退屈、そして……。

「じゃぁ藤姫、行ってくるね!」
 小雨の降る梅雨の日。
 あかねは元気良く藤姫に手を振って出掛けようとしていた。
「はい、神子様、お気をつけて。頼久、天真殿も神子様のことをよろしくお願いします」
「御意に」
「おう、まかせとけって」
 藤姫はもう一度あかねに向き直って言った。
「本日は小雨が降っておりますから、どうぞ、お気をつけて」
「大丈夫だよぉ、藤姫って心配性〜〜」
 あかねは明るく笑う。
「相手がお前じゃ、心配したくもなるわな……」
「あ! 天真君、ヒドイ!」
 そんなやり取りをしながら、あかねたちは京の散策にのりだして行った。
 藤姫はあかねたちの姿が門の外に消えるまで見送ってから、自分の室へと戻った。
 畳みにゆっくりと腰を下ろして、やっと一息をつく。
「……………」
 先程までがにぎやかだったため、前から良く知っているはずの静けさが一段と深い静寂に感じられる。
「神子様はいつごろお帰りになるかしら……」
 送り出したばかりだというのに、もうそのようなことを考えてしまった自分に、藤姫は赤面した。
(私ったら………)
 あかねはこの京のために頑張っている。なのに早く帰ってきて話を聞かせてくれないかと思ってしまう自分が、藤姫は情けなかった。
 そして同時に、身の回りの世話をするだけの自分を、はがゆく思う。
 自分が男だったらよかったのだろうか?
 それとも、古代の星の一族の力があればよかったのだろうか?
 力がほしいと願うばかりに、無い物ねだりとわかっていても、思考は止まることを知らない。
 なぜ自分は八葉ではないのだろう。
「そうだわ。一族の古文書の続きを読むことにしましょう」
 なにかあかねの役に立つなにかを発見できるかもしれない。
 何もできない自分でも、書物を読む時間だけはたくさんある。
 藤姫はさっそくといわんばかりに、藤原家の書物殿に足を向けた。
 そこには、母が父に娶られたときにすべてを移し、大切に保管されている星の一族の古文書がある。
 何か良い情報が得られうようにと祈りながら、藤姫は広い屋敷の中を渡っていった。




「あら………?」
 突然大きくなった雨音に顔を上げると、あたりはすでに暗くなり始めていた。
「いつのまにか時がたっていたのね」
 そうつぶやきながら、藤姫は古文書を整理し、どこまで読んだかを分かるように印をつけた。
 ため息のような深呼吸をもらす。
「雨の音って、こんなに大きなものだったかしら?」
 あかねが来てからというもの、雨の日もにぎやかで、雨音というのを久しぶりに聞いた気がする。
 にぎやかな夕刻を思い出し、くすくすと笑いながらながら、藤姫は御簾を上げて外の景色に目を向けた。
 どんよりと重い空は一面の雲で星を隠し、厚く暗いその色は、今にも落ちてきそう。
 しばらく雨音に耳を傾けながら外を見ていると、遠くの空が光ったような気がした。
「鳴神………?」
 少々脅えながら待っていたが音は聞こえず、雷だったとしても遠くのことだとわかる。
「今宵は嵐になるのかしら……」
 あかねのこと、雷のことを考えながら、藤姫は憂いを帯びた表情でため息をついた。
「神子様、どうかご無事で。早くお帰りになってください……!」
 不安な気持ちが、小さな小さな叫びとなって、藤姫の口から紡がれた。
「咲きかけの華の憂い顔というのは、じつに美しいものだねぇ」
 突然聞こえた艶やかな声に、藤姫は驚いて顔を上げた。
「友雅殿!」
 そこには友雅が立っていた。
 いつもの余裕な笑みと、飄々としたいで立ちで、ゆっくりとこちらへ向かって歩みを進めてくる。
 そしてその後ろには、自分付きの女房が困った表情をして従っているのが見えた。
「友雅殿、また直接いらっしゃいましたわね?」
 例によって案内役を待たずしてここへ来たのだろう。
 苦笑を浮かべている女房に、軽く手を挙げて下がらせながら、藤姫はため息交じりにたしなめた。
「あれほど案内を通してくださいとお願いしましたのに……」
 半ば諦めている口調だった。
「ははっ、まぁご容赦頂けないかな? 良いものが見られることもあるので、中々やめられないのだよ」
「良いもの?」
 楽しげな口調でそう語らう友雅に、藤姫は小さく首をかしげた。
 冠についている鈴が、ちりんと鳴る。
 友雅は流し目を送りながら薄くほほ笑んだ。
「咲きかけの華が放つ艶やかな香りさ。咲き競ってばかりいる華にはない、新鮮でかぐわしい香りだよ」
「?」
「貴女の表情」
「友雅殿!!」
 忍び笑いで言う友雅に、藤姫は真っ赤になって叫んだ。
 友雅が笑いを漏らすのを朱を走らせた顔でにらみながら、しばらくして本題に入った。
「……それはそうと、本日はどんなご用件ですの?」
「用件がなければ、会いに来てはいけないかな?」
 なおも戯れごとを言ってくる友雅に、藤姫は戻りかけていた顔色を再び朱に染めた。
「み、神子様ならまだお帰りになっていませんわ」 
 平静を装いつつ何とか答えたが、微妙にどもってしまった。
「おや? 君に会いに来てはいけなかった?」
「友雅殿!!」
 顔から火が出そうなほどにうろたえて叫ぶ藤姫に、友雅はからかい過ぎたかというような表情で、ようやく用件を白状した。
「神子殿のご機嫌伺いに参ったのだが、すぐそこで鷹通の屋敷の童に会ってね。使者代わりに参上したのさ。神子殿は今鷹通の屋敷にいるそうだよ。これが文」
 そう言って懐から文を取り出した。
「まぁ! そういうことはもっと早くおっしゃってください!」
 文を受け取り目を通すと、藤姫は急ぎ筆を取り簡単な返事をしたためた。
(全く。友雅殿は私をからかって楽しんでおられるのだわ)
 文を文箱に入れながら、何をするでもなく扇をもてあそんでいる友雅を盗み見た。 こちらに気づき、にっこりと笑う。
(もう……!)
 藤姫は心の中でため息をついた。
 隣の間に控えていた女房に、使いの童に渡すように言伝て、藤姫はようやく腰を落ち着けた。
「文にはなんて?」
「神子様が戦いの中で怪我をしてしまわれたのだとか。鷹通殿の屋敷が近かったので、そちらで休んでいるということでした」
「そう……」
「お怪我は大したことはないそうですけれど、神子様は大丈夫でしょうか……」
 返事に、大事を取ってそのまま屋敷でお休みくださいと書いた藤姫は、不安げにつぶやいた。
「ふふっ、運ばれた先が鷹通のところならば心配は要らないよ。明日になれば元気に帰ってくるさ」
 楽天的な友雅の口調に、藤姫はなぜか安心してうなずいた。
「はい、そうですね」
 にっこりとかわいらしい笑顔を見せた藤姫に、友雅も薄くほほ笑みを返した。




