世界で一番あなたが好き

 その計画は、一ヵ月も前から動き始めていた。
 この世界にはこんな習慣ないって、十分すぎるくらいわかってる。
 でも乙女たるもの、よりによってこの日をただ眺めてすごす訳にはいかない。
 だって、一年でただ一日、女の子から告白していい日なんだから。すでに想いは通じていても、日頃は照れくさくて言えない気持ちを、この日ばかりは素直に言えるのだから。
 望美は決意の意志固く、こぶしを握りしめた。

 ちょっとばかり曲解しながら未だに異世界のチョコレート会社に踊らされているのは、春日望美。元龍神の神子。
 結婚したのだから「藤原望美」と名乗るべきだろうか? しかし新婚当時うっかり確認し損ねて、未だよくわからなかったりする。そんな彼女を周囲の人間は「別当の妻」だとか「奥方」だとか「望美様」だとか呼ぶ。それで取り敢えずは問題ない。
 そう、今の自分の名字は特に問題じゃない。大切なのは、大好きな人の傍で過ごす日常。
 望美の大好きな人は、ことある毎に愛情を伝えてくる。自分はすぐ照れてしまって満足に返せないので、ぜひともこの機会にありあまる想いを伝えたいと希望している訳なのである。
「望美様、鍛冶師が参っておりますが……?」
「あっ、うん、今行く!」
 年に一度の乙女の決戦日と鍛冶師。……これいかに?




「あっ!」
 いきなり手を掴まれて、望美は驚いた声をあげた。
 掴んだのはヒノエ。自分の手の中にあるものを見て、形のよい眉を寄せた。
「……どうしたんだい、これ?」
 望美の白い手が、一ヶ所赤く染まっている。たいしてヒドくはないが、それは間違いなく火傷だった。
「あっ、ひ、昼間ね、ちょっと火を使ってて、火傷しちゃったの」
 自分のドジをごまかし笑いし、望美は慌てて手を引っ込めようとした。
 が、ヒノエの手はそれを再び引き寄せて、患部を診る。
「ふぅん、ヒドくはないようだね。ちゃんと薬を塗ったかい?」
「うん、さっきまで湿布してもらってたよ」
 大げさだとは思ったが、ヒノエも、仕えてくれる家人たちも、心から自分を案じてくれてるのがわかっているので、望美は先程まで、言われたとおりに冷却と鎮痛効果のある薬を湿布していた。
 薬師が診断した湿布時間をすぎたので今は外しているが、ついさっきまで貼っていたので、患部周辺はひんやりとしている。
「許せないね。たとえ熱であろうと、俺の姫君を傷つけるなんて」
「あっ、わ、私の不注意だからっ」
「いいや、お前に火傷させていいのは、俺の睦言だけだよ。お前の心を焦がすような、ね。それ以外のものは、別当の妻であるお前に遠慮すべきなんじゃないのかい?」
 にやりと笑って、手に触れたままヒノエは望美に言った。
 望美はヒノエの言いように、ぷっと吹き出した。
「ヒノエくん、むちゃくちゃだよ」
「むちゃくちゃな訳あるかよ。熊野中から愛されているお前に火傷を負わすなんて、いい度胸だ」
 茶目っ気を含んだヒノエの台詞に、望美はますます笑い転げた。
「もう、ヒノエくんたら!」
「ふふっ、どんなけオレがお前を案じているかわかってくれたかい? これからはもっと気を付けろよ? お前にはもう、戦でついたような跡の残る傷はいらない。跡を残していいのは……オレが与える愛撫だけにして」
「…………もぅ」
 優しい瞳で見つめられて、望美は頬を染めてうつむく。
 しかしその温かな言葉に、小さく、でもしっかりと頷いたのだった。




 で、乙女の決戦日のための計画はどうなったかと言うと、しっかり確実に進行していた。
 いろんな人に協力を頼み、相談し、練りに練った計画は最終段階にさしかかっている。
 そんなこんなをやっているうちに、今日がその決戦日。望美は最後の悪あがきをしていた。
