友雅君のクリスマス

「だからさぁ、クリスマスにはサンタさんが来て、いい子にプレゼントくれるんだぜ!」
 そう言ってイノリがうきうきと話すのを、友雅は少し離れた場所で聞いていた。
 イノリの周りには園児が集まっている。みな瞳を輝かせてイノリの話に聞き入っていた。
「夜におれたちが眠ってから、トナカイさんに乗ってくるんだ!」
 そこまで聞いてから、友雅はため息をついた。
「バカだなぁ。本当にサンタさんが来ると思っているのかい?」
 友雅は座っていたイスから立ち上がった。
「パパが言ってたよ。サンタさんは本当はいなくて、夜にこっそりプレゼントをくれるのは、パパ達なんだよ」
 え〜。本当かよ〜。などの成否を問う声が他の園児たちから上がった。
「う、うそじゃねぇよ! とぉちゃんが言ったもん! おれ、紙にプレゼント書いてクリスマスの木に飾ったもん!!」
 イノリが顔を真っ赤にして叫んだ。
 そのとき、手を鳴らす音が聞こえて、あかねが園児たちの間に入りこんだ。
「はいはい、ケンカにはしないようにね〜」
 にこにこと皆を宥めて回る。
「先生〜! うそじゃないよ! サンタさんは来るんだよ!」
 ちょっと涙目のイノリが訴える。
「そうだね、イノリ君が良い子にしていれば、きっとサンタさんは来てくれるよ」
 屈んで目線の高さを合わせたあかねにそう言われ、イノリは涙を目尻に残したままにかっと笑った。
 友雅はそれを遠巻きに見ながら無表情でため息をつき、そっと部屋を出ていった。
「友くん…………」
 園児たちにまとわりつかれながら、あかねもそっとため息をついた。





「と〜もくん!」
 冬の寒空の中、一人ブランコで遊ぶ友雅を見つけ、あかねは歩み寄った。
「あかねせんせい」
 友雅は近づいてくるあかねを見て、ブランコを漕ぐのをやめた。
「せんせいはどうしてウソつくの? サンタさん本当はいないんだよ?」
 上を向いて問いかける瞳が、少し傷ついた色をしていた。
 あかねは心の中で大きなため息をついた。だれも傷つけない方法があったらよかったのに。
 あかねはさっきイノリにしたように、友雅の足元にひざをつけて屈んだ。
「友くんは、どうしてサンタさんがいないと思うのかな?」
「だって……ぱぱがいないって言ってたんだもん」
「そっか……」
 そういってほほ笑んだ。
 あかねは隣の開いてるブランコに座りながら、手招きした。
「友くん、外は寒いよ。こっちきてごらん。温めてあげる」
 おずおずと近寄ってきた友雅をひざに抱え上げ、あかねは友雅を後ろから抱き締めた。
「せんせい、温かい……」
 体温で言えば、あかねより子供の友雅の方が断然温かい。
 しかし、冷たい空気の中で寄りそうことは、確かに温かかった。
 あかねはふふふっと笑った。
「そお? 友くんも温かいよ」
「ほんと?」
 友雅が振り向いて見上げる。
「ほんと♪ ……ねぇ友くん。確かに、友くんが言っていることは当たっているんだけどね」
 あかねはゆっくりと染み込むように、一言一言はっきりと話し出した。
「それでも、先生はサンタさんがいると思うな〜」
「どおして?」
「それはね。サンタさんが“幸せを運ぶ人”だからだよ」
 よくわからない。というような顔を、友雅はした。
「友くんはクリスマスにパパからプレゼントをもらうの?」
 こくり、と友雅はうなずく。
「嬉しい?」
 こくり、とさっきよりも少し力強くうなずいた。
「その嬉しい気持ちが、サンタさんからの贈り物なんだよ」
「でもサンタさんはいないんだよ?」
「そう、本当はいないの。見えないところに隠れてるんだよ」
「どこに?」
「友くんや、いろんな人の心の中」
 そう答えると、友雅は驚いたように自分の胸を見た。
 そのしぐさが可愛くて、あかねはこっそりと笑ってしまった。
「でもそれは見えないの。友くんや友くんのパパ。イノリくんや天真くんや藤姫ちゃんの心の中にもいるよ。でもみんな見えないの」
「恥ずかしがり屋さんなの?」
「そうかも」
 おもしろそうな笑顔であかねが言うと、友雅はふ〜んと言って足をブラブラさせた。
「でも……。サンタさんがいるなら、どうしてパパはいないっていったのかな?」
「え〜っと、ねぇ……。きっと、友くんをがっかりさせたくなかったんだよ」
「えっ?」
「サンタさんがいるとしたら、友くんは会ってみたい?」
 こくり、とうなずく。
「でも隠れてるから会えないでしょ? だから友くんががっかりするかもって思ったんだよ、きっと」
 ちょっと、苦しいかも……。と、あかねは思った。
(あとで友くんのお父さんに話さないと……………)
 あのお父さん、苦手なんだよなぁ。
ため息をつきながら、ちょっと弱気になるあかね先生。
 あかねの心中などつゆ知らず、友雅はそっかぁ〜と納得してにこにこ笑った。





