シンデレラ・クリスマス
カチャリ、と小さく玄関のドアが開く音を聞きつけ、あかねはいそいそと帰宅者を出迎えに立った。 「友雅さん! おかえりなさい!」 「おや、あかね。ただ今。まだ起きていたのかい?」 「ええ、レポートやっていたんです。それに、友雅さんに会ってから寝たかったし」 「そうなのかい? ふふっ、ありがとう、私も嬉しいよ」 そう微笑む友雅は少し精彩を欠いているように思う。 あかねは友雅の鞄を受け取りながら訊ねた。 「友雅さん、大丈夫ですか? なんだか疲れてるみたい」 年末年始と言うと、たいていの人間は忙しくなるけれど、友雅の忙しさもたぶんに漏れず大変らしいということは知っていた。今までにも忙しい時期というのもあったし、あかねはその時の友雅を知っているのだけど、今はそれよりも忙しいのでは? と思えた。 「顔色も少し悪いみたい。……無理しないでくださいね?」 心配そうに覗き込んでくるあかねに微笑みを返し、友雅は答える。 「連日打ち合せやら挨拶やらで作業が進まなくてね。だから休日も返上で仕事だよ」 その微笑みはいつもより弱々しい笑みだった。 ネクタイをソファの上に放り出すと、友雅はふと真面目な顔になって、 「それで……あかね」 「はい? なんですか?」 「その……明後日から出張が入ってしまって、ロスに5日間行くことに……なった。その、君とクリスマスを一緒に過ごせなくなってしまったんだ……」 とても申し訳なさそうに友雅は言う。 今日は18日だから、明後日と言うと20日。 あかねは愕然となった。クリスマスイブのディナーの約束。とても楽しみにしていた。それに……、 「い、5日間って、大学のパーティも無理……ですか?」 大学の講堂を使って25日に開催されるパーティ。学生からの招待状で一般の人間も入れる。女生徒たちの間では、暗黙の「彼氏お披露目会」であり、あかねも見せびらかすつもりはないが、友雅に来てほしくて招待状を送っていたのだ。 スーツを脱ぎ楽な格好になった友雅は、どさりとソファに座る。 「そうか、それもあったね……。では、なんとか途中で……」 後半は小声になり、予定を調整しようとする友雅に、あかねは慌てて言った。 「あっ、きっ、気にしないでくださいっ。友雅さん、お仕事忙しいんでしょ?」 「だが、君との約束をこれ以上違えるわけには……」 だが、今回の出張日程は、現地でのクリスマスパーティも含まれている。そのパーティに友雅の出席は不可欠で、したがって日程を削ることはおろか、途中で抜け出して帰ることも容易ではない。 そう思い、友雅の言葉の語尾が小さくなる。あかねはそれを感じ、加えて言った。 「本当に気にしないでください。一人だと参加できないとかじゃ…ないんですから。友雅さんは無理しすぎないように、お仕事頑張ってください。私は友達とかもいるし、一人で平気ですから……」 そう言ってあかねは微笑んだが、その笑顔はさっきの友雅よりも弱々しい。きっと自分では落胆を隠しているつもりなのだろうが、顔色に出る悲しみまでは隠せていない。 友雅は胸ににぶい痛みを感じて、傍らに立っているあかねの手を取った。 「本当にそう思っているの?」 「ほっ、本当ですよ」 「……やはり、25日の夕刻までには日本に戻ってくるよ」 「えっ、だ、だから大丈夫って……」 「私があかねと過ごしたいから、そうするのだよ」 「だって……だってだって……。やっぱりダメです! その為にお仕事無理してほしくない! 私のこと、甘やかさないで大丈夫ですって」 「甘やかして言っている訳ではないよ」 言いながら友雅はあかねの手を引き寄せて口付ける。そして指先を口に含まれて、あかねはビクッ、と震えた。 「ダ、ダメ!!」 自分の手をいささか乱暴に引き戻し、あかねはまくしたてた。 「一人で大丈夫だって言ってるじゃないですか! 友雅さんが来なくても私、パーティ楽しくす過ごしてきます! 友雅だって現地でパーティあるなら、それをゆっくり楽しんで来てくださいよ。クリスマスの過ごし方は、何も恋人と過ごすだけじゃないんだから!!」 一気に言って、自分が言ったことが何げにヒドイ事だと気付き、あかねは青くなる。 友雅はそんなあかねをひたと見つめていて、その視線に耐えられなったあかねはふぃと目をそらした。 