+ キャンドル +
──ピンポーン。 インターホンの音に月森が玄関に出ると、案の定香穂子が立っていた。 「やぁ、いらっしゃい」 「こっ、こんにちは!」 香穂子の声はうわずっている。笑顔を浮かべてはいるが、表情も微妙に硬い。 この家には何度か遊びに来たことがあるはず。何をそんなに緊張しているのだか、といった風に月森は首を傾げた。 「香穂子、どうした?」 「えっ、どうしも……あっ! こ、これ、ご家族の方にお土産です……っ」 ギクシャクした動きのまま、香穂子はケーキの箱らしきものが入った袋を月森に差し出した。 「あっ、ああ、ありがとう。……でも折角だか、今日は誰もいないんだ」 今日はというより今日も、というべきかもしれない。なにせこの家は家人が留守の時の方が多いのだから。 「……へっ?」 香穂子は間が抜けた声で間が抜けた表情をした。 それが面白くて、月森はついつい吹き出してしまった。 「……もしかして、それで緊張していたのか?」 外は寒いので香穂子を家の中に招きいれながら、月森はくすくすと笑った。 言われた事の意味をやっと理解したらしい香穂子が大げさなほどため息をついた。 「なんだぁ、ご両親に会ったらどうしようって、すっごい緊張しちゃったよ……言ってくれればよかったのに……」 香穂子は拗ねたように唇を尖らせる。 「それは悪かった。いつもの事だから、失念していた」 月森がご機嫌伺いのように微笑んだので、香穂子は機嫌を治すことにして、微笑んだ。 そうして、二人は軽くキスをする。 「……なんだか、やっぱり緊張する」 家族がいないにしても、彼の家の玄関でキスをするなんて……。 頬を染めて香穂子は笑ったが、突然何かを思い出したようで、あっ、と叫んだ。 「どうかしたのか?」 「ケーキ、ホールで買ってきちゃった」 家族の人がいると思ったので、結構大きめのケーキ。 「ゆっくり二人で食べよう」 何の事はないように月森は言ったけど、乙女としては素直に頷けない。 「ヤだよ。こんなに食べたら太っちゃう……」 彼氏の前では少しでも可愛くいたいと思うのは乙女として当然。 そんな香穂子が可愛らしくて、月森はリビングにエスコートしながら言った。 「なら、残りは香穂子が買ってきてくれた物だって、家族にご馳走する事にするよ」 「それはそれで……」 月森の両親に出しても大丈夫な物と、散々悩んで選んできたものだけれど、一度留守とわかってしまうと意気が挫けてしまう。 なら、俺があとで食べるよ。と月森は笑った。 「そうだ、ケーキ屋さんでオマケにキャンドルくれたの!」 「ああ、クリスマスだからかな」 ケーキの箱が入っている袋の中からキャンドルを取り出し、月森は言った。 金色でコーティングされたキャンドル。シャーペンくらいの大きさだ。 月森は物珍しげに眺めている。 「……何だか珍しそうね」 妙なところで子供っぽいしぐさをするものだと、香穂子は忍び笑いを漏らす。 月森は少し照れた表情で、誤魔化すように咳払いした。 「うちではあまりクリスマスらしいことをしないから……」 「そういえば、ツリーないね」 この時期のご家庭といえば、クリスマスツリーの一つや二つ出ていても可笑しくはないのに……。いや、二つはおかしいか。 「クリスマスはたいがい、家族全員留守にするから」 俺が小さな頃はツリーを出していたような気がするんだが……なんて、月森は言ってる。 考えてみれば音楽一家の月森家だ。この家でのクリスマスといえば、コンサートや外食ディナーというのが普通なのだろう。香穂子の家などは結構成長したとはいえ女系一家。毎年クリスマスにはささやかでも家族でパーティをする。家々にクリスマスのイメージが違って、面白い事だ。 「あっ! じゃぁキャンドル灯そうよ!」 「今からか?」 時刻は午後4時。 いくら冬は日没が早いといっても、まだ完全な闇は訪れていない。 「平気へいき。電気消せば十分暗いから。キャンドル灯しながら、ケーキ食べようよ」 二人はこれから連れ立ってコンサートに行く。コンサートで演奏される曲の事を香穂子が知りたいというので、その前に月森宅で会うこととなったのだ。 さっきは太るだの言っていたくせに、何だかんだ言いつつ月森とケーキが食べたいのだろう。香穂子はウキウキと言う。 曲のことはいいのか? と月森は思い苦笑したが、反対はしなかった。 それどころか、どこからともなくキャンドルを立てるための燭台を持ってきてくれる。 「きれー」 なかなかに立派な作りの燭台に金色のキャンドルを立てる。それはどうやら香穂子のお気に召したらしい。 お茶とケーキの用意をしてから、パチリ、と月森はリビングの電気を消した。 「火、点けま〜す」 三つのキャンドルに、順々に火が灯されていく。 小さな炎のあかりに、香穂子と月森の顔が照らし出された。 「こういうのも……いいものだな」 優しい笑顔を浮かべて月森が言う。 「でしょ? なんかキャンドルって、灯すだけでも特別な気分になるよね」 クリスマスとか、誕生日とか。特別な時に灯すイメージが強いからだろうか。 「それに……」 優しい表情のまま、月森は香穂子を見つめていた。 「君が、綺麗だ」 真っ直ぐに紡がれた言葉に、香穂子の顔が一瞬にして上気する。 照れて俯きながらも、香穂子は上目遣いて月森を見つめ返した。 「つ、月森君も、格好いいよ……いつも格好いいけど、もっと好き、って感じ……デス」 「面と言われると照れてしまうな」 香穂子に比べたら全然照れていないような表情をして、月森は言った。でもそれは、キャンドルの明かりが温かな赤だから。 どちらからともなく指を絡め合い、テーブル越しにキスを交わした。 暗いような明るいような、そんな独特の光の中でそれは、なんだが幸せになる。 「……ケーキ、食べようか」 「……ああ、そうだな」 お互い穏やかに微笑みながら、聖夜のティータイムが始まる。 揺らめくキャンドルの光が、祝福してくれているかのようだった。 |
〜 あとがき 〜 よかった……「火原が連続くしゃみして、キャンドルになかなか火が点かない」ネタやるまえに思いついて(苦笑) そうそう、うちではもうとっくにツリーを出していないです。つか気分はすでに年明けに向いてます。年賀状忙しいね。 |
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