瑪瑙色Birthday

──ピンポーン。
 余韻を残しながら消えていくインターフォンの音を聞きながら、あかねは首を傾げた。
「……友雅さん……いないのかな?」
 もう一度押してみるが、友雅が出てくる気配は無かった。
 買い物にでも行ったのかな……。あかねは合鍵を出しながら考える。
 今日友雅は家で仕事をしているはずだから、出掛けているとしてもそんなに遠くではないと思うのだが。
 鍵穴に鍵を挿して、ゆっくりと回す。
「お邪魔しま〜す」
 家の中を伺いながらそっとドアを開けるが、やはり人の気配はなかった。
 なんとなく忍び足で、玄関に足を踏み入れる。
「むぅ、驚かそうと思ったのに……」
 今日は友雅の誕生日だから、突然訪問して驚かせようと思っていたのだ。
 前もってランと遊びに行くという伏線を張っておいたので、友雅はあかねが来るとは思っていないはずである。だから、絶対驚かせられると思ったのに。
 ゆっくりとリビングへ続くドアを開けるが、やはり友雅の姿はない。
「まぁ、いいか。帰ってきた時に驚かせよ〜っと」
 ソファに荷物を置きながら呟くと、少しだけ開いた寝室のドアが目に入った。
 そこから覗くベットが、人型に盛り上がっている。
「寝てたんだ……」
 誕生日プレゼントとして焼いてきたケーキをテーブルの上に置いてから、あかねは寝室への扉を開けた。
 案の定、そこには寝息を立てている友雅の姿。
「えへ、得しちゃった」
 めったに見られない友雅の寝顔を見て、あかねはこっそり笑う。
 それを写真に収めようとして携帯を取り出した瞬間、突然携帯が着信を告げた。
「きゃー、しーしー、静かに!!」
 わたわたと携帯を落としそうになりながら、あかねが慌てる。
 幸運な事に、着信はメールだったので、着メロが5秒流れただけで沈黙した。
「は〜」
 肺を空にするほど大きく息を吐いて、あかねは脱力した。
 しかし、ほっとしたのもつかの間、友雅が身じろぎしたので、またぎくりと身を硬くする。
「……ん…………」
 起き上がりはしないものの、起きたのかまだ寝ているのか判断がつかない様子の友雅。
 あかねは心臓をバクバク言わせながら、そっと友雅の寝顔を覗き込んだ。
「わんっ!」
「きゃぁ!!」
 ベットに手をついて覗き込んだ瞬間、何かが背後から抱きついてきて、あかねは友雅に向かって倒れこんだ。
「!? あ、あかね……!?」
 その衝撃で友雅の意識も完全に戻ってしまい、びっくりした表情であかねを受け止める。
「あ、あかね!? どうしたんだい!?」
「あっあっ、えっとそのだからあのっ……」
 あかねは混乱した。
 何者かに背後から抱きつかれていて、自分はその勢いで友雅を押し倒している。
 先に落ち着いたのは、友雅だった。いくぶん穏やかな声であかねに問う。
「どうしたの? 今日はラン殿と遊びに行っているのではなかった?」
「あのっ、だからそれはそのっ……! とととにかく何がいるっ!? せ、背中!!」
「? ああ。アガット、下がれ。伏せ」
「えっ? えっえっ?」
 友雅の言葉と共に背中の物体が離れ、あかねは状況が掴めないままに目を白黒させた。
「とりあえず、姫? 起きてくれるかな?」
 私としては、反対の位置の方がいいのだけれどね。そう言って笑う友雅に、あかねはやっと今の自分の状態を思い出した。
「あっ、あっあっ!? ご、ごめんなさい」
 真っ赤になって慌てて体を起こす。
 すると、床に伏せていたものの存在に気づいた。
「わんっ!」
「わっ。い、犬……?」
 元気よく吠える犬に、胸を落ち着けながらあかねは呟いた。
 ぶんぶんと勢いよくしっぽを振るのは、ゴールデンレトリバー。穏やかな目だが、好奇心に満ち溢れている感で、その瞳が遊べ。と言っている気がする。
「こら、アガット。吠えるのはいけないよ。あかねが驚いてしまう」
 友雅に諭され、アガットと呼ばれたレトリバーがきゅぅんと鼻を鳴らして顔を伏せた。
「へぇ、お利口なんですね。友雅さんの言葉がちゃんとわかってるみたい。……じゃなくて、いつの間に飼い始めたんですか?」
 あかねが誉めたのがわかったのか、アガットは嬉しそうに顔を上げた。