重たい空気が、あかねの肩にのしかかる。 「……私は、あかね、君と一緒に過ごしたい。君は、そうは思ってくれないの?」 「…………っ」 そんなことない! そう叫びたかったのに、言葉が出てこなくて言えなかった。 答えられないでいるあかねに、友雅が質問を重ねる。 「私は、仕事に行った方がいいのだね?」 あかねはかなりの間迷って、やがてコクリと頷いた。 「……わかった、予定どおりロスに行ってくるよ」 ため息と共に言われ、空気がいくぶん軽くなった。 だが逆に、あかねの心は重く痛くなる。この場にいることがつらく思えて、あかねは風呂に入るのを理由に友雅の傍から離れた。 そして風呂から出ると、友雅の顔も見れないままベットに入ったのだった。 この気持ちを、どう表現したらいいんだろう? あかねはベットに横になって、うまく働かない頭で考えた。 昨日友雅とケンカをして、今日の朝は、あかねが起きたときには友雅はすでに出勤していた。だから、あれからまだ顔を見ていない。 (ケンカ? ううん、そんなことない。別にケンカしたんじゃ……) そう、べつにケンカをしたわけではない。ただクリスマスの予定を話していただけで……。 「……はぁ」 なのに、この気持ちはいったい何だろう? それから、この寂しさ。友雅と離れてまだ24時間経っていないのに、1週間くらい離れている気がする。 友雅は今日も遅いのか。シンデレラの鐘はまだかろうじて鳴っていないけれど、あと30分もすれば「明日」になってしまう。 「明日」は友雅が出張に行ってしまう日。 「よっと!」 勢いをつけてベットから起き上がる。 リビングで待っていようかな……。上半身だけ起こした体勢で、あかねは思った。 そう思ったものの、その場から動かない。 動けない理由は、やはり自分が抱える気持ちの正体がわからないからであろう。友雅の顔が、見たいのに、見たくない。 あかねは頭の中でうずまく感情を、一つひとつ探す事にした。 まず、友雅さんに会いたい。顔が見たい。それは寂しさとか愛しさ。 早く帰ってきてほしいと思う気持ちは心配だろう。こんな遅くまで仕事してるから。 そして、顔を見たくないと思う気持ちは、 「後ろめたさと後悔……」 昨日はひどい事を言ってしまったと思う。友雅は自分と過ごしたいからと言っていたのに、自分は一人でいいと言った事。 本当の気持ちはそうではない、と謝りたい。だって……。 「……友雅さん、寂しそうな顔してた」 友雅を、傷つけてしまったかもしれない。 「でも、そういうと友雅さんきっと……」 きっとまた、無理して仕事を片付けて、あかねの為に帰ってくるのだろう。 大学のパーティに間に合うように。 あかねの予定に合わせられるように。 「それはヤダ」 何だか自分が、友雅のお荷物みたいで。 その時ガチャリという玄関が開く音がして、友雅が帰ってきたのに気づいた。 気づいた瞬間に、あかねはばっとベットに潜りこむ。 (な、なにやってんの私……) 思わず“逃げ”の姿勢をとってしまって後悔する。 寝室の外から聞こえるささやかな音にも耳をすませて、あかねはぴくりとも動けずにいた。 しばらくして寝室のドアが開かれ、友雅が入ってくる。 必死に寝たふりをしながら、あかねは耳に全神経を集中させた。 「……あかね」 ギシ、とベットがきしむ音がして、友雅があかねの傍らに腰掛けたのだとわかった。 「……あかね、眠ってしまったのかい?」 たった1日ぶりなのに、友雅の声がやけに強く心に届く。 身じろぎしないあかね。タヌキ寝入りに気づいているのかいないのか、友雅はそっと言葉をつづった。 「あかね、仲直りしよう。君が笑顔で出迎えてくれないと、寂しい」 そう言われて、同棲を始めてから初めて友雅の帰りを迎えなかったことに気づく。 「べ、別に、ケンカなんかしていないでしょう?」 思わず、といった風に、あかねは答えてしまった。 「なら、なぜ出迎えてくれなかったの?」 「それは、た、たまたま……」 私だって、先に寝てしまう事があるんです。 あかねはそう言ったけれど、それは確かに間違った事じゃないけれど、友雅を待っているときに気づいたらリビングで寝ていたという場合だけだ。 「なら、私に顔を見せておくれ。君に帰宅を迎えてもらいたい」 懇願するような口調に聞こえるのは、そう思っていてほしいと願うからだろうか? 