+ 私のサンタクロース +
「香穂ちゃん! ごめんね、遅れちゃって!」 香穂子はその声に振り向いて……駆け寄ってくる人物を見て驚いた。 「お、王崎先輩!?」 息をかるく弾ませて駆け寄って来たのは王崎。二人はこの公演で待ち合わせをしていた。 「ごめん。待ったよね……」 「いえ、そんなに待ってませんから……。それよりその格好……バイトか何かですか?」 目を丸くしたまま香穂子が尋ねると、王崎は苦笑いしながら自分の身を振り返った。 「ああ、これ? 今日は午前中、近くの教会でクリスマス会があって、手伝いに行ったんだけど、父兄の方に着せられちゃつて」 ヒゲと帽子はなかったが、王崎はゆったりした真っ赤な服を着ていた。つまりは、サンタクロースの衣裳だ。 なんでもあみだくじでサンタ役に当たってしまい、それで着るはめになったとか。その姿が子供達に好評すぎるくらい好評で、今の今まで離してもらえなかったのだと王崎は言った。 「時間がなくてこのまま来ちゃったんだけど。……本当にごめん。寒かったよね」 「そんな。遅れたって言っても10分くらいしか……」 非常に目立つ格好に、小さく笑いながら香穂子。 でもその10分でも、遅れた事には変わらない。 加えて香穂子が小さくくしゃみをしたので、王崎はますます表情を曇らせた。 「やっぱり、どこか室内で待ち合わせた方がよかったね……」 「でも私がここに来るって言ったんですから」 そんな事言いながらも、また一つくしゃみ。 王崎は香穂子の手を握り、歩きだした。 「せ、先輩? どこへ……?」 「一度教会に行こうよ。暖まらせてもらえるから。俺の荷物置きっぱなしだし」 彼にしては珍しく、香穂子の手を引きどんどこ歩いていく。 少し戸惑ったものの、香穂子はおとなしくついて行った。王崎の大きな手が心地よかったのもある。 5分もしないで到着した教会は、なかなか大きな教会だった。礼拝堂らしき建物と集会などに使うような建物。王崎は集会用の建物に入っていく。 途中いく人もの子供達とすれ違い、王崎は一人一人に笑顔で声をかける。 中には香穂子を指して「兄ちゃんの彼女か?」なんて聞いてくる男の子もいたけど、王崎がその子に対して大真面目に「うん、俺の大切な人」と答えるものだから、香穂子は真っ赤になってしまった。 王崎が香穂子を連れてきたのは、小さな会議室のような部屋だった。王崎のコートやカバンがあるのを見て、香穂子は控え室かな、などと考えていた。 「ここで、ちょっと待ってて」 だるまストーブの前に香穂子を座らせて、王崎は部屋を出ていった。しばらくして戻ってきたと思ったら、マグカップを両手に持っている。 「どうぞ、俺が入れたインスタントだから、あんまりおいしくないかもしれないけど」 「わっ、いただきま〜す」 穏やかな笑みを浮かべながらな王崎に、香穂子も微笑んだ。 ほろ苦いコーヒーが、香穂子の冷えた体を包み込む。 「おいしい〜」 「ごめんね。今日は遅れちゃって」 「やだ、また気にしてるんですか? 全然気にすることなんかないのに」 「でも風邪引いちゃったりしたら……」 すまなそうに言う王崎の言葉を、唇に指を当ててさえぎり、頬を染めながら香穂子は言った。 「……急いで来てくれて、嬉しかったから……」 「香穂ちゃん……」 「……それに、その衣装のまま」 香穂子の視線を追って自分の服を省みた王崎は苦笑した。 「ああ。行く時は急いでたから気づかなかったけど、結構はずかしい格好だよね」 今更ながらに照れながら笑う王崎に、香穂子はますます嬉しい気分になった。 だってそんなことも構わないほど、急いで来てくれたのだから。自分の元へ。 香穂子は自分の座っているイスを王崎の座っているイスに近づけた。 「香穂ちゃん?」 「えへへ」 本当はこの後デートで、駅前をブラつく予定だったけれど、この空間が心地よくて、急がなければ。という気持ちにならなかった。 王崎もぴと、と引っ付く香穂子を抱き寄せてくれた。 「そうだ。王崎先輩、今日も子供たちにヴァイオリン弾いたんですか?」 カバンと一緒に置かれているのは、王崎のヴァイオリンケース。 「うん。今日は特別にクリスマスソングをね」 「私も聞きたい」 「えっ? ここで?」 確認するように聞き返されるなんて、求められれば快く弾いてくれる王崎にしてはちょっと珍しい。 「うん。……だめですか?」 「その……さっき弾いた音とは違う音になるから、恥ずかしいんだけど……」 「違う音?」 王崎は困ったような、でも嫌がっているわけではなくて。その恥ずかしい訳は……。 「さっきは子供たちの為に弾いたけど、香穂ちゃんの為に弾いたら、きっと違う音になっちゃうと思うんだ」 香穂子の為に弾くヴァイオリンは、特別。 でもその音色の違いを、教会の人に気づかれちゃったら恥ずかしいでしょ? 王崎は内緒話のように声を潜めて言った。その顔が少し照れてる。 さっきは子供たちに「大切な人」なんて言ってたくせに……。 香穂子はおかしくなって、少し笑ってしまった。 「でもダメです〜! あっ、遅れたバツとして!」 「……それを言われると、弱いなぁ」 困ったような笑顔も、香穂子は大好きだった。 その困った顔をしながら、でも王崎はヴァイオリンケースを持ってきた。 「何の曲がいい?」 試しに音を出しながら、王崎が聞いてきた。 「きよしこの夜を!」 だって今の王崎先輩。サンタクロースだから。 笑ってリクエストした香穂子に、王崎は「OK」と微笑んだ。 そして室内にヴァイオリンの音色が響きだす。 いつもと同じ音色。 でもどこか、いつもと違う気持ち。 私のサンタクロースは、少しの幸せと少しの安らぎをプレゼントしてくれた。 |
〜 あとがき 〜 王崎先輩……あなた難し過ぎます……(泣) 言葉に特徴がないから、ちゃんと王崎先輩になってるか微妙です。 でもサンタ服が一番似合うのは、アナタだと思ったんだよ!(なにげに失礼発言) 月森氏では笑ってなんかくれないだろうし、土浦は照怒りするだろう。火原や志水は可愛いけど貫禄がないだろうし、柚木は……かっ、考えない事にしましょう! 先生はヤンキーサンタになりそうだから、微笑ましくないです(笑) |
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