ケンカをしよう

「い〜い気持ち! 風が気持ちいいね」
 さらわれる髪を手で押さえ、あかねはイノリにそう言った。
「天気もいいし、静かだし。すっごいいい気分!」
 その声は、機嫌の良さに満ちあふれている。
 あかねとイノリは今日、臨海公園に来ていた。
 夏休みもまだ少し先のことなので、公園は広い割にあまり人がいなかった。
「ね、イノリ君!」
 イノリの方に向き直って、同意を求めるあかね。
 イノリはまぶしそうに目を細めた。
 京からこの異世界にきて早2年。いまではすっかり見慣れたはずの顔なのに、あかねのはつらつとした表情は、いつもイノリをどきりとさせる。
「? どうしたの?」
 不思議そうにのぞき込む顔。それにもまた、心躍る。
 イノリはにかっと笑って、
「いや、なんでもねぇ。いい天気だな!」
 先程まで二人は浜辺で遊び、そして昼食を食べた。
 今は食休みを兼ねた休憩である。
 木陰のベンチには爽やかな風が吹いていた。
「今度、天真君たちも誘って、みんなで来よう?」
「そうだな、それいいな。泳ぎてぇ」
「ここは海水浴ができるようなところじゃないけど、水遊びならできるよ。ビーチボール持って来て遊ぼうね」
「おう!」
 その時、強めの風が二人に吹きつけ、あかねは頭を押さえた。
「やだ、髪の毛がぐしゃぐしゃ〜」
 そうつぶやく割りには乱れたところはあまりなく、優しく戻った風に、あかねの髪はかろやかに踊った。
「イノリ君? どうしたの〜?」
 一連のしぐさにまたしても見とれていたイノリは、あかねの声に我に返り、なんでもないと答えた。
「あかねの髪って、きれいだな」
「えっ、そう?」
 素直な感想を口にするイノリに、あかねは照れたようにはにかんだ。
「ああ、すっげぇさらさらしてて、姉ちゃんみたいだ」
 姉ちゃんも、すっげぇきれいな髪してたんだぜ、と嬉しそうに言うイノリに、あかねは表情を強ばらせた。
「ん? どうした、あかね?」
 今度は自分がどうしたんだと聞く番だなと、心の片隅で思いながら、イノリは固まっているあかねに声をかけた。
「ふ〜ん、そう。それは良かったね」
 返ってきたあかねの声は堅く、不機嫌なものに変わっていた。
 先程までは機嫌のいい声で風が気持ちいとか言っていたのに。
「どうした? 気分でも悪いのか?」
「別に……」
 具合が悪いのかと心配するイノリに、あかねはつっけんどんに答えた。
「イノリ君には関係ないよ」
「な、なんだよその言い方。心配してやってるのに!」
 訳が分からないうちに不機嫌になられた上冷たく言い離されて、イノリはつい怒鳴ってしまった。
 あ、と思ったときにはすでにおそし。あかねはうつむいてしまった。
「あ、わりぃ。怒鳴っちまって……」
 慌ててあやまったが、あかねはうつむいたままで言った。
「………今日はもう……帰ろうか……」
「俺が悪かったってば、ごめん。まだメシ食ったばっかじゃん。気を取り直して遊ぼうぜ、な!」
 陽気に言ったが、あかねは首を縦に振らなかった。
「ごめん……帰る……」
「あ、おい、あかね!」
 立ち上がって、小走りに歩きだしたあかね。
「あかねってば、おい!」
 イノリは慌ててあかねの後を追った。
 荷物を持とうと言っても返事をせず、イノリは引ったくるようにして昼食を入れていたバックを持った。
 家まで送る道中、あかねは一言もしゃべらなかった。
 別れ際に持っていたバックを返したとき、小さく「ありがとう」と言っただけだった。
「ったく……女ってわかんねぇ……」
 閉まってしまったあかねの家のドアを見つめ、イノリは少々情けなさそうにつぶやいたのだった。