「と、言う訳なんです」
 放課後、あかねは友雅を迎えに来た父親を職員室に呼び、今日の出来事を話したのだった。
「ふぅむ、なるほどね」
 いつもくせのある笑顔で、そこの読めない友雅の父。
 あかねはこの父親が苦手だった。
 今も、食えない笑みを浮かべたまま、なるほど。しか言ってこない。
(何を考えてるのか、さっぱりだよ〜)
 あかねは内心冷や汗をかいていた。
「あの……橘さんは、どうして友くんにサンタさんがいないと言っているんですか?」
「息子にウソを教えても、本当のことを知ったとき恥をかくからね」
 何を考えているかは全く分からないが、その言葉が本当の理由じゃないことはなんとなく分かった。
「でも、幼稚園にいるときくらいは、信じててもいいと思われません?」
 家庭の教育法に、保母はどれくらい口出すべきなんだろうかという葛藤と戦いながら、あかねは恐る恐る言ってみた。
 友雅の父親は、くすくすと笑った。
「なるほど、先生は信じてらしたんですね、サンタクロース」
 からかわれているように思えて、あかねは頬を赤くした。
「橘さん、まじめに聞いてくださいよ!」
「ふふっ、失礼。先生があまりに可愛らしかったのでつい」
 なにが“つい”だ。
 本当にこの人は、心臓に悪い。
「いえ、私もね、子供のころ信じてましたよ。サンタ」
「じゃぁどうして……?」
「去年、サンタさんにお願い事は? と聞いたとき、言われてしまいました。“お母さんに会いたい”っと、ね」
 あかねは息を呑んだ。
 友雅の母親は去年他界した。
 死というものの意味はわからなくても、友雅は聡明な子だ、もう会えないことくらいはちゃんと理解している。
 それでも会いたいと思ってしまうのはあたりまえだろう。
「す、すみません」
 恐縮して謝るあかねに、友雅の父は苦笑いしながら首を振った。
「気にしないでください。でも当時の私にはきついものでね。それで思わずサンタクロースはいないと言ってしまったんですよ。その代わり、私がなんでも叶えてあげると」
 友雅の父は自嘲気味に笑った。
「友雅は私が母親を連れて来ることなどできないことを知っていました、それに……付け込んでしまったんですよ、私はね」
 最低な父親です。少し歪んだ笑みでつぶやく。
 あかねは何も言えなかった。





「それでは、友雅が待っていますので帰ります。本日もお世話になりました」
 友雅の父は立ち上がりながら頭を下げた。
「おもしろくもない話をしてしまい、申し訳ない」
「いえ、その……こちらこそ大変失礼を……」
 恐縮して慌てふためきながら頭を下げるあかね。
「先生に謝られてはこちらこそ申し訳ない。どうか今日のことは忘れてください。明日も息子をよろしくお願いします」
 そういってほほ笑む姿は、いつもの飄々とした感じと同じだった。
「パパ〜!!」
 向こうから走ってきた友雅を抱きとめ、軽々と抱き上げた。
「今日ね、先生とブランコ乗ったんだよ」
「そう、それは羨ましいな」
「あとねぇ、サンタさんは本当はいるんだって。でも見えないんだって。あかねせんせいが言ってた〜!」
 その言葉を、あかねは内心冷や冷やして聞いていた。
 友雅やその父親を、新たに傷つけてしまうかもしれない。できれば避けたい話題だった。
 そんなあかねを横目で見ながら、友雅の父親は息子に笑いかけた。
「そうだね。友雅、サンタさんはママと一緒のところにいるんだよ。だから見えないんだ」
 あかねはビクッと震える。
「だからね、ママと一緒に友雅の事を見守ってくれる。幸せなことをいっぱい贈ってくれるんだよ」
 えっ!? とあかねは驚いて顔を上げる。
 そこには友雅の父親の優しい笑顔があった。
「そっか! じゃぁ、ずぅっと一緒だね!」
 友雅の嬉しそうな声とともに、真冬の冷たい風が少し和らいだ気がした。
 まるで、天使が羽を延ばして風を避けてくれたみたいに。


 もうすぐクリスマス。
 もしかしたら、奇跡は起こるかもしれない。
 誰もがほんの少し、奇跡を信じれば。
 きっと、優しい言葉が聞けるだろう。

 

〜あとがき〜

 …………この話は反則でしょうかね?(汗)
 この話を書き上げた時、読み返して不意に涙ぐんでしまいました。いえ、自分の文章に酔ったわけではなく(笑)
 でもいいネタを思いついたとは思いました。えらいぞ自分。
 というか、この話は他の人がどう受け止めるかがものすごく気になります。よよよろしかったら、かかか感想ください。批判でもいいんで〜(切実)
 ちなみに勝手に殺している友雅君の母親。イコールあかねかどうかは神のみぞ知る(爆)
 故意に「かもしれないし、違うかもしれない」を目指したんで。じゃないとあかねちゃん殺しちゃうことになるし、それにあかね先生は? とかなるから……。ずるいですね、すみません、ははっ(汗)

 

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