夢の階

「あっ……」
 夜も更けた頃、他愛もない話をしてくつろいでいた友雅は、あかねがふと思い出したように声をあげたのを聞いて、首を傾げた。
「……どうかした?」
「あ、いやあの……。今日はクリスマスだったなぁって思って……」
 ぼけっとした顔をしてしまったので、少し照れながらあかねは答えた。
「クリスマス?」
「ええ、私たちの世界では、クリスマスと呼ばれる日があって、大切な人と過ごす、特別な日なんです」
「へぇ……」
 そんなものが、という風に感心する友雅。
 あかねは遙か遠い世界の事を思い出しながら、楽しそうに言った。
「友達と集まっておいしいもの食べたり、恋人たちは二人っきりで過ごして好きな気持ちを確かめ合ったり……。本当は、イエス・キリストっていう偉い人の誕生日なんですけど、それに便乗して騒いじゃえって感じで」
 友雅にも通じるように、言葉を選びながらあかねは説明する。
「そういえば、天真君たちともパーティしたことがあったなぁ」
 昔のことを思い出したのか、あかねはくすくすと笑った。
 そんなあかねの様子を微笑ましげに見守りながら、友雅は酒をあおる。
 盃が空になったのを見て、あかねは新たな酒を友雅の盃にお酌した。
「ああ、ありがとう。……では、姫君の世界の、特別な世界に敬意を表して」
 少し茶目っ気なしぐさで腕を上げると、友雅は再び盃を空にした。
「それでは、君の世界でしたように、クリスマスとやらを過ごしてみるかい?」
「えっ?」
 そう言われて、あかねは考えてみる。
 えっ〜と。映画見たり食事に行ったりなんかできないしなぁ。第一食事はもう済ませたし。どこかに出かけて、クリスマスのイルミネーションを楽しむこともできないし。
 何かできる事がないかな。とあかねは首を傾げた。
「……無理かな?」
 考え込んでいるあかねに、友雅が声をかける。
 あかねは傾げていた首を、反対方向に傾げ直し、
「無理ってことは……う〜ん、無理かな……? あっ! プレゼント交換なら……できるかも」
 だが、そう言った瞬間に、こんな急ではプレゼントを用意できないことに気づいて、ちょっと情けない顔をした。
 あかねの表情が面白かったのか、友雅がくすくすと笑いながら言った。
「たしか、プレゼントとは贈り物のことだったね? では、姫君の望みは? 何でも叶えてさしあげるよ?」
「で、でも、私はプレゼントを思いつかないんですけど……」
 困ったようにあかねが言う。
 友雅はそれでも構わないという風に首を振った。そしてあかねを呼び寄せ、膝の間に座らせると、後ろから抱きしめた。
「こうして君の首筋に顔を埋めて、君の香りに酔いしれている事ができたなら、私はそれだけで……。他には何もいらないよ」
「友雅さんの、甘えんぼ……」
 あかねは照れながら、でも嬉しそうに友雅に体を預けた。
 しばらくそうやって、あかねの髪に頬を摺り寄せたり、首筋に唇を落としたりして、友雅は再度聞いた。
「それで、姫君は何をお望みかな?」
 耳にかかる吐息に酔いながら、あかねはうっとりと考える。
「えっと……琵琶がいいです」
「琵琶?」
 そんなもの、頼まれればいつでも奏でるのに。
 もう少し特別な願いでなくていいのかという風に聞き返してくる友雅に、あかねはこくりと頷く。
「あの……それで、私の世界の曲を、弾いてもらうこと……できますか?」
 おずおずとあかねは聞いた。
 なるほどね。
「いいよ。君が教えてくれるならね」
 友雅はおもしろそうに言って、扇をぱちんと鳴らし、控えていた女房に合図を送った。
 琵琶を持ってくるために、女房が退出する気配がわかった。
「さて、どんな曲なのかな?」
 あかねに向き直ろうと、友雅は後ろからあかねに回していた手を解きかけた。
 それを、待って。と引き止めたあかねは、恥ずかしそうに頬を染めながら言った。
「あの……、もう少しこのままで……琵琶が来るまで……いいですか?」
 可愛らしいそのお願いに、もちろん友雅に異論があるはずがなく、にこりと微笑むと再びあかねの首筋に顔を埋めた。
 くすぐったそうにしながらあかねは、クリスマスは大切な人の温もりが恋しくなるんですよ。と言った。
 幼い頃あこがれた、大人のクリスマス。
 いつか恋人ができたら、こんな風に愛を確かめ合いたい。そう夢見てたから。




