春  嵐

 暗雲が空を覆い強風が吹きぬける中、イノリは広い草原に立っていた。
(なんだ? この寂しい……いや、悲しい場所は)
 自分の知らないこの場所は、寂しさや悲しさ、むなしさなどの人の負の感情がただよっていた。
(この場所にいるだけなのに、なんでこんなに悲しくなるんだよ!)
 そんな場所にいながらも、どことなくこの場所が愛しい気がするのはなぜだろうか。
 ただ立ち尽くすイノリの頬に、何かが当たった。
「雨……?」
 頬を伝う雫の感触に、唐突にイノリは理解した。
(誰かが……泣いてる)
 慰めたくて、抱きしめたくて、しかしこの場所全てには届きようがなく、くやしさのあまりイノリは叫んだ。
「!!!」
 草原に吹く風は強く冷たくて、イノリは自分が何を叫んだかを理解することができなかった。




 ぱちっと目を開け、イノリは覚醒した。
「夢……か?」
 まだ太陽は昇らない。隣では姉が静かな寝息をたてていた。今は夜明け前だ。
 なんとなく頭が冴えてしまい、むくりとイノリは起きあがった。
「…………」
 このもやもやした気持ちは夢のせいだろうか? 煮え切らない思いが心に波風をたてる。
「ったく、すっきりしねぇな」
 頭を引っ掻きつつイノリは一人つぶやいた。
 そしておもむろに布団からでて、出かけるために着替えを始めた。
 最後に叫んだはずの言葉を探すために。
 そして、今度こそ守れるように。




「おいおい、天下の左大臣家の警護が、こんなざるでいいのか? 頼久は、ちゃんとあかねを守ってんだろうな?」
 藤姫の屋敷の塀を越えながら、イノリは思わずぼやいた。まだ暗いとはいえ、明け方にすんなり入れてしまった。
 あかねが寝ているはずの室方面にそっと足を向ける。
 その部屋にはあかりが灯っていた。
「あかねのやつ、起きてるのか?」
 昨日は一緒に京を散策した。疲れていないはずはないから、徹夜ということはないだろう。
 それとももう起きているだけなのか……。
 イノリが木に登ったままあれこれ思案していると、廊下を頼久が渡ってきた。手には盆を持っている。
「なんだ、た頼久のヤツ、ちゃんといるんだ」
 警護がちゃんとなされていることに安心を覚えつつ、同時に少し悔しかった。
(本当は俺が守りたいのに……)
 今はあかねを守る力が足りないこと、イノリは感じていた。
 自分はまだ子供だ。友雅は頼久のように力強くもなければ、泰明や永泉のように術に秀でているわけでもない。
 それでも、とイノリは思う。
 いつか強くなって、自分の力だけで愛しい者を守れるようになろうと。




