ずっと一緒に

「あかね! 今日カラオケ行こうよ!」
「そうそう! テストも終わったことだしさ」
 テスト終了の解放感からか、陽気に誘ってくる友人たちにあかねは首を振った。
「ごめ〜ん。今日は人と会う約束があって」
 今日は一週間ぶりに泰明と会える日。
 誘いを断る表情にしては幸せそうな顔に、友人たちがからかう。
「なによぉ〜。カレシ?」
「あかねが来ないとつまんないよ〜?」
「友達より男を取るなんて、女の友情もここまでよね〜」
 口ではそう言いつつも、表情や口調に暗いところはない。社交辞令のようなからかいだった。
 あかねも苦笑しながら返した。
「あんまりいじめないで。今度埋め合わせするからさ」
「あ、でもお茶するくらいは? すぐ会うの?」
「う〜ん……」
 泰明との約束は正午から。
 テストは一時間だけだったので、帰って少し寝てからにしようかと思っていたのだが……。
「ねぇ、行こうよ! シンフォレストのタルトが、スプリングヴァージョンなんだって」
(時間あるし、平気かな)
 甘いものに誘われたというのもあるが、久しぶりにゆっくりとおしゃべりしたくて、あかねは誘いに乗ることにした。
「よし、行こう!」




「や、泰明さん?」
 友人達と連れ立って校門を出ようとしたあかねは、校門に寄りかかるようにしたたずんでいた泰明に、びっくりして声を上げた。
「あかね」
「ど、どうしたんですか? アレ、私約束の時間間違えてた!?」
 慌てて近寄ってくるあかねに、泰明は微笑みかけた。
「いや、そんなことはない。私が早くあかねに会いたかったから来たのだ。いけなかったか?」
 少し不安そうに確認する泰明に、あかねは再び慌てながら否定した。
「そんなことは、全然、ないんですけど……」
「え〜、何なに? あかねのカレシ?」
 あかねに置き去りにされてしまった友人達が、二人の会話を聞いてよってきた。
「へぇ〜、かっこいい〜」
「……あかね?」
 この者たちは誰だと目線で聞いてくる泰明に、あかねはため息をつきながら口を開いた。
「この子たちは、私の友達。クラスメイトなの。みんな、こっちは安倍泰明さん」
『よろしく〜』
「あ、ああ」
 元気な乙女たちの挨拶に、少し戸惑いながらも泰明はうなずいた。
「じゃ、あかね。私たちはもう行くね」
「えっ、あ……」
「そうそう、お邪魔虫は馬に蹴られちゃうしね」
「ごゆっくり〜」
 自分と泰明を置いて歩いていてしまう友人の後ろ姿を見ながら、あかねはため息をついた。
 さっぱりした友人達であるので、泰明のことを知られても別にかまわないのだが……。やっぱり少し恥ずかしい。
 きっと明日はからかわれるのだろう。
 微妙に重い気持ちを抱えながら、もう一度ため息をついて顔を上げた。
「あかね? どうした?」
 顔を上げた先に泰明の秀麗な顔があって、あかねは一瞬にして顔に朱を走らせたのだった。




「あの者たちと約束をしていたのか?」
 自分が早く来てしまったばっかりに、約束を違えさせてしまったかと項垂れる泰明に、あかねは明るく言った。
「うん、でももういいみたいだし、どこかいこうか? お昼には早いから、他のところとか。あ、でも」
 ちょっと着替えたいかも。制服のままだし。
 泰明にそれを言うと、泰明は小首をかしげて、
「着替えているあいだにも時は過ぎてしまう。久しぶりに会えたのだから、長く共にいたい。それに、どんな姿でもあかねはきれいだぞ?」
「もう!」
 恥ずかしいことをさらっと口にされ、赤くなりながらあかねは何も言えなくなってしまう。
「でも、あかねが着替えたいなら家に向かう」
「……ううん、いいよ」
 確かに久しぶりなので時間が惜しい。泰明と少しでも長くいられるように、あかねは着替えをあきらめた。
「どこへ行こうか?」
「あかねを連れて行きたい場所があるのだ。そこへ行っていいか?」
「へっ? どこ?」
「まだ内緒だ。少し遠いところなのだが」
「ふ〜ん。まぁいいや。行きましょうか、泰明さん」
 そう言ってあかねは、自分の腕を泰明の腕に絡めた。




