あの日のあなたを求めて


 …………眠い…………。

 眠るのが恐くて、ここのところ寝ていない。
 どんなに疲れていても、あの夢を見るから。
 現実に戻ってきてもなお苦しい、あの哀しさがよみがえるから。

……でもそれも、もう限界……。

 人間の体というのはやっかいなもので、疲れていると体が睡眠を要求する。
 日に日に強まる睡眠欲に、ならば誰もいない所で眠ろうと、望美は見つからないようこっそりと陣を出た。
 そうすればきっと、叫んで起きても泣きだしても誰にもわからない。
 よけいな心配をかけなくていいから。
「……ふぅ……」
 重い体を引きずりながら陣を出て、少し離れた林の木の根元に、陣からは見えないように座り込む。
 今日の陽気はとても気持ち良くて、こんな自分でもすぐにもうつらうつらとし始めてしまった。
 空気が穏やかだと、心の不安がやわらかく包み込まれるようだ。
 遠くにかすかな鳥の声を聴きながら、望美はまぶたを閉じた。




 どれくらいそうしていたのか、やがて望美はびくんと体を震わせ、急激に覚醒した。
 心が切り刻まれるような、痛いとさえ思う感覚。
「また、だ……」
 しかしいつものように、いやな汗をかいたりしていない。
 そのことに首を傾げながら、だが内心ほっとした。気分もそんなに悪くない。
 若干乱れた呼吸を整えるように、望美は深く息を吸い込んだ。
 そうして気付くほんのり漂う男らしい香りに。おのれの傍らにいる存在に。
「かっ!?」
 叫びそうになった唇をあわてて押さえる。
 景時はそんな望美に気付かず沈黙している。どうやら寝ているようだ。
(おっ、おちつけーおちつけー……)
 あらたな理由で乱れた呼吸を、再び落ち着けようと望美は深呼吸をくり返す。
 景時は望美に気付かず、静かな寝息を立てていた。
(いつから……いたんだろ?)
 自分はまったく気付かなかった。もっとも景時の方も自分が起きたことに気付いていないようだが。
 寝顔を見られてしまったかもしれない。望美は頬を染めながら景時をにらんだ。
(こうなったらお返しだ。私も景時さんの寝顔を見てやる)
 でもそんなことをしては、ますます胸が高まってしまうというのに。
 優しい眼差しが閉じられると、精悍な印象になるから不思議だ。
 やっぱり彼は武士で、やっぱり男の人なんだなぁと実感してしまう。
 ふと見ると、自分の髪の毛が景時の指に絡まっていた。
 望美は真っ赤になりながら、景時の指からそっと自分の髪の毛をほどいた。
(そういえば、私は景時さんのことあんまり知らない)
 洗濯が好きで、源氏の軍奉行で、陰陽の術も使えて……。
 結構部下に慕われていることとか、本当は戦うのが好きじゃないこととか、それは仲間ならみんな知っていること。
 考えてみると、あまり景時と話をしたことが無いかもしれない。
 ……それでも、気になるのだ。
 好きだ。そう思う気持ちがあったりもする。
 いつもみんなの事を考えている気配り屋さんだけど、自分の事はあんまり教えてくれない。
 聞けば教えてくれるのだけど、自分からは、教えてくれないのだ。
(だから気になる? 私は景時さんに、色々話してもらえるようになりたいんだ。でも、それもあるけど……)
 人知れずみんなをフォローしてくれる景時に、自分も幾度となく助けられた。それに報いたい。
(でも、私が報いたいと思っている景時さんは……)
 望美は痛みを堪えるかのように、目を閉じた。


 炎に沈む京邸。

 瓦礫の向こうに消えた仲間たちの顔。

 逆鱗を残し、泡のように消滅してしまった白龍。

 そして自分は時空を超えた。

 あの日あの時の景時の消息は、まったく知らない。

 今生きているのか、死んでしまったのか。


 一番会いたいのは、あの景時。




 あの時空に戻っても、景時には会えない。
 自分には何にもできなくて、それを責めるかのように、炎の中に消えていく景時の夢を見る。
 本当に運命を変えられる? 私にできる?
 できるかどうかわからなくても、やるしかない。
 このまま運命をたどった先に待っている悪夢から、皆を……景時を助けるために。
(ねぇ景時さん。もし運命を変える事ができたら、その時は……)

