もみじ狩り

「もうすっかり秋だね〜」
「そうだな」
「紅葉も真っ赤で綺麗だろうな」
「そうだな」
「貴船とか鞍馬とか行くと、紅葉狩りできるよね〜」
「そうだな」
 同じ言葉のあいづちに、あかねはむっとした。
 目の前にはベットに寝っ転がって特に表情なく雑誌をめくる天真がいる。
「……紅葉狩りに行きたいよね」
「へぇ〜」
 同じあいづちばかりなら、誘導話題をふっかけてやろうとしていたあかねは、ちゃっかり変わったあいづちに唇を尖らせた。
「もう! ちゃんと聞いてるんじゃん! トリビアみたいな返事しちゃってさ!」
「そうだな」
 また最初のあいづちに戻った。
「なんでそう関心なさげかなぁ〜? そんなにこの話退屈?」
「そうですね」
 今度は完璧に某番組の常用句になった。
 そんな天真に、あかねはついにムカッと来て、思わず声を荒げた。
「天真君ってば! 真面目に聞いてよね!!」
「……聞いてるよ。だけどお前、この前からそればっかじゃねぇか」
 雑誌から顔を上げた天真は、うんざりといった風にため息をついた。
「だって、紅葉狩りに行きたいんだもん」
「俺は行きたくない」
「なんでよ!」
「めんどい」
「お花見の時はノリ気で計画立ててたじゃない! 夜桜とかも見に行ったのにさぁ!」
「…………だから行きたくないんだよ……」
 あかねに聞こえないように、天真はこっそりと独りごちた。
 というのも、そのお花見で、二人の仲がちっとも進展しなかったからだ。
 夜の冷ややかな風に揺れる桜は確かに美しかったし、詩紋とランと一緒に騒いで、楽しかったことは楽しかった。
 だが、あかねは桜に見とれていて、さりげに肩に手を回した天真のことなんか気にも止めちゃいねぇし、夜桜の静寂なムードを借りて、ちょっぴしアダルトな雰囲気にならないかと期待していた天真としては、物足りなかったのだ。
 せっかく会えたって、ラブラブな雰囲気になれないのではつまらない。
 今度は紅葉狩りだからといって、同じ展開にならないとは言えない。というか、同じ展開になる確立の方が高い。
「天真君と、綺麗な紅葉見たいのになぁ……。ねぇ、どうしてそんなに嫌なの?」
「だってお前、人前でくっつくと、恥ずかしいって嫌がるじゃん」
 と言うと怒られるので言わず、
「だから、めんごくさいんだよ! それだけ!」
「ぶ〜〜!!」
「ブーイングしてもダメ! ほら! そろそろ帰らないとだろ? 送ってってやるから……」
「もぉ! ……行きたかったのになぁ……」
 往生際悪く、最後に独りごちるあかねを見ながら、天真はこっそりと苦笑した。
「まったく、しょうがねぇな……」
 こっそりと呟いた為、その声はあかねには聞こえなかった。




 その夜、髪の毛を乾かし終えてドライヤーを片付けていたあかねの携帯が鳴った。
「天真君だ……もしもし?」
『あかね? オレだ、オレ』
「どうしたの、突然?」
『紅葉狩りに連れてってやろうか?』
「えっ! ホント? 行きたい!!」
『じゃぁ、今から行くから用意しとけよ?』
「えっ!? ちょちょちょっと待ってよ、今から?」
『そ、今から』
「もう11時だよ?」
『だから?』
 さらりと天真は聞いてきたが、はいそうですかと頷ける時間ではない。
「親に怒られちゃうよ……」
『窓から抜け出せばいいじゃん。夜桜だって、そうやって見に行っただろ?』
「いやまぁ、そーなんだけどさ……」
『なんだよ、行くのか行かねぇのか?』
「…………行く」
 決断を求める天真の声に、あかねはちょっとの間逡巡しながらも結局は頷いた。
 だって本当に行きたかったから。
 それを聞いた天真は、携帯の向こう側で笑ったようだった。
『よし! じゃすぐ着くから早くしろよ?』
「えっ、ちょっと待ってよ。今ドコ?」
『お前んちの近くの公園。お前の部屋の明かり見えるからな。早くしろよ。いーち、にー、さーん……』
「だ、だからちょっと待ってってばぁ! 私もうパジャマなんだよ〜」
『そのまんまでもいいけど?』
「ばか! 風邪引いちゃうよ!」
『しゃぁねぇな。ゼブンで待ってるから、準備ができたらメールしろ?』
 やっと落ち着いた話に、あかねはほっと胸を撫で下ろしながら頷いた。
「わかった。すぐ用意するね」