「あかねちゃん、遅いねぇ」
 弁当箱をひざに乗せ、詩紋はつぶやいた。
 ここはあかねたちの通う高校の屋上。あかねたちは晴れた日にここで弁当を食べるのがつねだった。
 もとは学年の違うあかねとイノリが、一緒に昼食を食べるためにと始めたのだが、今はそれに天真、詩紋、ランが加わって、にぎやかに過ごしていた。
「そうだね、先食べちゃおうか」
 同じく弁当をひざに乗せたランが言う。
 昼休みが始まって10分経っているので、へたに待っていると昼食を終えることができなくなってしまう。
「あ、天真先輩」
 そのとき購買でパンを買ってきた天真が姿を現した。
「あれ、あかねのヤツ、やっぱ来てねぇんだ」
「? あかねちゃん来ないの?」
「たぶんな、俺が教室を出るとき、クラスの女と机並べて話してたぜ」
 天真とあかねは同じクラスだ。
「なぁんだ〜。それならそうと言ってくれればいいのに」
 ランがつぶやく。
「イノリ君は知らなかったの?」
 さっきから黙っているイノリに、詩紋は聞いた。
 あかねが昼食を違うとことで取るなら、イノリは知っていても不思議ではないというのに。
「………知らなかった…………」
 イノリはぶっきらぼうに言った。
「あ、そうなんだ……」
 その言葉の中に、小さな寂しさを感じ取って、一行は黙ってしまった。
 イノリは黙って弁当を開けると、静かに食べ始めた。
「ま、まぁ、こういうときもたまにはあるわよ、ね」
 ランがフォローのように言い、あかねを除いたメンバーは食事を取り始めた。




「あかねちゃん、今日も……来ないね」
 あかねが屋上に来なくなって3日目。
 別に雨が降るとかいうこともなく梅雨も終わったこの時期は、すがすがしいまでに晴れているというのに。
 しかも昼食に来ないだけではない。休み時間や放課後も、あまり姿を見せないのだ。放課後は必ずイノリを待っていたのに。
 明らかに、一行を避けている。
「イノリ君。なんかあったの?」
 ケンカでもしたのかと問うランに、イノリは苦しい表情で首をかしげて言った。
「それが……わからねぇんだ」
「心当たりとか、全然ないの?」
「いや、心当たりは十分すぎるほど…あるんだけどよ」
 そこでイノリは、やっと天真たちにこの間のことを話した。
「突然不機嫌になって……。オレ、具合が悪いのかと思ったんだ。だけとつっけんどんに関係ないって言われて………つい、怒鳴っちまった」
 取り返しのつかないことをしたと言うふうなイノリに、詩紋は肩に手をかけて慰めた。
「大丈夫だよ。そのくらいで怒るあかねちゃんじゃないよ。ちゃんと誤れば大丈夫だよ、きっと」
「そうかな………」
「天真先輩!?」
 せっかく慰めているのにちゃちゃを入れる天真に、詩紋は非難の声を上げた。
「あかねちゃんは優しい子だよ! こんな事でいつまでも怒るような子じゃないよ!」
「だからこそ、おかしいと思わないか?」
「えっ?」
 詩紋の言う通り、あかねは優しい。そのようなことでいつまでも怒るような人物ではないはずだ。
 ましてイノリの話を聞いた限りでは、イノリは怒鳴って閉まった後すぐに誤っているのだ。
「た、確かに………」
 言われてみればおかしい。
「……あの日……だったりして………」
 ランは人知れずつぶやいた。
「えっ? 何か言った?」
「ううん!」
 詩紋に聞かれ、ランはあわてて首を振った。
「まぁ、もうしばらくそっとしておいたら? あかねちゃんも何か考えがあるかもしれないし。機会があったらちょっと探ってみるから」
 結局、今の状況下ではいくら考えてもわからないと判断し、ランの一言でこの件はひとまず保留になった。




「ねぇあかねちゃん。今日買い物に行かない?」
 ランがそうあかねに誘いかけたのは、4時間目前の休み時間の事だった。
 あかねが屋上に来なくなってちょうど6日目のこと。今日は土曜日だった。
「えっ……、買い物……?」
「そっ、今年の水着見に行こうよ〜」
「でも……」
 あかねはちらりと天真へ目を向けた。
 天真は違うクラスメイトと話をしていて、こちらにはちょうど背を向けていた。
 その視線に意味に気づいたランは、先手を打って断った。
「残念だけど、荷物持ちはいないわよ」
「えっ?」
 いつも寄り道するときはみんな一緒。てっきり天真や詩紋、そしてイノリが同行するものと思っていたあかねは、意外そうに声を上げた。
「だってぇ、女性水着売り場にお兄ちゃんたち連れて行ったら目立っちゃうし、第一恥ずかしいって、あっちから拒否権発動するわよ、きっと」
 荷物持ちはほしくとも、場所が場所だけに連れて行けないだろうと、残念そうにランは言った。
「そっか………」
 たしかにそうである。
 ここ最近イノリと顔を合わせることを拒んでいたあかねにとって、連れて行けない理由があるというのは、とてもありがたく響いた。
 まぁ、そう思ってもらえるようにランがお膳立てしたのだけれど。
「ねぇ、行こうよ〜」
「……そうだね。行こうかな」
 重ねて誘うランに、あかねはやっと笑顔を浮かべて承諾したのだった。




