久しぶりの再会
夜、望美は探し人を求めて陣の中を歩きまわった。 目当ての人はほどなく見つかり、望美の顔に笑顔が浮かぶ。 「ヒノエくん!」 望美の声に振り向いたその人は、望美のいちばん大切な人。 ヒノエはそれまで話していた部下との会話を打ち切り、振り向いて、望美に笑顔を向けてくれた。 「よぅ、望美。どうしたんだ?」 「うんちょっと……。あっ、ごめん、話し中だった?」 「いや、いいよ」 ヒノエは部下の方に首だけ向けると、一言二言伝えたあと追い払った。 「ご、ごめんね」 「いいって。それで、何の用だったんだ?」 真正面から顔をのぞきこまれて、望美の顔が瞬時に赤く染まる。 照れくさくて俯きながら、望美はごにょごにょと言葉をつむいだ。 「その……久しぶりだから、ちょっとお話……したいなぁ、なんて」 ヒノエと会うのはかれこれ半月ぶりだ。 熊野水軍が源氏の味方についてくれることになったのはいいけれど、その水軍を率いてくるために、ヒノエはずっと一行を離れていた。 熊野水軍が到着し、その勢いのまま平家の陣を攻め落し、平家が撤退したのはついさっき。 周囲はまだ慌しいながらも、陣にいる源氏勢には安堵の表情が浮かんでいた。 照れながら言う望美に、ヒノエは嬉しそうに笑う。 「へぇ、姫君の方から誘いに来てくれるなんて、嬉しいかぎりだね」 「またそういう風に言う……」 さっそくとばかりに望美の手をとり口付けを落とすヒノエに、照れくさい反面、ひどく懐かしいような安心するような気持ちになる。 たった半月、離れていただけなのに。 「じゃぁ浜に出て、月見としゃれこもうか?」 「浜? 危なくない?」 「大丈夫だって。あれだけ派手に勝利を決めたんだ。平家もまた戻ってくるようなマヌケじゃない」 行こうぜ。そう差し出された手を望美は取った。 浜辺に出ると、そこにはもう人の気配さえ薄れていた。 静かに打ち寄せる波の向こうに、輝く月が見える。 「わぁ! 綺麗! ね、ヒノエくんっ!」 「ああ、青いな」 月は鏡のごとく青白い。 先ほどまではたいまつだとか火矢の炎だとかに燃やされ、赤黒く染まっていたのに。 望美は深呼吸をするように、大きく伸びをした。潮の香りが鼻腔をくすぐる。 「あ、そうだ」 「ん?」 振り返ると、どうしたかという風に首を傾げるヒノエの微笑み。 「おかえり! ご苦労様」 「ああ、ただいま」 二人は点在する岩の上に腰を降ろした。 お互いにお互いがいない時間を話し出すと止まらなくて、浮かぶ月が空を渡っていく。 望美はヒノエの話を聞きたがり、ヒノエは望美の話を微笑みを浮かべながら聞いている。 やがて望美が、この半月を振り返るような深いため息をついた。 「半月って……意外と長いね」 「ふふっ、オレがいなくて、寂しかった?」 「……すぐそんな風に言うんだから……」 からかうようにヒノエが言うものだから、望美の顔に朱がのぼった。 「でも……うん、寂しかった」 半月がとても長く感じられた。 毎日のように平家が怨霊を送り込んできて、本当は慌しく毎日が過ぎているのに、ふとした瞬間にひどく時間の経過が遅く感じるのだ。 日になんども浜辺に出ては、船の陰が見えないか探してしまうほどに。 望美が恥ずかしそうに打ち明けると、ヒノエはそれを笑ったりせず、望美を抱き寄せた。 「オレも」 「ヒ、ヒノエくんっ!?」 しょっちゅう好きだとかオレの女になりなとか言う割には、ヒノエに抱きしめられた事があまりない。 だから心の準備ができていなくて、望美は驚きの声をあげた。 「ふふっ、こんなことで赤くなるなんて、望美は可愛いね」 「ちょっと〜、は、離して〜っ」 「イヤだね」 しかし柔らかく包み込むように抱きしめられて、安心する。 望美は諦めたかのように、体の力を抜いた。 本当は待ち焦がれた温もりだったから。 「オレも、お前に会えなくて寂しかったよ」 望美が寄り添ってきたのを感じ、切なくなるような声で囁きかけるヒノエ。 ヒノエも自分と同じ気持ちだったのだと実感し、望美は嬉しくなった。 「よかった。ヒノエくんも同じ風に思っていてくれて」 「そうかい?」 「早く会いたいとか思ってばっかりじゃ、子供っぽいって思われちゃうかと思ったんだもん……」 「子供なんかじゃないさ。……恋とはそういうものだろう?」 流し目で見つめられて、望美の鼓動が高鳴る。 「でも……」 それまで艶然と笑んでいたヒノエの瞳が、す、と細められた。 「同じじゃないかもしれないぜ?」 「えっ?」 言葉の意味を確認する間もなく、望美の唇はヒノエのそれによって塞がれた。 「んっ!」 噛み付くように塞がれた口付けは激しくて、望美は目を白黒させる。 長い睫毛の下から少しだけのぞく瞳は真摯で、この夜の海と同じくどこまでも深い。 何度も角度を変えて口付けられて、意識が遠くなりそうだ。 「どうして……離れられたんだろうな」 唇の間から漏れるヒノエの声は、ますます切ない。 「こんなにもお前が欲しいのに、オレはどうして、離れる事ができたんだ」 「ヒノ……んっ」 「同じじゃねぇよ。