「お待たせ!」
「おう」
 自分の家から徒歩2分の所にあるコンビニに到着した時、天真は肉まんとホットコーヒーを両手に駐車場のフェンスに寄りかかっていた。
「あ、肉まんおいしそう!」
「ん」
「やった、ありがと〜」
 差し出された食べかけの肉まんに、あかねは嬉しそうにパクつく。
(なんで間接キスはできるのに、キスはできねぇんだ?)
 女ってわからねぇ。そんな風に、天真は思った。
 天真がそんな事を考えているなどつゆ知らず、あかねはコーヒーも間接キスで飲んだ。
「…………わかんねぇ……」
「? 何か言った?」
「いや、別に……」
「あ、ねぇ。ランと詩紋君は?」
「今回は呼んでねぇよ」
「えっ? どうして?」
「どうしてってまぁ……。たまには二人っきりでもいいんじゃねぇの?」
 ちょっとわざとらしいかなと思いつつ、天真はそう答えてみた。
「そっか。そうだね」
 てっきり赤くなって恥じらってしまうかと思っていたあかねは、意外なことにあっさりと頷いた。
 これは一体どういう事なんだろう?
 考えられる事は二つで、一つはあかねも二人っきりで過ごしたかった……つまりは進展を望んでいるということ。もう一つは、……あまり考えたくないが、全然そんな考えに至っていないということだ。
(わかんねぇヤツ……)
 なんだかなぁ、という表情であかねを見つめていると、件のあかねはコーヒー缶を天真に返却しながら、どうかしたのかと首をかしげた。
「どうしたの?」
「えっ、や、なんでもねぇ……。そろそろ行くか」
「うん。で、どこに行くの?」
「大文字山……まで行かねぇけど、その辺」
 あかねにヘルメットを投げ渡しながら、天真は答えた。
 自分もヘルメットを被って、バイクに跨がる。
 あかねが自分腰に手を回すのを待って、天真はバイクを発車させた。