 授業が終わって解散した後、あかねとランは学校の近くの繁華街に出て、まずは戦闘前の昼食を取っていた。
 あかねはどんな水着があるかと楽しげに話すランに、おそるおそると聞いた。
「…………ねぇ、理由……聞かないの?」
 何の理由。とはあかねは言わなかったが、ランにはもちろん伝わった。
 きょとんとして答える。
「何で? あかねちゃんとイノリ君の問題なんでしょ? 私関係ないよ?」
 コーラをすすりながら続ける。
「私は基本的に、彼氏と彼女のことは他人が口挟んでも解決しないと思ってるし、恋人同士のケンカなんてめずらしくもなんともないし」
「ランちゃん……」
あっけらかんと話すランに、あかねは何と言ったらいいかを考えあぐねているようだ。
「ま、聞いてほしいのなら話しは別だけどね。結局他人ができることって話聞くだけだからさ。決めるのは当人たちよ。と、言う訳で何? 話したいんでしょ?」
 そういってランはにんまり笑った。
「もう、ランちゃんってばいじわる〜〜」
 最初にズバズバ言っていたことはフェイント。結局は話を聞こうとしていたランに、あかねは情けない声を出して抗議した。
 だが、あかねはなんだかんだ言いつつも口を開いた。
「あのね……」
 ところが話し始めたはいいが、にぎやかなファーストフードの店は真剣な悩みを相談するにはいささかにぎやかすぎて、どうやって話すべきかの考えがまとまらない。
 あかねは再び口を閉ざしてしまった。
 ランもそれが分かったのか、どうしたものかとため息をつく。
「う〜ん。あかねちゃん、今日ウチ泊まらない? 今日は親いないし、ゆっくり話せると思うけど?」
 ランの申し出は大変ありがたいものだったので、あかねはそくざに頷いた。
「よし決まり。じゃ、買い物して気分転換してから、夜は重大会議とまいりましょうか」
 おどけて言って立ち上がるランに、あかねも食べ終わったトレイを持って立ち上がった。




「さて、重大会議を始めましょうか」
「重大会議って………」
 妙にまじめくさった顔でランが言うので、あかねは思わず苦笑してしまった。
 食事もふろも終わり、あとは寝るだけというこの時間。
 ランの部屋にはもちろん女二人きりで、腹を割って話すには持って来いの雰囲気だった。
「バカなコメントに反応できるなら大丈夫ね。で、何があったの?」
 苦笑とはいえほほ笑んだあかねに、ランは不適に笑って促した。
 あかねは臨海公園に遊びに行った日のことを、少々かい摘まんで話をした。
「なるほどね〜〜」
 さすがは女同士。ランはあかねの話を聞いただけで、あかねが何を悩んでいるのかの見当がついたらしい。
「つまりは、お姉さんにや気持ちやいたんだ」
「………そおです」
 すこし呆れて言うランに、あかねは恐縮しながら頷いた。
「でもさ、そんなことならここまで避けなくてもいいんじゃない?」
「それだけじゃ……ないんだ」
 あかねは悲しそうに続けた。
「確かに、それだけなら私もこんなことしなかった。イノリ君と離れていたい訳じゃないもの。…だけど、私自分が嫌いになっちゃって……」
 イノリが自分のことを好いてくれているのは、十分分かっている。
 だから、くだらないことでや気持ちをやいた、醜い姿をイノリの前に出したくなかった。
「もし、何かのときに同じようなことが起こって、お姉さんの悪口とか言っちゃったらどうしようと思って。小さなことに脅えて、余裕のない自分をぶつけちゃうのがイヤで……」
 言いながら、涙が流れてきた。
 一番言いたくない「嫌い」という言葉がでやしないだろうかと、あかねは脅えていた。
だからこそ、避けていた。
「あかねちゃん……」
 ランはしゃくりあげるあかねの背を優しく撫でながら言った。
「ね、一息つこうか。紅茶でも飲んで、少し落ち着こう? 落ち着いてからじゃないと、言い解決策は思いつかないわ」
 優しく言い聞かせるようなランの言葉に、あかねは声もなく頷いた。
 じゃ、待っててねと立ち上がるランを見送ろうとして、あかねは愕然としてしまった。
 ランが開けた自室のドアから、男3人が転がってきたから。




