雪の中で

(寒い……)
 ぶるっと震えて、あかねは目を開けた。
 ここは左大臣の屋敷の片隅にある離れ。鬼との戦闘が終わった後、左大臣のはからいであかねと頼久にあてがわれた建物である。
 静寂の降りる部屋を見渡し、自分の横を見る。
 そこにはあかねの最愛の人、源頼久が規則正しく静かな寝息を立てて寝ていた。
 しばらくその横顔を見つめてから、あかねはふと起き上がった。夜着の上に衣を羽織って、室の外へと向かった。
「わぁ〜」
 そこは白い世界。夕刻から降っていた雨が、雪に変わったのだろう。積もり始めたばかりだったが、雪景色、というにはふさわしい銀世界である。
「どおりで寒いと思った〜」
 手をこすり合わせて、息を吹きかける。
 しばらく言葉も出ないままにたたずんでいると、肩にさらなる衣がかけられ、同時に何よりも聞き慣れた声が降ってきた。
「風邪をめされますよ。神子殿」
「頼久さん」
 先程まで隣で寝ていた彼が、起き出してきたのだった。
「ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。しかし雪とは……。雨音が途切れたから、もしかしたらとは思っていましたが」
「きれいですよね」
 視線を頼久から再び庭へ戻し、あかねは感嘆のため息とともに言った。
「そうですね」
 頼久もあいづちをうった。
 二人はしばらくそのまま庭を見ていた。寒いとはいっても、どこか眺めてしまう雪景色。張り詰めた空気はどこまでも澄んで、どんなささいな音も飲み込んでしまうような、それは白い魔法だった。
「どういえば、もうすぐお父さんたちの結婚記念日だ」
「そうなのですか?」
「うん、一月だから。たしかその日もこんな雪の日だったんだよ」
 息が白くなるのがおもしろいのか、ため息のような声であかねは言う。
「もちろん私は生まれてないけど、たくさん写真が残ってたし、お母さんが照れながらいつも話してくれたから、よく覚えてるんだ」
 あかねは手を伸ばし、舞い降りる雪のひとひらを捕まえた。
「すっごい大雪の日でね。もちろん式は室内でやったんだけど、少しだけ外に出て、雪景色の中写真を撮ったんだよ」
 父と母は、式場のテラスにあった東屋で写真を撮っていた。すごい寒かったのよなどと言いながらも、雪の中に花びらを散りばめ、取った写真は神秘的だった。
「お父さんがクシャミばっかりして、なかなかちゃんとした写真が撮れなかったんだって」
 寒そうにしながらも、くすくす笑うあかね。
 頼久はその笑顔を見ながら、そっと微笑み、あかねの肩を引き寄せた。
 互いの温もりで、その存在を確かめあう。
「どうしてそのような日に、婚礼を挙げたのでしょうか?」
 それまで黙って聞いていた頼久が、あかねに聞いた。
「特別な日に挙げたかったんだって」
「特別な日?」
「そう。その日は二人の真ん中バースデーだったんだよ」
 あかねの口から出た横文字に、頼久は記憶をたどって言葉を取り出した。
「ばあすでいとは……確か、生誕の日でしたよね」
「うん、そう。真ん中バースデーっていうのは、二人の誕生日の、ちょうど真ん中の日」
 まぁ、そのほかにも、その日の天気によってすぐ変えられるものじゃなかったのもあるけど。あかねはそう付け足した。
「神子殿も、婚礼の日は特別な日がいいですか?」
「私? う〜ん、そうだなぁ。普通の日よりはその方がいいかな。だって2倍嬉しいじゃない?」
 嬉しそうに言ってくるあかねに、頼久はそうですねとあいづちをうった。
「………お待たせして、申し訳ありません」
 頼久が、なんとも申し訳なさそうに言った。
 実は二人は、まだ婚礼を挙げていなかった。あかねが、頼久に主としてではなくパートナーとして見られることを望んだから。
「何いってんの! 私のわがままなんだから、あやまるのはこっちだよ。無理言って、ホントごめんなさい!」
 そんなやり取りをしながらも、二人は別に不満ではなかった。いつも愛しいものはそばにいるし、わかりあえる。世間的に結ばれていようとなかろうと、二人にとっては大したことではなかったのだ。
 特に、頼久は貴族ではなく武士だ。貴族のような形式にこだわることなく、自由な時間を共に過ごしていた。
「あ、でも、結婚式の衣装は着てみたいから、いつかやろうね」
 お母さんのときもね、と憧れるように話し始めるあかねに、頼久はうなずいた。
「そうですね。きっとあかね殿なら、誰よりも美しいでしょう」
 時々しか呼ばれない“あかね”という響きに、頼久の表情を伺おうとして、あかねはクシャミをした。
「さぁ、これ以上は本当に体が冷えてしまいます。まだ夜が明けるには時間がありますから、もう一眠りしましょう」
 肩を抱かれながら促されて、あかねはおとなしく室に入った。
 途中頼久の表情を伺おうとしたが、暗闇でよく見えなかった。
 しかし、おやすみなさいと言う頼久の声が少しかすれていたのは、多分気のせいではないと思った。




