月のカケラ

真っ暗な夜の闇の中で光る ひとすじの光り 月

どんなに焦がれても どんなに手を伸ばしても決して届くことがない

あんなに美しく 清らかに艶やかに誘うのに

やがて朝の靄にとけて消える

どんなに願っても この身の内に留め置くことができぬなら

手を延ばすことをやめよう

その姿を記憶することだけを考えて いつでもその姿を浮かべられるように

そして朝が来たときは 長い良い夢が見られるように




「あ〜、楽しかった!」
 終わった宴の余韻に浸りながら、伸びをしつつあかねは隣に座る人物に話しかけた。
「ね、友雅さん! 楽しかったですよね!」
「ああ、そうだね」
 友雅は穏やかな笑みとともに相槌を打った。
 戦いは終わった。
 去っていった者の事など、いろいろ気になることはあるのだが、四神の守りを取り戻した京は以前のように落ち着き、壮麗な空気が流れ始めていた。
 龍神の神子と八葉の働きをたたえ、左大臣が宴を開いてくれた。
 お忍びで帝までもが出席した宴は無礼講となり、騒がしく賑やかに幕を閉じた。
「私、帝って初めて会っちゃったよ〜」
 こんな体験はめったにできない。
 頬を染めながら興奮気味にあかねは言った。
「どうしても直に神子殿に礼を、と申されてね。あのようなことをお言いになるとは、参ってしまったよ」
 帝を守るのを任としている者としては、内裏を離れるなどもってのほか。というものだったのだろう。とくに鷹通などは最初は卒倒しそうであった。
 友雅はやれやれ、と肩をすくめながら苦笑した。
「でも、私は会えて嬉しかったです」
「神子殿がそう言うなら、そういうことにしておこうか」
「ふふっ」
 今この場所にはあかねと友雅の二人しかいなかった。
 宴の行われた室のすぐとなりの小部屋。宴の余り物や少しの酒などを持ち込んで、小さな宴会である。
 ほかの者はそれぞれ戻るべき場所に戻ったのであろう。つい先程まで聞こえていた話し声などは消えていた。
 宴の後片付けをする女房の碗を下げる音などが静かに響く。
「そういえば、友雅さんが笛を吹いているところ、初めて見ました!」
「そうだったかな?」
「はい! すっごくかっこ良かったです! 永泉さんが笛上手なのは知ってましたけど、友雅さんも上手〜。なんでもできるんですね」
 目をきらめかせて誉めるあかねに、友雅はいつものくえない笑みを浮かべて扇を閉じた。
「そうかな。そんなに喜んでいただけるとは光栄だね。よろしければ、もう一度吹こうか?」
「ええっ! いいんですか? ぜひ、お願いします!」
 閉じた扇を横に置き、龍笛を取り出した友雅を見て、あかねは歓声をあげた。
 そんなあかねの反応がおもしろかったのか、喉の奥で笑いながら友雅は言った。
「お望みのままに、神子殿」
 その瞬間、あかねは一瞬だけ暗い表情を見せた。
 が、友雅が龍笛を構え調べを奏で始めると、うっとりと夢を見るような表情を浮かべた。
 宴のときとは違って、響くのは友雅の奏でる笛の音ただひとつ。
 それでも音は十分に響き、室内はかすかに色づいた。
 友雅は龍笛を奏でながら、ちらりとあかねを見た。
 脇息に両肘を置き、手を組んであごを乗せたあかねは、目を閉じて音に聞き入っている。
(手の届かない月……か。明日ついに朝が来てしまう)
 すべてが終わってしまったのだ。
 長い夜は明け、あかねは明日もといた世界へ戻る。
(ふっ、本来の、元あるべき生活に戻るだけだというのに、それがこんなにも虚しいことだったとはね)
 本心を言えば、このまま時が止まればいいと思う。
 このまま朝が来ないまま、ずっとこの月を眺めていられたらいいのに。
