今宵、夜桜の中で君と

「友雅さん、散歩に行きません?」
 あかねがそう友雅を誘ったのは、少し強めの風が吹いている春の夜。土御門であかねが与えられている部屋でのことだった。
 夕餉を終えてくつろいでいるときに言われた言葉に、友雅は形のよい眉を少しだけ上げた。
「……今から?」
「そう! 夜桜を見に行きたいな〜なんて」
 誘うあかねの声色はどことなく弾んでいて、表情も笑顔だ。
 だが、そんなあかねを友雅は一瞥して、
「だめ」
「ええぇ〜!! なんで〜!?」
 さらりと却下した友雅に、あかねは納得がいかない、というふうに抗議の声を上げた。
「なぜって……当たり前じゃないか? 夜に出歩く者などいないよ」
 一部を除いては……と思ったが言わなかった。
「そ、そうなんですか?」
「神子殿の世界では、散歩は夜にするものなのかい? だがこの世界では、物の怪などを恐れて皆夜は出歩かないよ」
「そんなぁ………」
 知らなかった。見るからにしゅんとするあかね。
 友雅はあかねを諭すように言った。
「夜は物の怪など、怪異の宝庫だからね。それに、いくら月が出ている今日でも夜道の足元が暗いのは変わらない。いくら明かりを持っても、この闇全てを照らし出すことはできないからね、あぶないよ。八葉である私が、君をわざわざ危険の中に連れて行くことはできない」
 わかるかい?
 友雅に優しく言われて、あかねはしおらしく頷く。
 しかし、やはり気持ちの整理が追いつかないのか、ため息と共に小さく吐き出した。
「……友雅さんと一緒に見たかったのになぁ、夜桜」
 今夜は満月だから、きっと綺麗だろうと思ったのだ。だから……。
 残念そうにつぶやくあかねを見て、友雅はやれやれという気持ちになる。どうもこの姫の我がままには弱いようだ。
(しかし……、軽々と了承するわけにいかない願いというのも事実……。さて、どうしたものかな)
 よく夜歩きする友雅は思った。自分一人なら話は簡単だったのだけれど。
 友雅はしばらく考え込んで、やがてほほ笑んで顔を上げた。
「では神子殿。お互い譲歩する方向で、こんな案はどうだろう?」




「きれ〜い!」
 当初の予定の桜並木とはいかなかったが、そこには、そんなことを忘れさせてくれる美しさがあった。
 今あかねと友雅がいるのは藤姫の館の庭園。いろいろな草木で溢れるこの美しい庭には、当然ながら桜の木も植えられていた。それも、代々土御門を見守ってきた老齢の大樹が。
 あかねはこの館内から出ないこと。友雅は夜に出歩くことを互いに譲歩し、この散歩は実現した。
 館内であるからして、散歩というには到底及びつかないが、それでもここは左大臣という大貴族の館。気分は十分に満喫できた。
「神子殿。足元に気をつけて」
 いくら結界内だとしても、道が暗いという問題は解決しない。友雅は危なげな足取りのあかねに心配そうに声をかけた。
「大丈夫ですよ〜。……んきゃぁ!」
「……全く、言ったそばから……」
 呆れ顔で言う友雅だが、その口調はどことなく楽しそうだった。
「す、すみません」
 友雅に抱きとめられて、顔を赤くしながらあかねがあやまる。
 あかねがしっかりと立ち直るのを確認して、友雅は、名残惜しげに手を放した。
「桜、綺麗ですね」
「そうだね」
 月の光に照らされて、桜は白く光って見えた。
「友雅さんは桜、好きですか?」
「好きだよ」
「私も。一番好きな花なんです」
 月夜に浮かび上がる大きな桜の木をうっとり眺めながら、あかねは言った。
 友雅は桜ではなく、桜を見上げるあかねに見惚れた。
「……どうかした?」
 あかねが瞳を閉じたのを見て、友雅は声をかけた。
「しっ」
「?」
 あかねに静かに、と言われ、訳も分からず友雅は黙った。
 しばらくしてあかねがゆっくり目を開けた。
「音をね、聞いてたんです」
「音?」
「そう。桜の枝が風に鳴る音」
「ああ。なかなかいい音だね。楽のようではないが、落ち着くよ」
 友雅も耳をすまして聞き入る。
「波の音に似てますよね?」
「波?」
 波とは? とその視線で訴えてくる友雅に、あかねは不思議そうに返した。
「波、知りません? 海の波……」
 あかねにそう言われて、友雅はああ、と頷いた。
「その……知識としては知っているけど、私は海を見たことがないから」
「へ〜。じゃ、今度行きましょうよ! 海ってね、すっごく広くて、爽快な気持ちになれますよ!」
「へぇ」
 友雅がおもしろそうに頷く。
「夏に行くと涼しくていいかも。泳いだり、砂浜で遊んだり……。あ、それにね、海ってすごいんですよ! 全ての生き物が海から生まれてきたって言ったら、友雅さん、信じます?」
「海から?」
「そうなんです。遠い昔、最初の生き物が海から生まれて、いろんな方向に進化して、それが人間になったり、鳥になったり、犬になったり!」
「……想像もつかないな」
「でっしょう?」
 あかねはおもしろそうに笑った。友雅が知らないことを教えられるのが嬉しいようだ。
 でね〜、といろいろ語るあかねをみて、友雅は複雑な気持ちになる。
 自分の世界のことを話すあかねは、ひどく遠い存在に思えた。




