天真君奮闘記

「あかね。土曜日に映画見に行かないか?」
「えっ?」
「見たい映画があるって言ってただろう? ホワイトデーのお返しがてら、おごってやるよ」
「えっ、ウソ、ホント!? 行く行く!」
 その笑顔にドキリとしながらも、天真は笑って言った。
「じゃぁ、駅のアトムの前に11時でどうだ?」
「うん、わかった! 楽しみにしてる!!」
 じゃぁねー。と去って行くあかねの後ろ姿を見送りながら、天真はこぶしに力を込めた。
 よし、果たし状は渡した。あとは当日の行動にかかっている。
 その日こそ、あのにぶいあかねに自分の気持ちを伝えるのだ。
 土曜日は、決戦の日。




「で……」
 土曜日、京都駅前に集まった人間を見て、天真は思い切り叫んだ。
「何でお前らがいるんだー!!」
 叫び疲れてぜーはー言っている兄に向かって、ランは淡々と答える。
「何でって……あかねに誘われたから」
「……まじかよ」
 天真はげんなりと肩を落とした。
「っていうかさー妹なら気を利かせて断るくらいしてくれよ〜。俺が! 今日! どんな気持ちでここへ来たかっ!! わかってるんだろ〜」
 天真があかねを想っていることなど、仲間内ではメジャーな話題。気づいていないのはあかね本人くらいである。
 ランは再び淡々と答えた。
「うんでも、おもしろそうだったんだもの」
「て、天真先輩……ごめんなさい」
「し〜も〜ん。お前まで〜〜」
 天真は半泣きの情けない顔で、じろりと後輩をにらんだ。
「ご、ごめんなさい。ランちゃんが絶対来いって……」
 こういうときのランには、なんとなく逆らえない。別に特別な感情がある訳でも、弱みを握られている訳でもないのだが。
 天真は日本海溝よりも深いため息をついた。
 それを見てランは、腰に手を当てて言い放った。
「ちょっとお兄ちゃん忘れてない? 相手はあかねなのよ?」
「それが?」
「私が断ったら、違う人誘ってたかもしれないんだよ?」
「あ…………」
 思いっきり忘れていた。本日の強敵のことを。
 無論、あかねとて天真に内緒でほいほい人を誘うような人間ではないのだが――何せ天真は人付き合いが少ないので――、なにせあの通り破壊的なまでのにぶちんなので、天真はうっかり否定し損ねてしまった。
 その時、11時まであと5分の時間を残してあかねが到着した。
「おはよ〜。何話してるの〜?」
「あ、あかねオハヨ。お兄ちゃんがね、私たちにも映画おごってくれるっていう話」
「何ィ!?」
 そんな事を約束した覚えはこれっぽっちもない。
 天真が慌てて否定しかけたとき、上目使いで天真をにらんだランが、
「そうよね、お兄ちゃん?」
 えもいわれぬオーラに、天真は一瞬引いてしまった。
「あ〜! どうにでもなれっ!!」
 本日一日で一生分の苦労を使い果たしそうだと、天真は、今からものすごく疲れた気分になった。




「映画……、絶対混むよね」
 真剣な表情であかねは言った。
 あかねたちが見ようとしている映画は、ついこの間公開され始めたばかりの物。しかも人気俳優が出ていることから、どの回だろうと混雑が予想された。
「そうだね。今から行って、席取れるかなぁ?」
「たぶんムリじゃない?」
 どうしようと言い合うあかねたちを見て、天真はふんと鼻を鳴らした。
「じゃぁ先にメシ食っちまおうぜ。何時から始まるかだけ確認してよ」
 それが一番無難な案だったので、一行はそれに従った。
 映画館に着くと案の定、たくさんの人で混雑していた。
「3時半からだね。前の回が終わるの何時かな?」
 予定表を見ながら詩紋がつぶやく。
 あかねは不思議そうに、前の回? と詩紋に聞いた。
「うん。前の回がやってる内に入っておけば、最初の方に席を取れるでしょ? そうすればどう転んでも席は取れると思うから」
「そっか。そうだね」
「じゃぁ、1時間前には来ておく?」
 ランが天真に同意を求める。
「そうだな」
 そんな訳で、それまでの時間を昼食で潰すことにした。




