バケーション・マップ

――ザザザッ ザザッ

 波の寄せる音が軽やかに響く海岸。
 その爽やかさとは裏腹に、天真の顔には青筋が浮いていた。
「いい潮風だな、オイ」
「…………」
 天真の隣にいるあかねは、”やっちゃった”というような顔でそっぽを向いている。
「俺たちの行き先って、森じゃなかったか?」
 目の前に広がるのは、清々しいまでの浜辺だった。
 天真はあかねの方に向き直り、
「っていうか、なんだって海に来るんだよ! 山は反対方向だろうが! 反対! 向こう!!」
「だってぇ〜」
「だってじゃねぇっつうの! ったく、カーナビなんて目じゃないとか言ってたのは誰だよ!?」
 本日は天真とあかねの、久しぶりのデートだった。
 ついこの間あかねが免許を取得したこともあり、親から借りた車で出掛けることになった。
 倉庫で発見したハンモックを持って、のんびりと山の空気を吸おう、という事になっていたのだが……。
 天真がうたた寝をして目が覚めた後には、さざ波の音が聞こえてきたのだった。
「ううぅ〜〜」
 出掛けるときに見栄を張ったあかねとしては、全くもって反論出来ない。
「……ごめんなさい〜」
 しょげで小さくなるあかねに、天真はやれやれという風にため息をついた。
「ま、来ちまったもんはしょうがないか。車止めて、出ようぜ?」
 あかねの頭をぽんぽんと叩き、天真は言った。
 車を近場のパーキングに入れて海岸に出ると、ゆるやかな潮風が二人を迎えてくれた。
「う……ん。気持ちいいもんだな〜」
「ほんと、いい天気だし」
 砂を踏みながら波打ち際まで行くと、天真は大きく伸びをした。
 とんでもない方向へと来てしまったものだが、最初から海に来ようとしたと思えば気も静まる。加えて今日はいい天気だ。
 風にさらわれる髪をなで押さえつつ、あかねが何かを発見した。
「あ、見て見て天真君! 犬がいる」
 あかねの指さす方を見てみると、波と買い主とにじゃれているレトリバーを見つけた。
「お、ほんとだ」
「ねぇ、あの犬に聞いてみようか? ここどこですかって」
 レトリバーと犬のお巡りさんをひっかけたあかねに、天真は呆れた顔をした。
「お前バカか? 答えてくれるわきゃねぇだろうが」
「ひっどぉ〜い! ちょっと言ってみただけじゃない!」
「いや、海と山を間違える奴だからな。わからないぞ」
 おどけて言う天真に突っ込もうと、あかねが一歩踏み出したときだった。
 先程まで離れたところにいたレトリバーが、あかねに後ろから抱き着いてきた。
「きゃぁ!」
「おっ、あぶね!」
 転びそうになるあかねを、危ういところで天真が支えた。
「大丈夫か?」
「うん、ありがと」
「すみません! お怪我はありませんか? コら! 榊原!」
「この犬、榊原っていうんですか? おもしろい名前」
 懐いてよってくるレトリバーに、にこにこしながらあかねが聞いた。
「あ、はい。そうなんです。正しくは榊原武人っていうんです、変な名前でしょ? 付けたのはおやじですけど。
 それより、大丈夫でしたか? おケガは?」
「大丈夫大丈夫。多少のことでどうにかなる奴じゃないから、コイツ」
 その言葉に、レトリバーを撫でていたあかねは口を尖らせて反論する。
「天真君、ひどいよ」
「本当のことだろ?」
「も〜」
「あはは」
 二人のやり取りを見ていた買い主が笑う。
 少し話をしたあと、買い主は会釈をしてレトリバーと海岸を走っていった。




