近くにいる人

「……大好き」

「はぁ〜〜ぁ」
 あかねは盛大にため息をついた。
 昨日聞いた、詩紋の言葉が耳に残って離れない。
(聞かなかったことにして……って言われてもねぇ)
 思えば、告白されるなんてことは初めてだ。しかも年下からなど。
 正直自分が詩紋のことをどう思っているのかわからない。いや、もちろん嫌いではないのだけれど。
「ど〜しよ〜」
 明日から、どんな顔をして詩紋に会えばいいのか。顔を合わせただけで、照れと恥ずかしさで赤くなってしまうだろう。
 まさか詩紋に好意をもたれているとは思わなかった。ずっと友達だと思っていたから。
 詩紋は、一体いつから自分を好きだと感じていたのだろう。
「嫌いじゃ……ないんだけど……」
 とりあえず助かったのは、今返事をするとかしないとかの問題ではないということ。
 というより、詩紋自体もまだ言うつもりではなかったのか、聞かなかったことにして、と言っていたし。
 今は他に集中すべきことがあるし、詩紋の気持ちについては、ありがたいが後で考えることにした。……のだが、
「やっぱりテレる…………」
 だって、どういう顔して会えばいいのか、わからないんだもの。
 あかねはしばらくうつむいて黙っていたが、やがて顔を上げて一言のたまわった。
「……寝よう」
 今は考えても仕方がないし。なるようになる。
 変な態度をとって傷つけたりしないように気をつければいい。
 友達として、仲間として詩紋と話すのは楽しいのだから。




(とは言うものの……)
 あかねは寝不足で鈍痛の走る頭を押さえてため息をついた。
 詩紋に告白されてから数日経ったが、ずっとこんな調子だった。
 "こんな"というのはすなわち、考えていることの正体がつかめないまま、延々と悩んでいる、という訳である。
 食事をしていても、風呂に入っていても、布団に入っても考え続けている。
 おかげで最近寝不足気味になってしまった。
「神子殿? 顔色が悪いようですが……?」
 本日の同行者の一人、頼久が心配そうに声をかけてきた。
「あ、頼久さん。大丈夫です、すみません」
「おいおい、なんかフラフラしてるぞ? 具合悪いんじゃねぇ?」
 同行者その二・天真も、顔をのぞき込みながら言う。
「だ、大丈夫だってば! ホラ、次行こう、次!!」
 本当は少し頭が痛くて、大丈夫じゃなかったりするのだが、帰ったところで気になって休めないとわかっている。だったら、外にいるほうが気が紛れる。
 それに、もし詩紋が訪ねてきたら…………。
(どんな顔すればいいのかわかんないよ)
 あれから、詩紋とは会っていない。
 別に意図的に避けている訳ではないが、なんとなくお互いの予定がかみ合わなくて。
 あかねから誘いに行く。という行動がないためでもある。重ねて言うが、避けている訳ではない……と思う。
「ねぇ天真君。詩紋君に会った?」
「あん? いつ?」
「え〜っと、最近。……どうしてるか、知ってる?」
 恐る恐る訊ねてみる。
 天真はなぜそんなことを聞くのか、と不思議そうな顔をしたが、何も言わずに答えてくれた。
「んん〜、そうだな。昨日は羅城門に行ってきたって言ってたな。確か、イノリと一緒だった」
「イノリ君と?」
「ああ、最近あいつら仲良くなったしな」
「そっかぁ〜」
 なんとなく嬉しくなってしまう。
 頑張る。強くなる。そう言っていた詩紋の努力は、少しずつ実ってきているようだ。
「!?」
 詩紋の顔を思い出した瞬間、あなたのために強くなる。と言ったときの真っすぐな視線が脳裏に浮かんで、あかねはボンッ、と音の立ちそうな勢いで顔を紅潮させた。
「どうかしたのか?」
「えっ!? ううん、なんでもないなんでもないっ!」
 あかねの首が、首振り扇風機と化す。
「そういやお前、最近詩紋と出掛けないよな」
「う……別に……」
「ケンカでもしたのか?」
「してないよ! っていうか何でもないったら!」
「……ふ〜ん」
 天真はあっそ、と言うふうにあかねを見、軽く頭を小突いた。
「いいけどな、お前が言いたくないなら別に。ただ、あんまり我慢するなよ。藤姫とか心配するぞ?」
 そっけない言い方だが、ちゃんと自分を心配してくれているのがわかった。
 あかねは小さくほほ笑んで頷いた。
「うん……ごめん。ありがとう」
 その日の夜もやっぱり悩んでしまって、翌朝もまた寝不足だった。




