花 盗 人

――あの時からだ

   神子といると"自分"を抑えられなくなっていく

   触れることは 許されぬと理解っている

   神子はいずれ 帰ってしまうのに――




 その日は柔らかな初夏の日だったのに、泰明の表情は曇っていた。
(頭が痛い……)
 にぶく痛む頭を押さえた後、泰明は深呼吸してあかねの部屋の御簾を押し上げる。
「失礼する」
「泰明さん!」
 部屋に入ると、あかねが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「来てくれてありがとうございます」
「大事ないか?」
「はい!」
 大事ないのならいい。そう言うのも忘れて、泰明はにこにこしているあかねを見つめた。
「? なんですか?」
 私の顔に何か付いてます? というように不思議な顔をするあかね。
 胸の奥がかすかに熱くなった気がした。
「何を笑っている?」
「えっ!?」
 泰明に笑顔を指摘されたあかねは、慌てて頬を押さえた。
 押さえた手が熱を感じる。照れて火照っているのだろう。
「わ、私そんなに顔、ニヤけてます?」
「なぜだ?」
「な、なぜって…………それは……」
 気の毒なほど顔を朱くしてあかねは言った。
「……や、泰明さんが来てくれて嬉しいから……かな……」
 そう言って、照れを隠すかのように円座に座り込んだ。
 紡がれた言葉は、消えそうに小さかったけれど。

――ドクン。

 あかねの後について座りながら、泰明は顔をしかめた。
(まただ……)
 なんだかよくわからないこの鼓動。
 抑えられないほど熱い。
 静かに力強く響く音に、いつしか意識を飛ばしていた。
「どう……したんですか?」
 遠くを見つめるような目をしたまま動かない泰明に不安を感じて、あかねは泰明の顔を覗きこんだ。
 その瞬間泰明がはっとする。
 なんだか悪夢から冷めたような表情をしていた。
「……なんでもない」
 そう答える泰明は、ひどく血の気の失せた顔をしていた。
「だって…顔色悪いですよ?」
「問題ない」
「でも……」
 問題ないはずがない。そんなに気分悪そうな顔をして。
 あかねは心配そうに泰明を見上げた。
 あかねが見つめているのが自分だけだと思った瞬間、また熱くなった。
(……止められない……)
 額を触ろうとしていたあかねの手を払い、泰明は叫んだ。
「しつこい!!」
 燻る熱を追い払おうとするあまり、思いのほか大きな声で叫んでしまった。
 その声に、あかねがビクッと身を縮こませる。
「……もう…いいです……。泰明さんのバカ!!」
 驚きに震える手をそっと握りしめ叫ぶあかねを見て、何もかもがわからなくなった。
 その次には、その身体を引き寄せて、腕の中に抱いていた。

 今にも泣き出しそうな顔を見たから。

「や、やす……?」
 びっくりして目を丸くしているあかね。
 泰明が見た最後の光景は、そんな風に戸惑っているあかねだった。
「や、泰明さん!?」
 ぐらりと傾いた泰明に、あかねは心底驚いた。
 これでもかと驚いた後だというのに、額に手を当てさらに驚いた。
「…………すごい熱……」




――どうして そうなのだ

   ただの"道具"であるべき私を……。


   なぜそんなに気にかける?




 ふっと覚醒した泰明が見たのは、どこかの館の天井であった。
 もう陽は沈んだのか、室の中はほんのり暗い。
 視界の隅に高灯台に入れられた火の光が目に入った。
「私は……」
 小さくつぶやくと、そばにいた誰かが待ち構えていたように身を乗り出した。
「風邪で倒れたんです」
「神子」
「もうっ! 調子悪いなら素直に認めてくださいよ!」
 ずっと側についていたようだ。抗議する目が少し不安げに揺れていた。
 風邪……? 私が?
 泰明は、ゆっくりと身体を起こしながら独りごちた。
「……人ならぬ身でも、風邪などひくのだな」
「……っ」