 友雅はくすくすと笑いながら答える。
「いや、私が飼っているのではないよ。知り合いに押し付けられてしまってね。月曜日まで預かる事になったんだ」
「へぇ〜、いいなぁ。私、犬好きなんですよ」
 あかねは手を伸ばして、アガットの頭を撫でた。アガットは気持ちよさそうに目を閉じる。
「……それよりも、私はなぜ君がここに居るのかという事の方が気になるね。今日はラン殿と出掛けるのではなかった?」
 アガットの方を向いているあかねの肩を抱き寄せ、友雅は耳元で囁いた。
 ついでに耳たぶをぺろりと舐められ、あかねはひゃっと身を竦ませた。
「あ、あのっ、今日……友雅さんの誕生日だから、その……驚かせたくて……」
「ふふっ、確かに驚いたね。今日は君に会えないと思っていたから」
「でも私も驚いて、友雅さんの驚いた顔を見損ねちゃった」
 唇を尖らせるあかねに、友雅はたまらず吹き出した。
「あ! ヒドイ!」
「す、すまないね。君があまりにも可愛らしいから……」
「そう言って! いつまでも子供扱いしてると、そのうちびっくりするんだから!」
 強がるあかね。しかし友雅は一層笑い声を大きくした。
「も〜! 知らない!」
 あかねは怒って、ぷいと後ろを向く。
 そういう所が子供っぽいのだと、今のあかねは気付いていないようだ。
 完全に背を向けてしまったあかねに、少しからかいが過ぎたようだと、友雅はなんとか笑いを引っ込めてあかねを引き寄せる。
 倒れこんできたあかねを抱きしめ、耳元で囁いた。
「すまない、そんなつもりはなかったのだが……。どうすれば許していただけるかな?」
「………………」
「ねぇ、あかね。私に出来る事なら、なんでもするよ? だからお願いだ。私に背を向けないでおくれ……」
 少し切ないその声は、あかねをしっとり包み込む。
 その状態でいつまでも友雅を無視しつづける事は不可能で、あかねはまだ少しむくれた顔をしながらも振り返った。
「……いいですよ、別に。もう怒ってませんから……」
「本当に?」
「本当です。あ、そうだ友雅さん」
「何?」
「その……お誕生日、おめでとうございます」
 ようやっと笑顔を見せたあかねに、友雅も微笑む。
「ありがとう、あかね」
 そして、どちらからともなく、二人は唇を重ねた。




「わんっ!」
「きゃぁ!」
 アガットの吠え声に、二人っきりでなかった事を思い出したあかねは、即座に友雅から離れる。
 急に消えた腕の中の温もりに、友雅が不満そうな顔をした。
「あかね、別にいいじゃないか。相手は犬なんだし……」
「でも……」
「なら、見せつけてあげるとしようじゃないか?」
「そ、それはそれで……恥ずかしいです」
 少し不本意そうな顔をしていた友雅だったが、あかねが顔を赤らめて俯いたのを見て、
「まぁ、またの機会にするとしようか」
とため息をついて笑った。
「さて、シャワーを浴びて着替えてくるよ。リビングで待っていてくれるかい?」
「はい。……そういえば友雅さん、仕事は?」
「終わったよ。朝までかかって、もうデータも会社に送った」
「朝?」
「ああ、昨日から取り掛かっていた物だからね。ふふっ、始めると集中してしまうから、気付いたら夜が明けていてね。すっかり昼夜逆転してしまった」
「あ!……もしかして、寝てるの起こしちゃいました!?」
 申し訳なさそうな顔のあかねに、額に一つ、口付けを落とし笑う。
「いや、10時頃ベットに入ったし、もういい時分だよ。……少し寝すぎてしまったかな」
 ベットサイドの時計を見ながら、友雅は苦笑した。今は5時過ぎだ。
「……風邪とか引かないように、気をつけてくださいね」
「もちろん。君に移しでもしたら大変だからね」
「もう! そうじゃなくって〜」
 せっかく心配してるのに、と、おどけながら友雅の頬に触れる。
 友雅もその手に自分の手を添えて、そして手のひらにも口付けを落とした。
「ご飯は食べました? 何か作りましょうか?」
「ああ、いいね。作ってくれるかい?」
「はい、任せてください!」
 あかねは元気よく返事をし、アガットを伴い寝室を出た。