 イノリのいるところでは聞こえなかったのだが、二言三言御簾の内と言葉を交わしたのち、頼久は去っていった。きっと辺りの巡回に戻るのだろう。
 しばらくして、そっと御簾を押しのけてあかねが姿を現した。
 夜着のまま目をこすりつつ出てきたあかねの姿は儚げで、昼に見せる光のような雰囲気は、薄布を被せたように薄らいでいた。
(やっぱり、泣いていたんだな……)
 自分には泰明や永泉のように気が読めるわけではない。なのに『今』を感じとったことを、イノリはなんとなく納得していた。
 大切なものを守りたいと願う、その力が……。
 あかねは階のふちに座り、薬湯を引き寄せながら、投げ出した足をぷらぷらさせた。
「ふう〜」
 温かい薬湯を飲んで落ち着いたか、あかねは少し呆けた顔をした。
 イノリは登っていた木を降りて、あかねに近づいた。
「あかね」
「イ、イノリ君! な、どうしたの!?こんな時間に!」
 暗闇から突然聞こえてきた声に、あかねはびっくりして薬湯の入った茶器を取り落としそうになった。
「あ、あぶな〜。セーフ」
「ったく、何やってんだよ」
 イノリは呆れた風に言った。
「イ、イノリ君が急に脅かすからじゃない!」
 あかねは反論しながらもイノリから顔を背けた。
「何そっぽ向いてんだよ?」
「う、な、なんでもないよ。気のせい気のせい」
 そう言ってうつむく。
「俺を見るのがいやなのか?」
「そんなワケないじゃない!!」
 泣き腫らした顔を見せたくなかったから背けていたのだが、心なしか寂しげなイノリの声に、あかねは慌てて否定した。
 そしてうっかり顔をイノリへ向けてしまった。
「あ」
 見るとイノリが忍び笑いをもらしている。
「ひどい! ハメたわね!」
「ったく、お前ってやつは…」
 笑いが収まると、イノリはあかねの隣に腰かけ、目を閉じさせてその上に手を置いた。
「気持ち〜い」
 イノリの手は冷たくて、その心地よさにあかねは身を任せた。
「手の冷たい人って、心が温かいんだよね」
「そうなのか?」
 少し照れたようなイノリの声。
 あかねはなんだかおかしくなって、くすくすと笑った。
「あかね」
 しばらくして、イノリはあかねに語りかけた。
「俺じゃさ、頼りないかもしれないけどよ、一人で抱え込まないでくれな。
 俺、お前のこと、八葉とか関係なくて守ってやりたい。今一番大切なヤツはお前なんだから」
 イノリはあかねを引き寄せ抱きしめた。
「イノリ君……」
「俺は友雅たちみたいに、お前の全てを抱きしめることはできねぇけど、その代わり、お前と一緒にどこまでも駆けていけるんだからな!」
 顔は見えないけど、イノリの顔が赤くなってるような気がして、あかねは微笑んだ。
「イノリ君。イノリ君はもう十分、私を抱きしめててくれてるよ」
 あかねはそっとイノリの背に手を回しながら言った。
「現に今だって来てくれたし。
 それにね、イノリ君は知らないところでいっぱいいっぱい私を助けてくれるの」
 ゆっくりと抱擁を解きながら、覚めてしまった薬湯を飲みつつあかねは続ける。
「最近怖い夢を見るの。どんな夢だかほとんど覚えてないんだけど、最後だけはちゃんと覚えてる。何かから必死に逃げてて、でも場所に迷うの。そんなとき力強い手が私を導いてくれるの。それで私の名前を呼んで……」
 あかねはイノリをじっと見つめた。
「さっき手を目に当ててくれた時わかった。あの手は、イノリ君だったんだね」
 ありがとう。
 そんな吐息のようなお礼と共に、頬に口づけられた。
 イノリが真っ赤になって頬を押さえると、あかねも頬に朱をはしらせながら、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
 イノリもなんとなくおかしくなり、二人はやっと顔を出し始めた光に中で笑いあった。
「俺、お前がいてくれたら何もいらねぇ。今は力不足だけど、いつか絶対お前を守りきれるようになるからな!」
「うん。 待ってるね」
 すがすがしい朝の香りの中、二人はもう一度笑いあった。
「よし! 今日の怨霊退治も俺を連れていけよ! 俺は強くならなきゃいけないんだからな!」
「うん。あ、たまには二人だけで行こうか」
「それいいな」
 そしてイノリは、太陽を見上げて言った。
「今日もいい天気になりそうだぜ!」
 どんな嵐も必ず晴れる。すべてを吹き飛ばした後の空気は、きっとどこまでも澄みきって、光輝いていることだろう。

 

〜あとがき〜
 今回の話は、微妙にテイストがわからないかもしれませんね。
 なにがって、書き上げた本人が改めて読んだときに訳わかんなかったから(爆)
 わかる人はわかるかもしれませんが、この作品は四神ミニアルバム・朱雀編に収録されているイノリの歌「嵐になれ」をイメージしたものです。
 しかし、あかねの心を非具象化してしまったので、ちょっとわかりにくいですね。はい、すみません。精進します。

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