思いがけないプレゼント

 風花がちらりほらり舞う師走。
 本格的に冬の気候になってくるこの季節は、しばしば空から降りてくる粉雪に、いちめんの景色が白く包み込まれる。そんな季節。
 望美はひとり、簀子に座り外を見ていた。
 ここのところ気を抜くと庭を眺めていて、気付くと時間が経っていたなどがよくある。本人は気付いていないようだが。
 でも景時は前まえが気付いていた。望美の変化を見逃すような景時ではないから。
「最近、庭ばっかり見てるね」
 今もいまとて降り始めた雪に、景時は上掛けの衣を手に望美に声をかけた。冷えた肩にかけてやると、驚いたように望美が振り向く。
「えっ、そ、そうですか? そんなつもりはなかったんだけど……」
「でももう半刻も眺めてるよ?」
 恥ずかしそうに顔を赤らめる望美に、景時は微笑んだ。
 今染まった頬のほかに、望美の耳や鼻の頭もほんのり赤い。長い間ここで庭を眺めていた何よりの証拠だ。そっと抱きよせると、上掛けの上からでもその体が冷えているのがよくわかった。
「元の世界のことでも思い出してるのかな?」
 庭を見る望美の表情は悲しいものでも寂しいものでもなかったが、だから一層、懐かしんでいるのではと思う。もう戻らないと決めた、自分の生まれた世界を。
「そんなこと……」
「あるよ〜。表情が消えてる。そういう時の君はたいてい、何かの気持ちを我慢してる。そうでしょ?」
「……景時さんにはバレバレですね」
 困ったように笑った望美は、抱きよせられるまま、景時に体重を預けた。
「冬って、イベントがいっぱいあったから、なんとなく思い出しちゃって」
 去年は戦場に身を置くのでせいいっぱいで、思い出すヒマなんてなかったけど。
 つぶやくように言って、はっと気付いた望美はあわてて景時に弁解した。
「あっ! だからって、帰りたいとか残ったの後悔してるとかじゃないですから! 全然!!」
 別にしんみりしているわけではないのだと、望美は一生懸命訴えた。気配り屋の景時に、変に気をつかわせたりしたくないのだ。
 望美のあたふたした姿をみて、景時は明るく笑う。
「あははっ。大丈夫だよ、ちゃんとわかってるから。望美ちゃんがどんな決意でオレの元へ残ってくれたか、オレは知ってる。この点に関してだけは、なんだか妙に自信持ってるんだよねぇ。望美ちゃんが、オレの事好きだって」
 軽いながらも真摯な言い方に、望美が照れてそっぽ向く。
 ね、と同意を求めても、否定はしないが応えてもくれない。照れくさくて無視しているのは知っているが、そうくるならと、景時はわざとらしく聞いた。
「あっ、違った? そうか〜そうだよね〜。望美ちゃんみたいに魅力的な子が、オレみたいなのを好きになるわけがないか〜。オレが勝手に自惚れちゃってただけなんだね〜」
 がっくりと肩を落してわざとらしくため息をつくと、瞬時に望美が振り返った。
「そんなことない! 私は景時さんのことっ……!」
 否定しようと顔を向けた瞬間、とても嬉しそうな景時の笑みにぶつかり、望美は言葉を呑み込んだ。まったく、意地悪をするんだから。
 上目遣いでにらんでくる望美の頬に、景時は口付けをひとつ落として謝った。
「ごめんごめん。ちょっとからかっちゃったね。要はね、懐かしいと思ったら懐かしんでいいし、寂しくなったら寂しいって言っていいし、泣きたくなったら、我慢しないでオレの腕の中で泣いてよ」
 大きくて温かい、毛布にくるまれているかのようだった。とても安心できる。
 景時の言葉はどこまでも優しくて、じぃ〜んとする望美の目尻に涙の雫が生まれてきた。
「や、やだ。なんか感動のあまり涙が……」
「そうそう、泣いてよ」
 そうやって頭を抱きよせてくれるものだから、一層涙が溢れてきた。
 しばし望美は景時にもたれかかっていたが、涙はすぐに止まった。別に寂しかったわけではないのだ。