「ちっ、よく聞こえねぇな」
 妹の部屋のドアに耳をつけながら、天真はぼやく。
「先輩、大きな声出すとバレますよ」
 同じく耳をつけながら、詩紋がたしねまる。
「………」
 そして最後の一人――イノリは他の二人と同じようにドアに耳をつけながら、真剣な表情で聞き耳を立てている。
 夕方にランから友達を連れて帰ると電話があってから、天真は急いでイノリと詩紋を呼んだ。
 ランはあかねを連れていくとは言わなかったが、状況から考えてまず間違いないだろうと、二人を呼んだのだった。
 案の定あかねが泊まりにやってきて、いよいよ女同士の密談が始まるのを察し、あかねがイノリを避けている理由を盗み聞きするべく、こうしてランの部屋の前にいる訳だった。

「イノリ君は私を心配してくれたのに。私はバカなことを、たくさん考えてた」

 ランに胸の内を打ち明けるあかねの声を聞きながら、イノリは複雑な思いに駆られていた。
 どうすればあかねをほほ笑ませることができるだろう。
 イノリの思考の見えない表情をどう取ったのか、詩紋が安心させるように言ってきた。
「とりあえずはよかったね。あかねちゃん、怒鳴ったこと怒ってるわけじゃないみたいだよ」
「…ああ……」
「ったく、女は難しい世な〜」
 いつも妹にいいように使われているだけあって、天真の言葉は重々しく響いた。

「ね、一息つこうか。紅茶でも飲んで、少し落ち着こう?」

「や、やべっ」
 ランの声が聞こえてきて、3人は焦った。
「はやく隠れろ!」
「隠れろったって……!」
「とにかくここを離れないと……」
「イテッ、詩紋足踏むなよ〜」
「ご、ごめんなさい先輩……あっ、イノリ君あぶないよ!」
「だ、だってよ!」
 3人が扉の前でドタバタしていると、間を置かずしてドアが開かれた。
『うわぁ!!』
 結局、ドアに寄りかかって聞き耳を立てていたため、内側に開かれたドアと一緒に倒れる羽目になった。
「お兄ちゃん!? それに詩紋君イノリ君!?」
 心底驚いてランが声を上げる。
 あかねも声が出ないほど驚いていた。
 一瞬全員が固まり、一時の静寂が降りた。
「…………………………よ、よぉ」
 一番下で仰向けに押し潰されている天真は、妹と目が合って、バツの悪そうな苦笑を浮かべながら、とりあえず手を挙げてみた。
「お兄ちゃん!!!!」
 その次の瞬間、両親不在の森村家に、ランの怒鳴り声が響いた。




――カチ カチ カチ カチ……

 時計の秒針が時を刻む音だけが響く中、あかねとイノリは互いにひたすら黙っていた。
 結局あのあと、ある意味キレたランに、どうせなら決着をつけてこいとあかねとイノリは居間に押し込められた。
 イノリはリビングテーブルに腰掛け、あかねはイノリから少し離れたソファに身を沈ませていた。
 あいかわらず二人とも口を開かず、時間だけが経過していく。




「じれったいなぁ」
 リビングの隣の和室で、ランは苛立たしげにつぶやいた。
 先ほどはあんなに怒ったくせに、今は自ら聞き耳を立てているランだった。
「大丈夫ですかね、二人とも……」
 ランと同じようにして聞き耳を立てている詩紋が言った。
「大丈夫でしょ。さっきのあかねちゃんの気持ち、ちゃんと聞こえてたでしょ?」
「ああ……聞こえた……」
 例にもれず聞き耳を立てている天真が、小さな声でランの言葉を肯定した。
「しっかし、さっきから15分も黙ったままなんて、仲直りする気ないのかしら、二人とも? この状況なんだから、腹くくりなさいよねぇ〜」
「お前じゃないんだからムリだよ」
「何か言った?」
「いえ、別に」
 さりげに突っ込むことができても、ヘビの一睨みで返された天真は、気弱な声で弁解してから押し黙った。




「あ、あのよ」
 このまま時が止まったままかと思えた時、初めてイノリが口を開いた。
「その、ごめんな、あかね」
「なんでイノリ君があやまるの? 悪いのは私じゃない!」
 あかねは叫んだ。
 その叫びをきっかけにして、あかねは堰を切ったように話し始めた。
「せっかくイノリ君がきれいな髪だって言ってくれたのに、バカなことにや気持ちやいたのは私だよ! 心配してくれたのに、嫌な態度取ったのは私! 先にあやまられちゃうと、あ…、あやまれなくなっちゃうじゃない!!」
 言うだけ言って、あかねは手で顔を隠して泣いてしまった。
 イノリは小さくほほ笑んで、あかねに近寄ると肩を抱いた。
「ご、ごめんなさい……」
 小さな消えそうな声であかねが言い、イノリは、そんなあかねの頭を安心させるようにたたいた。
 イノリの優しさに包まれて、あかねはイノリの胸に頭をつけて泣いた。
 泣きながら何度もあやまるあかねに、イノリは一つ一つ頷いた。
「さぁ、そろそろ笑ってくれよ。オレ、あかねのそんな顔見たくねぇんだ。あかねにはいつも笑っていてほしい。その為に守るって決めたんだからよ」
 な? とイノリは爽やかに言った。
 あかねが泣き濡れた顔を上げると、そこにはいつもの幼さを残す頼もしげな笑顔があった。
 あかねはそれにつられてゆっくりとほほ笑んだ。