「お、おかえりなさい……」 だがあかねはベットにもぐりこんだまま、出ることはできなかった。 言葉だけはかろうじて搾り出したけれど、さきほどから引きずっているもやもやが疼いて、友雅の顔が見れないでいる。 毛布越しに、友雅のため息が聞こえる。 「……やっぱり、怒っているのだね。私が急に出張することになってしまったから?」 「そんなんじゃありませんっ」 「なら、どうして顔を見せてくれないの? ねぇ、私はどうしたらいい?」 そう言われた瞬間、あかねの中で何かがドクンと疼いた。 昨日の夜も同じ。このもやもやした気持ち。 友雅が仲直りを持ちかけてくれているのに、なぜこんなに……。 「あかね。ねぇ、どうしたら許してくれる?」 言葉が重ねられ、友雅の手が毛布の上からあかねに添えられる。 あかねの頭に、かっと血が昇った。 「怒ってないって、言ってるじゃないですか!!」 友雅の手を押しのけ、ついでに毛布も押しのけ、あかねは飛び起きた。 「私はただ、お仕事大変なのに、無理しないで下さいって言っただけじゃないですか! 何でも私に合わせようとして、こういう時も自分から謝ってくれて! 私がなんで怒っているか、わかってないでしょう! 甘やかすだけ甘やかして、私の事をペットか何かだと思っているんですか!」 顔を真っ赤に染め、肩を怒らせ、あかねはまくし立てた。 怒りのあまり、先ほど「怒ってない」と言った事を、すっかり失念しているようである。 「君の事をペットだなんて、思ってるわけがないよ!」 あかねの剣幕に負けないよう、友雅も声を強める。 しかしあかねは、変わらず困惑している表情の友雅がなんだか癇に障って、叫んだ。 「嘘! 私は友雅さんのペットなんだ!」 「そうじゃない!」 「もういいですよ! ペットでいいですから、たまには甘やかすのやめて自分のことに注意を向けたらどうです!? 出張明日からなんでしょう!? 大変なお仕事、頑張ってくださいね!!」 「……そう、君がそこまで言うのならそうすることにするよ! 出張の準備をしなくてはならないしね! 君も勧めてくれたことだし、あちらのパーティをせいぜい楽しんでくる事にするよ!!」 あかねの言い草に、めずらしく友雅も頭に血が昇った。 あかねと同じくらい肩を怒らせ、さっさと立ち上がり、寝室を出て行ってしまう。 ドアを閉める後姿に舌を出し、あかねは再びベットへもぐりこんだ。 ……何故だか、涙が止まらなかった。 「……そりゃぁ、怒るわね」 ランチをとりながら、ランが言った。 「でしょ!?」 「じゃなくて、友雅さんの方よ」 同意得たりとばかりに乗り出すあかねに、ランは呆れたように言った。 パスタを絡めていたフォークを、つぃ、とあかねに突きつける。 「自分の想いを相手に“ペットだ”なんて言われたら怒るでしょ」 「う……それは言いすぎたと思ってるけど……」 「そもそも、なんで怒ったのよ。折角友雅さんが仲直りしようって言ってくれたのに?」 あかねの話は状況説明だけだったので、ランには何故あかねが怒ったのかイマイチわからなかった。 「…………」 「あかね?」 自分の質問に答えようとしないあかねに、ランが首を傾げる。 「ひょっとして、何で怒ったか自分でもわからないとか?」 仏頂面で黙り込んでいるあかねに、ランはますます呆れた顔して言った。 あかねは消え入りそうな声で、だって……と唇を尖らせた。 「友雅さん、いつも私に合わせようとしてくれて、私ばっかり甘やかされて……なんだか申し訳ないよ」 「ふ〜ん。で?」 「で……私はそう思っているのに、友雅さんはますます私に合わせようとしてくれて。今回だって25日は帰ってくるようにするって言い出したんだから。……私は無理しないでほしいって言ったのに。また私は甘やかされるんだなって思ったら、なんだか……もやもやした気持ちが溢れてきて……」 食べ終わったフォークとスプーンを、皿の上に並べて置きながら、あかねは続けた。 「私はきっと、友雅さんと対等になりたかったんだと思う。甘やかされてばかりじゃなくて、向こうの都合にも合わせられるように」 それなのに友雅ときたら……。 「遠慮のない間柄になりたいのに、友雅さんったら全然わかってない!」 