「そういえば、そろそろお腹すかない? もうお昼だよね」
「そうだな、昼メシにすっか」
 ちょうど太陽も真南に昇り、昼食時である。
 二人は弁当を取りに、一度車に戻った。
「ちょっと持ってき過ぎたんじゃねぇか?」
「ちょっと……ね」
 大きめのバスケットを持って顔を歪める天真に、あかねは苦笑してあいづちをうった。
 再び海岸に戻って来た二人は、少し草の生えた砂場にシートを敷いた。
「はい、天真君お茶」
「ん? ああ…」
 今日の陽気と同じくらいさわやかで明るい笑顔のあかねが、天真に紅茶の入ったコップを差し出す。
 天真はその笑顔にしばし見惚れた。
「……天真君、しっかり持たないと落とすよ」
「あ、ああ。わりぃ……」
 そういって苦笑した。
「あ〜。なごむ〜。波の音って落ち着くな〜」
 とは昼を食べ終えシートの上に寝転んだ天真のセリフである。
 時間はゆったりすぎるほどに穏やかに流れ、潮騒が二人を優しく包み込んでくれる。
「本当だよね。あ、天真君。食べた後にゴロゴロするとブタになるよ〜」
「うるせ〜。俺はなごむと眠くなるんだよ〜」
 そう言って天真は、二度寝を決め込むかのように目を閉じた。
 定期的に聞こえる、しかし耳障りではない波の音に、あかねも天真の方を向いて横になった。
 天真の目を閉じた顔や風にもてあそばれる髪を見ながら、あかねぽつりとつぶやいた。
「……天真君の寝顔を見るのはこれで何度目だろ」
「あん?」
 枕代わりの腕の上で、天真が片目だけ開いてあかねを見上げた。
「桜の日以来だよね……」
 そういってあかねは笑った。
「そんなことも、あったっけな………」
 前に天真の寝顔を見たのは、遥かなる異郷の地。
 ちょっと休憩と座り込んだ桜の木下で、天真は同じようにしてなごんで寝てしまったことがあった。
 もっとも寝ていたのは自分も一緒だったが、先に目が覚めたおりに天真の寝顔を見たのだった。
「あのときは、こんな風になるなんで思いもしなかったな」
 そもそも、またこの世界に帰ってこれるかどうかもわからなかったし。
 あかねはくすくすと笑いながら続けた。
「あの時の天真君、よだれ垂らしてたの知ってた?」
「マジかよ!?」
 慌てて起き上がる天真を、くっくっくと忍び笑いを漏らしながら、
「うっそ〜。ふふっ、ひっかかった」
「このやろぉ〜〜」
「きゃ〜〜」
 あかねに覆いかぶさってくすぐろうとする天真に、あかねはころころと笑いながら逃げた。
 そのまま立ち上がって浜辺の方へかけていく。
「天真く〜ん! 海の中に足だけ入ろうよ〜」
 サンダルを脱ぎながら、あかねは天真に向かって言った。
「よし、遊ぶか!」
 それをまぶしそうに見ていた天真もまた、少年のようないたずらな笑みを浮かべ海岸線に走りだした。
(俺もこうなるとは思ってなかったよ)
 軽い水のかけあいをしながら、天真も思う。
(あのころはいろんな事で頭が一杯だった。今、お前のことだけを考えていられるのがすごく不思議に思えるよ)
「えい! スキあり!!」
 考え事をしていただけに反応が遅れ、天真はあかねに顔面に水をかけられてしまった。
「ふっふ〜、水もしたたるいい男だね、天真君」
「このやろ〜。涼しいじゃねぇか〜〜」
 天真の反撃の手から逃れようと再びもをひるがえすあかね。
 それを見て天真はあかねを腕の中に引き寄せた。
「えっ、天真君?」
 いきなり引き寄せられ、後ろから抱きつかれたあかねは、天真の行動に違和感を感じて戸惑った声を上げた。
「うりゃ、スキあり」
「んきゃぁ!」
 その瞬間、天真にひざかっくんを仕掛けられ、哀れあかねは浅瀬に沈没した。
「て〜ん〜ま〜く〜ん〜」
 ほとんど水に濡れてしまったあかねは、心底怒ったような低い声で唸った。
「おやまぁあかねサン。水もしたたるいい女だねぃ」

 全然悪びれない様子の天真。
「どうするのよ〜! 着替えとか持ってきてないんだよ〜!?」
 肩を怒らせるあかねに、天真は爽快に笑いながら言った。
「大丈夫だって。この陽気ならすぐ乾くからさ」