「くっさ〜〜。イノリ君って、いつのまにこういうキャラになったの?」
 先ほどイノリが言った言葉に、ランが突っ込んだ。
 それに詩紋が苦笑しながら言葉をのせた。
「なんだか、友雅さんみたいですね」
「げっ、勘弁してくれよ」
 なつかしい思い出の中から苦手なダテ男を思いだし、天真は苦くつぶやいた。
 散々からかわれた記憶は未だ鮮明に残っている。
 将来そのようになられてはかなわないとぼやく天真に、詩紋は現場を見たことがあるだけにこっそりと笑ってしまった。
「この後の展開としては、一発チュウでもぶちかまさないかしら?」
「ランちゃん……」
 赤裸々な発言をするランに、詩紋は苦笑した。
「ちょっとだけ開けるか」
 リビングに通じる襖を、ほんの少し開けながら天真。
「開けすぎると気づかれるから気をつけてね」
「わかってる、まかせろ!」
「二人とも……………」
 などと言いつつも、結局は反対しない詩紋であった。




「あかね、姉ちゃんの悪口のこと、気にしないでいいからな。もし言われたとしても、それはお前の本心じゃねぇこと、オレはちゃんと知ってる」
「でも、ケンカしちゃうかもしれないし……」
 不安げに言うあかねに、イノリはにかっと笑って、
「いいじゃん。しようぜ、ケンカ。離れちゃうよりそっちのほうがずっといい」
 な? イノリはあかねに笑いかけた。
「それから、もう一つ覚えておいてくれ。オレが今ここにいるのは、姉ちゃんよりお前を選んだ、何よりの証拠なんだからな! 最初は確かに寂しかったけど、今一番大切なのはお前なんだ。それだけは、オレの真実なんだから」
 自分がいるからここにいる。そう言われて、あかねは嬉しさのあまりまた泣き出した。
「あああ!? だから泣くなってぇ」
 またもやうろたえるイノリに、あかねは泣きながら笑って言った。
「いいじゃない、嬉し泣きなんだから。ケンカ、いっぱいしようね」
 そう言ってとびきりの笑顔を見せたあかねに、イノリも負けじとほほ笑んだ。
「おう、覚悟しやがれ」
 そして二人は唇を近づけ……………。
「や、ちょっと押さないでよ!」
「押してねぇって! わ、危ねぇ!!」
 ひそひそ声と一緒に襖が倒れてきて、天真たちが転がってきた。
「…………………………よっ!」
 先ほどと同じように一番下でつぶされている天真が、またしても同じように苦笑しながら手を挙げた。
「あ〜あ、いいとこだったのに〜」
「ランちゃん……」
 残念がるランに、先程から苦笑が取れない詩紋。
「みんな……………」
 あかねが呆然とつぶやいた。
「あら、おほほほ。ワタクシたちにお気になさらず、一発キッスをお交わしになって」
 近所の奥様みたいにラン。
「……………っ!」
「イ、イノリ君、落ち着いて」
 顔を真っ赤に染め上げ、拳を握り締めて静かな怒りに震えるイノリを、同じく顔を赤くしながらもあかねがなだめた。
「お前らなぁ〜〜!!」
 両親不在の森村家に、今度はあと少しというところで口づけを交わし損ねた少年の、断末魔の叫びが響いたのだった

 

〜あとがき〜
 水蓮のお品書きに、新たなメニューが加わりました。
 その名も「イノリいじめ」(核爆)
 友雅さんだけでなくイノリ君までいじめだしちゃいました、このアマ。
 まぁ友雅さんと違って、あくまでもからかいの域内に収まるので、笑って読み飛ばしてあげてください。
 あかねちゃんの葛藤を書きたかったのに、書き上がってみれば単なるラブコメ。もう少し悩ましげなあかねを書きたかったなぁ。
 ……いつかリベンジしよ。
 そういえば、今はもう完全週休2日制なんだよねぇ。土曜日の日程なんて、懐かしい物になってしまうんだよねぇ。
 やべぇ、こんな話題書いてると、年がバレるぜ。

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