意識・無意識

「あかね、入るぞ」
 コツコツと柱を叩いて御簾をくぐると、嬉しそうなあかねが出迎えてくれた。
「天真君、いらっしゃい! よかった、来てくれて」
「来ない訳ないだろ? 第一俺以外呼ぶなって言っといて、俺が来なくてどーするよ」
 笑いながら天真は言う。
 同じく笑いながら、あかねは首を振った。
「違うよー。天真君、昨日ちょっと具合悪そうにしてたでしょ? 風邪でも引いちゃってたらどうしようかと思って」
 物忌みの日は例え邸の中でも出歩けないから、お見舞いに行くことも出来ないし。
「やっぱり、もうすぐ夏とは言っても、川で水浴びてから一日うろつくのは無茶だと思うの……」
「あ〜まぁ……その……」
 苦笑しながら言うあかねに、天真は天を仰ぎながら頬を指でひっかいた。
「でもよ。あのドロだらけな姿で俺が隣にいるの、お前イヤだろ?」
「まぁ……その」
 曖昧にあかねは笑った。別に嫌な訳ではないけど、確かに腕組んだりとかできないかなぁ……。
「とにかく座ろ? さっき藤姫が、果物持ってきてくれたんだよ」
 あかねは袿の裾を翻して、天真を奥へと誘った。
 段々この世界にも慣れてきたのか、あかねは普段の生活をこの世界の衣装で過ごすようになってきた。初めは物珍しさや緊張で、なかなか着ようとしなかったりしたが。
 天真はあかねの袿姿が好きだ。もちろん普段の水干も嫌いじゃないが、いつも元気なあかねが少しおしとやかになって、天真が見つめると、顔を赤くして袖の陰に隠れようとする様が好きだ。
 気慣れてきたので、以前のようにハラハラもしなくなったし、抱きしめた時、ほんのり漂ってくる香り好きだ。前に天真が「なかなか好きな香りだ」と言った、梅花の香。
「体調ば平気?」
 円座にふわりと腰を降ろし、あかねは首を傾げた。
 天真も腰を降ろし、果物に手を伸ばす。
「ちょっとな、だりぃかも。でもお前が心配する程じゃねーよ。自業自得だしな」
 心配そうな顔をするあかねに、天真は笑いながら言った。
 確かに風邪を引いたかもという自覚はあるが、本当に大したことがない。
「ホント?」
「ああ。第一どこか散策に行くならまだしも、部屋ん中でダラダラしてる日なんだから、困りゃしねーって」
 天真がそう言うと、あかねは安心したように頷いた。
「じゃあ、辛くなったらいつでも言って?」
「ああ。その時は少しゴロ寝させてもらうから大丈夫だよ」
 天真があかねの頭をポンポンと叩くと、あかねはくすぐったそうに笑った。




