。 香穂子は高さのないソファに座らされ、落ちつかなげに室内をキョロキョロ見回した。 「コーヒーでいいか? インスタント」 「あ、はい。……じゃなくて、ケーキ、持ってきたんです。あとシャンメリー。一緒に食べましょう?」 香穂子はそう言って持ってきた手提げ袋をかかげてみせた。 「あ? いまから食うのか?」 今は3時を回ったところ。確かに腹がいっぱいという時間ではないけど……。 そういうと香穂子はすこし拗ねた顔して金澤を見上げ、 「だって……。本当は夜にパーティしたいんですけど、それだと絶対お家に入れてくれなかったでしょ?」 「まぁな。よくわかってるじゃないか」 にやにやわらいながら金澤。 「ま、たまにはおままごとに付き合ってやるのもいいか」 「む。そういう事いうならあげない!」 からかう金澤にいっそう拗ねた様子を見せて、香穂子が手提げを遠ざける。 年下の恋人の可愛いしぐさに苦笑しながら、金澤は香穂子のとなりに腰をおろした。 「悪いわるい。おまえさんがあんまり可愛いんで、ついからかっちまったんだって。……許してくれるよな?」 低い声で囁くように言うと、しぶしぶといった風に香穂子は手提げの中からケーキの箱を取り出した。 箱の中身はガトーショコラ。香穂子のお手製だという。 「ほぉ、おまえさん。こういうの作るの得意なのか?」 「得意じゃないよ。頑張って練習したんだもん」 何度も焼いて、土浦に味見してもらって意見を聞いたり……。 なまじお菓子の本どおりじゃなく、隠し味をいれてアレンジしたものだから、なかなか上手くいかなかった。 恥ずかしそうに失敗談を語る香穂子は、聞いている金澤がとなりで渋い顔をしているのを見て首をかしげた。 「先生?」 「土浦に食わせたのか?」 「えっ? えぇ、そりゃ味見してもらったわけだし……」 土浦も金澤も甘すぎるお菓子は苦手だから、そして料理が得意だから、適任だと思ったのだが。 「……今度からは、失敗作も全部、俺のところにもってこいよ」 憮然とした顔の金澤が言ったことがわからなくて、香穂子はますます首を傾げた。 「だから、おまえさんの手作りを、他の男に食べさせるなって言ったんだ」 ぶっきらぼうに言い放つ金澤の横顔が少し染まっているのを、香穂子は確かにみた。 「先生、焼きもち……?」 「…………悪いか?」 嬉しくておもわず笑ってしまう香穂子。 金澤は照れを隠すように香穂子の頭を小突き、キッチンへ行ってしまった。 「ほら、食うんだろ、それ?」 戻ってきたときにはいつもの金澤に戻っていて、右手には皿とフォークが2セット。左手にはワインボトルを持っていた。 「せ、先生? シャンメリーあるよ?」 「そんなもん飲めるか。アルコールでもなけりゃやってられん」 いつもの金澤に戻っていたというのはどうやら間違いだったようで、不貞腐れたように金澤はワインボトルと開けはじめた。 「ワイングラス、持ってきてくれ。キッチンの戸棚の、一番右だから」 「あ、はい」 これではどちらが年上だかわからない。 金澤の意外な一面……というか可愛い一面を見つけて、やっぱり今日来てよかったと思う香穂子だった。 ワイングラスをもって香穂子が戻ると、金澤は香穂子が持ってきたシャンメリーも開けていた。 「先生? 両方飲むの?」 不思議がって香穂子が聞く。 「こっちはローアルコール。あっちはアルコール。だからおまえさんはこっちで、俺はあっち」 「えー!」 「えーじゃない。おまえさんは未成年だろうが」 金澤が持ってきた方のワインはイタリア製のスパークリングワイン。正真正銘の酒だ。未成年である香穂子は、法律上まだ飲めないものなのだ。 「……先生はそういうところ真面目だよね」 呆れてるんだか拗ねてるんだかわからない口調で香穂子が言う。 金澤はまぁなと笑って香穂子のグラスにシャンメリーを注いだ。 「一応仮にも教育者の端くれだからな」 ついで自分のグラスにスパークリングワインを注ぐ。 アルコール度数は違えど色も発泡しているところも一緒の飲み物は、こうして見ると同じように思えた。 「んじゃ、乾杯といきますか」 片目をつむって金澤がワイングラスを掲げる。 香穂子も笑って、そのグラスに自分のグラスで触れた。 チン、と響く澄んだ音は、確かにこの日に相応しいと思った。 |
〜 あとがき 〜 お題がシャンパンなのに、シャンパン飲んでないという素敵にバカな作品。 ちなみにシャンパンとシャンメリーは違います。また、シャンパンはフランスのとある地方のワインの事ですが、イタリアのスパークリングワインはシャンパンとは呼ばないのです。 というわけで、お題をかなえてないじゃん!……と葛藤しつつも、ふ、雰囲気って事で……。 |
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