「あ、ちょっとココ見てっていい?」
 そうあかねが断って店に近づいていったのは2時前の事だった。
 昼食を取り、十分に食休みを取った後、それでも時間が余ったので駅ビルをブラブラしていたのだった。
「なに? あかね」
 何が見たいのかと、後ろからのぞき込みながらランは聞いた。
「あ、うん。ピアス見たいなぁって思って」
 と言ってあかねが指さした先には、たくさんのピアスが並んでいた。
 だが、あかねの耳にはピアスホールは空いていない。
「穴空けるの?」
「う〜ん。まだ迷ってるんだ。…………痛そうだし」
 その口調は、真剣に葛藤しているようだった。
「でもねぇ、ピアスのデザインってカワイイやつばっかりでしょ? イヤリングだと種類少ないんだもん」
「そ〜ね〜」
 私はあんまり困ったことないけど。というランに、あかねは少しむくれて反論した。
「ランはあんまりアクセサリー好きじゃないからでしょ? 私は子供っぽい顔してるから、ちょっと大人っぽいアクセサリーでごまかしたいんだよ〜」
 なるほど乙女の戦略は奥が深い。
 そのまま店の中をぐるりと回っていくと、手作りアクセサリーのコーナーがあった。
「うっわ〜、めちゃくちゃカワイイ!!」
 だけど、手作り品だけあって、なかなかお高い。
「しかも……やっぱりピアスばっかりね」
 というより、ピアスしかない。
 見てわかることだが、ランに口に出されたことで一層残念に感じる。
「うぁ〜。コレすっごくカワイイのにな〜」
「あかね、そういう揺れるやつスキよね」
「うん〜。しかも赤いし」
 でもこれはピアス。
 う〜ん。ピアスピアスピアス……とつぶやきながら、あかねはその赤いピアスと睨めっこした。
「こういうとき、不公平を感じるよ〜」
 未練ありまくりの声であかねはうなる。
 ランが慰めるように肩に手を置いた。
「ピアスにしろっていう龍神のお導きかもよ?」
「……………そんなお導きヤダ」
 それでも見るのは楽しいので、そのコーナーをじっくりと見ていると、遠慮がちに詩紋が声をかけてきた。
「二人とも。そろそろ2時半だよ」
「あ、ホント? ごめんごめん。行こうか」
 最後に未練ありげに一瞥くれて、あかねたちはその店を去った。




「あ、オレちょっと忘れもん」
 駅ビルを出ようとしたとき、天真が声を上げた。
「どんくさいわね〜」
「何忘れたの?」
 前者はラン、後者はあかねだ。
 天真はランにうるせぇなと返してから、
「便所に行ったとき、時計置いて来ちまったみたいだ。ちょっと取ってくるから先行っててくれよ」
「待ってようか?」
「いいよ。……コレでチケット買って、入り口で待っててくれ」
 ランに5千円札を押し付けて、天真はじゃ、とか元来た道を引き戻していった。
「……………」
 ランはその後ろ姿をしばらく見ていたが、やがて自分を呼ぶあかねたちの声に、映画館の方へと歩きだした。




「すごい混雑だな」
 前の回終了時間前に着いたおかげで、席は普通に確保出来たものの、一行はあかねと天真、ランと詩紋に別れてしまっていた。
 映画館の混みようは想像以上で、帰ろうとする客と席を取ろうと突進する客の渦に、通路を隔てられてしまったのだから仕方がないが。
「天真君。ランが"終わったらロビーで待ち合わせしましょ"だってさ」
 あかねが通話を切りながら天真に言った。
 映画が流れている最中はもちろんマナーモードにするのだが、始める前の雑然とした雰囲気の中ではだれも咎める者はいない。
「ああ」
 返事をしながら、天真は緊張していた。
 あかねと二人っきりになったからではない。そんなものは今更だ。
 原因は、天真の携帯に届いたメールのせいだ。
(終わったら……)
 詩紋から発信されたそのメールには、終わった後自分たちは即効帰るから、あとは頑張ってください。と書いてあった。
 つまり、その時こそ決戦の時。
 そんなことを考えていたせいで、映画の内容はほとんど記憶に残らなかった。




