優しき馨り

「おや?」
 その日、仕事を終えて帰ってきた友雅を迎えたのは、いつもと違う香りだった。
 誰か来ているのかな? と思いながら、閉じた扇で御簾を押しのけ、室に入る。
「あ、友雅さん。お帰りなさい」
 いつもと同じくあかねが出迎えてくれた。他に人影はない。
 その香りは、立ち上がって寄ってきたあかねの唐衣から香ってきていた。
「香を変えたのかい?」
「わかります? 合わせ香が上手くいったんで、今日はこれにしてみたんです」
 鬼との戦いから早二年。あかねは今や、友雅の北の方になっていた。その二年の間には、京の常識を身につける為の猛勉強の数々や、あかねの身柄を巡っての藤姫と友雅の冷戦などもあったが、それはまたの話で。
 ともかく、無事婚儀を終えて、今は普通に暮らしている二人である。
「この間合わせていたやつかな?」
「そうなんですよ。そろそろ乾いたころだから、どうなったかな〜? って昼に焚いてみたら、おもいのほか良い香りになっていて……」
「君が合わせるんだから、そうそう悪い香りになったりはしないだろうに」
 嬉しそうに話すあかねに、友雅は苦笑しながら言葉を返した。
 京で香を焚く習慣があることは、龍神の神子であったときから知っていた。しかしそのときは合わせ香というものを知らなかった。それが、貴族のたしなみの一つであることも。
 現代のようにお店で買うものと思っていたあかねは、藤姫に教えられると同時にやみつきになった。まるで、現代でポプリを作っているようだ。
 ヒマだったから、というのもある。なにせ、あかねにはやることがないのである。特に貴族の奥方になってしまえば。
 外出をしないのはもちろんのこと、京の世界にはテレビの雑誌もないのに、どうやってヒマをつぶせというのか。
 ちなみに合わせ香というのは、文字通り香を合わせることで、いろいろの香料を混ぜ合わせ、自分だけの香りを作る。いってみればオリジナル香というわけだ。貴族の中には自分の香りを持っている者も多い。
 あかねはヒマなとき、ひたすら香を合わせていた。その成果か、少しは香の達人として名が通るようになっていた。
「良い香りだね」
「ありがとうございます。これね、私の世界によくある香りに近いんですよ」
「よくある香り?」
「はい。ラベンダーっていって……う〜んと、このくらいの薄紫色の花なんです」
「ほう、あかねの世界にはそのような花があったのか。この世界にもあるのかな?」
「それは……ちょっとわかりませんけど、あったらいいですね」
 そういってあかねは、少し陰りを帯びた笑顔で微笑んだ。
 現代を懐かしんでいるのだろうか。友雅はあかねの頬に手を伸ばす。
「……そうだね」
 突然、友雅はあかねの抱きついた。直衣ですっぽりとあかねを包んでしまう。
 侍従の香りが急に近くなって、あかねの心臓は早鐘を打ち始めた。
 侍従とあかねの合わせた香りが混ざり、かぐわしいハーモニーを奏でる。
「と、友雅さん!?」
「この香りは、まるであかねのようだね。甘く、安らげる香りだ。しかも元気を分けてくれる……優しい香りだね」
 艶やかな低い声を耳元で囁かれては、とても正気ではいられない。あかねは顔に朱をはしらせ、腕の中でじたばたともがいた。
 しかし友雅の腕はふりほどけない。
「と、友雅さん。とりあえず離して下さい〜!!」
「あかねは私とくっついているのが嫌なのかい?」
「そういうのじゃないんですって〜」
「なら、別にかまわないじゃないか」
 ふふふ、と微笑みながら友雅。
「友雅さん! 私が困ってるのわかって、わざとやってるでしょ!?」
「おや、ばれてしまったか」
 全然悪びれない笑みで、あかねを解放する。
 あかねはふくれながら抗議した。
「そりゃ、毎日遊ばれてれば、嫌でもわかるようになりますよ〜」
「ははは。ところで、その香りは一度きりにするのかい?」
「う〜ん。上手くできたし、懐かしい香りだから、取っておきます」
「では、名前を付けなくてはね。他にない香りだから」
 首をかしげて、あかねはちょっと考えた。どうしようかな? まさかラベンダーにするわけにいかないだろうし……。
 やがて、あかねはにっこり笑った。いいことを思いついた。
「紫優の香にします。紫に優しい……ラベンダーも紫色だし」
「しゆう……ね。いいんじゃないかな? よく合っている」
 友雅がそう言うと、あかねはとても嬉しそうに笑った。
 その笑顔を見て、友雅はいとおしさに呑み込まれた。同時に、またいたずら心が芽生えてくる。
「ふふっ、では今日は、その紫優の香を分けていただくとしようかな?」
 そういって、友雅はまたあかねに抱きついた。
「と、友雅さ〜ん。離して〜」
 やはり、遊ばれるあかねであった。

 

〜 あとがき 〜
 とある平安時代のマンガをを読んで、「香合わせ」を知りました。
 むふふ、いいなぁ。その人だけの香りって。
 文から香ってくる香りで誰からとかやってたなんて、昔の人は雅ですね〜vv
 そんなコトを考えていたので、こんな話になりました。

 

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