――ぱんっ

 ただ事実を述べただけのつもりだったのに、ひどく傷ついたようなあかねに頬を叩かれてしまった。
「…私は……あなたは人間だって…言ったじゃないですか。調子だって壊すし、悪化したら倒れちゃうんだから!!」
 あかねは苦しくて、俯きながら一気にまくし立てた。
 そのせいか、呼吸が少し荒くなり、その頬に赤みがかかる。
 肩を小さく上下させているあかねに、泰明は怒鳴られた訳がわからないという風に聞いた。
「なぜ怒る、神子には関係ないことだろう?」
 あかねが目を見開く。その瞳から、涙がこぼれた。
 傷ついたように音もなく泣くあかねを見て、泰明の心もまた、ちくりと痛んだ。
 なぜこうなってしまうのだろう。泣かせたい訳ではないのに……。
 だが、後悔してももう遅い。
「すまない。……泣かせたかったわけではないのだ」
 泰明は恐るおそるあかねの濡れた頬に手を伸ばして、その涙を拭う。
 その涙は、熱かった。
「…わかってます」
 自分でも涙をふきながら、あかねは小さくほほ笑んだ。
 わかっている。泰明は自分を突き放したわけではなく、本当にそう思ったから言っただけなのだと。
 ただ、ちょっと悲しかったから……。
 涙を隠すように無理やり笑顔を浮かべて、あかねは言った。
「じゃぁ、せめて看病させてくださいね」 
 今は、少しでも長くそばにいたい。
 この危なげに心を育てていく、大切な人のそばに。
 だが、
「いや。しばらく一人にしてくれ」
 泰明はそう言って顔を背けた。
 その泰明の態度に、自分だけが先走っていることに気づいたあかねは、うつむいて小さく尋ねた。
「…………私、邪魔ですか?」
 傷ついたわけではないけれど……自分は泰明に迷惑を掛けるような人間だろうか?
 あかねの表情が静かな緊張に彩られた。
「違う!!」
 泰明は思わず叫んだ。
「神子が悪いのではない! 私が! 私が……これ以上いたら、お前から離れられなくなってしまう!」
 あかねは叫んだ泰明にびっくりして、思わず顔を上げその瞳を見つめた。
 泰明の口からそのような言葉が出ようとは、思いもしなかったから。
「や、やす……?」
 あかねの方に延ばしかけていた手を、泰明はゆっくりとためらいがちに降ろした。
 今目の前にいて、手を伸ばせばその存在を感じることが出来るのに。
 それなのに、いずれ帰ってしまう神子。帰る場所のある神子。
 共にいられるはずがない。………………届かない。
 それでも、願うのだ。
「ずっと共にありたいと……願ってしまう。神子は……私には美しすぎるのだ。触れたら穢してしまう」
 触れてはいけないのだ。願っては…………。
 泰明はあかねを見つめ、苦しげに目を伏せた。
「……だから、頼む」
 私に触れないでくれ。
 泰明は眉を寄せて、あかねに懇願した。
 それまで顔を朱くしたまま静かに聞いていたあかねだったが、一言口を開いた。
「……嫌です」
 そっと手を伸ばし、泰明の手を取る。
 泰明はビクッと慄き手を引こうとしたけれど、かまわず掴んで優しく握りしめた。
「私は、泰明さんのそばにいたいから……だから、自分の意志で離れません」
 握っていた手から、泰明の瞳に視線を移すと、驚いた面持ちで自分を見つめている泰明と目が合った。
 その泰明を、真っすぐに見つめてほほ笑む。
「ずっと、一緒にいます」
 ずっと。
 泰明は、それがどう言う意味かわかっているのかと確認の視線を送った。
 その瞳を受け止めてあかねが頷くのを見ると、泰明はあかねの笑顔に、眩しそうに目を細めた。
「簡単にそのようなことを……」
「簡単になんて言わないよ」
 そう言ってあかねは、少し照れながら泰明の唇に自分の唇をかさねた。

「知ってる? 泰明さん
 私 物忌みには 貴方しか呼んだこと ないんだよ」

 あかねは唇の触れそうな位置で小さくつぶやいた。
 そして二人は、もう一度口付けを交わし合った。




 翌朝、清々しいまでに晴れ渡る空とは裏腹に、あかねの頭は霧がかったように朦朧としていた。
「神子、具合はどうだ?」
 けほけほと咳をするあかねに、泰明は問いかけた。
「だ、だいじょう……ひゃっ!」
 額に冷たい手を当てられて、あかねはびっくりして叫んだ。
「何だ?」
「え、え〜っと……泰明さんの手、冷たいな〜って……」
「………風邪だな」
 言い訳じみた言葉だと思いながら、話をはぐらかそうと言ったのだが、呆れた泰明にきっぱりと切って捨てられて、あかねは言葉に詰まってしまった。
 当たり前と言えば当たり前、風邪を引いている人と口づけを交わし、あげく一晩を共に明かしたのだから。
「全く、人には無理をするなと言う割りには……」
 ため息交じりに言う泰明に、あかねは唇を尖らせて反論した。
「泰明さんはどうなんです?」
「完治した」
「……そうみたいですね」
 泰明さんの風邪が、移っちゃったみたい。
 苦笑を浮かべながら言うあかねに、泰明は笑い事ではないと布団の中に押し込めた。
「いいから寝ろ」
「……私の気持ち、わかりました?」
 きっと責任を感じているのであろう泰明に、あかねはくすくすと笑いながら言ってみた。
 言われてムッとする泰明。図星だ。
「薬湯をもらってくる!」
 泰明はおもしろくなさげに言うと、あかねに背を向けて部屋を出ようとした。
「あ、待って!」
 しかし、背を向けた瞬間後ろから衣を引っ張られ、泰明は後ろに向かってつんのめりそうになった。
 危ういところで平衡を保つ。
「?」
 疑問符を顔に浮かべている泰明に、あかねはおずおずと切り出した。
「え、えっと〜。…………もう少しこうしてちゃ……ダメですか?」
 親に甘える子供のようなあかね。
 そばにいてくれと請われて、泰明はふっとほほ笑んだ。
「わかった」




――気持ちを つなぎとめたのは 神子

   感情を もたらしたのも 神子


   もう 離しはせぬ ずっと……。

 

〜 あとがき 〜
 じ〜つ〜は〜、この話は睦月奈央さんが原作者なんですよね〜。
 ええ、ついにやってしまいました。他人様の話を小説に書くということを(爆)
 本当だったら小説ではなくマンガで、しかも麗しい絵に彩られた萌え話なのになぁ……。
 睦月さん、「花盗人」のマンガを知っている皆さん。……申し訳ありませ〜ん(汗)すべては「OKです〜」と言ってくれた睦月さんに、恩を仇で返すような自分の力量が悪いのでございます(滝汗)
 う〜ん、でも楽しかったです。でも難しかったです(屍)
 と、とりあえず睦月さん、果てしなくダメ話ですが、お約束なので捧げます。返品や消滅はいつでも受け付けますので(本当)
 読んで下さった方も、「よくわからないんだよこの話! べらんめぇナメるな!」という苦情は半永久的に受け付けますので、よかったらどうぞ(えっ)

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