「大丈夫?」
 覗きこんでくる景時に微笑んで見せ、望美は口をひらいた。
「うん、大丈夫。今のはちょっと、景時さんの言葉が嬉しすぎて感動しちゃっただけ」
 この人の元へ残ってよかったと、再確認したのだ。
 望美は視線を庭に移し、説明するかのように言葉をつむいだ。
「あのね、12月……師走って、毎年たくさんの思い出ができる月だったの。クリスマスでしょ〜、冬休みでしょ〜、お母さんの誕生日もあったから家族でお祝いして〜、大晦日には夜から鶴岡八幡宮へお参り……」
「くりすますって……君の世界での行事だったっけ?」
「うんそう。本当はイエスキリストって人の誕生日なんだけど、まぁ私たちの世界では、聖夜にかこつけた恋人や家族のイベント」
「譲くんに聞いた事あるよ。ご馳走つくってお祝いするんでしょ?」
「そうそう! 小さな頃は、毎年のように将臣くんと譲くんちに行ってクリスマスパーティしたんだ〜。庭の木に電飾飾って、クリスマスツリー作ったり」
「つりー? でんしょく? それなんだい?」
「ツリーは木って意味。電飾は……なんていうのかな〜、光でできた飾りかな? 赤とか青とかいろんな色があって、それを木に飾り付けて。暗くなって電気をつけるとね、その飾りが光るんだ。えっと……木にたくさん蛍が止まって光ってる感じ?」
 うまく伝わっているのだろうかと首をかしげて見上げると、景時が納得したように頷いてくれた。
「うん、なんとなくだけど、どんなかわかる気がするよ〜。望美ちゃんの世界には面白いものがあるんだね」
「よかった〜」
 ほっとしたように、望美。
 ふと思いついたように、景時がつぶやいた。
「その、くりすますつりーってヤツ、こっちでも作れないのかな?」
「えっ? ……う〜ん、電気がないから無理だと思います」
「そうか〜。そのでんき、ってヤツも?」
 新しいものを作り出してみたそうな景時の瞳は、可能性を探ろうといきいきしている。
 望美は申し訳なさそうに言った。
「ご、ごめんなさい……電気の原理って、私よくわからないから」
 もし説明できたのなら、景時が作ってくれちゃいそうなのに。
 しょんぼりする望美に、景時は慌てて手をふった。
「やっ、やっだなぁ〜気にしないでよ! ただ単にオレが思いつきで言っただけなんだから」
「でも……」
「そ、そうだ! つりーが作れない代わりにさ、ご馳走作って二人でお祝いしよう? そのくりすますってヤツを」
 気づかってくれる景時が嬉しくて、望美はゆっくり微笑みを浮べ、頷いた。
 景時も優しく望美を抱きしめる。
 しかしふと思いついたように、小さな小さな声で独りごちた。
「……でも、そうか……蛍みたいな光……か」
「? 景時さん?」




 そんな会話をして数日。
 ここのところの景時は、時間が空くとなんだかごちゃごちゃと作業するようになった。
 最初のうちは気づかなかった望美だが、さすがに連日やられると鈍くても気づく。
「景時さん、何作ってるんですか?」
「えっ!? あっ、その〜。銃をね、改良してるんだ。年明けには九郎と法皇様の護衛を勤めることになったから、強化しておかないとね」
 後の世に源平合戦と呼ばれる戦でいくら勝利を納めたとて、後白河法皇の護衛に九郎と景時が抜擢されるはずがないのだが、その辺のことはまったくわからなかった望美は、ただふ〜んと頷いた。
「大変ですね。じゃぁ、ここに夜食置いときますから。無理しないで下さいね」
「ありがと〜、望美ちゃん」
 望美が出ていくのを笑顔で見とどけると、戸が閉まったのを確認して大きく息を吐く。
 今やっていることは、望美にはバレないようにしないと。万が一発明が成功しなかったらぬか喜びさせることになるし、第一直前まで内緒にしておいた方が、驚きが大きくなるだろう。