いささか乱暴にティーカップを持ち上げる。急な振動に中身が揺れたが、半分以下に減っていた紅茶は零れはしなかった。 その様子を、最後のひと口分のパスタを巻き取りながら見ていたランは、パスタを口に入れる直前にポツリと言った。 「わかってないのは、あかねの方かもよ?」 「えっ!?」 驚いて聞き返しても、ランはもぐもぐやっている最中。 あげく、食べ終わっても聞き返したことには答えず、紅茶を飲みながら話題をはぐらかした。 「どのみちにしろ、友雅さんが帰ってくるのは飛行機で掛かる時間とかで26日。時間を巻き戻すことはできないから、とりあえず後で考えたら? 今日は気晴らし&パーティ用の買い物でしょ?」 そうだった。あかねは今日、パーティに履いていく靴を見に来たのだ。 二人は食休みを取りながら、どこそこに行こうと、目的地の相談を始めたのだった。 クリスマスソングをBGMに、たくさんの若者がパーティを楽しんでいる。 だが、その中にうかない顔をしている花が一つ……あかねだ。 あかねだって最初は楽しんでいた。いろいろな料理を、おしゃべりしながら仲のいい友達と食べたりするのは、とても楽しかった。 でもお腹もいっぱいになり飲み物のグラスを手に談笑の雰囲気になると、何だかばかばかしくなってきた。 あっちの友達もそっちの友達も彼氏が到着したらしく、順々にあかねに紹介していくが、笑顔で挨拶を返すのが苦痛になってきた。 もう少ししたらダンスタイムが始まる。そうしたらもっとばかばかしい気持ちになるだろうか。 ランたちもどこかへ行ってしまったらしく、姿が見えない。 (来るんじゃなかったかな……) 気づくと、傍らに誰かを探している自分を発見して、さらに落ち込みかけてるし。 オマケにこのパーティ用に買った靴が足に合わなくて、さっきから痛い。 デザインをひと目で気に入って衝動買いしたヒールは、あかねには少し高かったようだ。パーティ前に試しで履いたときに気づいたが、落ち着いたデザインのヒールをどうしても履きたくて、ランが止めるのも聞かず履いてきた。ちょっと意地になっている部分もある。 「……で、その時彼が……って、あかね? 聞いてる? あかねったら!」 「えっ? あ、ゴメン。何?」 「もう! ぼーっとしちゃってどうしたの? 酒でも飲んだ?」 「うんん。そんな事ないよ……」 慌てて作り笑いを浮かべたが、イマイチうまく笑えてない気がするのは、気持ちのせいだろうか。 「……私、ちょっと人酔いしたかも。外で涼んでくるね」 「えっ、ちょっとぉ!? そと寒いわよぉ?」 「平気。ショールも持っていくし」 12月の寒空へ出て行くには、いささか頼りないショールを羽織って、あかねは講堂の出入り口へと向かったのだった。 講堂の前は、ちょっとした広場になっている。ちょっと行けば噴水だってある。 あかねはその広場を校門の方面に歩きながら、夜空を見上げた。 「……さむ」 ホワイトクリスマスにはなりそうにない、晴れた空。 都会の光に脅かされながらも、いくつかの小さな光が瞬いている。 講堂から結構離れたところまで来て、あかねは立ち止まった。目の前には階段。その向こうには校門が見える。 あかねはその階段に座ることにした。実はさっきから靴ずれが痛いのだ。熱さえも持っている感じがする。 「……私、何やってるんだろう?」 ドレスが汚れるのも構わず座り込んで、靴をかかとだけはずしてみた。痛みを訴えている部分は赤くなっている。 靴を脱いだ部分が外気にあたり、火照った患部が癒されていく。 そのまま足をぶらつかせると、つま先にだけ引っかかっていた靴は遠くに転がっていってしまった。 「あ……」 何とも情けない気分だ。 なのに靴を追いかける気持ちにもならない。 あかねは大きなため息をついた。 「どこか行きたい……」 ただ単にこの場所にいたくなかったから呟いたのだが、呟いた瞬間に自分の願望を見つけてしまった。 どこか行きたいのではなく、あの人の傍らに行きたいのだと……。 そう思ったとき、ゆらりと、あかねの視界が揺らいだ。 じんわりと染みだしてくる涙を自覚しながら、あかねは膝をかかえる。 「私、バカみたい……」 対等になりたいなどと友雅を拒絶したのに、すでに友雅を欲しているなんて。 冬空の下は寒い。