「そういえば、桜についてはいろいろと恐ろしい話も聞くね」
 あかねの世界の話が一通り終わって、再び桜の話題になったときだった。
 友雅の発言に、あかねは首をかしげて言う。
「桜の木の下には死体が埋まっているってヤツですか?」
「……君の世界ではそうなの?」
 それは穏やかではないねぇ。と友雅。
 あかねは慌てて否定した。
「い、いえ、実際に埋まっているって訳じゃ……。その、なんて言うか、桜の綺麗さって、どことなく怖い感じがするじゃないですか。だからそれを表す表現の一つ……かな」
「確かに、この美しさを見てからそれを聞くと、納得してしまうね」
 恐ろしいことだ。
「神子殿は、恐ろしいと思う? この桜の美しさを見て」
 う〜ん。とあかねは考え込んだ。
 そして夜風に乗って流れて来た桜の花びらを手に乗せながら、
「ちょびっとは。んでも、その怖さも含めて、綺麗だなぁって思うんです。あと、桜って、短い季節にいろんな顔を見せてくれるでしょ?」
 咲き始めの顔、満開の顔、散り始めの顔……。そして最後は葉桜。
「それに、昼と夜で全然顔が違うの。昼は綺麗な桃色なのに、今こうして見ていると真っ白に見えるし。あと夕日に照らされてるときは、紅葉みたいに真っ赤!」
 あかねは楽しそうにくすくすと笑った。
「あ、あとね。月も好きなんです。月も桜みたいに、いろんな顔を持っているし」
「満ちたり欠けたり?」
「そう」
 見上げた空には、月と桜の木しか映らない。
 そう、ここは現代ではない。そびえ立つビルも、電柱も電線も邪魔はしない。
 あかねはうっとりと空を見上げていた。
 そんなあかねを見ながら、友雅がふいにつぶやいた。
「君も……似ているね」
「へっ?」
「君も桜や月に似ている」
「そ、そうかな……?」
 あかねは照れて頭をかいた。
(似ているよ……)
 友雅は真摯な瞳であかねを見つめながら思う。
(これほどまでに私を魅了しておきながらそれでも飽き足らず、次から次へと顔を変えるのだからね)
「……友雅さん?」
 ゆるぎない視線に照れを感じて、頬を染めながらあかねが呼びかける。
 自分の思考の海に沈んでいた友雅は、はっとして我に返った。どうしたのかと問いかける視線に笑いかける。
「なんでもないよ。……寒くない?」
「大丈夫です。あ、そうだ、橋の方にも行きましょうよ!」




 ゆっくりと歩いて、池にかかる橋に向かうと、そこにも素晴らしい光景が待っていた。
「わぁ〜!」
 あかねが感嘆の声を上げる。
 あかねが見た光景は、美しい月をそのままに写す水面。ちょうど月に向かって走る池は、まるで月への入り口に見えた。
「すごい、かぐや姫が降りてきそう」
 橋の手摺りに手をかけ、身を乗り出すあかね。
 それを見て、友雅は胸の内がざわめくのを感じた。
(行かないで欲しい)
 理由もなくそう思った次の瞬間に、友雅はあかねを抱きしめていた。
「と、友雅さん!?」
 いきなり後ろから抱きしめられ、目を白黒させてあかねは驚いた。
「どどどどどうしたんですか!?」
「行かないでおくれ」
「えっ? えっ? えぇっ?」
「私のそばにいて欲しい」
「え〜っと、その……えっと」
 友雅の意図が分からず、あかねはうろたえた。何と言っていいか分からない。
 友雅はあかねの耳元に小さくささやきかけた。
「消えないでおくれ……」
 その声は消え入りそうに小さく、吐息のようだったが、はっきりとあかねに耳に届いた。
 しばらく二人してそのまま固まっていた。
 声をかけようにも言葉が見つからなかったあかねだが、しばらくして一言、応えた。
「あの……。私はここにいます。友雅さん」
 それが正解かはわからないが、抱きしめてくる腕をぽんぽんと叩きながら、もう一度言った。
「今、私は友雅さんの腕の中に、います」
 友雅はしばらく動かなかったが、やがてゆっくりとあかねを向き合い、ほほ笑みを浮かべた。
「そうだね」
 それは悲しいような嬉しいような……。ただ静かな笑みだった。
「さて、そろそろ中に戻ろうか。いつまでも夜風に当たっていると体を冷やしてしまうし」
「はい、そうですね」
 少し引っ掛かるものを感じていたが、友雅の言うことにあかねは素直にしたがった。
 それはきっと、友雅の胸の深いところにあるものに、なんとなくだが気づいたからだろう。
 そしてその気持ちは、自分の中にもあるであろうことも……。

 

〜あとがき〜
 よくわからん話。この一言に尽きます。尽きてしまいます(泣)
 そもそもこの話は、どんな背景があるのか。そこのところが実に曖昧です。
 いつもは話に矛盾が起きないように、しっかりと考えてから書いたりするのですが、今回はあえてやりませんでした。のでいつにも増してよくわからないかも。
 しかしその替わりと言ってはなんですが、実に妄想魂をくすぐる作品だと思っております。この話の世界は、読んでいるあなたが作ってください。ええ、煮るなり焼くなりお好きにどーぞ。
 背景を設定していない分、ラクをしているかと思いきや、実はいつもより書くのが難しかったりします。なぜならば、作者が混乱したから、ダメじゃん(笑)自分の書いた文章で、自分から迷宮入りしてどーすんだ。まぁいいけどね、ぐすん。
 この話は、サイトの一周年(+2カ月/爆)記念フリーにしていました。

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