まだ、もう少ししてから

「神子、大丈夫か?」
 先程から、心なしかふらふらしているあかねに、泰明は尋ねた。
「大丈夫ですよ〜」
 あかねはいつもより間延びした声で答えた。
「しかし、呼吸が荒い。目が充血している。それに平衡感覚も狂っているぞ。……無理をするな」
「だ、大丈夫ですってば! そりより、鬼の、呪詛を、早く見つけなくっちゃ!」
 もう少しロマンチックに心配してほしい。などと思いながらも、あかねは勢いこんで言い返した。
 しかし息も乱れ、あきらかに熱があるときの症状である。
「では、すこし休憩を取ってから…」
「もう! 本当に、大丈…ぶ…」
 あれ? 力が……抜ける?
 唐突にあかねは揺れた。
「神子!」
 地面に向かって倒れようとしていたあかねは、急いで手を伸ばした泰明によって、ゆっくりと地面に降ろされた。
「神子! 神子!?」
「……泰明さん…………なんで揺れてるの……?」
 夏の兆しを感じる六月。音羽の滝での出来事であった。




「まったく。だから無理をするなと言った」
「ごめんなさい〜」
 布団の中から顔を半分だし、くぐもった声であかねはあやまった。
 あかねが倒れてから、まだ一刻も経っていない。
 あの後はもちろん、泰明によって有無言わさず土御門に戻り、布団の中に押し込められたのであった。
「泰明さん、ごめんなさい。せっかく呪詛の手掛かりを……」
「神子の体調が悪いのでは、話しにならない。……とにかく今は休め」
 後半は少し柔らかい口調で、泰明はあかねに言った。
 以前にはみられなかった泰明の気遣いに、あかねはくすぐったく、だが嬉しそうに頬を染めた。
「では、私は呪詛の手掛かりを見つけに、引き続き外に出てくる」
「えっ!」
 立ち上がろうとした泰明は、あかねの声にいぶかしげに振り返った。
「どうした? 神子が動けないのであれば、一人で行くしかなかろう?」
「えっ、あ……。そうですね、なんでも、ないです……」
 なんでもないと言いながらも含みのある言い方に、泰明は形の良い眉を寄せた。
「なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言え。でないとわからない」
「う〜〜」
 何度か逡巡しながらも、あかねは口を開いた。
「あの……。できたら、そばにいてほしいな〜、なんて……」
「なぜだ?」
 間髪入れずに聞いてくる泰明に、うっ、とあかねはひるむ。そしてしどろもどろになりながら言葉を紡いだ。
「いや、あの…。風邪を引いてるときって、心細くなるから、誰かにそばにいてほしいな〜。なんて思ったり、具合が悪化したときに、誰かいると便利だし、誰かとおしゃべりしてたら、退屈も感じないかな〜、って思ったり……」
 というか、好きな人に側にいて欲しい時というか……。
 最後の言葉だけ心の中でつぶやきながら、最後にあかねは最終兵器を持ち出した。
「それに、この間私の側にいたいって、言ってくれたじゃないですか」
 いつぞやの北山での件なのだが、ちょっと意味が違うかもと思いつつも、力任せにごり押しした。
「……そうか」
 あかねの説明というか、へ理屈というかを理解したのかはわからないが、とにかく泰明は再び腰を下ろした。
「では私はここにいることにしよう。だが、話をするのは体力を消耗する。とにかく一度睡眠をとることだ」
 そこまで言われては話しはできない。
 しかたなくあかねは目をつぶって寝ようとした。
 でも。
「…………」
 いきなり眠れと言われても……。
 簡単に眠れるものなら、子守歌はいらない。
 子守歌がなぜできたのかを、なんとなく理解しながらも、あかねは泰明を見つめた。
「どうした?」
 視線を感じたのか、外を見ていた泰明が振り返った。
 あかねは少し恥ずかしくなり、いっそう布団に顔をうずめながらも言った。
「あの…、手を……つないでもいいですか?」
「わかった」
 なぜか聞かれなかったことに少しびっくりして、布団から顔を出すと、
「どうした? 気を分けてやるから、早く手を貸せ」
 …………そういうことですか。
 心の中でため息をつきつつ、あかねは泰明の手を握った。
(あったかい)
 泰明の手は女の自分と違って、少し骨張っている。男の人の手だ。
 自分の方が熱があるのに、泰明の手を温かいと思うのはどうしてだろう。
(安心するからかな)
 つないでいる手から、泰明の存在を感じ、泰明のこと以外考えられなくなる。
 しかし、それはとても心地よかった。
(そういえば、最近眠れなかったな)
 泰明に言いたいことがあって、いつ言おうか、どう言おうかと悩んで、ついつい夜更かしをしてしまった。それでも昼間は普通に活動するのだから、きっと体が疲れていたのだろう。
 ついこの間、泰明は悩んでいた。自分の気持ちに戸惑い、焦り、そして怒っていた。
 そんな中で自分と話し、落ち着いた。人ならぬものと拒絶していた心の刃は鞘に収まり、人になりたいと望んで。
 自分の中にあるものを感じ、泰明は温かいとまで言ってくれた。あかねの側にいたいとも。
 あかねは泰明を好いていた。
 本当は、あのとき言うこともできたはずだ。でも言わなかった。
(なんで言わなかったんだろうなぁ、私)
 こういうことを言うのは恥ずかしいものだ。しかしあの時ならば、ノリと勢いの力を借りて言えたはずだ。
 その思いが、泰明に気持ちを打ち明けようとするあかねを、今も邪魔していたのだった。
(……眠いなぁ……)
 安心して、しだいにまどろんできたあかねは、重いまぶたを少し開けて、泰明に視線をやり、
(泰明さん、大好きです)
 そして眠りの海へと落ちていった。




