桜散る

 暦の上ではすでに春。陽光のどかななごみの季節というのに、ここ案朱には不穏な気配が立ち込めていた。
 が、それは長くは続かず、今まさに、龍神の神子である元宮あかねによって清められようとしていた。
「お願い、もう京の人達を苦しめないで。私たちと一緒に京を救おうよ!」
 あかねの必死な願いが届いたのか、相手である怨霊かまいたちは浄化され、札に封印された。
「よかったぁ〜」
 札を胸に抱き締めながら、あかねはほっと息を吐いた。
「さすがだね、神子殿。怨霊を封印してしまうとはおそれいったよ。怪我はないかい?」
「はい。大丈夫です。この怨霊が封印できたのも、友雅さんが力を貸してくれたからですよ。ありがとうございます」
 友雅はふっ、と微笑んだ。
「私はおだてに弱くてね。そんなことをいうと図に乗ってしまうから、あまり言わない方がいい。それよりごらん。桜が美しい。ここはひとつ、息抜きにお花見というのはどうだい?」
 友雅に言われて、あかねは回りを見回した。
 言葉のとおり、桜が美しく咲き乱れている。来たときは軽い緊張のため、気づかなかったのだろうか。怨霊を封印し、辺りが浄化されたのも手伝って、我こそはと咲き競っているようだ。
「本当にきれい〜。……そうですね。こんなにきれいなんだし、すぐ帰っちゃうのはもったいないかも」
「そういうこと。では姫君、どうぞここへお座りください」
 あかねへ相槌をうちながら、友雅は羽織ってきた衣を地面に敷いた。
「ありがとうございます。でも、いいんですか? この着物きれいなのに……」
 申し訳なさそうに、あかね。敷物をもってくればよかった。




 仲良く二人で衣に座りながら、しばらく桜を眺めていた。
 ふいに、友雅が口ずさんだ。
「ひさかたの 光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ」
「えっ!?」
 あかねは友雅の顔を見た。
「古い歌でね。こんなにのどかな春の日なのに、どうして桜は落ち着きもなく散っていってしまうのだろう。という意味だよ。……まだ七分咲きというところかな。咲ききっていないのに、もう散り始めているからね。まったく、何をそうせいで散るものか。」
 あかねは俯きながら言った。
「知ってます……その歌。百人一首に出てくる歌ですよね」
「百人一首?」
 友雅は俯いてしまったあかねと、聞いたことのない言葉の両方を不思議に思いながら、聞き返した。
「あ、ええと……。私たちの世界に友雅さんたちが詠んだ歌を集めた歌集をカルタにして、遊ぶことがあるんですけど」
「かるた?」
「ええええぇ〜っと〜」
 焦り出しながらあかねは一生懸命、身振り手振りで説明する。焦っているため、さきほどの陰りを帯びた響きはみじんも見えなくなった。
 友雅は薄く笑いながら、あかねの話をまとめた。
「つまり……こうだね。神子殿の世界では和歌をかるたという札遊びにしたものがある。それで、かるたとは貝合わせのようなものだと……。これでいいかい?」
「は、はい。そうです」
 こころなしか息を弾ませながら、あかねは友雅の言葉を肯定した。
「神子殿の世界はなかなかおもしろいところのようだね。それで、さっきの歌のほかには、どんな歌があるんだい?」
「えっ! ええと……」
 う〜ん。こんなことなら、百人一首大会のとき、もっと真剣に覚えればよかった。そう思いながらも、一番最初に覚えた歌を呼び起こす。
「花の色は うつりにけりないたづらに わが身世にふるながめせし間に……とかかな」
「おやおや」
 友雅は目を細めてあかねを見た。
 あかねは小動物のような目で、不思議そうに友雅を見上げている。
「友雅さん。どうかしたんですか?」
「その歌までもが載っていようとはね。神子殿、この間随心院に行った時のことを覚えているかい?」
「えっ? はい、まぁ……」
 いきなり何を言い出すのだろうという風に、あかねは戸惑いながら頷いた。
「あのとき私は、若者と姫君の話をしたが……その姫君なのだよ。今神子殿があげた歌を詠んだのは」
「えっ!? じゃぁ、あの話は小野小町だったの!?」
 意外なところで話がつながり、あかねは驚いた。まさかこの世界の人と“へぇ、あれが……”という話をするとは夢にも思わなかった。
「ふ〜ん。そうだったのかぁ〜」
 現代の友達が誰も知らないような知識を手に入れ、少し頭がよくなったような気になった。ふふ、あとで天真君たちに教えてあげよう。
 このあとも、百人一首の話題は続いた。京の人との共通の話題が他にないからというのもあるが、友雅が興味をもってくれているし。
 消えそうな記憶を呼び覚まして、あかねは一生懸命話をする。こうなると現金なもので、眠かった国語の授業も楽しかったのだと再認識する。もう少しまじめに取り組めば、楽しい授業になってたかも。後悔先立たずとはこのことだ。
「それでこの歌は、覚え方が“うっかりハゲ”っていうんです」
 ほかにもね……と、はしゃいだ声であかねは言う。
 友雅はそんなあかねを横目で見ながら、口を開いた。
「帰りたいかい?」
 その瞬間、あかねの表情が凍る。しかしそれは一瞬のことで、あかねは心なしかぎこちない笑みを浮かべながら振り返った。
「や、やだなぁ。何言い出すんですか、いきなり。そんなことより、ホラ。私は京を救わないとだし……」
「私には、今の君が空元気で動いてるように見えてね。違うのかい?」
「か、帰りたいことは帰りたいですけど。今、それどころじゃないし……。そうだ、それどころじゃないんですよ。さ、早く次行きましょう!」
 と、あかねはあわてて立ち上がろうとした。
 しかし、それはかなわなかった。友雅があかねの腕をつかみ、胸元に引き寄せたからだ。侍従の香が鼻孔をくすぐる。あかねは友雅の直衣に包み込まれてしまった。
「と、友雅さん!? 離してください!!」
 あかねは友雅の腕を振りほどこうとした。しかし、友雅の腕はびくともしない。
「神子殿。話を聞きなさい」
 低く、艶やかな声で友雅はささやいた。「責めているわけではないよ。自分の世界に帰りたいと望むのは、別に悪いことではないだろう?」
「…………」
「私が言いたいのはね、我慢するなということだよ。私は前に、空元気でも笑っていれば良いことはやってくる、というようなことを言ったけれど、無理に笑えとは言っていない。悲しいときには悲しんでいいんだよ」
「そんなこと、いったって……」
 友雅の腕の中で、あかねが今にも泣き出しそうな声を上げる。
「自分の心に正直になりなさい。君はこの世界に来た日以外、一度も帰りたいと言っていない。しかし私には、心の奥で泣き叫んでいるように思えるよ」
 違うかい? と友雅はあかねに微笑みかけた。
 ふぇ、とあかねは泣き出した。
「帰りたい! 本当はとっても帰りたい!! ……お父さんやお母さんに会いたい。と、友達にだって……。だけど……だけど京を救わないと帰れないし。……ふ、藤姫やみんなにも心配かけるし……。京を救いたい気持ちは……た、確かにあるし……」
 あかねは、泣きじゃくりながら、必死に言葉を紡いだ。
「それなのに、帰りたいなんて……い、言えないし。頭グチャグチャだし……」
 友雅はあかねの頭をあやすように撫でた。
「とりあえず、泣いてしまいなさい。心の中のもやもやを涙にして、いったん出してしまいなさい。それから、落ち着いて考えれば良いのではないかな?」
 あかねは泣いた。何も考えられないくらいに。
 言葉の魔力に、友雅の優しさに、心の中の閂が崩れていくのを感じた。