「わぁ!」
 目の前に広がる光景に、あかねは歓声をあげた。
 二人がいるのは、高台にある公園だった。
 辺りに高い建物はなく、見晴らしがいい。遠くに海が見えた。
「空に浮かんでるみたい」
 うっとりとため息のようにつぶやくあかねの、絹のような髪を攫う風。そこは、風の吹き抜ける場所だった。
「気に入ったか?」
「はい! すっごくきれいな場所ですね!」
「そうか」
 あかねが嬉しげに答えると、泰明は安堵したようにうなずいた。
「ここはあかねの気に近い場所だ。あかねに力を分けてくれるだろう」
 深呼吸をしろと言われ、あかねは言われたとおりに深く息を吸い込んだ。
 清々しい春の香りと少しの潮風が、テスト週間で寝不足だったあかねの、頭の霧を吹き飛ばしてくれる。
 何度か深呼吸して、あかねはくすくすと笑い出した。
「どうした?」
「前にもこんなことがありましたよね」
「……上賀茂神社か」
「懐かしいなぁ。あのころ私、泰明さんのこと苦手だったんだよね」
「苦手…………私が?]
 情けなさそうな顔をする泰明が微笑ましくて、あかねは小さく笑った。
「だてぇ、泰明さんってば、全然しゃべってくれないんだもの。最初は何考えてるのかわからなかった」
 海の方を向いているベンチを見つけ、あかねは泰明を促して座りながら続けた。
「でも、結論だけを簡潔に話す人なんだってわかってからは、そうは思わなくなったけど」
 風に攫われる髪を撫でつけ、空に向かって微笑みながらあかねは言う。
「あのころは、こういう展開になるなんて思いもしなかったよ。ずっと一緒にいられるなんて、ね」
 あかねは泰明の方へ振り返り、愛しい人に向かってとびきりの笑顔を届けた。
「……そうだな」
 泰明も穏やかに微笑み返す。
 二人の間に、ゆるやかな空気が流れた。
「ところで……。泰明さん、なんか顔色悪くない?」
「そうか?」
 先程までは気づかなかったが、明るい陽の下でまじまじと見つめると、いつもの泰明の表情より曇って見える。
「もしかして、疲れてない?」
「そんなこともないが……」
 泰明は否定するが、疲れているのは見て取れた。
「私の前では無理しないで」
「別に無理などしていない」
 不思議そうに泰明。
 そんな泰明の様子から、意地でそう答えているわけではないとわかる。
(でもなんか、ひっかかるんだよな〜)
 あかねは質問を変えることにした。
「ところで、この一週間何してたんですか?」
「そうだな。仕事と……場所捜しだな」
「場所?」
 泰明はうなずく。
「ああ、あかねの気に近いところを探していた」
「えっ、どうして……?」
「最近あかねの気が弱まっているようだったのだ。この世界では清浄な空気をもつ場所は少ない。この場所を見つけるのにも時間がかかってしまった」
 まぁ、今日に間に合ったのだから、問題ないが。
 そういって泰明は息をはいた。
「私の……ために……?」
「ああ」
 それがどうかしたかという風に、泰明はあかねを見る。
(テストだったから、夜更かしして寝不足になっちゃったんだよね)
 あかねは泰明の腕に、ぎゅっとしがみついた。
(私の……ために…………)
「あかね?」
 自分の腕に抱きついたまま、顔を上げないあかねに、泰明は不思議そうに声をかけた。
「泰明さん、ありがとう!」
 テスト期間なら、しばらく会うのはやめようと言われ、自分はただ寂しさを抱いていただけだった。それなのに、泰明は……。
 あかねは唐突に顔を上げ、泰明の目を見た。
「ねぇ! 私に何か出来ること、ない!?」

「どうした? 唐突に」
「私はいつも、泰明さんに守られてばかりだよ。いっつも何かをしてもらって、守られて。私にも何か返せるものない?」
 必死に聞いてくるあかねに、泰明は穏やかな笑みを浮かべた。
「あかねは私の側にいてくれるだけで良い。それだけで、私は満たされる」
「他には?」
「何をそんなに焦っている?」
「だってぇ……」
 自分いできることが特にないとわかり、あかねは項垂れた。
 そんなあかねを見て、泰明の中に少しの悪戯心が芽生えた。
「あかねに出来ることなら、なんでもやってくれるか?」
「はい!」
 間髪いれずに答えるあかねが愛しくて、泰明は小さく笑った。
「では……」
 ワクワクしながら待っているあかねの肩に、泰明は体を預けた。
 泰明の頭が枝垂れかかってきて、間近にある泰明の顔に心拍数が上がる。
「やややや泰明さん!?」
「どうした? なんでもしてくれるのではなかったのか?」
 泰明がおかしそうに聞く。
 からかわれたのだとあかねは気づく。しかし無理に抵抗しようとはしなかった。
「私はお前のために使う労力など、数には入らぬと思っている」
 あかねの肩に寄りかかったまま、泰明は語った。
「だが本当は、ちょっと疲れた。だからこうして、お前の気を分けてくれ」
「も〜」
 こういうふうに言われては、ますます抵抗出来ないというもの。もとより抵抗する気はなかったが、あかねはしょうがなさげに泰明の髪をいじった。
「お前が側にいれば、私は癒される。元気になれる。お前とともにあれば、生きていると感じる。幸せになれる。お前は本当に、私の側にいてくれればいいのだ。無理に何かをやろうとしなくても、お前が私と共にいたいと思ってくれれば、それで十分なのだ」
「泰明さん……」
「それでも、足りぬというなら……。毎日声だけでも聞かせてくれ。時が、許す、限り……私と共に……」
「…………泰明さん?」
 途中で切れてしまった言葉に、泰明の顔をのぞき込むと、泰明は静かに寝息を立てていた。
「あらら」
 頭が肩に乗っているせいでまじまじとは見れないが、いつか見た、あのあどけない寝顔をしているのだろうか?
 思い出しながら、くすくすとあかねは笑った。
 そして自分の頭を泰明に預けながら、
「側にいるよ、一緒にいたいもの。ずっと……」
 そしてあかねも目を閉じた。
 穏やかな潮風が、眠りの縁にいる恋人たちを吹き抜けていく。
 それは自然が奏でる子守歌だった。

 

〜あとがき〜
 500Hitをゲットした、睦月奈央さまからのリク。この作品も時間がかかってしまいました(汗)す、すみませ〜ん。
 テストというものに縁がなくなて、もうどれくらい経つのでしょう? いえ、実際はそんなに経ってはいないんですけどね。
 テストが終わると友達とよくカラオケで騒ぎました。
 しかし、時により誰も捕まらなかったりすると、家に帰ってきて縁側で犬と戯れていた水蓮です。和むんだ、これが。
 この話を書いていて、久しぶりにそんな気持ちを思い出しました。

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