「さて、どんな曲かな?」
 女房が持ってきてくれた琵琶を軽く調弦しながら、友雅はあかねに向かって薄く微笑む。
 二人の時間に邪魔が入らないように。と、手を上げて合図を送り、人払いをした。
「えっと〜」
 まず何から弾いてもらおうか、そんな風に楽しそうにあかねは考える。
「じゃぁ、こんな曲なんですけど……」
 少し考えて、この世界に来る前のクリスマスにヒットしていたクリスマスソングをそっと口ずさんだ。
 あかねの透きとおった声を、頬杖をつきながら友雅が眺める。
 一通りの旋律を聞くと、友雅は撥を手にとって弾き始めた。
「わぁ……!」
 聞き覚えのあるメロディーに、あかねが嬉しそうに笑う。
 メロディーは一緒でも楽器が違い、また琵琶では出せない旋律もあった為、少し違う曲になっていたのだが、それでも懐かしさは変わらない。
「……どうかな?」
「すごいすごいすごい! そっくりでした!」
 問い掛けてくる友雅に、あかねは手を叩いて喜んだ。
 こぼれるような笑みを向けられ、友雅も幸せな気分で微笑む。
 それから何曲か、あかねに請われるまま音を奏でた。
「おや、もうこんな時間だね。次で、最後にしようか?」
 夜も更けてきたことだし。
 いつの間にか更けてしまった夜の時間に少々驚きながらも、あかねは名残惜しそうに、だが仕方が無いという風に頷いた。
 そんなあかねを見て、友雅は、ふと思いついたようにあかねに言う。
「あかね、歌ってみないかい?」
「えっ?」
 歌?
 いきなりの友雅の申し出に、あかねはきょとんとして友雅を見つめる。
 そしてしばらくして意味を悟ったあかねが、
「む、無理ですよ! 私歌ヘタだし……」
「だが、先ほどは歌って教えてくれたじゃないか」
 そりゃぁ、歌わないと友雅に旋律を伝えられなかったから。
「友雅さんの琵琶の音に重ねたら、音痴なのがバレちゃう……」
 恥ずかしそうに、頬を染めつつあかねが逃げる。
 逃がさないとばかりに、友雅はあかねを引き寄せた。
「私は君と合奏したい。君の可愛らしい声を、この琵琶に重ねてみたいのだよ」
「だって……」
「そうだ、プレゼントの代わりだと思って、ね?」
 それを言われてしまうと、あかねには返す言葉がない。
「………笑いません?」
「何を笑うというの? 君の歌に、聞惚れるならまだしも」
「絶対ですよ?」
「もちろん」
 人を魅了する艶やかな笑みをあかねにだけ向けて、友雅は頷いた。
 じゃぁ……、と受け入れてくれたあかねの頬に口付けをすると、最初にあかねが歌って教えてくれた曲を紡ぎ始めた。
「可愛い声だね」
 友雅の言葉に照れながらも、あかねは一生懸命に歌う。
 素敵な時間は早くに終わり、琵琶が最後の音を紡ぐのと同時にあかねはほっと息を吐いた。
 終わったことにほっとしながらも、少し寂しそうなあかねに、友雅は小さく笑いながら言った。
「今一度、歌うかい?」
「えっ? ……もういいです」
 友雅の琵琶は聞きたいけれど、自分が歌うのは勘弁してほしい。
 あかねは苦笑しながら首を振った。
「あっ!」
 そしてふと外に視線をやったとき、御簾の向こうに何かを発見してあかねは立ち上がった。
「友雅さん、雪ですよ!」
 自分の後を追って廂に降りてきた友雅に、あかねははしゃいだ声を上げる。
「雪か……どおりで冷えると思ったよ。あかね、寒くない?」
「大丈夫です。わ〜、ホワイトクリスマスになった〜」
「なんだい? それは」
 聞きなれない単語を聞きとめ、友雅はあかねに聞いた。クリスマスというのは先ほどから出てきていたけど。
「えっと、クリスマスの日に雪が降ることを、ホワイトクリスマスっていうんです。ホワイトっていうのは、『白い』って意味て……」
 私の世界では、雪は年明けにならないとめったに降らないから。
 あかねは12月に降る雪の珍しさを説明しながら、簀子まで出た。
 木の床は冷たく、あかねの素足に冬を伝えてくる。
「あかね、風邪を引くから」
 中に入ろう?
 はしゃいで階さえも降りかねないあかねを抱きとめ、友雅は言う。
 苦笑している友雅の表情を見て、あかねがぺろっと舌を出して笑った。
「はぁ〜い」
 二人は連れ立って、温かい室内へ戻る。
 冷えてしまった体を火鉢にかざし、手をこすり合わせながらあかねは言った。
「それにしても、友雅さんに見せたかったです。私たちの世界のクリスマス」
 遙かな世界に思いをはせ、あかねはくすくす笑った。
 友雅も微笑みながら、
「そうだね、見てみたいよ。君の世界はかなり変わった場所のようだからね」
 叶うことのない夢だが、夢物語として話すのは問題ない。
 それがわかっていたから、あかねは付け足して言った。
「あ、でも、友雅さんと一緒にいられるなら、どこでもいいです」
「あかね」
「来年も、一緒にクリスマスを過ごしてくださいね!」
 明るい笑顔を向けてくるあかねを、友雅は引き寄せ、そっと抱きしめた。
「もちろん。私の月の姫。ずっと一緒だよ」
 永遠を約束し、二人は口付けを交わした。
 外に出て冷たくなっていた唇は、互いの愛で温かくなる。
「友雅さん、メリークリスマス!」
「?」
「クリスマスには、こう言ってお祝いするんです」
「なるほど。……あかね、メリークリスマス」
 そうして二人は、抱きしめ合い、唇を重ね互いを確かめ合った。
 遙かな世界でなくても、同じ祝福された日。幸せな気持ちは、等しく恋人たちを包んでくれることだろう。

 

〜あとがき〜
 なんや、ようわからん話どすなぁ。
 クリスマスに京でのほほんと過ごすあかねさんと友雅さんを書きたかったので、妄想の赴くままに書いたら、取り留めの無い話になってしまいました。
 皆さんはどんなクリスマスを過ごすんでしょうかねぇ。自分はもし恋人がいたら、ロマンチックなディナーとかより、こたつでケーキの方がいいです(爆) ばばぁ臭いって? いやいや、バカ言っちゃぁいけませんぜ、ダンナ(誰がダンナだよ)大切な人が隣に居れば、それで良いのさ。
 でも現実には、なにやらお仕事らしいんですよ、水蓮さんってば。ふふふ、夢無いです。

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