(ね〜む〜い〜)
 廊下の手摺りに寄りかかりながら、あかねはぼけ〜っと外を見ていた。
 目の前に広がる光景は、貴族の館の広大な庭。
 一日毎に夏に近づく今の時分は、座っているだけでもほんの少し汗ばむ。
「あかね。何やってんだ?」
 声をかけられて振り向くと、イノリと詩紋がいた。
「あ……」
 反射的に少し頬を染める。
「今日鷹通と友雅と出掛けたんじゃなかったのか?」
「あ、うん。途中でお仕事のお呼び出しがかかっちゃって、帰ってきたの」
 正確には呼び出しを受けたのは鷹通で、友雅は違ったのだが、それは言わないでおいた。
 目ざとい友雅はあかねの不調も見抜いていて、せっかくだから今日は休みなさいと言われたのだ。だが、それを言ったら説明がややこしくなるし。
「なんだ。頼久とか天真とかいなかったのか?」
「それが……頼久さんもお仕事があるし、天真君はどこに行ったか……。でも、もう回復札がないから具現化行きたかったのにな〜」
 詩紋がその場にいても、以外に普通に話している自分に安心した。イノリが一緒だからかもしれない。
「ふ〜ん。おれ達が一緒に行こうか?」
「へっ?」
「今からでも近くなら行けるだろ? 朱雀門とか一条戻橋とか」
 それは考えていなかった。
 あかねはう〜ん、と考え込んだ。おれ達ということは、当然詩紋も一緒な訳で……。
「やめとくか?」
 でも、回復札を補充したい気持ちはある。
「じゃぁ…………お願いしようかな」
 だって今が大丈夫なんだもん。きっと大丈夫。
 それに今断ってしまうと、これからずっとこんな感じのままになってしまいそうだし。
「あかねちゃん……大丈夫?」
 それまで黙っていた詩紋が、あかねの顔をのぞき込みながら聞いてきた。
 ドキッと鼓動が早くなる。
「な、何が? 大丈夫だよ?」
「でも……」
「あ〜かね〜! しも〜ん! 早く行こうぜ〜!」
 詩紋が重ねて何かを言いかけたが、それはイノリの呼び声にせかされて消えてしまった。




(う〜。本格的に頭が痛くなってきたかも)
 寝不足も続くと体に悪い。
 分かってはいたのだけれど、あかねは今、改めて認識した。
「あかね、次めくれよ」
 イノリに声をかけられて、あわてて具現化に集中する。
 結果は散々だった。
「あ〜あ。あんまり取れなかった〜」
 とりあえず回復符を数枚手に入れたが、いつもの調子が出なかった。
 理由は分かっている、集中できていなかったせいだ。
「しょーがない、次頑張ろ。え〜っと、次はどこに……あっ!」
 少し朦朧としていたため、札をしまおうとして失敗してしまった。
「あちゃー」
「何やってるんだよ〜、あかね」
 慌ててしゃがみこみ、札を拾った。
「はい」
「あ、ありがとう……」
 同じくしゃがみこんだ詩紋に札を渡され、ドギマギしながら受け取る。
 詩紋の少し鋭い視線にさらされ、避けるように立ち上がった。
「あ……」
 立ち上がったと思ったがつもりだけで、あかねは目眩に倒れそうになってしまった。
 それを支えたのは正面にいた詩紋。
「気が済んだ? あかねちゃん」
 肩を受け止めるようにして支えられ、詩紋の顔が正面に来た。視線がまともにぶつかる。
「えっ……なに?」
 頬を赤く染めながら聞いたが、詩紋は答えてくれなかった。
 そのまま近づいた額どうしが、コツンとぶつかった。
「やっぱり……」
 詩紋は小さくつぶやくと、そのままあかねの手を引いて、強引に館へと向かって歩きだした。
「えっ? えっ??」
「お、おい詩紋!?」
 訳もわからないまま手を引かれたままになるあかねと、詩紋の突然な行動にびっくりし、慌てて追いかけてくるイノリ。
 イノリは小走りになって詩紋へ追いつくと、
「お、おい。どうしたんだよ? 次行かねーのか?」
「ダメだよ。今日は帰ろう」
 そしてちらり、とあかねの方を一瞥して、