 絹のような髪。透き通った白い肌。華奢な肩。いつもは瞳を見ているため気づかなかったが、以外にまつげが短いことに気づく。そして唇は、いつも手を伸ばしかけてやめた場所。
「……友雅さん?」
「えっ?」
 気が付くとあかねが友雅の顔をのぞき込んでいた。
「ど、どうしたんだい?」
「それはこっちのセリフですよ。急に演奏やめちゃって、どうかしたんですか?」
 見ると、両手は龍笛をもったまま降ろされていた。
 どうやら途中から演奏することを忘れ、ずっとあかねを見つめていたらしい。
「疲れてるのかも。今日は大変だったし」
「あ、ああ。そうかもしれないね。だが、それは君も同じなんじゃないかい?」
 そう言われたあかねは、小さなあくびを手で隠しつつ、
「ん〜。静かな演奏聞いちゃったからリラックスしちゃって、ちょっと……眠いかも」
 友雅さんの演奏が退屈だったわけじゃないんだけどね。などと照れ笑いをしながらあかねは言った。
「ふふ、わかっているよ。それではそろそろ宴はお開きにするとしようか」
 友雅は龍笛を布に包み、しまいながら言ったが、あかねの返事は返ってこなかった。
「神子殿?」
「…………友雅さん。今日は何で……名前で呼んでくれないの?」
 いつもはあかねと呼んでくれるのに。
「そうだったかな?」
 確かに、今日はあかねと呼んでいない。それどころか、それはここ二、三日におよぶ。
 友雅はあかねの名を呼ぶのが怖かった。
 名を呼べば、想いはあふれて止まらなくなるような気がして。
 明日には消えてしまう月。だからこそ距離を置くために名を呼ばなかったのに。
「うそ! さっき神子殿って言った。それに触れてきてもくれないし」
 それどころか自分を避けていたように思える。
「そんなこと……」
「あるよ!」
 そう叫んだ後、あかねはかすれた小さな声で言った。
「私のこと、嫌いになった?」
 もう少しでお別れだから、傷つけないように黙っていた?
 あかねの瞳から、涙が一筋流れた。
「そんなことはない!」
 友雅は声を荒げ、否定した。
 そんな事はない。今にもあふれそうなこの気持ちを、やっとの思いで押し殺しているというのに。
 あかねは初めて聞く友雅の荒い声に、少々驚きながらも懇願した。
「じゃぁ、抱きしめて! あと少し、触れていたいの!」
 友雅は一瞬黙ったのち、一言是を唱えた。
 ゆっくりとあかねに近づき、抱きしめる。
 友雅のゆるやかな動作に、しかしあかねにはぎこちなく感じた。
 猜疑心が立っているからにせよ、頭の中に違うと声が響く。
 どれでもやっと近くなった侍従の香りに、あかねはまだしゃくり上げながらも顔を擦り寄せて甘えた。
「友雅さん……」
「……………」
 あかねには見えていなかったが、友雅はひどく冷めた顔で虚空を見つめていた。
 まるで最後の輝きを放つ月に、想いをぶつけて壊さないようにと自分に言い聞かせているようだった。
 どのくらいの時間そうしていたか、友雅は少し身じろぎをした。
 それをきっかけに、あかねはゆっくりと顔を上げ言った。
「友雅さん。今日はずっとそばにいて」
 とても小さな声だったが、友雅にはしっかりと届いたようだった。
 だが、しばらく待っても返事が来ない。
 言葉の変わりに抱きしめる腕に力が入る訳でもない。
 あかねは友雅の顔を見てもう一度言った。
「ねぇ、一緒に、いて?」
「……………」
 友雅は傷を負った鹿のような目であかねを見ている。
 そしてやはり、なにも言わなかった。
 あかねはひどく傷ついた表情をし、叫んだ。
「もういいよ! 友雅さんなんて大嫌いだから!」
 友雅の腕を振りほどいて、あかねは室を出ていった。
「!……」
  あかねの足音が遠ざかる中、やっと延ばすことのできた手を降ろし、友雅は低くつぶやいた。
「どうするのが、よかったのだろう……」