「う〜ん、もうちょっと甘くした方がいいかな〜?」
 混ぜた生地を味見しながら、望美は悩む。
 望美が作っているのは蒸しケーキだ。本当は、バレンタインなのだからチョコを贈りたかったが、まだこの日本にはカカオが入ってきてないので仕方がない。……カカオがあっても、チョコにする技量なんかないけど。
 蒸しケーキにしたのは、唯一望美がレシピがなくても作れるお菓子だったからだ。だって材料は小麦粉と卵と水。元の世界ではホットケーキミックスを使って作ったことがある。分量などはまったく覚えてないが、さすがに材料が少ないので、生地の固さをみながらやれば何とかなった。柔らかければ小麦粉を足せばいいし。
 もっと豪華で魅力のあるお菓子を作れればよかったが、望美は自分の料理不得手を十分過ぎるくらい自覚している。レシピがあればなんとか形になるものもあるが、無いのだから、これは潔く自分の技量に見合ったものを作るべし。
「こんなもんかな?」
 でもちゃんとアレンジしたりしている。今の生地だって、蜂蜜を入れてみたりして色々試作しているのだ。
 小豆を入れてみたりもした事もあった。もう両手では数え切れないくらいの試作品を作って、ようやく今の形に落ちつこうとしているのだ。……長い道のりだった。
「今日は、火傷しないようにしないと!」
 剣を扱わせれば一流なのに、望美の料理はぶきっちょの三流だ。はじめの頃はよく火傷をこしらえていた。ここ二、三日は無事に済んでいるのに、よりによって今日火傷をするわけにはいかない。そんな手で渡したくない。
「なら、私どもにお任せくださればよろしいのに……」
 望美を手伝っている厨女が言う。彼女は望美の白い手が傷だらけになっていくのを断腸の思いで見守ってきた猛者である。
 望美は生地を型に流し込みながら、彼女に言った。
「言ったでしょ? ヒノエくんに心のこもった贈り物をしたいから、自分でやりたいんだって」
「それは何度も伺いましたけど〜……」
 仕えられることに慣れていない望美は、誰に対しても気さくだ。そんな態度に最初の頃こそ戸惑ったものの、望美に「あなたがお食事用意してくれてるんだね。いつもおいしいよ、ありがとう!」などと言われて、一瞬でこの女主人に傾倒した。
 なので今回の事で一番ヤキモキしたのは、もしかしたらすぐ側で火傷の瞬間を見ていた彼女かもしれない。
 しゅんしゅん言って湯気を吐き出しているナベに、望美が慎重に型を入れる。急いでやって、型から生地をこぼしてはいけない。型はあとで綺麗に生地が抜けるように、頼んで作ってもらった特別製のものだから崩壊しやすいのだ。
「アルミホイルがあればな〜」
 それならむしろ、型に入れたまま贈る事ができるのだけど。
 でもそれは無いものねだりなので、望美は鍛治師に相談してわざわざ打ってもらったのだ。しかもどうせ打ってもらうならと、ハート型。
「おう、酒、もらえるか?」
 突然、厨所に男の声が響く。振り返ると、望美の最愛の人が年をとってアダルトな魅力がついたような男が厨所を覗き込んでいた。
「湛快さん!」
「おう、望美ちゃんじゃないか。どうしたんだ、こんなところで?」
 湛快はゆったりと望美に近づいてきた。望美の手元を覗きこんで、不思議そうに首を傾げる。
 ヒノエの面影を持つこの男を、もちろん望美は好いていた。豪快で頼りになる、素敵な義父だ。
「ん? もしかして望美ちゃんが料理をしているのかい?」
 湛快の言葉にからかいの色はない。別当の奥方がわざわざ厨所にいることに、普通に不思議がっているだけなのだろう。
「はい、ヒノエくんに、お菓子の贈り物をしたくて」
「そりゃ、いいな。あいつが羨ましいねぇ」
 無精ひげを撫でつつ、にやりと湛快は笑った。