「あかねちゃん、熱があるから」




「お薬もらってきたからコレ、飲んで。あと、藤姫は占いが終わったらすぐ来るって」
 はい。と差し出された茶碗を受け取りながら、あかねはおずおずと話しかけた。
「あの……詩紋君……」
「まずはお薬飲んで。で布団に入って。それからじゃないと何も聞かないし、何も答えないよ」
 うわっ、機嫌悪そう……。
 声色は一応いつも通りだが、いつもより言葉数が多く口調も早い。
 あかねは言われたとおりに薬湯を飲んで、それから布団に入った。
 薬湯の苦さが一段落して口の中が落ち着いてから、改めて口を開いた。
「あの……詩紋君。もしかして……怒ってる?」
「うん」
 それだけしか返事が返ってこず、これは相当怒っているなとあかねは結論づけた。
「ごめんなさい」
 心配かけて。
「本当だよねまったく。ボク確かに頑張ろうって言ったけど、こんな風に頑張ってほしくて言ったんじゃないよ?」
「…………うん……」
 それはわかっているのだけど。
 他に何を話していいか分からず、あかねは黙った。
 詩紋も黙ったままなので、室は静寂に包まれた。
 しばらくして沈黙を破ったのは詩紋だった。
「ボクの…………せいかな」
「えっ?」
「この前言ったこと。悩ませちゃった?」
 口調はいくらか柔らかくなった。そしてその中には申し訳なさそうな声色が加わっていた。
「そんなこと……!?」
 と、否定しかけたが、しばらく考えて、あかねは本心を語ることにした。
「うん、本当は。忘れてって言ってたけど……忘れられないよ」
 だって告白なんて、初めてだったんだもの。
 少しふくれながら言うあかねに、詩紋は苦笑してうなずいた。
「だね。ゴメン」
「詩紋君があやまることないよ。私が勝手に悩んでたんだから」
「うん。でもボク嬉しいよ。自分の言ったこと、自分の気持ちを、あかねちゃんがちゃんと受け止めてくれた証拠だもの」
 詩紋の方に顔を向けると、そこには穏やかな笑顔があった。
「ありがとう」
「〜〜〜〜!!」
 その笑顔にとてつもなく照れて、あかねは布団を引っ被った。
「て、照れるよ〜〜」
「あ、ゴメンゴメン」
 詩紋の笑い声が聞こえる。もう、おもしろがって!
「あのさ、もしよかったら気持ち、聞かせて?」
 ボクに好きだって言われてどう思った?
「わ、忘れてって言ってたじゃん……」
 顔を赤くしたまま、布団の中から目だけを出してあかねは言う。
「うんでも、こうなっちゃったら逆にはっきりさせておいた方がいいかなって。好きでも嫌いでも、なんとも思ってないでも、どんな気持ちでもいいから」
「でも……」
 あかねは躊躇した。
 答えいかんによっては、今後のチームワークにも拘わってきてしまう。
「大丈夫だよ。あかねちゃんがどう思ってても、ボクは大丈夫」
 にこりと笑って言う詩紋の笑顔に励まされて、あかねは口を開いた。
「えっと……き、嫌いじゃないよ、むしろ好き。……なんだけど、きっと、私の好きは、詩紋君の好きとは違うと思う。……今まで友達だったから……その……びっくりして……」
 これで伝わるかなぁ?
 ドキドキしながら詩紋の反応を待っていたあかねは、詩紋が嬉しそうに笑うのを見て安心した。
「ありがとう。それだけで十分だよ」
「ほ、本当に?」
「うん。大丈夫って言っても、やっぱり嫌われてたりするとショックだからさ」
「でも、私ちゃんと答えになってた……?」
 結局のところ、自分と詩紋の関係は友達だと、はっきりは言えなかったから。
 それでも、詩紋はちゃんとあかねの言いたいことを受け取ってくれたようだった。
「うん。友達としてあなたの側にいるのは、ボクにとってとても楽しくて幸せなことだもの」
「よかった……ごめんね」
 ちゃんと答えられなくて。
「何言ってるの。ボクが勝手にあかねちゃんと好きなだけなんだから、気にしないでいいのに……」
 そう言って詩紋は笑った。
「でも、あかねちゃんを悩ませちゃったのはゴメンね。ボクは今のままでいられたら十分嬉しいから、もう、気にしないで?」
 自分の気持ちを置いといて、相手を思いやる優しさがある。
 きっと、詩紋は自分などよりはるかに強くて、そして懐が大きいのだと思った。
 この間まで詩紋を励ましていたのは、本当に自分だったのだろうか。
(いつのまにか"男の人"になっていくんだろうなぁ)
 いまでも十分に成長したと思えるのだから。
「……ぜ、全部終わったら…………ちゃんと考える」
 それでこの優しさに応えられるかはわからないけど。
 恐る恐る言った言葉だったが、詩紋はすごく嬉しそうに笑った。
「ありがとう! あかねちゃんを好きになってよかった」
 その笑顔に、つられてあかねもほほ笑んだ。