なのに欲しいのは、温められた部屋でも暖かいコートでもなく、友雅のぬくもり。 今すぐ友雅の元に行けたらいいのに。そう考えてあかねは、自嘲気味にくすりと笑った。 「今からロスに行ったって、明日帰ってくる友雅さんと入れ違いになっちゃうかもしれないのに」 それ以前に、ロスに行ったところで友雅に会えるわけがない。友雅がどこで仕事をするか、どこに泊まっているかさえわからないのだから。 気持ちは体の中を今にも飛び出しそうなのに、飛び出しても意味がないという現実が、ことさらあかねをイラつかせる。 あかねはひざを強く抱きしめ、腕に額を押し付けて俯いた。 「バカみたい……」 本当に、バカみたい。 「私のシンデレラは、二つもガラスの靴を置いていってしまうの?」 とつぜん聞こえてきた声に、あかねははっと顔を上げた。 聞き間違える事のない、一番聞きたかった声。 視線の先にはあんのじょう、友雅が階段の下からあかねを見上げている。手にはあかねが脱ぎ捨てた靴。 「とも……まさ、さん…………?」 あかねが唖然としていると、友雅は階段をゆっくりと昇ってきた。 目の前に靴をそろえて置き、柔らかな笑みを浮かべる。 「せめて片方は持ち帰ってくれないと、義母に壊された時にどうにもできなくなってしまうのだけれど」 「友雅……さん」 信じられないというように、あかねが再び呟く。 目を丸くして自分を見上げるあかねに微笑みかけると、友雅はマフラーを外しながら言った。 「まさか、もう私の顔を忘れてしまったかな?」 声にほんの少しの寂しさを混ぜながら、外したマフラーをあかねの肩に巻く。 その温かさにあかねは我にかえった。 「どうして!?」 立ち上がって友雅に抱きつき、あかねは叫んだ。 抱きつかれた衝撃によろめきながら、友雅が抱きしめ返してくれる。 「……よかった」 「えっ?」 友雅が呟いた言葉の意味がわからずに、あかねが顔を上げる。 「君に、拒絶されたらどうしようかと……」 微笑む友雅の表情は、疲れていたけど嬉しそうだった。 「拒絶? 私が……?」 「そう。来ると言われたのに来てしまった私を、君が拒絶するかと思って……」 「そんな……そんなこと絶対ありません」 そう、絶対ありえない。本心ではとても来て欲しかったから。 それよりも、絶対ありえないはずの、友雅がここにいる事実がわからなかった。 だって友雅は今ごろロスに出張中で、現地でパーティだってあって、自分がいなくても楽しくやっているはずで……。 「私をまた、甘やかすんですね……」 可愛くないな。そう思いながらもつい言ってしまった。 友雅の背に回した腕をするりと解きながら、一歩だけ友雅から離れる。 「あかね?」 「……私が、友雅さんの負担にならないように、友雅さんに合わせられるように……だから仕事に行ってっていったのに、結局私の為に戻ってきてくれた……」 言いながらあかねは俯いた。 せっかく友雅に会えたのに、こんな話をしたいんじゃないのに。 「私バカみたい。友雅さんの迷惑にならないよう我慢しようとしたのに、我慢できなかった。今だって友雅さんが来てくれたことが嬉しくて、結局友雅さんに迷惑かけてる……」 自分の愚かさが情けなくなって、あかねは夢なら早く覚めてと思う。 だが、友雅の声は反対に、気が抜けたようだった。 「……なんだ」 「えっ?」 「あかねは私に、ここへ来て欲しいと思っていてくれたんだ」 なんだ、そうだったのか。 そう呟いて友雅はくすくすと笑った。 あかねは友雅の意図が読めずに困惑する。 友雅はもう一段階段をあがって、あかねが離した一歩の距離を縮めた。 「私はね、君が私を一緒にパーティに来たくないから、仕事に行くよう言ったのかと思っていたよ」 「そんな訳ありません!」 「……そのようだね」 友雅は苦笑めいた笑みを浮かべて続けた。 「でもね、私はそう思っていたから、予定どおりロスへ行こうと思った。でもどうしても君の顔が見たくなって、仕事もあまり手につかなくてね。そうしたらクライアントが、クリスマスは大切な人と過ごすものだと、送り出してくれたんだよ」 ほどけて落ちそうになるあかねのマフラーを巻きなおして、友雅は笑った。 ショールの上から巻かれた大き目のマフラーは、冷たい空気からあかねを守ってくれる。ショールもマフラーも、どちらもそんなに厚い生地ではないのに……。 