 後ろ手にドアを閉めるとき、髪を束ねる友雅が視界に入って、小さく笑みを浮かべたのだった。




「ケーキ、食べませんか?」
 夕食後、ずっと時計を気にしていたあかねは、そう言ってソファを立った。
「いいね、いただこうか」
「はい!」
 今回、あかねはブランデーのシフォンケーキを焼いてきた。スポンジ具合が自分でもびっくりするくらい上手く焼けたので、早く友雅に食べてもらいたかったのだ。
 あかねが時計を気にしているのに気付いていた友雅は、あかねの心底嬉しそうな声にくすりと笑う。
 いそいそと嬉しそうにキッチンに移動したあかねは、冷蔵庫から良く冷えたホイップクリームを取り出した。
「えへへ」
 このホイップクリームは、友雅の家に来てから頑張って泡立てたものだ。友雅は甘すぎるのが好きではないので、甘さはほんのりと。
 カットしたシフォンケーキの横にホイップクリームを置き、家のハーブ畑からこっそり失敬したミントを乗せて、少しばかり得意な気分になった。
「よし!」
 紅茶も入れて、あかねはご機嫌でお盆を持ってソファへ戻った。
「お待たせです!」
「ありがとう。おや、ずいぶんと洒落ているね」
 あかねがソファに落ち着くのを待って、友雅はケーキを一口、口に運んだ。
 その様子を、緊張した面持ちでじっと見つめるあかね。
「……うまい」
「本当ですかっ!?」
 心底嬉しそうに、あかねが声を上げる。近くで丸くなっていたアガットが、その声にぴくりと顔を上げた。
 そんな一人と一匹を見ながら、友雅は微笑んで頷く。
「ああ、とてもおいしいよ。ケーキは上品な味だし、それに……クリームはあまり甘くないね。私の為に加減してくれたのかな?」
 自分の気配りを友雅に気づいてもらえた事が嬉しくて、あかねは頬を紅潮させたままとびきりの笑顔を浮かべる。
 そして自分もフォークを手にし、ケーキを口へ運んだ。
「ん〜、おいしぃvv」
 やっぱり、今回は上手くいった。今までの中で一番上手くいったかも。
 ケーキの出来栄えに改めて満足しながら食べる。
「こらこら、君にはあげないよ」
 その声に顔を上げると、アガットが友雅を物欲しげに見ていた。
 友雅は苦笑しながら、身を乗り出してくるアガットから皿を遠ざけている。
「君には勿体無くてあげられない。これは私のだからね」
 口調はそうでもないが、子供っぽい事を言う友雅に、あかねは思わず笑う。
 友雅にもらうことを諦めたらしいアガットが、今度はあかねの傍へと寄ってきた。
 あかねを見上げながらしっぽを振り、訴えるようにおすわりする。
「これはダメ。砂糖とか入ってるから、あげられないのよ」
「わんっ!」
「あはは、ダ〜メ〜」
 このままでいると、可愛い誘惑に負けそうだなとあかねは思いながら、取り急ぎケーキを征服した。テーブルに皿を置いても大丈夫なように、クリームも極力残さないようにして。
 皿を視線で追うアガットの頭を撫でながら、あかねは床に膝をついて、アガットを抱きしめた。
「や〜ん、やっぱ犬はいいなぁ」
 わしゃわしゃと体をかき混ぜると、アガットは気持ちよさそうにあかねに鼻っ面をつける。自分の顔の横にあるあかねの腕を、ペロペロと舐めだした。
「く、くすぐったいよ〜」
 笑いながらあかねはアガットを撫でる。
 いつの間にかアガットは、あかねに腹を見せて寝転んだ。
「……………………」
 その様子を後ろでずっと見ていた友雅。
 自分はまだケーキを食べているとはいえ、あかねが完全にアガットの方を向いてしまったので、仏頂面になった。なんだか面白くない。
「……あかね」
 名前を呼んでみたけれど、あかねはアガットとじゃれていて気が付かない。
 友雅の瞳が、不服そうに細められた。
 そしてケーキの皿を置くと、あかねの後ろに移動して囁いた。
「私も可愛がってはくれまいか? あかね」
「えっ、と、友雅さんっ!?」
 いきなり背後から声が聞こえたと思った瞬間、あかねはアガットから引き離され、友雅の腕の中に収まった。
「アガットにばかりそのように触れて、ズルイのではない?」
「ズルイって……い、犬ですよ?」
「犬でもだよ。第一アガットはオスなのだからね。……君が他の男に触れるなんて許せないね」