 景時が今手にしているのは、愛用の銃の弾丸。これを改良して、あるものを作りたいのだ。
「あ、そういえば将臣くんに教わったヤツも、作らないとな〜。探しに行かなきゃ」
 アレコレ考えながら作業するものだから、うっかり術式を間違ってしまって、景時の手元で弾丸が爆発した。
「わっ!!」
 雷のように閃光がはしり、景時の目がくらむ。
 それと同時に、地上の雷神とも言える妹が肩を怒らせガラリと戸を開けた。
「兄上! まったく毎度毎度なんですか、騒音をたてて! それに今回はビカビカビカビカ光らせて! もう夜なのですから、変に明るくしないでくださいませ!」
「わっ、鳴神! じゃなくて朔!」
「……いま、なにか仰いました?」
「…………イエ、ナンデモゴザイマセン」
 般若のような朔に慌てて首を振り、景時は話題を変えるかのように言った。
「でででも、ちょうどよかった。ちょっとコレに、水の気を込めてくれない?」
「は? ちょ、ちょっと兄上?」
「あ、望美ちゃんには内緒にしてね」
「???」
 ものすごく真剣な顔で発明に取り組んでいる兄に促され、朔は怒っていたのも忘れ、なんだかよくわからないまま協力するはめになった。
 うっかり説教する事も忘れたまま。




「望美ちゃん、望美ちゃん」
 まだ夜が明けない時刻。望美は景時に起こされ夢の世界から覚めた。
「ん……なんです、か〜」
「ごめんね、起こしちゃって」
 寝ぼけた声を出しながら起き上がる望美に、景時は申し訳なさそうに、しかし悪戯っぽく微笑んだ。
「あのさ、くりすますって、今日だよね?」
「え……、あ、はい〜。そうですねぇ」
「実はオレから贈り物があるんだけど、受け取ってくれる?」
「えっ?」
 言われた言葉に驚いて、すっきり目が覚めたらしい望美の頭に、景時はあるものをのせた。
「……これ……?」
 のせられたものを手にとって見てみると、輪飾りだった。もしかしなくても、クリスマスリースだろうか。
 この間クリスマスの話をしたときには、リースの話は出ていなかったような……と思い不思議な気持ちで景時を見上げると、景時がにっこりと微笑んでいた。
「将臣くんに聞いた事があってね。本当は去年作ろうかなって思ったんだけど、南天の実が見つからなくて……」
「えっ?」
 言われた言葉に視線を手元に戻す。するとよくみるとリースは、ヒイラギモチではなく椿の葉と南天の実で飾りつけられていた。
 記憶の中のリースとは一回り違う飾りの大きさに、望美は小さく吹き出す。
「えっ? あれ? なにか間違ってたかな?」
 先ほどまで得意げだったのに、うってかわってしょんぼりした犬のよう。
 それも面白くて、望美はくすくすと笑った。
「ふふっ、可愛いなと思って」
「あ……そ、そう?」
「うん。あ、でも、クリスマスリースは頭にのせる飾りじゃなくて、扉や壁に飾るんだよ」
「えっ!? そうなの!?」
 花飾りに似てるから、てっきり頭にのせるものだと思ってた。
 再び情けなさそうな顔をする景時。それがなんだかとっても“らしい”というと、景時に悪いだろうか。
 景時のその手が飾りを引っ込めようと伸びてきたのに気づいて、望美はそれより先にリースを頭にのせた。
「あ……っ」
「似合う?」
 そう言いながら手櫛ですばやく髪を整え、景時にみせる。すると景時は照れくさそうに笑って、でも嬉しそうに頷いた。
「なんだか現代のクリスマスみたい……。私いま、とってもドキドキしてるよ。ありがとう、景時さん」
「あっ、待ってっ。実はまだあるんだ……っ」
 慌てたように立ち上がって、景時は望美の手を外へといざなった。
「えっ? か、景時さんっ?」
 体を冷やさないように、引っ掴んだ上着を肩にかけて、望美は景時の後を追いかける。
 景時の向かった先は庭だった。望美がいつも眺めていた庭。