「ところでさ、何で私が熱あるってわかったの?」
 不思議だった。そりゃぁポーカーフェイスが得意なわけではないけど。
「だって、顔、真っ赤だったよ」
「そ、それは詩紋君の顔が正面に来て、ドキドキしたからだもん! い、いつもは熱があっても顔に出ないんだよ、私……?」
 唇を尖らせて言うと、詩紋は可愛いなぁ、という風にくすくす笑った。
 これでは、どっちが年上だかわからない。
「うんでも……。いつも見てたから」
 子供扱いしないでと抗議しようとした声は、発声される前に口から転げ落ちた。
 顔を赤くしたままあんぐり口を開けて、あかねはポカーンと詩紋を見つめた。
「し、詩紋君……恥ずかしいこと平気で……言うんだね」
「えっ? そうかな?」
 今度は詩紋が照れる番だった。と、いってもあかねの顔の赤さと比べるべくもないが。
「詩紋君、そうやっていつも女の子口説いてたんでしょ」
「そんな、口説いてなんていないよ」
 苦笑と照れ笑いの中間みたいな表情をしながら、詩紋は答える。
「だって、ボク女の子好きになったの、あかねちゃんが初めてだし」
「!?」
 やっぱり詩紋君は危険だ……。と、心臓をバクバクさせながらあかねは思った。
「も、もう寝るから!」
「あ、うん。お大事に。元気になったらまた頑張ろうね」
「……うん……」
 詩紋が静かに部屋を出ていくのを見送ってから、あかねは盛大にため息をついた。
 天然の口説き文句は恐ろしい……。
 詩紋をどう思っているのかわからない。全部終わってから考える。
 そんなことを言ったが、その時に自分がどんな答えを出すのか、今なんとなくそれがわかってしまったような気がする。
「だって、アレは詐欺だよね〜」
 さっきの"ずっと見ていた"発言。
 詩紋はただ、自分の本心を語ったにすぎない。
 でもそれは、あかねの胸に強烈に突き刺さった。
(そんなこと言われて、くらっと来ない女の子がいるわけないじゃん!)
 あかねは膨れた。
 が、やがてくすくすと笑い出した。
(いいもん。今は教えてあげないから)
 答えは全部終わるまでおあずけ。
「失礼いたします神子様。よろしいでしょうか?」
「あ、藤姫。大丈夫だよ〜」
「まぁ、お顔が真っ赤。やはり無理をなさっていたのですね!? わたくしがもっと気を付けていれば……」
 己の不注意にしょんぼりする藤姫に、あかねは苦笑しながら言った。
「あ、これは違うんだ。今はそんな具合悪くないし、気にしないで?」
「ですが……」
「大丈夫だってば。むしろ心配かけちゃってゴメンね?」
「いいえ、そのようなこと。神子様が健やかにいられるよう気を配るのがわたくしの役目ですから」
 それから藤姫と今日の内容について少し報告する。
「あ〜あ。明日は休みかな〜」
 あかねがそう言うと、藤姫が、あ、と思い出したように言った。
「神子様、明日は神子様の物忌みです。ちょうどよかったですわね。ごゆるりとお休み下さいませ」
「あ、ホント? ……ってことはダレかに来てもらわないとなんだよね?」
「はい。わたくしが代わりに文をしたためますので。どなたをお呼びしますか?」
「え〜っと、じゃぁね……」

 くやしいから、今はまだ教えてあげない。全部終わるまでお預け。

 

〜 あとがき 〜
 めずらし〜く詩紋×あかねのお話です。
 最近カレお気に入りなんです。特にマンガ版の詩紋君に惚れてます。ゲームの詩紋君はあまりお相手対象ではないんですが、マンガ詩紋君はいいかも。彼はきっと大器晩成型だから、大人になったらイイオトコになりますよぉほほほほほ〜vv
 この話のオチは、結局のところまだ"友達"のままですが、この後きっとあかねちゃんはメロメロになってしまうでしょう。改めて"彼氏にするとしたら"の視線で見てみると、以外に格好よく見えてしまう、水蓮の中の詩紋君はそういう人。
 本当はカップルになるところまで書いてもよかったのですが、若い二人を思うと「まだまだだね(笑)」とか思うので、ここまでにしときました。そのうちEDのネタを書いてみたいかも。ネタが降ってこないかな〜。

 今ふと思ったのですが、マンガ詩紋君は「隠れ・イイトコ取りキャラ」ですよね、絶対。清乃さんの話とかいろいろ。

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