「おおかた、後ろへ下がった拍子に均衡を崩して転んだのだろう」
 楽しげに言う友雅。あかねならいかにもありそうだと笑う。
「友雅殿。そのようにおっしゃってはいけませんわ。」
「だが、あの姫ならありそうなことだと思わないかい? 我らが龍神の斎姫は、なかなかどうして奔放でいらっしゃる」
 それにはちょっと言い返せない。あかねが一人で屋敷を抜け出すのに、頭を悩ませている身としては、苦笑するしかなかった。
「だがそんなところも、陽に向かって咲き誇る向日葵みたいでいいね。願わくば、私の方に向かって咲いてほしいものだが」
 くすくすと笑いながら言う友雅の言葉は戯れのようで、しばしば藤姫を戸惑わせた。
「あの……友雅殿……?」
「なにかな?」
「友雅殿はその……。神子様を好いておられるのですか?」
 大きな瞳にたずねられて、友雅は唇のはしをゆるやかに持ち上げた。
「好きだよ。あの向日葵といると、じつに退屈しない。いつもどんな時でも、新鮮な驚きで私を楽しませてくれるよ」
「そうですか……」
 残念そうにつぶやいてから、ふと藤姫は我に返る。
(わ、私ったら、どしてこんなに残念そうな声を出しているのでしょう!?)
 うろたえていると、友雅の深い色の瞳と目が合った。
 それが一層心にさざ波を起こして、藤姫はさらにうろたえた。
(ち、違う。わ、
私は……!)
 心の中に浮かんだ考えを慌てて否定した。
「私はたしかに神子殿を好きだけれどね、“愛している”かどうかはわからないよ、ね?」
「えっ?」
 上げた声が、心なしか嬉しそうに感じるのは気のせいだろう。
 いっそ哀れななほどにうろたえる藤姫に、友雅がとどめの言葉を口にした。
 藤姫の瞳をひたっと見つめて言う。
「一緒にいて退屈しない女性は、もう一人いるのだよ。本当に可愛らしくて、私を飽きさせない女性が、ね」
「と、友雅どの……」
 真っ赤に染め上げた顔を、衣の袖で隠しながら友雅を見上げる。
 その恥じらいの様子に、友雅は我慢ができなくなり吹き出した。
 そのことに、やっと藤姫はまたからかわれたのだと気づく。
「〜〜〜〜!! 友雅殿!!」
 土御門に、つねの夜に負けるとも劣らないにぎやかな叫び声が響いた。

 

〜あとがき〜
 お、終わった?
 ねぇ、終わった?
 話完結してる?
 ストーリーとしておかしくない?
 お…………終わったんだ……!!(ばたっ←倒れる音)
 だ、だめだ私、藤姫の話は書けないかも(瀕死)だってネタが浮かばんのですよ、本当に。
 シーンやセリフの掛け合いは出てくるのに、話としてまとめられないみいです。
 今回の話は本当にストーリーに節操がないよ(泣)起承転結がないよ(泣)
 しかしなんとか企画が始まるまでに書き上げたぞ。もう私には余力が残ってません。
 と、いう訳で死ぬから。ぐはっ。

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