 日の落ちた冷たい風に髪をあおられ、唐突にあかねは覚醒した。
(あれ?)
 一瞬“私はドコ、ここは誰”状態に陥ったが、すぐに思い出し、手を見た。
 手はつながれたままだった。
 その手を伝い、視線を上げていくと、器用に片手で本を持ちながら、黙々と目を通している泰明にぶつかった。
「……神子。起きたのか?」
 視線を感じたからか、ふと泰明が本から視線を外し、あかねに向き直った。
「あ、はい。あっ、手、ごめんなさい」
「それはかまわぬが……。少し汗をかいたか」
 あかねの額に張り付いた髪を見て、泰明は言った。
「着替えろ。そのままではまた風邪をこじらせる。私は外で待っているから」
「あ、ハイ」
 泰明は腰を上げて室の外へ向かった。
 途中、控えていた女房に声をかけ、あかねの着替えを申し付けた。
 しばらく待っていると、その女房が着替えを持って来てくれたので、あかねはようやっと布団から出て、着替え始めた。
「泰明さん」
「なんだ?」
「ずっと……ついててくれたんですね」
「ああ」
「ありがとうございます」
「なぜ礼を言う? 私は八葉として当然のことをしたまでだが」
 予想通りの答えに、あかねはくすくすと忍び笑いを漏らしながら。
「ついててくれたのが泰明さんだったから、お礼を言いたい気分になったんです」
「……そうか」
 微妙にわからないという風な口調で泰明が答える。
「わからないですか?」
「まだ少し理解できぬ。人になるのは難しいな」
「そうですね。でも一緒に頑張れば、何とかなりますよ」
 あかねは唐突に、先程悩んでいたことの意味を理解した。
 自分が泰明に思いを伝えないのは、泰明がまだ悩み続けているからだ。
 以前とは違う、しかしまだまだ大きな悩みを、まずは手助けしたいと思うからだ。
 昔のような独りぼっちの悩みはもういない。あるのは大きいけど前向きな問題。
 一緒に乗り越えられたとき、自分も人として成長できるような気がした。
(今考えついた、こじつけかもしれないけど……)
「それでも、いいですよね?」
 泰明に聞こえないようにつぶやく。
「何か言ったか?」
「いいえ! 頑張りましょうねって、言ったんですよ!」
「……そうだな」
 室の外で、泰明が微笑んだような気がした。
(いつか必ず伝えるから、それまでもう少し待っててね、私の気持ち)

 

〜 あとがき 〜
 とってもとってもお待たせしました。
 書き始めから約1ヶ月?(汗) 泰明さんがどうしてもお子様チックになっちゃって、なんども書き直した作品です。
 ううう、精進します。

BACK

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送