強すぎる独占欲
友雅が内裏から戻ったとき、迎えてくれるはずの彼の妻はそっぽ向いていた。 「おや?」 どうしたのだろうと、友雅は首をかしげる。 こういった事は珍しいとはいえ、今までにも何度かあった。だから友雅は、妻の傍らに腰をおろしながら、優しく話しかけた。 「今帰ったよ、ただいま、あかね」 こういう時はたいがいにして、あかねは怒っているか拗ねているか、何か機嫌が悪い時だ。 だが無理に顔をのぞきこもうとはせず、まずは帰宅を告げた。 「……おかえりなさい」 かなり間があったが、あかねはちゃんと返事をした。 そのことで、あかねは自分に対して怒っているわけではないようだと推測した。 でも自分の前でへそを曲げているということは、自分はたぶん、関連あるのだろう。 「どうかしたのかい?」 「別に、なんでもありません」 相変わらずそっぽ向いたままのあかねが、平静を装った声で答える。 「なんでもないと言われても……。なら、なぜこちらを向いてくれないのかな?」 穏やかに問いを重ねる。 あかねはいくぶん口調を柔らかくして、友雅の問いに応えた。 「別に、特に理由はありません」 「どこか具合でも悪いのかい?」 「悪くないです」 「なら、こちらを向いておくれ? 疲れて帰ってきて、一番に君の顔が見たいのだよ」 あかねの前に回れば、当たり前に顔を見ることができるけど、それでは意味がないのだ。あかねが心から笑顔を向けて、自分を迎えてくれなければ。 掴むでもなく置くでもなく、友雅はあかねの肩に手を添える。 その手に誘われて、あかねはほんの少しだけ友雅の方を向いた。 「…………」 ちらりと見える横顔は、悲しみと苛立ちに彩られているような気がした。 「悪いのはご機嫌かな」 「…………」 「私が何かしたかい?」 ぶんぶん、とあかねが首を振る。 「なら、どんな想いが君の心に住んでいるのか?」 「…………」 再び黙り込んでしまったあかねに、友雅は嘆息した。 「私を迎えるより重きを抱えているなんて、少し妬けてしまうね」 「! 友雅さんはっ!」 「ん?」 弾かれたようにこちらを向くあかねを、正面から視線で受け止め、友雅は首をかしげる。 目が合った事に赤面して視線をそらせながら、あかねは重い口を開いた。 「友雅さんは、私のこと、好きですか?」 「は?」 想像していなかった問いと、今更答えるまでもない愚問だったことに、思わず友雅は拍子抜けした。 だが気を取り直して答える。 「もちろん、君を愛しているよ」 「一番ですか?」 「もちろん。一番にして唯一の愛しき姫だ」 「……それならいいです」 あかねはほっとして、ようやく肩の力を抜いた。 肩を少しこす髪が、さらりと袿を滑る。 それを目で追いながら、友雅はあかねに問いかけた。 「ちょっと待っておくれ。私には何がなんだかわからないよ。君の憂いを拭い去ることができたのかな?」 「はい、一応」 「説明してくれるね?」 「…………」 ようやく弱々しい笑みを浮かべたあかねだが、また黙ってしまった。 その表情を見るに、とても気持ちの整理ができたとは思えない。 友雅はあかねの手を取って、そこに口付けた。 「君の心に何が住んでいるのか、私に教えて欲しい……」 唇が触れた瞬間、びくっと震えてあかねが手を引く。 だが友雅は離さなかった。 「私は君を守ると誓ったのだよ。異世界で生きていく事を決めた君を、私が守ると。それは感情とて同じ。君が負の感情を抱いているのなら、私はそれを拭い去るよう心を砕こう」 ひたと見つめる友雅の瞳がまっすぐで、あかねは目をそらせなくなった。 「しかし、その訳を聞かせてくれなければ、守るのは難しいかもしれない。それにどうやら、私に関しての事柄らしいしね」 そこまで言って、友雅は微笑みを浮かべた。 あかねの安心する微笑み。この微笑みは君だけに捧げられると、何度も言の葉を紡いだ。 それを見てあかねは少し涙ぐみ、慌ててうつむく。 「……お文が……」 「文?」 「来ているんですって、お見合いの……」 「誰のだい?」 「…………友雅さんへの」 「……ああ」 どうせ自分の地位に箔をつけたいどこぞの中流貴族だろう。 あかねを妻に迎えたときから、友雅はいっさい他の女に興味をしめしたことがない。それは噂として内裏をめぐり、最近はわずらわしい縁談が無くなっていたというのに。 それがあかねの心に影をさしているのだとしたら、送ってきた家の主を八つ裂きにしてやりたい。 だが物騒な考えはおくびにもださず、友雅はあかねに言った。 「そんなものを気にしていたの? 心配しなくても、私は君がいればそれでいい。それ以上の事は望んでいないし、欲しいとも思わない」 「それは、わかっています」 友雅の語尾に被せるようにして、はっきりあかねは告げた。 