 月の光を雪が反射して、辺りは夜明け前だというのに薄明るい。
 一番に庭を楽しめる場所まで来て、景時は立ち止まった。
「見てて」
 にっと笑って、景時はごにょごにょと何かを唱え始めた。
 夜明けにはまだ時間があるこの時刻に、自分を呼びに来た景時。
 そして連れてこられたのは、数日まえに望美が、景時にクリスマスツリーの話をしたこの場所。
 もしかして。なんて思いが胸を高鳴らせる。
 頬を紅潮させて待っている望美に、景時は肩目をつむって見せ、最後の呪を紡いだ。
「──ウン!」
 その瞬間に、世界がガラリと変わった。
 この時刻にはありえない光。月の光とは異なる、色とりどりの光が庭の木を彩る。
 点滅し、不規則に光るツリー。本当に、望美の言った通り。たくさんの蛍が木に戯れているかのようで……。
 幻想的な美しさに、望美は肌が泡立つのを感じた。
「すごい……キレイ……」
 それきり言葉にならなくて、唇を両手で覆った姿勢でずっと眺めていた。
「気に入ってもらえたかな?」
 瞬きするのも惜しいという風な望美に、景時は心底安堵した微笑みで聞いた。
 言葉を忘れてしまったままの望美は、景時の着物の裾をぎゅっと握り、何度も何度も頷く。
 遠くから飛ばされてきた風花が、ツリーの光に照らされ、天使のように光って溶けた。




「……こんなにすごいプレゼントもらって、私は、景時さんに何が返せるだろう?」
 どれほどの時間、二人でツリーを眺めていただろう。
 自分の着物の裾を掴んだまま、望美が独り言のように言った。
 景時はちょこっと考えて、
「望美ちゃん、今しあわせ?」
 そう聞くと、望美は庭に視線を残したまま頷いた。
「なら、それがオレへの贈り物だよ。望美ちゃんが幸せなら、オレも幸せだから」
 優しく微笑まれた言葉に、想いをかえしたい望美はいっそう切なくなる。
「そんなの……。もっと、もっとないかな、景時さんに返せるもの」
 自分だけこんなに幸せにしてもらってるのに、自分は景時に返せてない気がする。
「……じゃぁさ、欲しいもの、言ってもいい?」
「もちろん!」
「頬に口付けてよ」
「えっ!?」
 唐突になにを……という風に驚いた望美が、頬を染めて振り向く。
 でも景時は、ツリーの光みたいに柔らかく笑って言った。
「望美ちゃんが、幸せだと思う気持ちを、オレに分けて?」
「幸せな気持ち……?」
「そ。オレが欲しいものは望美ちゃんの笑顔。望美ちゃんが感じている幸せ。望美ちゃんを幸せな気持ちにしたいから、こんなのまで作っちゃったんだよね〜。もちろん発明は楽しかったけどさ、これ見た望美ちゃんが嬉しい気持ちを感じてくれるかなって思ったら、もっと楽しくなったから」
 望美が幸せを感じている。この世界に生きていることに喜びを感じる。それがどれだけ自分への贈り物になっているか、望美は知らない。
 ただ居てくれるだけでよかったのに、望美は終わりの無い幸せな気持ちを、自分にくれるのだ。
「……私が口付けとかしたら、本当に景時さんは幸せなの?」
 おずおずと望美が言う。
「うん、すごくね」
 そう答えた景時の頬に、かすめるように温かな唇が触れていった。
「私も、景時さんが幸せだと幸せ」
 照れて頬を上気させた望美の唇が、もう一度頬に触れていった。さきほどより、唇に近い位置に。
「……じゃぁ、二人でいれば、オレ達ずっと幸せだね」
 くすりと笑ってそう言うと、景時は望美を引き寄せた。
 近づいてくる景時の唇に、望美もしずかに瞳を閉じる。
 そうして二人は、情熱的な口付けを交わした。
 鎮静の月と色彩あふれる庭の木が、夜が明けるまでのしばしの間、二人を温かく見守っていたのだった。

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