「ラン達、来ないねぇ……」
 のびをしながら、あかねは改めてつぶやいた。
 実は、この言葉を紡ぐのは四回目になる。
(当たり前だ。もう帰ってるはずだから)
 でもそれは言えない。でないと勝負ができない。
(それにしても……いつ切り出そうか…………)
 あかねを引き留めるのは大変だったりする。
 スタッフロールと最後まで見る主義なんだと主張し、電話をかけてみようと言えば、混雑の波が過ぎてから出てくるのだろうとごまかし、メールを打とうとやりかければ、トイレかもしれないだろとか……。
 とにかく大変だ。
 この時、一般的になってしまった携帯電話を、心から呪った。
「あ、次の回始まっちゃったみたい……」
 さっき聞いたオープニングの曲が流れたのを聞き付け、あかねは天井を見上げて言った。
 天真はキョロキョロと回りを見回し、ほとんど人がいなくなったのを確認する。
 頑張れ、オレ。
 まずは、さっき買ってきたコレを……。
「ね〜、どうする天真君?」
「あかね、これやるよ」
 あかねに今後のことを聞かれてしまったが、ひとまずは無視。
 でないといろいろとタイミングがずれて、立て直せなくなるかもしれないし。
 天真はそっけない表情の裏で必死に戦略を巡らせた。
「え、コレなに?」
 あかねの手に渡されたそれは、リボンがかかった三角錐の箱だった。
「ホワイトデーのお返し」
「えっ、でもお返しは映画……」
「いいんだよ。オレがあげたいって思ったんだから」
「でも……。悪いよ」
 困惑しながらも、あかねは嬉しさに少しはにかみながら言った。
 その微妙な笑顔がことのほか可愛らしくて、天真は心の中で何かを殴る。
(超ぶっとびかわいいじゃねぇか!?)
 だが、いつまでもそんなことに気をとられている訳にはいかない。
 一歩間違えば混乱しそうなほど頭を回転させながら、その時天真はいいことを思いついた。
「いいよ。そ、その代わり……」
「ん?」
「その代わり………………」
「うん?」
「その代わり、来年のバレンタインには本命のチョコをオレにくれよ!」
 言った……!!
 ちゃんと言い終えた充実感に、少し達成感を覚えていると、次の言葉に叩きのめされた。
「何言ってるの〜。本命のチョコは好きな人にあげるもんでしょ〜?」
 そんな、さわやかに笑いながら言わなくたって……………。
 天真はちょっと風化した。
「天真君?」
 あわや砂になりかけたが、あかねのどうしたのかと問う声に、はっと我に返った。
 ったく、どこまでにぶいんだこんちくしょう。
「ったく! いいかげん気づいてくれよ!」
「えっ?」
 一瞬、実はさりげなく"ごめんなさい"だったらどうしようとか思ったが、それはあえて考えないことにした。
 天真はあかねの肩とあごに手をかけると、一発かました。
 その瞬間、あかねは固まった。
「!?」
「オレは、お前に彼女になってほしいの!」
 唇に手を当てて真っ赤になりながら、あかねは天真を見ている。
 にわかに混乱しているようだ。
(まだ足りないか? 今なら何も怖くないぜ)
 なかばヤケになった天真。今なら何度でも、どんな恥ずかしい告白だってできるかもしれない。
 もう一度告白を、今度はちゃんとスキと言おうと口を開きかけたとき、あかねがうつむきながらもごもごと言った。
「あの……それって……その……、わ、私のこと……スキだってこと?」
 最後の一言は今にも消えそうだった。
 天真はふんと鼻を鳴らし、
「他にどう取れるよ?」
「だだだだだって……」
 うつむいていても、髪の間から見える耳が染まっていて、あかねが赤面しているのが分かった。
「迷惑?」
 あかねはブンブンと首を振った。
「じゃぁさ、答え……聞かせて?」
 あかねの耳元で小さくささやいてやると、恐る恐る、という風に顔を上げて、言った。
「う、嬉しい……です」
 まだ少しうつむき加減の顔から上目使いで言われ、天真はたまらなくなってあかねを抱きしめた。
「て、天真君!?」
「…………よかった……」
 ちゃんと言えて。
 あまりのにぶさに何度もくじけそうになったけど。
よかった。




「もしかしてさぁ、ランたちがいつまで経っても来ないのは、コレに関係あり?」
 恋愛に関しては殺人的ににぶいあかねだが、妙なところでスルドイ。
「あ…う…うん」
「みんなでグルになってたってワケ!?」
「ち、違うって!」
「でも引き留めてたってことは、天真君知ってたんでしょ?」
「いや、あの……詩紋が………」
「あ、人のせいにしてる」
 ずけずけ言ってくるあかねに、天真はどう言ったものかと焦ってしまった。
 本当に困っているような天真の顔を見て、あかねはくすっと笑った。
「でもま、嬉しかったからゆるしてあげる」
 えっ、という風に天真が顔をこちらに向けたとき、さりげなく近づいて頬にキスをした。
「コレ……開けてイイ?」
「ああ」
 頬を染めて聞くあかねに、天真もまた、少し顔を赤くしながらうなずいた。
「あ!!」
 中から出てきたのは、映画を見る前にあかねが見とれていたあのピアス。
「でも私……あ!!」
 二度目に驚いたのは、それがピアスではなくイヤリングになっていたから。
「えっ、どうして……?」
 取り出して不思議そうに眺めていると、天真は笑って言った。
「おまえら壁に紙が貼ってあったの見た?」
「ううん」
「イヤリング金具に取り替えます。って書いてあったんだぜ?」
「うそ!」
 知らなかった〜。とあかね。
 あかねはしばらくイヤリングを眺めていたが、やがておずおずと耳につけた。
「ど?」
 曲がってないか鏡で確認してから、天真に見せた。
 なんだか無性に照れるけど。
「似合うぜ」
 ほほ笑みながらそんなことを言われると、ますます照れてしまう。
 今日の借りは、いつか天真君に仕返ししよう。そう心に誓うあかねだった。


 とりあえずは、来月の天真の誕生日がいいかも。
 でもこれはまだ内緒、ね?

 

〜 あとがき 〜
 気が付いたら過ぎてしまったバレンタインのために、一発かましました(爆)
 いつものことだけど締まりのない話だ。
 しかも天真君が暴走気味です。青い少年と書いて青少年と読む。ふふふ、ガンバレ若人よ。
 そういえば、この話で待ち合わせしている"アトム前"ですが、京都駅のバスロータリー前にあったはずと思ったんですが……今はどうか定かではありません。何せ作者は横浜在住なもんで。…………なかったらどうしよう(汗)
 そういえば、あかね殿がピアスなんだかんだで悩んでいますが、私も悩んでたりします(笑)だってホントにイヤリングは種類がないんだもん! でも、作者は赤より青の方が好き。あ、聞いてない? 失礼しました。

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