 天真が連れて来てくれたのは、大文字山の近くにある公園だった。
 公園と言っても住宅街とかにある児童公園ではなくて、春には花見の宴会風景が見れちゃうような、大きくてのどかな公園だ。
「わぁ〜! わぁ〜! わぁ〜!」 
「おい、あかね。足元見ないと転ぶぞ? 暗いんだから気をつけろって!」
「こんなにライトアップされてるんだから大丈夫だよ〜」
 正確にはライトアップされているわけじゃなくて、あちこちにある公園の街灯が明るいだけなんだけど。
 それでも、舗装された道から少しはずれて木の根元に来ると、根っこが出っ張っていたりしてちょっと危ない。天真は上ばかり見上げているあかねにハラハラしながら付いて行った。
「あわっ」
 案の定木の根に引っ掛かったあかねが、前につんのめる。
 それを危うい所で支えながら、天真はため息を付いた。
「だから気をつけろって言ったのによ……」
「だって、こんなに綺麗なのに、足元なんか見てると勿体なくない?」
「……ま、気持ちはわかるけどな」
「でしょ?」
 にっこりと、あかねが笑う。
 あかねの言う通り、人工の光とは言え街灯の光りに紅葉の葉が透けて、何とも言えない鮮やかなア紅は美しい。
「ほとんど人もいないし、なんかいいねぇ〜」
 陽気溢れる春と違って、日に日に冷えていく秋という季節に、外で紅葉を見ながら一杯やろうという大人はいないらしく、青いシートにカラオケセットなんてものは見えない。
 せいぜいちょろっと散歩程度のカップルや犬連れの買い主たちの中で、あかねは自分から天真の腕に絡めてきた。
(おお! いい雰囲気)
 その行動が、人がいないからくっつきたかったのか、ただ単に寒いからひっつきたかったのかは相変わらずわからないけれど、とにかくいい雰囲気には違いない。
 天真はこっそりと、心の中でガッツポーズをした。
 二人くっついたまま、散歩コースのように舗装された道を歩いていると、あかねが突然声を上げた。
「あ! ねぇねぇ、あそこ丁度いいかも!」
「はぁ? 何に?」
「写真撮るのに! ベンチもあるし、その後ろには綺麗な紅葉もあるしさ」
 あかねはうきうきと言い、天真の腕を引っ張りつつ、件のベンチに近づいていった。
 並んで座り、あかねにせかされるまま、頬をくっつけ合って携帯のカメラで写真を撮る。
「やたっ! 綺麗に撮れてる〜。ランに送っとこっと」
 画面を見ながら嬉しそうに笑うあかね。
 その笑顔が街灯に照らされて白く光る。
 その輝きはなんだか誘っているようで、天真は自分でも気づかないうちに、あかねの唇へと自分の唇を近づけていった。
「えっ? 天真く……。や、ちょっと……」
「…………なんだよ?」
「人がいるよ……」
「さっき、ほとんど人が居ないって言ったのは、お前だろ?」
「そうだけ……ど、……ん」
 以外なほどあっさりと、二人の初キスは成就した。
 抵抗らしい抵抗のなかったあかねの態度が少し不思議で、夢ではない確認をするかのように、天真は何度もあかねの唇を求めた。
 腰に回した腕も、あかねの存在を感じるように抱きしめて……。
「んっ……ふっ……」
 うまく息継ぎができないのか、あかねが苦しそうな声を漏らした。
 その声をきっかけに、天真は名残惜しげに唇を離した。
「……っは!」
 解放されたあかねは息を大きく吸い込んでから俯いた。ちらりと覗ける頬は、夜目でもわかるくらいに染まっている。
「………………突然だよっ」
 視線だけで見上げて抗議すると、少し惚け気味だった天真はふっと笑った。
「いいじゃん。あんまり嫌がってなかったみたいだし」
「……でも、恥ずかしい……」
「その割りにはいつもみたいに抵抗しなかったじゃん」
「それは……」
 言葉を濁したあかねだったが、天真の服をきゅっと握った指が、その答えを伝えてくれる。
 天真は機嫌よくあかねの耳元で囁いた。
「そんなに嫌だった?」
「…………」
「俺はずっと、あかねとこうしたかったけどな?」
「……もぅ」
「あかねは?」
「…………」
 答えの想像がついてる目で、天真が悪戯っぽくのぞき込んでくる。
 そんな天真に本音で答えるのが無性に悔しくて、あかねはジト目でむくれながら答えた。
「…………こんな寒いところでなんてイヤ」
「えっ……?」
 ちょっと予想外の答えに、天真が一瞬怯む。
 がしかし、すぐに含んだような笑みを浮かべながら、あかねをベンチへ押し倒した。
「えっ? えっ?? えぇっ??」
 90度傾いた視界に、あかねが驚きの声をあげる。
 その上にのしかかる様にして、天真はニヤリと笑った。
「んじゃさ、温まるようなコト、する?」
「えっ!? ちょっちょっちょっと待って天真君!? こんなトコで……!!」
「別にいいじゃん……」
 そう言いながら、あかねの首筋に顔を埋める。同時にジャケットのボタンもゆっくりと外していった。

 ガサッ!!