 夜の屋敷の階に、あかねの足音がにぶく響く。
(友雅さんのバカ! 友雅さんのバカ!! バカバカバカ!!!)
 そしてひたと止まって。
「友雅さんの……バカ……」
 あふれだした涙が止まらなかった。
 最後の夜だから、一緒にいたかった。
 明日は帰らなければならないから、温もりを覚えていたかったのに。

――お前は私たちとは理が違う。
  今は龍神の力でここにいるが、その力が均衡を欠けばお前にも負担がかかる。
  だから気を清浄に保つように心掛けろ。

 いつか泰明に言われた言葉。
 自分の存在は龍神に左右される。
 京が平和になった今、自分の力はどうなっていくのか。

――わからぬな。龍神の力は強大で一様ではない。
  しかも四神は京の守りに戻った。お前に力を貸すことはできない。
  それ故に、今後龍神の気と自分の気を、どこまで調和できるか分からぬ。
  お前は帰った方が良いだろう。

 そのあとに聞かされた、悪いときに起こる事態。
 宴のときには明るくふるまって隠してはいたが、たまらなく怖かった。
「怖いよぉ……」
 そうつぶやいて、顔を手で覆って泣き出した。




 このままこの世界に引き留めることができたなら、どんなにいいだろう。
 しかし聞いてしまった。

――死ぬことも、あるかもしれぬな。

 愛しい者がいない生活と目の前で失う衝撃。
 どちらのが苦しいだろうか?
 自分は逃げているのかもしれない。
「桃源郷の月は、結局は桃源郷のものでしかない……」
 そう自分に言い聞かせて。
 酒の満たされた盃に月を写して、そのまま握り潰した。
「っ!」
 破片が友雅の手のひらに亀裂を走らせる。
 したたる血もそのままに、友雅はただ月を見上げていた。




 あかねが薄暗い室の中でひざを抱えて座っていると、背後で小さな音がした。
「?」
 部屋の奥から音がした、ということは何かが落ちたのだろうか。
 不思議に思って音の聞こえた方に目をこらす。
「……友雅……さ…ん……?」
 室の奥から現れたのは友雅であった。
「えっ、なんで。どうして…?」
 先程のことを思い出し、嫌われているのではないかという思いがあかねを後ずらせる。
 友雅はそんなあかねをいたわるように、ゆっくりと近づいてきてあかねのすぐそばに腰を下ろした。
「あかね……」
 そう一言つぶやくと、友雅はあかねを抱きしめた。
「!」
 状況の把握はできていなかったが、名前を呼ばれたこと、抱きしめられたことで、あかねの心に安堵が広がっていく。
 それが閂を外したのか、あかねはぐすぐすと泣きだした。
「と、友雅さん……」
 自分の腕を友雅の背に回し、きつく抱きしめあう。
 友雅はあかねをあやすように背中を撫でた。
「う……っく……ん」
 泣いていたのは半刻くらいであろうか。ようやく落ち着いてきたあかねはゆっくりと顔を上げ友雅に聞いた。
「な…なんで……ここ……」
 どうしてここに来てくれたのか。そう言いたいのに、しゃくりあげながらではうまく言葉にならない。
 それでも友雅には伝わったようだ。
「君のそばにいたいと思ったからだよ」
「で、でも……さっき…は、返事、してくれな……」
 先程の悲しみを思い出してしまったのか、再び涙ぐみながらあかねが続ける。
「ほらほら泣かない。先程はすまなかったね。これ以上君と一緒にいると、一層離れたくないと思ってしまうから……。だから答えられなかったのだよ」
「ほ、ほん……と……?」
「ああ。だが私も、あまり我慢強い方ではない。…君と触れていたかった」
 真摯な瞳で見つめられ、あかねは背筋を駆け上がる何かを自覚した。
「友雅さん」
 嬉しさのあまり、友雅に再び抱きつく。そして友雅の香りを深く吸い込んだ。
「!?」
 侍従の香りが、しない。
「どうしたんだい?」
 いきなり頭を離したあかねに、友雅は不思議そうな顔をする。
「友雅さんの香りがしない……誰……?」
 疑心あらわに後ずさるあかねに、友雅は一瞬驚いたような表情を見せ、そして肩をすくめた。
「やれやれ、香りとはな。所詮身代わりになどなれぬか」
 一瞬の瞬きのうちに友雅が消える。その後には知らない男がいた。
「だ、誰!?」
「ひどいな神子。私の声でわからぬか?」
「…………」
 目の前にいる男は端麗かつ壮麗。瞳はなく、その代わりこんじきの光があふれていた。
 聞いたことのある声だとは思う。しかしこの男と会ったことはないと言える。
「ふむ、これではどうかな?」


