月 光
泰明が邸に戻ったのは、月が高くに出ているころだった。 門をくぐっても出迎える声がないことに不審を抱き、泰明は足早に自室へ向かった。 「あかね?」 そのまま邸中を探し歩く。 はたしてあかねは、中庭にいた。 階にたたずみ、月を見上げていた。 その姿があまりにも儚げで、泰明は声を掛けることをためらった。 そのまま空気に溶けて消えてしまいそうだ。 「きゃぁ!」 泰明は無言であかねに抱きついた。 「び、びっくりしたぁ。泰明さん、帰っていたんですか? お帰りなさい」 「ああ」 泰明はあかねを抱きしめたまま、離そうとしない。 「や、泰明さん。苦しいよ。離して?」 「いやだ。……離したら、お前は消えてしまう」 「……?」 少し怯えがかった泰明の声。 なぜ泰明がこんなことを言うのかはわからない。 ただ、幼い子供のような泰明の姿に、あかねは既視感を覚えた。 (そうか、小さいころの私だ) 暗闇が恐くて、一人にしないでと泣いていた自分に。 「私はここにいるよ。泰明さん」 「…………そうだったな」 あかねのその言葉に、泰明はやっと腕の力を緩めた。 相変わらずあかねを抱きしめたままであったが。 自分の小さいころには、父や母がいた。 あのときの安らぎは、今でもはっきりと覚えている。 (私は泰明さんにとっての安らぎになれるかな? ……なりたいな) 「泰明さん、どうかしたの? 抱きついてきたりして」 「あかねはもともと、この世界の者ではない」 「……うん」 「だから不安だ。いついなくなってしまうかと。 こんなところで、月など見上げていると、そのまま月に帰ってしまいそうだ」 あかねは泰明の腕の中で、すくすくと笑った。 「何がおかしい?」 少しふてくされた表情。 その仕草がますますあかねをおかしくする。 「だってその言葉、友雅さんにも言われたことあるんだもん」 「友雅と一緒……」 今度は面白くないといった表情で、あかねを見る。 「他の男の話などするな。つまらぬ」 とうとうあかねは笑い出した。 「や、泰明さんて、子供みたい」 「……そうなのか?」 「そうだよ。ふふっ、泰明さんてかわいい〜」 腕の中でころころと笑うあかねを、泰明は穏やかな気持ちで見つめていた。 「ところでなぜ月を見ていたんだ?」 「なぜって……、キレイじゃない? 月」 「あかねの方が綺麗だ」 さらりと殺し文句を言う泰明に、あかねは顔に朱を走らせた。 「もう、泰明さんってば……」 「なんだ?」 「恥ずかしいことを、さらりと言うのね。って思ったの!」 「本当のことだ。今度はあかねの方が子供みたいだな」 泰明は少し得意げに言った。 「このようなことでいちいち赤くなっているようでは、まだまだ子供の証拠だ」 顔を赤くしながら、泰明さんだけには言われたくないなぁと呟くあかね。 ついこの前までは自分は人ではないとか感情がどうのとか言ってたくせに。 ま、いっか。とあかねは話題を変えた。 「月はね、今も昔も変わらないなぁって思って見てたんだよ」 「……帰りたいのか?」 寂しそうに呟く。 その目が捨てられた子犬のようで、あかねは思わず泰明を抱きしめた。 「ううん。違うよ! 私がいたいのは、泰明さんの隣だけだよ」 「そうか」 やっぱり、好きだな。とあかねは思った。 「泰明さん。私は泰明さんの安らぎになれてるかなぁ?」 自信なさげに聞いてみる。 泰明は不思議そうにあかねを見ている。 「だ、だってさ。さっきの不安も、私が京の人間だったらそんなことないのにって……思って……」 同じ世界の人だったら良かったの? そのつぶやきは音にはならなかった。 「確かに、あかねに会わなければ、こんなに不安じゃない」 むしろ、不安という感情さえもわからなかった。 あかねは少し傷ついたような瞳を泰明に向けた。 小さく涙の浮かんだ目。 泰明はあかねを慰めるように、頬に口付けた。 そのまま目尻まで移動して、涙を舐め取った。 「だが、あかねでなければ、こんなに愛しいと思わない」 目を見開くあかね。 「ほんと?」 「ああ。あかねに会えて良かった。あかねだから愛しい」 「ふふ、嬉しい」 あかねはとびきりの笑顔を泰明に向けた。 しばし二人は、無言で月を見上げていた。 あかねはふと、泰明の髪の結び目に手を延ばした。 そのままするりと髪をほどく。 「なにをする?」 まるでいたずらをする子供をいさめるような表情。 「だって、泰明さんの髪、すっごい綺麗で好きなんだもん」 「髪が……好きなのか?」 「私が好きなのは泰明さん全部だよ。そういうんじゃなくて、綺麗な髪でいいなぁって思って」 すっごくサラサラで、羨ましいよ。 「私はあかねの髪の方が好きだ。良い香りがする」 泰明はそういって、あかねの髪に顔をうずめた。 「あ……泰明さん。くすぐったいよ」 「何か言ったか?」 聞こえているはずだが、聞こえなかったふりをする泰明。 しょうがないなぁ、とつぶやきながらあかねは、そっと泰明を抱きしめた。 「あかね……」 「何? 泰明さん」 「ずっと、私の側にいてほしい」 「私は、泰明さんがいるからここに居るんだよ」 あかねの言葉に、泰明さんはああ、とつぶやいた。 「そうだな」 月の柔らかな光が、二人を照らしていた。 |
〜あとがき〜 なんだかひんやりとした夜を書きたくなって書いたような……。 なのに単なるラブラブカップル話になってしまったような……(←バカではないので、単なるラブラブ話) しかも泰明さんてば、何故か幼児退行起こしてるし(笑) ま、それはそれでいいかな。いいよね。うん。 |
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