 夜が明けて日が昇っても、雪の生み出す静寂は張り詰めていた。
 隣を見ると誰も寝ていない。頼久はもう起きているだろう。
 伸びをしながら外へ向かう。かすかに素振りの音が聞こえた。
「やっぱり、朝のお稽古だ」
 あれからさらに積もった雪は、いつもの床と地面の間の高さを半分以下にしていた。そして階段から続く一組の足跡。その先には、こちらに背を向けて素振りをしている頼久の姿があった。
「!」
 ちょっとばかり悪戯心が芽生え、あかねは雪玉を作った。
 そして、おもむろに投げ、頼久の名を呼んだ。
「頼久さ〜ん」
「!!」
 振り返った矢先に飛んできた雪玉を、頼久はとっさに剣で斬った。
 しかし、払うでもなく、叩き落とすでもなく、普通に斬った雪玉は、頼久の技量もむなしく、二つにわかれて直撃した。
 庭にあかねの笑い声が響く。
 頼久は少々情けない顔をしながら、被ってしまった雪を払い、笑っているあかねの方へ近づいていった。
「神子殿。おはようございます」
「おは、おはようございます〜」
 そうとうツボに入ったらしく、あかねは一向に笑いが収まらない。
 つられて頼久も一緒に笑いながら、着ていた着物をあかねの肩にかけてやる。
「あ、ごめんなさい。私着るもの取ってくるから……」
 そういって返そうとするあかねを制し、頼久は言った。
「いえ、お話ししたいことがありますので、どうぞこのままで」
 そういってあかねを座らせ、自分も隣に腰掛けた。
「あかね殿」
「は、はい!」
 昨日に引き続き、神子ではなくあかねと呼ばれたことに、あかねは背筋をピンと延ばして返事をしてしまった。
 そんなあかねを微笑ましい気持ちで見ながら、頼久は話し始めた。
「春に……私たちの婚礼を挙げませんか?」
「えっ、それって……」
 すなわち頼久が、あかねを龍神の神子ではなく、掛け替えもないパートナーとして認めたということに…。
 頼久は気恥ずかしそうに言った。
「実は……。少し前からあかね殿のことを主と思うことはなくなっていたのですが……。その……名前でお呼びするのが……。
 き、昨日伺った話だと、私たちの生誕の日の真ん中も、ちょうど春くらいだと……。今から準備するとちょうど頃合いになりますし、その…」
 いろいろと理由を並べ立ててはいるが、頼久があかねを心から妻に迎えたいという気持ちが分かり、あかねは嬉しくなった。
 なおもいろいろと並べ立てようとする頼久を制し、あかねは頼久の手を握って言った。
「ありがとう。嬉しいです、頼久さん」
 とびきりの笑顔と共に。
 その笑顔の魔力か、頼久も緊張を解き、改めてあかねの方へ向き直った。
「あかね殿。どうか私の妻になってください」
「はい、よろしくお願いします」
 はにかみつつ返事して、そして、二人して笑った。
 そしてあかねの両親がしたように、どこまでも澄んだ銀世界の中で、深い口づけを交わした。

 

〜あとがき〜
 記念すべき初キリ番。100Hitのリクエスト作品でございます。
 ゲットしてくださった様。「頼久×あかね」らぶらぶ話をお届けします。
 正直のんびりムード過ぎて、あまり熱々カップルぶりは出てないんですが、まぁ、当人たちは幸せのようですので、これでご容赦ください。
 なにはともあれ、100Hitありがとうございました。

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