「友雅さんが、そう言ってくれるの、私はわかってました。だって友雅さんはいつも、私に気持ちをくれる。……でも、この世界の貴族の人達は、たくさんの奥さんに囲まれて暮らすのが普通なんでしょ? それを束縛したくないんです」 「あかね……私はそんな普通は、爪の先ほどにも欲しくないよ?」 「そうじゃないんです。ただ、私はこの世界の常識を受け入れて、もし友雅さんに他の奥さんができても、笑って受け入れられるくらいに、ならないといけないんですっ」 あかねは拳を強く握って、何かに耐えるように言葉を搾り出した。 「なのに、そのことを考えるだけで胸が張裂けそうで……自分の中に、どす黒い感情が生まれてきて……」 「……あかね」 「友雅さんは私だけのものじゃないのに……ダメなのに……」 あかねの憂いとやらが、今、わかった。 独占欲と自己嫌悪。 それが、あかねの心に住んでいる闇だ。 独占欲などというものは、誰の心にだって住んでいる。なのに異世界になじもうと努力しているあかねには、それが許せないのだ。 「そこまで思いつめる事はないよ」 「だって……っ」 「その想いは誰しも持っているよ。異世界から来た君ではなく、この世界の人間でもね」 爪あとが残るほどにつよく握られたあかねの拳を、友雅はそっと開いた。 「大切な人の唯一でありたいと思う心は、無論私も持っている。できる事なら、君が今まで出会った人の事を忘れ、記憶の中には私だけが残るように」 だが、それは無理な相談だね。と友雅は笑った。 「友雅さん」 「私の唯一は、君だ。それはこれからずっと覆されない事実だと、私は自信をもって言えるよ。この身が君と別であるのを煩わしいと思うほどに」 「私もです」 「だから、私を信じてはくれまいか? 私と君との間に何人たりとも入らせないという想いを」 「……信じたいです」 信じたい。その言葉は今は信じる事ができないと同意語。 「信じてはくれない?」 「友雅さんの事は信じたい。でも自分に自信がなくて……」 自分の何が友雅をひきつけているのか。これからも友雅の傍らに置いてもらえる自信がないのだ。 うなだれるあかねに友雅はため息をついた。 「それは、難しいねぇ」 いくら友雅でも、自分自身にたいして自信がないあかねに、根拠もなく自信を持たせることはできない。 大元の原因は自分の昔の生活にあるのかと思うと、今更ながらに悔やまれてならない。 「では、こうしようか、あかね」 「?」 「これからの私の時を、すべて君に捧げるよ。君が望むならば、役目もなにもかも投げ出して、君の願いをかなえることにする」 誰かに聞かれたらうっかり不敬罪で流されかねないせりふを、友雅は平気で紡ぐ。 「わかるかな? 帝より君が大事だと言っているのだよ? これで自信を持ってもらえなかったら、私は西国に流されるしかないね」 茶目っ気たっぷりに言う友雅に、とうとうあかねは噴きだした。 「じゃぁ、流されては大変なので、私は自信を持てるように頑張ります」 「そう願いたいね」 ころころと笑うあかねに、友雅も小さく笑みを浮かべる。 完全にではないにしと、あかねの心の錘は少しは軽くなっただろうか? それにしても、独占欲という感情は、なんとやっかいなものか。 もしかしたら、あかねが抱いた想いを抱えるのは、自分かもしれなかった。 でも友雅には、あかねがこの世界に──自分の元に残ってくれたという事実があるから、その決意にひきつけられている。 「あ、でも……」 笑顔のあかねに一瞬のかげりが射す。 「私と出会う前の友雅さんを知っている人には、やっぱり妬けちゃいます」 強すぎる独占欲を持て余すかのように、あかねは熱い吐息をはいた。 「それは私も同じ事だね、特に天真や詩紋あたり、とても妬けるね」 真面目くさった顔で言うと、再びあかねに笑いが戻る。 その笑い声に相好をくずしながら、しかし友雅はひとつ助かったことを考えた。 君と出会う前の私だけは、君のものにならない。 もしなってしまったら、嫌われてしまうかもしれないからね。 |
〜 あとがき 〜 なんだか、こういう話を書いたのは久しぶりな気がします。 行事と言うわけでもなく、日常的な一コマ。みたいな〜。 遙か3が出てから、すっかり景時ナイズされている自分ですが、友雅さんも大好きですから! みたいな!! そういえばこのページで遙か1創作が49作目になります。あとヒトツで50作! 同人誌とかあわせるととっくに50は超えてますが、Web作品として、なにやら到達した感を感じちゃいそうですな。 いつも読んでくださる方。初めて読んで下さった方。本当にありがとうございました。 |
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