「湛快さんは、どうしたんですか? 今日ヒノエくんは、本宮に行ったあと速玉ですよ?」
「湛快さんだなんて他人行儀な。お義父様が湛快おじ様と呼んでくれていいんだぜ?」
「あははははは……」
 冗談とも本気ともつかない言葉づかいに、確かにヒノエと湛快は親子だと確信する。望美は乾いた笑いを浮べた。
「アイツのことは俺もさっき本宮で知った。どうやらすれ違いで本宮を出ちまったようでなぁ。速玉まで追いかけていくのも何なんで、こっちに寄ったってわけさ」
 ヒノエに渡すものがあったらしい。それはもう家人に渡してきたと、湛快は語った。
「……望美様、そろそろいいのではありませんか?」
 遠慮がちに、厨女が声をかけてきた。湛快と望美の会話が終わるのをずっと見計らっていたらしい。
「えっ、あっ、いけない!」
 蒸しケーキは、以外に火が通るのが早い。望美は言われて、焦ったようにナベに意識を戻す。
 ナベの中はぐらぐらと湯が沸騰しており、簡易蒸し器のように沈められた台の上のケーキは、すでに膨らんでほっこりと湯気を吐き出していた。
「わわっ!」
 早く取り出さないと蒸し過ぎてしまいそうだ。望美は慌てて型を取り出した。
「あちっ!?」
 焦っているから案の定ナベの縁に手をぶつけてしまい、さっき気をつけなければと思ったばかりの火傷をさっそくこさえた。
「おっと、大丈夫か? すまねぇな、邪魔しちまった」
 申し訳なさそうに湛快が言う。熱そうにしている型を持ち上げて、望美の手を冷やしてやった。
「へ、平気です。そっ、それよりそれ、熱いですよっ」
「大丈夫。男の手のひらは皮が厚くできてるからな」
 全然苦じゃないように持ちながら、湛快は笑って方を掲げてみせる。
 蒸しケーキをナベから全部取り出して湛快の手の上に避難させ、やっと望美はひとごこちついた。
「はぁ〜。……湛快さん、ありがとうございました」
「礼には及ばねぇよ。ところで、コレはなんだい? 菓子ってことだが、ずいぶん変わってるな」
 何より目を引くハート型の蒸しケーキ。そのハート型が珍しくて、湛快は首を傾げた。
「それはハート型って言って、私たちの世界での好意をあらわす図形なんです」
 そう言って、望美はバレンタインについて湛快に説明してやった。
「せっかくなんで、ちょっと召し上がりませんか?」
「いいのかい? 湛増のヤツにやるモンだろう?」
「いくつか作りましたし、一番綺麗な形のをヒノエくんにあげるつもりなんで大丈夫です。それに湛快さんならヒノエくんの味の好みを知ってるでしょうし、ぜひ感想を聞かせてください」
 試作品をさんざ邸の者たちに味見させているので、変な味ではないと確信を持っているが、ヒノエが気に入ってくれるかわからないので、ぜひとも湛快に食べてもらいたい。──蒸しケーキごときで大げさな話ではあるが。
 望美の頼みを聞いて、湛快は快く了承してくれた。
「じゃ、遠慮なくいただくことにするぜ」
 鍛治師自信作のハートの型をはずして、望美は湛快に蒸しケーキを割って差し出す。
 湛快はそれを掴んで、さっそく口にした。
「……うん、うまい!」
「本当ですか!?」
 目を輝かす望美に、湛快は爽快に笑って頷いた。
「ああ、あいつもこれなら気に入るだろう。甘いのが、望美ちゃんの心の味だとか言うんじゃねぇか?」
 からからと笑って言われた言葉に、望美は真っ赤になった。
「それよりさっきぶつけたところはどうだい?……あぁ、こりゃヒドイな。あとで痛むぞ」
 望美の手を引き寄せ、湛快が眉根を寄せる。
 こさえたばかりの火傷は、痕が残るようなものではないとはいえ、結構広範囲に渡って赤く腫れあがっていた。
 それを見た厨女が慌てて薬師を呼びにいく。
「あ〜あ、やっちゃった……。今日はキレイな手で渡せると思ったのに〜」