「落ち着いたかな?」
「はい、ありがとうございます」
「無理に気持ちを隠そうとしなくていいのだよ。……いや、神子殿の場合、自分から隠そうとしていたのかな? だが、それではせっかくの気持ちがかわいそうだ。どんな気持ちにせよ、神子殿の一部なのだからね。」
 だから、認めてあげなくては。と友雅は言った。
 あかねはコックリと頷いた。
「もし、気持ちを認めることがつらかったら、吐き出してしまえばいい。聞くだけなら私はいくらでもお相手するよ。君がため 憂きより守らや契りこそ 露に濡れるは我が衣手よ……かな」
「えっ?」
 聞いたことのない和歌を耳にして、あかねは首をかしげた。
 友雅は魅惑の笑みを浮かべて、あかねの耳元でささやいた。
「ふふ、私以外の腕の中で泣いてはだめだよ」
 あかねは友雅が言った意味を考えた。……それって…。
 とたんにあかねの顔が朱に染まる。
「おやおや、顔が赤いね。熱でもあるのかな?」
「な、なんでもありません!!」
 あかねは慌てて否定した。……まったくもう、わかってるくせにそういう風に聞くんだもんなぁ……。
「…元気が出てきたようだね。では、そろそろ帰ろうか。ごらんよ、夕暮れの空に、桜の淡い色が映えて、何とも美しいじゃないか」
 あかねは顔を上げた。空は限りなく澄んでいた。


(あなたのために、辛いことから守ると約束します。だから泣くのは私の腕の中だけにして下さい)

 

〜あろがき〜
 今回は、ちょっと歴史的なものが入っています。たいした資料もないのに、何でこういうことするかな、私は? ……単なる桜の話になるはずだったのに………。
 ちなみに、最初に出てきた和歌「ひさかたの」は紀友則の詠んだ歌です。小野小町の話は、推測だけど多分あってると思います。友さんとの恋愛イベントで文塚の話がでてきますが、現代では小町ゆかりの塚だしね。
 あと百人一首の話。百人一首は鎌倉時代の成立です。しかもこの段階ではまだカルタになっていません。カルタになったのは江戸時代。だから、友さんたちは百人一首は知らないと思います。
 この作品は一応時代考証(らしきもの)はして作りましたが、しっかりした資料を見た訳ではありませんので、間違っているところもあるかと思います。しかしそこは、パロ小説ということで、ご容赦を。
なにはともあれ、読んで下さってありがとうございます!

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