+ 今夜君と… +
「寒くない?」 「大丈夫です。先輩は?」 「俺も大丈夫」 互いの心配をしながら、一組のカップルが歩いていく。 デートの帰りといった風で、彼の方はいくつかの紙袋と、巨大なクマのぬいぐるみを一つ持っていた。 「あ、先輩先輩! そこの公園に寄っていきません?」 彼女の誘う声に視線をむけると、ちいさな児童公園があった。 このまま足を進めても彼女のうちに送っていくだけだ。 こんなところに寄ったら体が冷えるかもしれないけど、でも、どのみち彼女の家の前で立ち話してしまうのだろうし、なら公園のベンチに座って話するのも同じかもしれない。彼氏──つまり火原はそう思って頷いた。 「いいよ、寄ろうか」 手をつないだまま、その公園に足を踏み入れた。ベンチを見つけて、仲良く座る。 「ごめんなさい、荷物持ってもらって……」 「気にしない気にしない。こういうのは男に持たせとけばいいんだって」 「ありがとうございます」 「どういたしまして。それにしても、いっぱい買っちゃったね〜」 荷物を振り返りながら、火原は言った。 「でも一番大きいのは、先輩が取ったぬいぐるみですよ?」 くすくす笑う香穂子の視線の先にはさっきまで小脇に抱えられていた巨大クマのぬいぐるみがあった。これは火原が取った、ゲーセンの戦利品である。 「俺クレーンゲーム好きでさ、あとさき考えず取っちゃうんだよねー。だから部屋に取ったのがいっぱい」 「いいなー!」 「じゃあ今度香穂ちゃんにあげるよ」 「えっホント!? やった!……って、私もらってばかりですね」 香穂子は苦笑した。じつは今日もたくさんもらってしまったのだ。ゲームの戦利品とか戦利品とか戦利品とか。 「あっ、気にしないで! むしろ押しつけちゃって、迷惑じゃない?」 「迷惑なんかじゃないですよ全然! 先輩にもらったものは、どんなものでも嬉しいし、大事……」 香穂子はそういいながら、はめている手袋に唇をよせた。これも、本日火原からもらったものである。クリスマスプレゼントとして。 そこで香穂子はふと思い出したように火原を見上げた。 「ところで先輩。私からのプレゼントは何がいいか、考えておいてくださいね」 火原からはクリスマスプレゼントをもらったというのに、実は香穂子からのプレゼントは贈っていなかった。 それはなぜかというと、ついこの間が火原の誕生日だったから、その時さんざん悩んでお揃いの帽子とマフラーをプレゼントしたのだ。 その時悩みつくしたせいでクリスマスプレゼントが浮かばず、今日デートしながら二人で探し、それでもピンとくるものがなくて、とうとう「なにか思いついたら」という事になってしまった。 カップルになって初クリスマス。なのにプレゼント無し。彼女としては非常に胸が痛い。 しかし初クリスマスであるがゆえに、適当なものは選びたくないのだ。その辺、心境が複雑である。 「香穂ちゃんからもらえるものなら、何だって嬉しいんだけど……?」 本日何度目かになるセリフを言うと、香穂子は困ったように唸った。 「う〜ん、それだとなんだか先輩に甘えちゃう感じがして……」 「いいじゃん、甘えてよ!」 「でも結局、なにプレゼントしたらいいか〜。……って、そういう先輩こそ、私に遠慮してません?」 「えっ!? してないよ?」 「本当ですか〜? 遠慮しないで欲しいもの言ってくださいね?」 「欲しいもの……」 言われた瞬間に浮かんだプレゼントを、火原はあわてて打ち消した。 が、ぶんぶん首を振る火原を見て、香穂子は火原がなにか思いついたのだとピンときてしまった。 「先輩、今なにか思いついたでしょ」 「えっ!? いっ、いや、ぜぜぜ全然?」 「うそ。顔に書いてありますよ! さぁ、白状しろ〜!」 うろたえる火原がおもしろくて、香穂子は火原にくすぐり攻撃を仕掛けた。 仕掛けたところでコートが邪魔して意味がないけど、どうやら火原には効いたらしい。必死に逃げながらも観念した。 「言う言う言いますから襲うのやめて〜」 よろしい。と香穂子は手を離す。 火原は香穂子が離れてほっとした。まったくなぁ、これで狙ってないからなぁ。 「で、何を思いついたんですか?」 「えっ、え〜っと……その……だから〜……」 「もう! 往生際がわるいですよ!」 