+ もみの木 +
「香穂ちゃん! こっちこっち!」 大きなもみの木の下で、火原は香穂子に向かって大きく手を振った。 「先輩! ごめんなさい、遅れました?」 「全然! そんなことないよ、時間ぴったりだね!」 待たせてしまったかと申し訳なさそうにする香穂子に、火原は勢い良く首を振り笑う。 「……先輩嬉しそう」 その笑顔がとてつもなくゴキゲンで、香穂子は上目遣いに見上げながら悪戯っぽく言った。 火原は慌てて、照れ隠しのように頬を掻いた。しかし溢れんばかりの幸せはどうしてもにじみ出てしまって、再び笑顔になる。 「まいったなぁ。でも俺、すごく嬉しいんだ」 「何かいい事でもあったんですか?」 火原の笑顔は香穂子の一番好きなものの一つであるのだが、その笑顔のモトは何だろう? 小首を傾げて聞く香穂子に、火原は頷いた。 「俺がここにいて、君が隣にいることが嬉しいんだ。クリスマスに待ち合わせ場所で君を待っている俺と、俺を見つけて、駈けてきてくれる君!」 こういうのって、彼氏と彼女って感じがするよね〜と火原は笑った。 いかにも火原らしい幸せに、香穂子はくすくすと笑う。 「先輩かわい〜」 「あっ、可愛いって言ったな。傷つくなぁ俺〜」 からからと笑う香穂子に、火原は芝居がかった仕草で胸を押さえた。それがなお、可愛いと感じる。 「だって〜可愛いんだもん」 一向に笑いを収めない香穂子に、火原も悪戯っぽい表情で応える。 「そういうこと言う子はお仕置き!」 「きゃあ!?」 髪の毛をくしゃくしゃとされて、香穂子が悲鳴を上げる。 そんな香穂子に火原は得意げに言った。 「俺を可愛い子扱いしてるからだよ」 「もぉ〜っ!」 香穂子は頬を赤くし、少し膨れっ面をして火原をにらんだ。その顔でさえ可愛いと思うのは、恋愛フィルターのせいなんだろうか、やっぱり……? 俺の事を可愛いって思ってる、君がいけないんだよ。 だって俺、君に一人の男として見てもらえるように、頑張ってるんだから! それを知ってるのに、わざとからかうんだから。だから、君がいけないんだよ。 膨れっ面のままの香穂子に、不適な笑みを浮かべて再び火原は髪を掻き混ぜる。 「君がいけないんだよ。これは、お仕置きだからねっ」 さらさらの香穂子の髪が指に絡む感触を楽しみながら言うと、唇を尖らせた香穂子が慌てて髪を直しながら逆襲した。 「……そんな事言って、先輩こそ、私を妹みたいに扱ってません?」 「えっ!?」 どうやら香穂子は、髪をくしゃくしゃにされたのを少し怒っているらしかった。 だって、火原の前で少しでも可愛くいたいからと、頑張って髪をセットしてきたのに。 言葉さえなかったものの、香穂子の思っている事を読み取った火原は、しまったなぁと思った。 どう応えようか迷っているうちに、香穂子が勝手に先読みする。 「……やっぱり。先輩私のこと妹みたいって思ってるんでしょ」 「ち、違うよ!」 「本当ですか?」 香穂子はすねすねの声を上げる。 火原はふと真面目な顔になって、香穂子をもみの木の陰に引き寄せた。 そして香穂子にキスをする。 「……せんぱ…」 見る間に頬を朱色に染めた香穂子が、驚いた瞳で見上げてくる。 火原は香穂子の瞳を見つめ返しながら、真剣な声で言った。 「本当だよ。……妹だったら、こういう事したいとは、思わないもの。香穂ちゃんは俺の、大事な彼女だよ。妹なんかじゃない」 「先輩……」 香穂子は嬉しさと照れくささから、思わず俯いた。 「香穂ちゃん?」 「先輩……ひ、人前なんですけど」 さっきから微妙に、人の視線を感じる。 恥ずかしさで消えそうな声で、香穂子は言った。 香穂子に言われて火原はやっと、ここが駅前の広場であるのを思い出し、途端に慌てる。 「あっ、ゴメン! つ、つい。その……ゴメン、ゴメンね香穂ちゃんっ!」 わたわたと慌てる火原が、やっぱり可愛いと香穂子は思う。知らず笑いが零れてきて、くすくすと笑いだした。 そして火原の手を取り、駆け出していく。 「香穂ちゃん!?」 「先輩、逃げましょ! それに、早くいかないとカラオケ混んじゃう!」 振り返る香穂子のほほ笑みが眩しくて、火原もまた、笑みを浮かべて走りだしたのだった。 今日はクリスマス。すべての愛が祝福される日。 |
〜 あとがき 〜 クリスマスデートでカラオケオールの巻(うそ込み) 実はこの話、どうでもいい裏設定があったりする。それは次アップ予定の「約束」で明かします。 |
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