幼なじみの背中

 膝を抱えて座る望美に、譲は声をかけた。
「先輩、具合でも悪いんですか?」
 望美の肩がぴくりと動く。しかし振り返ることなく、なんでもないと首を振った。
 空はどこまでも高く、その高い天井には星たちが瞬いている。
 ゆるやかな夜風に遊ばれて、望美の長い髪がゆらりと揺れた。
 譲にはわかっていた。望美がなにを思っているかが。
 わかっているからこそ何も言わずに、ゆっくりと望美に近づいて、背中合わせに腰を下ろした。
 ずっ、と、微かに鼻をすする音がする。泣いているのだ。
「……なにも、聞かないんだね」
 望美が言う。その声は涙で擦れていた。
「先輩は優しいから、ツライんですよね」
 怨霊とはいえ人を斬る。そのあと浄化の解放を与えてやるにしても、弱らせるために斬らなければならない。
 斬られる瞬間、響き渡るうめき声。死してなお獲てしまう苦痛。それを与えるのは自分。
 自分を責めている望美。それをわかっているから、譲は穏やかに言った。
「そうするのが一番よくても、やっぱり躊躇ちゃいますよね」
「…………うん……」
 背後にある譲の背中に、望美は体重を預けた。
 小さい頃は弟のように感じていた譲も、今は男の人なんだなぁと、その広い背中を感じて望美は思った。とても大きくて、安心する。
「……もう、やめたい」
「でも、今日泣いて明日になったら、先輩はまた戦うでしょう?」
 先輩は強いですからねと言う譲に、望美はほんのり頬を赤くして、唇を尖らせた。
「もう! そんな風に言われたら、やるしかなくなっちゃうじゃない!」
「俺なんかが言わなくても、先輩はやりますよ」
「……私が夜逃げしちゃったらどうするの?」
 確信的に言う譲にうなずくのが癪で、わざと意地悪く望美は言った。
 すると譲はのんびりと「どうしましょうか」と笑った。背中越しに振動が伝わってきて、望美はまぶたを閉じる。
「──でも先輩は、九郎さんたちを放って逃げちゃえるような人じゃないですよ」
「……あーもう! なんで譲くんは何でもお見通しかなぁ!?」
 これでは拗ねたくても拗ねられない。
「先輩のことは、よく知ってます。ずっと見てきましたから」
「まぁ、今いるメンバーの中じゃ、一番付き合い長いしね〜」
「そういう意味とは、ちょっと違うんですが……」
「えっ? あ、幼なじみだからとか?」
「……とりあえず、そういう事にしといていいです」
「なんでよーっ」
 苦笑しているらしい譲に、望美はむくれる。
 報復代わりに余計な体重をかけて潰そうとしたが、望美程度の力では、譲の背中はびくともしなかった。
 望美は大きく息を吐く。
「譲くんには適わないなぁ〜」
「そうですか?」
「そうだよ。今だって私が泣いてるのに気付いて来てくれたでしよ。私、誰にも気付かれないように、こっそり来たのに」
「たまたまですよ」
 譲は笑った。
 いつも視線で追って、何を思っているのか考えていても、望美はたまに、突拍子もないことをやらかしてくれるから。
 譲の声に再び目を閉じて、望美は聞いた。
「ねぇ……譲くん」
「はい?」
「私、泣いてもいいかなぁ?」
「いいですよ。俺の背中でよければ、いつまででも使ってください」
「……ありがと」
 譲の温かい言葉に、涙は自然にあふれた。
 皆の前では、心配するから泣けない。こんな世界知らなかったと、この世界の人たちの前では泣けない。
 でも譲なら、同じ世界から来た譲なら、ほんの少し弱みを見せてもいい気がする。
 しばらく泣いて気が済んだのか、望美は目をゴシゴシやりながら言った。
「譲くんがいると、泣き虫になりそう」
「俺は嬉しいですけどね」
「えっ、なんで?」
「特に理由はナイです」
「また背中、貸してくれる?」
「ええ、いつでもどうぞ」
 望美も笑った。
 二人は今背中合わせだが、きっと譲には、望美が浮かべた笑みが見えているだろう。
「なんかさ、アレだね」
「なんです?」
「ちょっと違うけど、『背中を任せられる相手』って感じ?」
「お、俺をそんな相手にしちゃってもいいんですか?」
「譲くんの他に誰がいるのよ」
「えっと……その……」
「イヤ?」
「い、イヤなんて! 全然!!」
「そっか。よかった……」
 望美は嬉しそうに、譲の手を引き寄せて握った。
 譲は最初驚いて、次にしっかり、しかし優しく握り返してきた。
 そしてふと真面目な顔に戻って、望美に言う。
「先輩」
「なぁに?」
「この先なにが起こっても、俺は……俺だけは、いつまでも先輩の味方ですから」
 それだけ、忘れないでください。
 真摯な譲の声に望美も頷いて、
「ありがとう。一緒に元の世界に帰ろうね」
「はい」
 お互いの表情は一度も見ていないが、そんな事をしなくてもわかる絆が、ここにはある。
 二人はしばらくの間、背中合わせのぬくもりを感じていたのだった。

 

〜あとがき〜
 男の人の背中を広く感じる瞬間っていいなぁ、と思って書いてみました。
 それが珍しくもなぜ譲くんなのかというと、彼は弓道やってるから、胸筋や腕筋やらがすごかろう、したらば背中も逞しかろうという理論展開の元です。
 個人的に、戦闘シーンの後姿は、譲くんが一番かっこいいと思う今日この頃でした。姿勢も綺麗だしね。

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