「なんだ、今日がそのばれんたいんとかいう日なのかい? そりゃ悪いことしちまったな」
「そんな! 湛快さんのせいじゃないです! 私が不注意だったんですから」
 申し訳なさそうにする湛快に慌てて首を振り、望美は大丈夫だと微笑んでみせた。
「そうかい?……あぁ、そうだ。なら火傷にいい薬を知ってるから、あとで届けさせるぜ。それで勘弁してくれ」
「そんな、勘弁だなんて……。すみません、ありがとうございます」
「礼には及ばねぇって。じゃ、俺は失礼するかな」
 その辺にあった布を水に浸し、それを軽く絞って望美の手に当ててから、湛快は厨所を出て行った。
 それを見送って、望美は再び蒸しケーキに向き直った。さて、どれが一番よく出来ているだろうか?




「おお、湛増! いい所で会ったぜ!」
 邸に戻る途中でかけられた野太い声に、湛増──ヒノエは思いっきり眉根を寄せた。
「なんだ親父。なんか用か」
 振り返るなり、不機嫌全開でにらむ息子に、湛快は豪快に笑う。大爆笑する父親に、ヒノエの表情はますます不機嫌になっていった。
「……手短にしてくれよ、アンタと違って、オレは忙しい身なんでね」
「はっはっはっ、そう尖んがるな」
「鎌倉からの文なら邸に届け終わったんだろう? 烏からそう報告が来てるぜ」
 父親が動くときは、必ずそれなりの理由がある。
 それを解り過ぎるくらい解っているヒノエは、表には出さないが心中あんまり穏やかではない。またぞろ変な情報を掴んできたのかもしれない。それとも平家の残党を捜しに行くとでも言い出すかもしれない。補陀洛渡海に行くと言い出しても、違和感のない男なのだ。
「これ、望美ちゃんに渡しといてくれ」
「? 薬? ……望美の身に何か!?」
「大の男が取り乱すなよ。大丈夫、ただの火傷だ」
 焦るヒノエをにやにやと見つめ、湛快は腕を組みながら言った。
 湛快の言にいくぶん落ち着きを取り戻したヒノエが、小さく息をはく。
「……また火傷か……」
 いったい望美は、自分に隠れて何をしているのだろう? 望美が頑張って隠しているようだから、自分も無理には聞かないでおこうと思っていたが……。
「じゃ、頼んだぜ。それと、頑張れよって伝えといてくれ!」
 思案の海に沈み始めたヒノエに、湛快は一方的に言伝すると背を向けようとした。
 それをかろうじて聞きとめたヒノエが、慌てて湛快を引き留める。
「ちょっとまて親父! アンタ、望美が何してるか知ってるのか!?」
「あーん? そりゃなぁ、さっき邸で望美ちゃんと話してきたからな。勿体なくもおこぼれに預かったしよ」
「おこぼれ?」
 一体何のことだと顔をしかめたヒノエに、湛快は望美から聞いた話を思い出し口をつぐんだ。
「おっと、長話しちまったな。じゃあな!」
 誤魔化すように会話を切り上げ、にやにやしながら湛快は足早に去っていった。
 今度は引き留めることがかなわず、ヒノエが苦虫を噛み潰したような表情になる。
(一体何だっていうんだ……)




 というわけで、邸に戻ってきたヒノエは不機嫌だった。
 原因は不可解な湛快との会話であるが、根本的なところでは、やはり望美が原因だろう。
(オレに隠れて、一体なにやってるのさ)
 夫である自分が知らないのに、周りが知っているという事実が、ヒノエにはことさら面白くなかった。
 探りを入れようと家人にそれとなく火傷の事などの話を振ってみたが、一様に焦った顔で首を振るばかりで、全然内容が見えてこない。
「お前も望美の“おこぼれに預かった”のかい?」
 一度カマをかけてみたら、家人は顔を真っ青にして、それまでの倍速で首を振るだけだった。
(……あれは絶対“おこぼれ”とやらに預かってる顔だね)
 ああ、イラつく……!!