――シャン


「あっ!」
 音とともに見えた一瞬のビジョンに、あかねは叫んだ。
「思い出してもらえたかな?」
「あなた……龍神……?」
「そうだ」
「なんで……」
 なんでここに。しかも友雅の姿を借りて。
 視線でそう問いかけられて、龍神は瞳のない目を細めながら言った。
「お前が安らかに元の世界へ戻れれば良いと、思った」
「えっ?」
「お前は私の子とも言うべき存在だ。人の身なれど愛おしい」
 龍神はあかねが後ずさった距離を縮め、あかねの頬に手を添えた。
「そのお前が異世界で伴侶を見つけた。できればそばにいさせてやりたかった。
 しかし陰陽師にも言われたであろう、帰った方が良いと。お前という器が人であるから無理からぬことだ。だからせめて今宵は、と思ってな」
「龍神……さま……」
「子にしてやれることなど、たかが知れているのだな」
 強大な力をもつ龍神でさえ。
 なんとなくあかねは、元の世界にいるはずの父を思い出した。
 あかねは父によくやったように、龍神にぎゅっと抱きついて言った。
「ありがとう! ……でももういいよ。友雅さんに嫌われちゃったと思うし……」
 そういって泣き笑いの表情を浮かべた。
 それを聞いて龍神はいたわるような口調で、
「何を言っておるのだ。嫌われてなどいないぞ」
「うそ!」
「嘘ではない。あの者はいまだにお前を好いておる」
「だって、さっき返事してくれなかったし……」
 再び混乱してきて泣き出しそうなあかねに、龍神は背を撫でつつ言った。
「だからといって、嫌っているとは限るまい? 私が先程お前に言った言葉。あれはあの者の本心だ。
 あの者は想うあまりお前を壊しはしないかとおびえている。抱きしめたいと切望しながらも、お前に触れることのできなかった愚かな男だ」
「友雅さんが……そんなこと……」
「真に傷ついているのは、あの者であろうな」
 あかねは押し黙った。
 深く何かを考え込むような表情で、口を閉ざし、一言もしゃべらない。
 龍神もまた、むりに沈黙を破ろうとはせず、穏やかにあかねを見守った。
「ねぇ! このままこの世界にいたら、私はどうなるの?」
 突然なされた質問に少々驚きながらも、龍神は答えた。
「私の力は人が受け止めるものとしては大きすぎる。しかし、お前はあの陰陽師が言っていたよりもずっと強い。日々を過ごすのには問題ないが……」
 龍神は言葉を濁した。
 あかねは真剣な瞳で聞いている。
 その瞳にうながされて、龍神は再び口を開いた。
「問題は、お前の気の調和が崩れ始めたときだ。体調を崩したり、年を取ったり。どのみち本来のお前の寿命までは生きられまい」
 ショックじゃないと言えば嘘になる。覚悟していたとは言え、実際に聞いたときの衝撃はすさまじい。
 それでもあかねは光を見つけだした。
「……なんとかなるかもしれないんだよね」
「神子」
「私、ここへ残る!」
 その言葉を聞いて、龍神はかすかに眉を跳ね上げた。
「良いのか? これに関しては、私は何もすることができんぞ」
「うん。だって……一緒にいたいから」
「あの者はお前を目の前で失うことも恐れているぞ?」
 あかねは一瞬だけ止まったが、すぐ思い直してはっきりと言った。
「友雅さんに、一緒に耐えてもらいたい」
 拒否られちゃったら、なんとか自分で生きてくよ。
 あかねは笑いながらそう言った。
 なにより、そばで時を刻んでいきたいから。
「それに、私を好きなくせに泣かせたんだから、これくらいはいい気味ですよ〜」
 それは本心ではなかったが、心に残る不安をその言葉で閉じ込めた。
 決意を変えないらしいあかねに、龍神はため息をついて言った。
「わかった。私も出来る限りの過誤を与えよう」
 そして再びあかねの頬に手を伸ばし、そっと触れた。
「幸多かれ、強き光よ」
 頬にかすめた手のひらを感じた瞬間、その現実は消えていた。
 辺りには何もない。室にいるのはあかね一人だったけれど、頬に残るかすかな温もりが、これは夢ではないと教えてくれる。
「よし!]
 あかねは伸びをして床に向かった。
 もう夜明けは近いが、少しでも寝て体力を戻さなくてはならない。
 現代に帰る友人を笑顔で見送るために。
 そして焦がれてやまないあの者に、決戦をしかけるために。