「本当は、会場の陰からあかねの顔だけ見て、今夜は家に帰らないつもりでいたんだ。怪しいだろう? でも会ったら拒絶されるかもしれないと思ったから、顔を見るだけのつもりで来たんだ。……そうしたら君が、こんなところで無防備に座っている。ついね、声をかけてしまったんだよ」 自分の言葉を真摯に聞いているあかねに、友雅はすべてを告白した。 驚きや困惑をまぜこんだあかねの表情は、最終的にはひどく気の抜けた表情になった。さっきの友雅と同じ。 「……なんだぁ」 気力と一緒に力も抜けたらしい。あかねはその場にへたりこんだ。 “わかってないのは、あかねの方かもよ?” ランの言葉が脳裏によみがえる。本当だ。自分はわかってなかった。 「おやおや、大丈夫かい?」 友雅が腕をささえてくれる。 あかねは思わず、ポツリとこぼした。 「……私本当に、バカみたい」 「それはちょっと違うよ」 「えっ?」 「バカみたいなのは、私も一緒のようだからね。私たち、バカみたい。だね」 「……本当だ」 友雅の言葉に、あかねも笑った。 久しぶりに友雅の前で浮かべた笑みは、なんだか泣き笑いみたいになってしまったけど。 だってあまりにもバカらしいじゃない。お互い思い込んだまますれ違っていたなんて。 きっと望みに正直でいたら、今ごろは温かな講堂の中でシャンパン片手に談笑していただろうに。ダンスとか踊ったりして……。 「そうだ。友雅さん、ダンスしましょう?」 「いいけど、ここでかい?」 「そ、ここで」 そう言ってあかねは友雅の腕をとった。 講堂の音楽がここまで聞こえてくるから、踊れない事はない。 「あかね。君、靴は履かないの?」 友雅が置いた靴を置き去りにしたまま、あかねは階段上の広場を歩いていく。 「あれ、足に合わないんです。どうしても履きたかったから無理して履いて来たのに、足痛くなっちゃって……。バカみたいでしょ?」 バカみたいもここまでくると開き直ったようで、あかねはあっけらかんと言った。 「本当、バカみたいだね」 友雅も笑いながら返し、二人は広場の中央で構えをとった。 「まぁいいけれど。ガラスの靴などなくても、私は君を探し出す自信があるし」 「見つけてくださいね?」 「お任せあれ、姫君」 それから二人はめちゃくちゃな踊りを踊った。 聞こえてくる音楽はジャズだったりフォークだったり、しかし聞こえるといっても鮮明に聞こえるわけじゃないから、音楽に合わせて踊っているのかもわからない。 それでも楽しかった。 シンデレラは裸足で、王子様は出張帰りの疲れたスーツ。 子供のようにけらけら笑いながら、でたらめな踊りを踊る。 「そうそう。クライアント氏がね」 「はい?」 「今度から愛する人も一緒に連れてくるといい。と言っていたよ」 「わ、私もですか?」 「そう。……今回も、そのようにしていれば喧嘩をしなかったかもしれないね」 「……ケンカじゃないですよ……」 「おや、そうかな? 君は怒りながら“怒っていない”と言っていたけど?」 「も〜、忘れてください!」 「そうそう、もう一つ」 「まだ何かあるんですか?」 「……君は私とクリスマスを過ごしたいと、そう思ってくれる?」 問いかける瞳は真剣で、空の星よりも光っている。 あかねはもちろんと頷いた。 「だって私は、いつでもどこにいても、友雅さんと一緒にいたいなって思ってるんだもの!」 イマイチな格好をしたお姫様と王子様は、寒いだけの噴水広場で、それでも幸せそうに踊った。 そして夜空には、地上の星に負けない光が、優しく瞬いている。 |
〜 あとがき 〜 大変おそくなりました。クリスマス友あかです。 今回織り込みたかったのは「ミモザ」と「シンデレラ」と「めずらしくあかねに怒る友雅氏」ですが、友雅氏の怒り方はあんまり子供っぽくかけなかったなぁ。 織り込むといっても、織り込んでるつー感じがしないのは何故だー! ……でもそこそこちゃんとお話がかけたので、いっか。いつもこんな感じです。 今回もタイトルが思いつかなくて〜! 今からでも素敵なタイトルつけてくださる方募集。今のタイトルも仮なわけではないのですけれども。 |
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