オレはお前がいなくて……何度気が狂うかと思ったか……」 やっと解放されてヒノエを伺うと、ヒノエは俯いていた。 「ヒノエ、くん……?」 息を弾ませた望美が、そっと声をかける。 口付けされた動揺と、情熱的な口付けの余韻を感じながら、なのにどうしてこう切なくなるのだろう? 「お前が生きていて、よかった」 再びヒノエが抱きしめる。 今度はひどく強い力で抱きしめられた。 後ろ頭にも手を添えられ、望美はヒノエの肩に押し付けられた。 「一度仲間と決めた連中だ。九郎たちがお前を守るって信じてた。だけど、不安は拭えない。オレの知らないところでお前がいなくなったりしたらと思うと、どうしようもなく焦るんだ」 「……ヒノエくん」 「オレは頭領だから、いつでも冷静な判断を下せるようでいなくちゃならないんだけどね」 くすり、とヒノエが笑う。 ヒノエの表情は自分の肩の向こう側だ。望美からは見えないけれど、しかしその笑いが自嘲している風に感じられた。 望美は恐る恐るといった風に、ヒノエの背に己の腕を回した。 「私も、ヒノエくんが無事で、本当によかった」 九郎たちとヒノエの行動を予想するたび、無事でいてくれるかと心が締め付けられるようだった。 「……もぅ、どこにもいかないでね?」 「ああ。お前も、オレの隣にいるんだぜ?」 ずっとな。 体を離して望美の顔を覗き込むヒノエは、いつもの不適な笑みをたたえていた。 そのことに安心して望美も微笑む。 遠くに、二人を呼ぶ声が聞こえた。 「弁慶さん……?」 「ほっとこうぜ。ここならそうバレやしない。まだ逢瀬を終わらせるには惜しいからな」 「え、でも……」 「望美はオレと、二人っきりでいたくないわけ?」 答えがわかっているヒノエは、挑戦的な笑みを浮かべて望美を伺い見る。 案の定望美は、頬を染めながらも小さな声で否を唱えた。 「じゃぁ、もう少しだけ……ね」 「少しだけと言わず夜明けの光を愛でようぜ。後朝の衣がないのが残念だけれど」 「きぬぎぬ?」 「ま、殿上人でもないし、それは必要ないか。お前がいれば」 聞いたことのない言葉に首を傾げる望美に、くすくす笑うヒノエは望美の腰に手を伸ばす。 ぐっと細腰を引き寄せて、その反動で望美を岩肌へ押し倒した。 「えっ? あれ?」 重力がひっくり返ったような感覚に、望美がとぼけた声を上げる。 「そんな声だしてないでさ、もっといい声を聞かせてくれよ……」 状況が掴めていない望美の唇に触れようと……。 「そこまでにしてもらえますか?」 あと花びら一枚分ほどで唇が触れる、そんな瞬間に件の邪魔者は現れた。 「ちっ」 「お邪魔をして、申し訳ありませんね」 「申し訳ないと思っているなら邪魔をするな」 「あなたに言っているのではありませんよ、望美さんに言っているのです」 望美をよそに、ぽんぽん言い合う二人。 意味ありげな弁慶の微笑みと、心底不機嫌そうなヒノエの表情を見て、ようやくどういうことになっていたかを把握して、望美は瞬時に赤面した。 「おや、どうやら望美さんにとっては、邪魔ではなかったようですよ?」 相手の合意が得られないうちに事を進めるなんていけませんね。 弁慶の言葉が望美の顔をますます赤くさせる。 「いいから、先に戻ってろ」 「そうはいきません。軍議が始まりますので急いでいただかないと」 「だから後から行くって」 望美を起こしながら、ますます不機嫌そうにヒノエが言う。 だが結局弁慶は望美が立ち上がるまで待っていて、望美に手を差し伸べた。 「さ、参りましょうか」 「オレの女になにちょっかいかけてるんだか」 穏やかな微笑みにうっかり流されそうになった望美の手を横からさらいながら、ヒノエは弁慶を睨む。 しかし弁慶は堪えもせず、ゆっくりと歩き出した。 「……ったく」 ようやく後姿を見せた弁慶に悪態をつくヒノエ。 それがちょっと面白くて、望美はぷっと吹き出した。 「笑い事じゃねぇんだけど?」 「ごめんごめん。でもなんだか面白くって」 「オレは面白くないね。せっかくの逢瀬を邪魔されてさ」 そうして、あ、と思い出して照れる望美の唇を、ヒノエは素早く奪った。 「……続きはまた今度な」 そう片目をつむって見せると、照れ怒りに震える望美が、月夜の海岸に響くような大声で叫んだ。 「ばっ、ばかー!!」 それからしばらくの間は、少し触れるだけでも望美に怒られるヒノエの姿があったとかなかったとか。 怒られても嬉しそうに笑む自分たちの頭領を、熊野水軍は複雑な気持ちで見守っているそうであった。 |
〜あとがき〜 別れる前に、「あとでたっぷり可愛がってやるから堪忍な」と言われたのがきっかけで思いついた話。 彼の可愛がるは、ふつうに抱きついて再会を喜び合うだけでは済まんだろうと(笑) そして邪魔者弁慶さんが来るのも、私的にはよく思いつく話。ヒノエは彼には勝てないだろうと。そして弁慶さんは、用があれば平気で割り込むね、絶対ね。 |
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