「やだ、なに子供みたいなこと言ってるんですかっ」
 あかねはくすくすと笑いながら、友雅に身を預ける。
 友雅は先ほどあかねが言ったのと同じような台詞をわざと言ってみた。
「そのような事を言っていると、そのうちびっくりするよ?」
 言いながらあかねの体をくるりと誘導して、友雅はあかねを組み敷いてしまった。
「えっ? と、友雅さんっ?」
「ふふっ、主役の私を差し置いて楽しそうに遊んでいるなんて。これでは忠告が必要かな?」
「と、友雅さんっ、アガットがいるから……っ!」
 わたわたと慌てるあかねにくすりと笑い、友雅はあかねの耳元で囁いた。
「だから、見せ付けてやるとしようじゃないか?」
「わんっ! わんっ!」
 あかねが襲われているからか、それともじゃれているとでも思っているのか、アガットの吠え声が聞こえる。
 それを完全に無視しつつ、友雅はあかねの首筋に顔を埋めた。
「んっ……」
 あかねが身を振るわせる。友雅は満足そうな顔であかねのブラウスに手を掛け……。
「わんっ!!」
「お、おっと……!?」
 友雅の背後からアガットが飛びつき、友雅は危うくあかねに頭突きを食らわせてしまうところだった。
 危ういところで腕を突っ張り、あかねへの突進を防いだ友雅。安堵のため息は深いものだった。
「……まったく」
 忌々しげに舌打ちし、友雅は体を起こした。
 部屋の隅に転がっていた、アガットの飼い主から預かったおもちゃ。それを手に、友雅は寝室のドアを開ける。
「アガット、おいで」
 そう言って手にしたおもちゃを寝室の奥へと投げる。
 嬉々として部屋の中へ入っていたアガットが、ご機嫌におもちゃへ飛びつくのを確かめる間もなく、友雅は寝室のドアを閉めた。
 パタン。と無機質な音が響く。
「…………ぷっ」
 友雅の行動をあっけにとられながら見守っていたあかねだったが、しばらく沈黙した後、ふいに吹き出した。
「と、友雅さん、大人気な〜い」
 くすくすと笑うあかねに、友雅は少し不本意そうな顔をして答えた。
「大人気なくても結構。君に触れるのを邪魔されるくらいなら、私は子供でいいよ」
 その言い方がますます子供っぽいと、あかねは一層笑う。笑いすぎて目尻に涙が浮いた。
 友雅はムッとしながら再びあかねに覆い被さった。
「君はどうなの? アガットに見られるのが恥ずかしいと言っていた君は?」
 小さな涙の粒を指で拭って、それを舐めとりながら友雅は問い掛ける。
 あかねはえっ? と友雅を見上げてから、頬染めて顔をそむけた。
「わ……私も……」
「何? 聞こえないよ」
 ぼしょぼしょと言うあかねを満足そうに見つめながら友雅。
 聞こえてるくせに! と思いながら、あかねは顔を真っ赤にして友雅を見上げた。
「私も! ちょっと嬉しいです!!」
 あかねが言葉を発し終えるやいなや、友雅の噛み付くような口付けが唇を塞いだ。
 長く求め合うように唇を絡めて、友雅はあかねを見下ろし微笑んだ。
「あかね、愛しているよ」
 あかねもまた微笑み、
「私もです」
 そして二人は、再び唇を求め合ったのだった。

 

〜あとがき〜
 「子供っぽい友雅と犬」というテーマで書いてみました。
 むふふ、友雅さんの仏頂面が目に浮かぶ……(笑)
 ゲームが発売してもう……4年? 5年? どのくらい経ちましたっけ?
 少なくとも私が遙かのパロ小説を書き始めて3年くらい経っているので、そろそろネタも尽きてきました。なので、今回はちょっと変わった風味なエッセンス(犬)を加えてみたり。誕生日の話だけど、ただ単に誕生日に起こったというだけの出来事というのは、なかなか書きやすいですよ(爆)
 うし、来年からのネタはこの方向で考えよう(核爆)
 ちなみにタイトルは、アガットの瞳の色とブランデーシフォンに引っ掛けてなタイトルです。タイトルって難しいよなぁ。関連の無いタイトルはダメだし、かと言ってネタバレしちゃうようなタイトルでは面白くないし……。タイトルセンスないのでツライです。

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