 ヒノエは、彼にしては珍しくイラ立ちを露わにし、ヤケ酒をあおった。
「湛増様、望美様がお渡りになられました」
 女房の声にはっとし、ヒノエは深く息を吸い心を落ち着けた。真相がどうあれ、嫉妬ちを妬いているなど、みっともなくて望美には見せられない。
 だがその努力は、望美を見るなり意味の無いものになった。
「お待たせ」
 そう言ってはにかむように笑うのは、いつもと変わらない愛しい妻。
 否、いつもと同じではない。今日の望美はどことなく雰囲気が違う。
 理由はすぐに知れた。巻き上げた御簾をささげもつ女房に礼をいって室に入ってきた瞬間、ヒノエは何も考えられなくなった。
「おかえりなさい、ヒノエくん」
「あ、ああ。……どうしたんだい、望美。今日はやけにめかし込んでるね」
 熱に浮かされたように、ヒノエが呟く。
 情熱的な視線に照れるように、望美は頬を染めた。うっすらと施された化粧にひきたてられ、それはまるで大輪の花が開くかのようだった。
 以前ヒノエが贈った豪華な袿に包まれた望美が、ヒノエの傍らに膝を進める。
「今日は特別なの。渡したいものがあるんだ」
 望美はいそいそと、後ろ手に隠し持っていた高坏を差し出す。
 高坏にひかれた和紙の上に乗せられているのは、さっきまで望美が奮闘した蒸しケーキ。散らされた小豆の色がうつって、ほんのりと桜色をしていた。
「今日はね、バレンタインって言って……」
 不思議そうにケーキを眺めるヒノエに、望美はバレンタインの説明を始めた。本当に贈るものとは違うけど、心を込めてこのお菓子を作ったことも。
 望美の話を最後まで聞いて、ようやく望美が隠していたことを知ったヒノエ。自分を驚かせるために隠していたのは明白だが、さて、ヤキモキした自分をどう思い知らせてやろうか。
 ヒノエは内心にやりと笑って、考えをめぐらせ始めた。
 照れてれしながら一生懸命話をする望美を引き寄せ、耳元で囁く。
「……なら、今日は愛を告白する日なんだね? お前はどんな気持ちを告白してくれるのかい?」
「えっ? あっ、あの〜…」
 説明したノリで想いを伝えるのなら、恥ずかしがらずに出来る。そう思っていたのに、先にヒノエから聞かれてしまい、望美は真っ赤になった。
「そ、そんな風に言われちゃ、恥ずかしくて言えないよっ」
「でも今日は、愛の言葉を聞かせてくれる日なんだろう? 望美はいつも恥ずかしがって、どう思ってるかを聞かせてくれないからね。好かれていないんじゃないかって、オレはいつも不安なのにさ」
 ウソばっかり。望美はぷくっと膨れて抗議した。
「意地悪! 私がどう思ってるのか知ってるくせに!」
「意地悪はどっちだい? 望美こそ、オレがどう思ってるか知ってるくせに、今日の事をオレだけに知らせなかったんだろう? 驚きに嬉しい反面、オレ以外の人間は知ってるなんて、ズルいんじゃないかい?」
「えっ? も、もしかして知ってた?」
 バレていたかと不安そうに驚く望美に、ヒノエは首を振ってみせた。
「いや、お前に聞くまで、今日がなんの日だかは知らなかった。オレに隠れて何かやってるだろうなとは思っていたけどな。でも、オレが知らないのに、周りは皆知っていたなんてね」
 こういう企みなら大歓迎。しかし、他の男が知っているのに自分が一番最後なのは正直悔しい気がする。