「ここで……、お別れだね」
 今にも雨の降りそうな重い空の中、あかねたちは神泉苑に立っていた。
 ずっと降っていなかった日照りを潤す雨は近いようだ。
 あかねは天真と詩紋、それにランを前にして静かに言った。
「あかねちゃん、本当に帰らないの?」
 寂しそうにあかねに言う詩紋。
「うん。友雅さんのそばにいたいから……ごめんね」
 少し涙ぐんでいる詩紋をあやしながら、しかしはっきりとあかねは言った。
 それを聞いて、天真はあきらめたため息をつきながら言った。
「ま、しょうがねぇな。ホラ詩紋。いつまでめそめそしてんだよ。…こいつとどれくらい付き合ってきたんだ?」
「うん……。あかねちゃん、元気でね」
「うん。詩紋君も」
 あかねは詩紋に手を差し出した。
「あかねちゃん。……その……、色々迷惑掛けてごめんなさい」
 詩紋との握手が終わると、今度はランが進み出てきた。
 アクラムの元から奪い返して、ほんの数日の付き合いだったが、二人はとても仲良くなっていた。
「ランちゃんのせいじゃないよ。それに、この件があったからランちゃんとも仲良くなれたし、感謝してるんだ」
「あかねちゃん……」
 ランとあかねは抱き合ってその友情を確かめ合った。
「一緒にお出かけできなくて、ごめんね」
 現代に戻ったら、一緒にめいいっぱい買い物をしようと約束していたけれど。
 すまなそうにあやまるあかねに、ランは抱き着きながら首を振った。
 そしてそっとランから離れると、あかねは天真と向き合った。
「元気でな」
 にかっとやんちゃな笑顔を浮かべ、天真はあかねに言った。
「うん。いろいろありがとう。元気で」
 少し泣きそうな笑顔をあかねの頭をぐりぐりとかく回しながら、天真は何かを差し出した。
「? ネックレス」
 それは天真が大事にしていたネックレス。ランとおそろいの物だった。
「やるよ」
「えっ、でも……いいの?」
 びっくりして聞き返すと、天真は頷いて、
「いいって。俺はもう、ランを見つけたしな。お前のおかげだ」
「でも」
 それだけではなく、家族の思いでも詰まっているんじゃ……。そしてこの京の思いでも。
「いいんだよ。あのバカに負けないように、お守りだ」
「……ありがとう」
 あかねの頬を、一筋の雫が伝い落ちた。
 それはあかねの涙か、それともぽつりぽつりと降り出した雨か。
「あ! ぼくも、えっと……どうしよう」
 手軽に差し出せるものをもっていない詩紋が焦る。
 そして、ブレザーについていたボタンを、一つだけちぎって差し出した。
「お守りにはならないかもしれないけど……」
「ううん! そんなことないよ! 詩紋君もありがとう」
 ランは天真同様ネックレス。
 3つの贈り物を胸に抱き、嬉しさのあまりあかねはうつむいてしまった。
 今の自分に返せるものがないことが悔しく思える。
「何か……ないかな……」
 あげるとすればネクタイのみ。しかし一つしかない。
 おたおたするあかねに、天真と詩紋は顔を見合わせて笑った。
「あかねちゃん」
「じゃん!]
 二人に呼ばれて顔を上げると、天真はにかっと、詩紋はにこにこと、紙切れを差し出した。
「あかねちゃんからもらった物忌みのときの文だよ」
「そ〜そ〜。キタナイ字のな」
 憎まれ口をたたいてはいるが、天真のその口調は友情にあふれていた。
「僕たちはこれがあるし、それに、心はいつもみんな一緒だよ」
「詩紋君……」
 じゃぁ、ランちゃんにはネクタイ。そう思ってあかねはランにネクタイを差し出した。
「その…邪魔にならなければだけど……」
 そっと差し出したあかねに、ランはにっこりほほ笑んで受け取った。
「大事にするよ。元気でね」
 物々交換も一段落したところで、天真は言った。
「そろそろ、行くか」
「はい」
「そうね」
 天真の号令に、あかねを除く二人はゆっくりとうなずいた。
 そして、詩紋、ランと空間の歪みに触れ、消えていく。
 天真は歪みに触れる前にあかねに向き直った。
 あかねに近付くと、おもむろに頭を抱き寄せた。
「てて天真君!?」
「頑張れよ、お前なら負けねぇよ」
「……………」
「じゃな」
 そしてさっさと離れると、躊躇無く歪みに触れて消えていった。
 三人が通った衝撃で、歪みはますます形を歪ませ、やがて霞のように消えていった。
 あかねは静かにそれを見つめながら、しばしその場に立ち尽くしていた。
 雨とも涙ともつかない雫が、あかねの頬を伝い落ちる。