 今の景時さんのこと、もっといっぱい知りたいの。

 瞳を閉じたままの景時を見つめ、心から望美は思った。
 この人の事を知りたい。それだけの事で、運命を変えていいのかわからない。
 運命を変える。
 歴史を変える。
 変えたが為に傷つく事もあるかもしれない。それでもやっぱり、自分は運命を変えたいのだ。自分勝手だけれども。
 思いが苦しくて、望美は景時を見つめながら顔を歪めた。
「俺……なにかいけないことしたかな?」
 その時、寝ていると思っていた景時の唇が動いた。
「かっ! お、起きて……っ!?」
 真正面から見つめていたのがバレていて、その事に望美の顔に朱がはしる。
「うん、ごめんね」
「い、いつから……」
「結構前から。ねぇ、俺なにか悪い事しちゃった?」
「えっ!?」
「……なんだかとっても、つらそうな顔してるから……」
「えっ……」
 言われて初めて、泣きそうな顔をしている自分に気づく。
 そしてそれを自覚した瞬間、望美の目から、涙がこぼれた。
「えっ! あっ! ごめん!」
 途端におろおろとしだす景時。
 やっぱり自分を気づかってくれる景時に、望美の涙はますます止まらなくなった。
「ま、まいったな〜。泣かせるつもりじゃ……。な、なにか拭くもの……」
「ち、ちがっ……」
 うろたえる景時の陣羽織を掴んで、望美は懸命に首を振った。
「かげ、景時さんのせいじゃ、ない……んです。わ、私が……私の力が足りないから……」
「望美ちゃん……?」
 あの運命を招いたのは、きっと自分。
 京が火の海に沈んだのも、白龍が消えてしまうことになったのも、自分のせいだ。
 自分の力が足りなかったから……。
「私が……私がもっと何かできたはずなのに……」
 ぐしゃぐしゃと泣く望美の肩に、景時の手が掛けられた。
 もう一方の手が、望美の頭を優しく叩く。
「……何に傷ついてるのかわからないけど、さ。望美ちゃんは力不足なんかじゃないよ」
 望美を落ち着かせるように、穏やかに景時の声が響く。
 その声はまるで初めて会った日の青空のようだ、と望美は思った。
「俺たち、いつも望美ちゃんに助けられてるんだよ? 君は本当なら、戦なんかには関わりのない人だった。なのに俺たちを助けてくれて、本当に感謝してる」
「かげとき、さん……」
「何を気にしているのかわからないけど、もし悩みがあるなら、俺でよかったら話して? ちから……にはなれないかもしれないけど、話すだけでも、楽になれることがあるならさ」
 のろのろと望美が顔をあげる。
 景時は温かく微笑んで、望美を受け止めた。
 望美は自分のみっともない泣き顔を思い出し、俯きながら言う。
「私は……ちゃんとみんなの力に……景時さんの力になれてますか?」
「うん、もちろん。俺はいつも君に勇気をもらってるよ」
「本当……?」
 自分は本当に、景時の力になれているのだろうか。報えているのだろうか。
 少し鼻をすすりながら、望美は聞いた。
「本当。君がいてくれてよかった」
 だから言ってよ、なんでも。
 穏やかな声と温かい笑顔に促され、望美はぽふっと景時の胸に顔をうずめた。
「の、望美ちゃんっ?」
「……少しだけ」
 うろたえて自分から離れようとする景時に、望美は待ったをかけた。
「少しだけ、こうしていてください。……お願い」
 ほんの少しの間でいいから、景時が生きているということを感じたい。
 自分から男の人の胸元に飛び込んでいくなんて初めてだけど、不思議と恥ずかしい気持ちはなかった。
 まだ鼻をすする望美を、景時が躊躇いながら抱き寄せてくれた。
 力強い腕の力を感じると安心して、望美の心に再び睡魔が現れ始めた。

 少しだけでいいんです。
 少しだけ。それが終わったら、また頑張るから。
 こうしていれば会えるかもしれない。あの日の景時に。今度は笑顔の景時に。

 望美は瞼の帳をおろしながら、夢という時空を越え始めた。

 

〜 あとがき 〜
 この話は、ゲーム始める前にフライングで書いた「君を探して」の対の話として書いたものです。
 たぶん時間的には……福原事変……くらい?(自信ない)
 「君を探して」を書いたあとに某様より「望美ちゃん起きろよ!」とか言われたので、起こしてみました(笑) いかがですか?

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