「なぁ、あかね………」
「ん?」
 時は既に夕刻。
 シートを敷いた場所に腰を下ろして、二人は沈み行く夕日を眺めていた。
「さっき……、さぁ……」
「うん」
「お前が消えるかと思っちまった時があってよ……」
 とくに感情が入るでもなくつぶやく天真の横顔を見て、あかねは聞いた。
「さっき、いきなり後ろから抱きついてきた時?」
「……ああ……」
 波の音はずっと変わらず、この浜辺に響き続けている。
 あかねは浜辺に視線を戻しながら天真の言葉の先を待った。
「光の中に吸い込まれて、俺の前から消えちまいそうに見えた」
「…………」
「へっ、なんか俺、情けねーな」
 こんな話をしてしまうのは、場所のせいかもしれない。
 絶えず寄せては引く波の音が、いつもは表に出さない心の壁を風化させていくようだと天真は思った。
 でも、それは悪い気分じゃない。一緒にいるのは今一番大切なヤツだから。
「…私もそんな時あるなぁ」
「あかね?」
「あんなに不思議な体験をしたんだもん。しょうがないんじゃない?」
 天真の顔をのぞき込みながら、あかねは言った。
「っていうかさ、もし私がまた召喚されちゃったとしたらさ、天真君は私の大切な人で、私を守ってくれる八葉なんだから、……一緒に召喚されちゃうと思うんだけど?」
 そこんとこ、わかってる?
 天真はそれを聞いて目をぱちくりさせた。
「へっ?」
「だからぁ、天真君は私のお守りにくっついて来るんじゃないかってこと」
 そこまでは考えていなかったのか、天真は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして言った。
「そっか………………。ならいいや」
「なにそれ〜」
 妙にさっぱりした天真の声に、あかねは笑った。
 天真はそんなあかねの頭に手を置いて、
「だから、おまえと一緒ならなんでもいいやって言ったんだよ」
「うわっ、くっさ〜。あ、ねえねえじゃぁさ、愛してるって言ってみて?」
「バカ、言えるか!」
 天真は赤くなってあかねの頭を小突いた。
「え〜、私のこと愛してないの?」
「だれがそんなこと言ったよ!? お前アホか?」
「ひっど〜い、やっぱり愛してないのね!」
「だ〜か〜ら〜。お前が振り向いたところには俺がいる。そういうこった!」
 天真はやや気力疲れしながらも答えた。
 が、あかねが無反応なのを見て、ふてくされたように唇をとがらせた。
「……なんだよ……」
 あかねは天真を上目使いで見上げながら、しみじみと言った。
「天真君ってさぁ、友雅さんよりキザなんじゃない?」
「う〜、うるせ〜な!」
「あ、顔真っ赤」
「うるせ〜、うるせ〜! オラ! そろそろ帰るぞ! 帰りはちゃんと運転しろよ!」
「はぁい」
 照れる天真をかわいいと思いながら、あかねは腰を上げた。
 人影のなくなった海岸で、沈む直前の夕日が二人をシルエットにして浮かび上がらせる。
 今日という日はもうすぐ終わってしまう。
 しかしそんなことは二人には関係ないだろう。
 なぜならば二人の前には、遠い未来へと続く道が、腕を広げて待っているから。

 

〜あとがき〜
 芭夏海さんのサイト開設祝いに書いた作品……なんですが……。
 とっっっっっても遅れて、申し訳ないです!!(滝汗)
 今さらこんなの書いて、サイト開設っていつの話だよ!? って感じです。言い訳は無限にありますが(爆)、言い訳しません、すみませ〜ん(汗)
 天あかか友あか。甘いヤツというリクでしたが、あんまり甘くないですね。
 いやぁ、季節柄甘すぎると暑っ苦しいかなと思いまして、少しサラサラ風味にしてみました(えっ、なってない?)
 なにぶんつたないものですが、よろしければお納め下さいませ〜。
〜 挿絵について 〜
 芭夏海さんに頂きました。 
 本当は彼女のサイトの暑中見舞いイラストなんですよ。
 私が駄文完成をお知らせしたとき、彼女も同時期にこのステキ絵をアップしておりました。
 こういう言い方は失礼かもしれませんが、示し合わせたような同じ雰囲気の作品……。
 出来心で「挿し絵みたいです〜」なぁんて言ってみました(核爆)
 なんでも言ってみるもんです。次メールにて掲載許可が!? もう速攻やらしてくださいって言っちゃいました。
 芭夏さん、本当にありがとうございますっ!!

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