――がさっ。


 佇む自分の背後で音がして、あかねはびっくりして振り返った。
「……なぜ………」
 茂みから出てきたのは友雅。
 心底驚いた顔をしてあかねを見つめ、何か言いたげに口を動かしていた。
 しかしうまく言葉にならない様子で、口を開いては再び閉じる。
「……なぜ……帰らなかったんだ………」
 突然の友雅の出現に、あかねの頭は一瞬真っ白になった。
 しかし今のうちに、三人に後押ししてもらった温もりがあるうちにと思い直し、あかねは深く深呼吸をして口を開いた。
「なぜって……、この世界に残りたかったからです」
 少し震えた声で、ゆっくりと友雅に近づきながらあかねは言った。
「だが! この世界に残ったら君は……!」
「しょうがないじゃない!」
 なおも疑問符をぶつけてきた友雅に、あかねは叫んだ。
「……友雅さんの、そばにいたかったんだから!」
 瞬間、友雅が目を見開く。
 そして残っていた少しの距離を縮めると、性急にあかねの唇を奪った。
「んっ………」
 噛み付くような口づけ。
 いつもされていた優しい口づけとは比較にならない激しさに、あかねは力が抜けて立っていられなくなった。
 それを支えながら、やっと唇を離した友雅が暗くつぶやく。
「君は……なぜそんなにも私を苦しめるのかな……?」
 うつむき、表情は髪に隠れて見ることができなかったが、触れている肌から、友雅がかすかに震えているのを知った。
「いずれは帰ってしまう月だからと、手を伸ばすのを必死で押さえ距離を置いてきたのに、なぜ、なぜ君は……堪えられなくさせるんだ!」
 そしてまた口づけ。
 友雅はあかねを力強く、だが優しく抱きしめた。
 あかねもそれに抗わず、友雅に体を預けた。
「本当に、これでよかったのか?い」
「はい」
「泰明殿が言った言葉は、覚えていた?」
「……はい。でも友雅さんと一緒にいれば、戦っていける。……一緒に耐えてほしいんです」
 龍神から聞いてはいても、拒否されるかもという気持ちは残る。
 その影響か、小さく震える声であかねは友雅に言った。
「君は本当に、月の姫君だね。無理難題を言ってくれる……」
 あかねの額に口づけを落としながら友雅は言った。
「この心の弱い私に、君を失うかもしれない恐怖に耐えよとの仰せかい?」
 拒否されたかと涙ぐむあかねの唇を指でなぞり、
「………だがまぁ、月の使者が帰ってしまった以上、頑張るしかないのだろうね。何より、君と共にいたいから」
 それを聞いて、あかねが静かに泣き出す。
 友雅はあかねの頬を伝う涙をそっとなめとりながら、穏やかで魅惑的なほほ笑みを浮かべて言った。
「せっかく月に手が届いたのだ、どうか笑ってくれまいか? 私に笑顔を見せておくれ」
 顔を涙で濡らすあかねの頭をそっと撫でて、
「さぁ、笑って」
 あかねは涙を流しながらも無理やりほほ笑んで、見上げる友雅に言った。
「友雅さん、ずっとそばにいてくださいね」
「お望みのままに、姫君」
 二人はその存在を確かめ合うように抱き合った。
 始まりの場所、神泉苑で、また新たな時が刻み始めるのだった。

 

〜あとがき〜
 友雅さん、いじめるの楽しい〜vv(爆)
 朱夏様にGOサインをいただいたのをいいことに、またも友雅さん苦しんでいます。
 そして今回も損な役回りの方をお呼び致しました。龍神様。
 私はこういう、損な役回りの方々も愛して止まないようです。天真君とか、他の八葉×あかねの時の友雅さんとか。はっはっはっ。

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