『!?』
 突然たった物音に、二人はびっくりして硬直した。
 あかねのジャケットの上から3番目のボタンに手をかけたまま、天真がゆっくりと周りを見渡す。
 と、茂みから白い猫が飛び出してきて、二人のいるベンチの横を通って違う茂みへと消えていった。
「………ネコか……。びっくりさせんなよ〜」
「あ〜。オバケでも出てくるのかと思った〜」
 いまだバクバク言ってる心臓に手を添えて宥めながらあかねも呟く。
 そしてふと我に帰ったように互いに顔を見合わせ、
「ぷっ!」
「っははっ!」
 二人同時に笑い出した。
「あ〜あ、妙な邪魔が入っちまったな」
「邪魔とかいう前の問題でしょ! 全くもう! 何考えてるのよ〜」
 言葉の半分程も責めていない口調であかねも言う。
「嫌か?」
「ヤダって言ってるじゃん、さっきから。だって……」
 唐突に言葉を途切らせてあかねがくしゃみした。
 すんっ、と鼻を鳴らしつつ、苦笑したあかねは言葉の続きを紡ぐ。
「……せっかくの初体験で風邪を引くのなんかイヤ」
 その声は笑い声を含んでいて、聞いた天真も思わず笑った。
「それもそうか。
 ってか、そろそろ帰るか? あんまり遅くなると親父さんとかにバレるし」
「うん」
 ベンチから立ち上がって、二人は再び腕を組んで歩きだした。




 バイクを路駐した場所へと歩きながら、天真はふと思ってあかねに聞いた。
「ところでさ、今日、なんであんまり抵抗しなかったわけ?」
「えっ? 何が?」
「キスした時。いつもは恥ずかしいって拒むじゃん」
「それは……、だって天真君ってば、人がいるところでしようとするじゃん」
 あかねはほんのり頬を染めながら答えた。
「あ!? んじゃなにか!? 本当に人に見られて恥ずかしいからだったのか!?」
「だからそう言ってるでしょ。他になにがあるの?」
「イヤ、俺はてっきり……」
 そこまで言って、天真は一旦口を噤んだ。
 あかねが下から覗き込みながら聞く。
「てっきり?」
「いや……俺とそういう関係なるのをためらってるのかと思ってた……」
「えぇ〜! なにソレ!?」
「いや、だってさ……腰に手を回そうが、肩を抱き寄せようが無反応だったじゃん。だから俺はてっきり……」
 てっきり、あかねにはその気がないのだと思っていた。
 実は、自分一人こんな気持ちになっているのではないかと、焦っていたりもしたのだ。
「それは……。べ、別に無反応だったわけじゃなくて、その……き、緊張して……」
「緊張……してたのか?」
「してたよっ!」
 あかねはむくれ顔でぶっきらぼうに答えた。それが照れの裏返しであることは明白だけど。
つん、とそっぽを向いてしまったあかねを、天真は小さく笑いながら肩を抱き寄せた。
「…………なによ?」
「あかね、好きだぜ?」
「ばっ!? …………ばか」
 ストレートに言った天真に、あかねは真っ赤になって俯いた。
 そして俯いたままちいさく呟いた。

「私も……すき……」

 小さな呟きを聞き逃すことなく受け止めた天真は嬉しげに笑い、お返しにとあかねの耳元で囁いた。
「んじゃ、これからヨロシク」
 あかねもにっこり笑って、
「ヨロシク!」
 笑い合う二人の側を、紅に色づいたもみじの葉が、ひとひら、ひとひらと舞い落ちた。

 

〜あとがき〜
 なんか、ようわからへんお話ですみまそ(汗)
 最初はいつもはコケにされている天真くんのリベンジ作品として書きはじめたのに、なにやら良くわからない話になってしまいましたです。とほほ。
 いつもはコケにされている、というのは、……いやちょっと、知り合いに天真君の扱いがひどいと言われまして(笑)
 う〜ん、別に天真君は嫌いではないですのよ? むしろ好きなんですのよ? ただ、損な役回りの彼をしこたま愛しているだけで(爆)ふふふ、今日も頑張ってね天真君。
 そんなこんなで、自分の書く天真君は損な役回りが多いのですが、今回はそんな天真君にいい思いをさせてあげるべく書いた話……。が、書きあがって見るとそもそも設定自体が可哀想だった、がーん。
 作者の頭も混乱しているので、そのうち書き直すかもしれないなぁと思いつつ……(苦笑)

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