 子供っぽいと思われても構わない。どんなことでも、愛する人の一番でありたいと思うのは、恋する者にとって当然だろう。
「親父まで知ってたようだし、ちょっと面白くないね」
「たっ、湛快さんから聞いたの!?」
 そういえば、昼間会ったときに口止めするのを忘れてしまった気がする。
「ふふっ、問い詰めて素直に白状するような親父じゃないけどね。だけど“おこぼれに預かった”って言ってたぜ?」
 ちょっぴりトゲトゲしい口調になってしまう自分に苦笑しながら、ヒノエはふと思い出したように、望美の手にそっと触れた。
「……また、火傷したって?」
 優しい声で「見せてみな」と言われて、望美はおずおずと袿の袖に隠していた手を見せた。
 包帯にぐるぐる巻きにされた手が痛々しい。
「ホント、お前は神子であったときも今も、変わらず無茶をするね」
「ご、ごめんなさい」
「謝るくらいなら、少しは大人しくオレに守られていて欲しいんだけど……」
 そう呟いてから、ヒノエはくすりと笑った。
「でも、大人しい望美は望美らしくないかな。お前はこの熊野で……いや、世界中でただ一人、オレの心を乱すことが出来る女だからね」
「……なんか、誉められてる気がしないんだけど」
 照れに頬を染めつつも、上目使いに抗議する望美。それがあまりにも可愛らしくて、ヒノエは望美の額に口付けた。
「オレは心底、お前に溺れているからね。こうでも言わないと、公平じゃないだろ?」
「私だって、世界で一番ヒノエくんが好きなんだからねっ。……他の人に味見してもらったのだって、ハート型の一部だけなんだから……」
 綺麗なハート型を保っているのは、ヒノエにあげた3つの蒸しケーキだけ。
 惜しげなくくれるたくさんの“愛してる”には、全然釣り合わないけど。
 大切な人の為に生まれてきたケーキは、作り手を表すかのように可憐に、愛しい人の唇に触れるのを待っている。
 望美はそのうちの一つを手にとり、
「私のヤキモキする気持ち、少しは思い知ってよ」
 挑戦的に見つめてくる望美に、ヒノエの瞳が面白そうに輝いた。
 そんな風に誘われて、抵抗できる男がいると思っているのかい?
「……御意、姫君?」
 愛しい人を抱き寄せて、その手ごと掴んで蒸しケーキを食べる。手のひらに残ったカケラさえも舐め取り、ヒノエは望美の耳元で囁いた。
「お前の甘い気持ち、極上の味だね」
「……バカ」
 唇を尖らせて言ったあと、望美ははにかんだ笑みを浮べて言った。
「あのね、世界で一番、ヒノエくんが好きだよ?」
 内緒話のように囁かれた言葉に、ヒノエの顔にも微笑みが浮かぶ。
「オレも、世界で一番、お前を愛しているよ」

 

〜 あとがき 〜
 バレンタインって、わくわくしますよね。あげる人がいなくても(爆)わくわくするのです。だっておいしそうなチョコがいっぱい……!(←チョコ好き) あと明らかにギャグ狙いのおもろいパッケージのとか。
 作中望美さんが「私のヤキモキする気持ち、少しは思い知ってよ」とか言ってますが、蒸しケーキを食べた瞬間、別の意味で思い知る事になるのはどうだろう。某所に駆け込みたくなるようなオチ。……それをやりたい衝動に駆られましたが、いけないよね。ネオロマンスだからね(笑)

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