 ──へっきしっ。
 ふとした拍子に。天真はくしゃみをした。
「大丈夫?」
 覗き込んでくるあかねは、忍び笑いをもらしながら聞いてきた。
「……お前、何で笑ってるんだ?」
「だって、カトちゃんみたいなんだもん」
 あかねはくすくす笑う。
 なんだ、思いだし笑いか。カッコ悪い顔しちまったのかと思ったぜ。
「それはともかくさ、なんだか顔赤くない?」
「そうか?」
 実を言うと、体はだんだんと怠くなってきている。動きは緩慢になり、頭はいまいち働かない。
 風邪を引いたかなという自覚は、完全に「風邪を引いたな」という自覚に変わってしまって、正直ちょっとヤバイ。
 だが天真は、あかねに心配をかけたくなくて、わざととぼけた。
「もしかして、熱ある?」
「あるぜ。平熱がな」
「……じゃなくて、熱があがってきてない?」
 人間は夕方になると体温があがるものだ。しかし、日に焼けて少し浅黒い天真の顔だが、赤みがさしている気がするのは気のせいではないだろう。
 あかねは天真の額に手を当てようと、腕を上げた。
「ちょ、大丈夫だって!」
 慌てて天真が回避する。その慌てぶりが怪しい。
「天真君、逃げないで!」
 むっとしたあかねは、天真ににじりよって、額を捕まえようとした。
 その拍子に天真の着物の裾を踏んでしまい、あとずさろうとしていた天真は仰向けに転んでしまった。
「てぇ〜」
「あ、ごめん天真君! 大丈夫?」
 失敗した、という顔であかねが覗き込む。
 仕方がない奴と苦笑しながら天真が起き上がると、待ち構えていたようにあかねが額に手を当てた。
「あ、ホラ。やっぱり熱がある!」
 しまった。
 そう思った時すでに遅し。あかねは悲しそうな、怒ったような顔で唇を尖らせた。
「もうっ、やっぱり無理してた! ……お薬もらわなきゃ」
 と、あかねが立ち上がって外に行こうとしたので、天真は慌てて袿の裾を掴んだ。
「待てって。お前今日は、外に出たらまずいだろ!?」
「出ないよ。女房さんに伝えて、持ってきてもらうだけ」
「いいって。この世界の薬なんて飲んでも大して効かないしさ……!」
「ないよりマシ!」
 あかねは頑として言って、几帳の影で控えていた女房に薬湯を持ってくるように頼んだ。
「あーあ」
 あかねに気づかれてしまった。
 なんとなく情けないような気分になりながら、天真はため息をついた。
 別に、ここまでムキになって隠すような事でもなかったが、隠したが為にかえって大げさになってしまった気がする。失敗したな。
「……無理しないで、って言ったのに……」
 戻ってきたあかねは、心配そうに表情を曇らせていた。
 ほらな。こういう顔をさせたくなかったんだよ。
「別に無理しちゃいないって」
「ウソばっかり。具合悪いなら寝てなきゃダメじゃん」
「なら俺が横になっちまったら、お前、物忌みどうするんだよ?」
 ちょっとムッとして、天真は反論した。
 今は夕方。まだ一日は終わりきっていないし、この時間から他の八葉に来てもらうわけにもいかない。自分がいないと困るはずなのに。
「だから、ここで寝ればいいじゃない」
「はっ?」
「ここだってお布団あるんだから、ここで休んで!」
 こいつマジか?
 あかねがいつも使っている御帳台で、自分に休めと言うのか。
 自分の寝所を男に使わせる気なのか。
 勘弁してくれよ。俺だって健全な男子なんだぜ? 休めるはずがない。
「…………いいよ。ココで横になる」
「え〜!」
「え〜じゃない! お前な、自分の布団を男に貸すな!」
 天真が疲れたように言うと、あかねは言いたい事をくみ取ってくれたらしい。頬を染めてごにょごにょと「だって、温かくして寝なきゃじゃん……」などと呟いている。
 天真は大げさにため息をついて、
「じゃぁ、上掛けだけ貸してくれ」
 そう言うと、あかねは嬉しそうに頷いた。
「うん! 待ってて、すぐ持ってくるから!」
 憎めないなぁ。
 御帳台に駆けていくあかねの後姿を見ながら、天真は苦笑いを浮かべた。
 本気で心配してくれる人が居るのは、無条件に嬉しい事だ。あかねの場合天然が入っているので、イチ男子としてつらい時もあるけど。
「天真君、こっち来て」