「〜〜〜〜」 火原はかなりのあいだ言いしぶっていたが、ふと真面目な顔になって言った。 「君と……キス、したいなと思って」 「へっ?」 言われたことが予想していたものと違ったからか、香穂子が惚けた表情をする。だが次の瞬間、頬に朱をはしらせてうつむいた。 同じくらい頬に朱をのぼらせ、弁解するかのように火原がしゃべりだす。 「ほっほら、俺たち、付き合いはじめてから結構たつでしょ? いやもちろん、まだしたくないなら待つし、香穂ちゃんがイヤならしないんだけど……」 照れもあって早口にしゃべる火原。今までで一番早口かもしれない。 逆に香穂子は無言だ。かといって話したくない訳ではなくて、言葉をさがして口をパクパクさせている。 横目でちらちら向けられる視線になにを思ったのか、やがて火原はほほ笑みを浮かべて言った。 「……ごめん」 「えっ?」 「冗談だよ、忘れて」 その顔は少ししょんぽりしたようで、香穂子は慌てて言葉を探した。 しかし、口から出たのは探していた言葉とは正反対の雰囲気で……。 「こんな冗談言うなんてずるい!」 「えっ、あ、ご、ごめん」 香穂子の剣幕におもわず謝る火原。 だが香穂子はそのままの剣幕で続けた。 「私は先輩とキスしたいと思ってるのに、冗談にするなんてヒドイ!」 「……えっ?」 香穂子は今なんと言った? 自分とキスしたいと思ってる? 自分にはそう聞こえた。 言うなりプイと横をむいてしまった香穂子に、火原は恐るおそる質問した。 「あの……今のまじ?」 「まじですよ。大まじですっ」 香穂子は憤然としたまま腕組みで答えた。 「その、香穂ちゃんも、俺とキスしたいと思ってるって事はその……今キスしていい?」 「……………………」 長い沈黙のあと、香穂子はコクリと頷いた。 火原の位置からみえる香穂子の横顔は、とても真っ赤に染まっている。 「じゃぁさ、こっち向いて?」 呼ばれて、しぶしぶといった風に振り返る香穂子。でもそれは照れの裏返し。 バクバク言ってる心臓を必死でなだめながら、香穂子の顔に手を添えて顔を近づける。 距離感がつかめなくて、すぐ近くにいるのに、唇までの距離がひどく遠く思えて。 そっと目を開けると、さっきまでの自分と同じく目を閉じている香穂子がいる。火原はその表情に見とれて、動けなくなってしまった。 「……ぁ……」 自分を引き寄せる強い瞳が閉じられたその表情は、しかし開かれている時と同じ──いやそれ以上に火原を引き寄せる。 どのくらいそうしていただろうか。誰もいない公園に静寂が降りた。 このまま時間が止まってしまうのではないかと錯覚をおこしかけた時、香穂子がぱっと目を開けた。 少し怒ったような瞳に吸い込まれて動けないでいると、香穂子は火原の襟首をつかんでぐぃと引き寄る。 「ん!」 ぶつかる! そう思ったときには、柔らかな唇に受け止められていた。 一瞬ひやっとしたのは、冬の寒空の下にいるあかし。 ついで感じる温かさは、彼女が、自分が、確かにここにいるというあかしだった。 初めてのキスは、長いようで短いようで、触れ合うだけで終わった。 それでもちょっと離れて目を開けると、唇が覚えている温かさが、幸せな気持ちにさせてくれた。 『……へへっ』 なんとなく顔を見合わせて同時に笑う。なんだかくすぐったい感じだ。 「ちょっと、びっくりした」 「だって先輩、ぐずぐずしてるんだもん」 「君に見とれて、動けなくなってたんだ」 「……バカ」 「うん、そうかも。ね、もう一度してもいい?」 そういいながらも火原は、香穂子が答える前に唇を奪う。 今度はすこし長めで、角度を変えて何度もキスしあった。 それは「愛のあいさつ」で「愛の告白」で「愛のぬくもり」で……。 少し風が出てきて、二人の体をなお冷やしてゆく。 でも二人の心はきっと、とても温かいはず。 今夜君としたキス。きっと一生忘れないキスになるよ。 |
〜 あとがき 〜 最近某陰陽師くずれのなんちゃって武士のせいで、火原なんかも弱気になって困ります(笑) そうそ、この話、「今夜こそ君と」の方がふさわしい気がする今日この頃です。いやぁ、青春青春。 |
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