 戻ってきたあかねは、上掛け用の衣を手に手招きする。そして自分の太腿を指して、
「頭乗っけて」
 とのたまった。
「…………あかね……」
 さっきのやり取りを、理解してくれたんじゃないのか?
 そんな様子の天真に、あかねは慌てて手を振って。
「だ、だって、床固いし、この方が休めるかなって思って……。…………私の膝枕じゃイヤかな?」
 上目遣いに天真を見上げながら、しょんぼりるすあかね。
 天真は何か言う力も湧いてこず、魂が出てしまうのではないかというくらい盛大なため息をついた。
「天然の誘惑は、ほどほどにしてくれよ?」
「えへへ。は〜い」
「……わかってねぇだろ……」
「そんな事ないよ」
「ウソだな」
「そんな事ないってば! ……私、天真君じゃないと、こんな大胆な事できないよ……」
 頬を染めつつ小さな声で言うあかねを見て、天真もうっすらと頬を赤くした。それは決して熱のせいじゃなくて……。
「まったく……。じゃ、借りるぜ」
 こういうときに遠慮していては損と、天真はあかねの膝にごろりと横になった。
 ……気持ちいいもんだな。柔らかいし……。
「……………………」
「天真君? どうかした?」
「……別に」
 ちょっと仏頂面をして、横を向いてみたりする。
「あ、照れてる?」
「うるさい。寝るからなっ」
「ふふっ。あ、でも寝るなら薬飲んでからにしなよ」
「あ〜? いいよ別に」
「だってもう頼んじゃったし。あ、来た」
 微かな衣擦れの音と共に、あかねの横にある几帳の影から盆に乗った湯のみが差し出された。
 モスグリーンに濁った液体は、ほんのりと湯気を立てている。
 あかねは几帳の向こう側に礼を述べると、膝の天真越しに手を伸ばして、湯飲みを手に取った。
「よっ、と」
「のわっ!?」
「あ、ごめん、潰しちゃった?」
 あかねが慌てて身を起こす。
 天真はすぐさま身を起こして、あかねの膝から離れた。
(あ〜も〜! 誘惑は程ほどにしてくれって言ったろ!!)
 風邪を引いてはいるが心は健康なイチ青年は、顔を真っ赤にして心の中で大絶叫した。
 恨めしげにあかねを振り返ると、あかねはきょとんとした顔で薬湯に息を吹きかけ冷ましていた。
「? はい、コレ飲んで、天真君」
 天真は口元を微妙に引きつらせたまま、薬湯を受け取る。そして真剣に湯飲みを見つめながら、
「あかね、頼むから天然の誘惑は程ほどにしてくれ……」
「? う、うん。わかってるけど……」
 わかってねぇ。
「天真君? どうしたの?」
「どうしもしねぇ! 俺はこれ飲んだら部屋の隅で寝る!」
 そしてそのまま、湯飲みを一気にあおった。
(…………苦い……)
 その苦さに、ちょっと落ち着く天真。
 びっくりしているあかねを横目でちらりと見て、
「……あかね、一つだけ聞いていいか?」
「えっ? あ、いいけど……?」
「………………今、ブラしてるのか?」
「えっ?」
 次の瞬間、やっと天真の変な行動を理解したあかねの叫び声が響いた。
 バタバタと足音が響いて、あかねは胸を抑えたまま御帳台の中へと入ってしまう。
 天真は投げつけられた掛け布団用衣の勢いに逆らわず、そのまま仰向けに倒れてみた。
「……どっちだっつの」
 天井を見ながら、天真がぼそりと呟く。
 こうして青少年たちの物忌みの日は更けていくのだった。

 

〜 あとがき 〜
 なんか急に青臭い話を書いてみたくなったんですよ(笑)
 どうしてかな〜。コルダにハマったから思考回路が「青春ってイイねぇ。若いってイイねぇ」モードになってるのかもしれませんですね。
 そういえば、天あかを書くにあたって、とある御仁に「どのくらい天真が格好いい話を書けるか」という勝負を、一方的に申し込んでおります(爆) しかしこの話の場合、その勝負にエントリーされるのかが微妙な作品ですね(苦笑) 別段格好悪いところはない(つもり)ですが、コレと言って格好いいところも皆無(爆) ふふ、中途半端ですが、どうですかHさん?
 さ、ではあとは若い人達に任せて、年よりは退散するかな……。

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