大切な彼女

 望美の傷の様子を見ていた弁慶は、生薬を含ませた綿を傷に近付け言った。
「少し、しみますよ?」
「はい……。あつっ!」
 ひやっとしたかと思った次の瞬間、薬がしみこんでいく痛みに望美は顔をしかめる。
「仕方ありません。こうしないと化膿してしまいますからね」
「う、ハイ。……うぅ、ヒリヒリしてきた……」
 雑菌に薬が反応しているのだろうか。
 にわかに熱を持ち始めた望美の手をとって、弁慶は優しく息を吹き掛けた。
 くすぐったそうに望美が笑う。
「……………………」
 それをずっと隣で不機嫌そうに眺めていたヒノエは、ついに望美の腰に手をまわし、引き寄せた。
「わっ!?」
 突然のヒノエの行動に望美は驚いたが、弁慶はまったく動じることなく、にこやかな笑顔をたたえたまま言った。
「おや、何ですヒノエ。治療中ですよ?」
「……人のもんに必要以上に近づくんじゃねぇよ」
「ふふっ、ヤキモチですか?」
 分かっているくせにわざわざ言ってくる所は、本当にいけすかない。
 ヒノエはちっ、と舌打ちしながら、しかし望美の腰から手を離さないで続けた。
「いいからアンタは治療を続けなよ。あとは帛をまいて終わりだろう?」
 猛烈に不機嫌な甥のにらみも笑顔でかわし、弁慶は小さく笑いながら望美の腕に帛を巻いていった。
「はい、これで大丈夫ですよ。しばらくは、帛をこまめに換えましょうね」
「あ、ありがとうございました」
 望美がペコリと頭を下げるのを見届けてから、弁慶は薬などを片付けて去っていった。
 あとには不機嫌そうに黙りこくっているヒノエと、そんなヒノエをどうしたものかと困惑している望美。ちなみに、ヒノエの腕は相変わらず望美の腰に回されたままだ。
「えっと……」
「──ごめん」
 困ったように望美がつぶやくのと、ヒノエがなぜか謝ったのは同時だった。
「えっ?」
 望美はヒノエを振り返った。
「えっ、ど、どうして謝るの?」
「……怪我、させちまっただろ」
「そんなの。だってこれは自業自得だよ? 私が勝手に転んだんだもん」
 望美が怪我をしたのは戦闘中でもなんでもなくて、ただ足場が悪いところで転けただけだ。
 もちろんその後まっ先に助け起こしてくれたのはヒノエだし、望美の腕にすり傷があるのを見て、休憩を言いだしたのもヒノエ。
 自分がお礼を言うならまだしも、なぜヒノエに謝られているのかわからなくて、望美は首をかしげた。
「あっ、そだ。起こしてくれて、ありがとね?」
「その前に、お前を抱きとめていれば、お前は怪我をしなくてすんだんだよ」
 静かに言うヒノエに、望美は恐るおそる聞いてみた。
「ヒ、ヒノエくん、怒ってる?」
「ああ、怒ってるね。お前を助けられなかった自分に、さ。お前のこと守るって決めたのに」
「えっ、私が弁慶さんと楽しそうにしてたからじゃないのっ?」
 うっかり墓穴を掘っていることにも気付かず、望美は驚いたように言った。
 ヒノエは望美を半眼で見つめて。
「……それもある」
 案の定、ヒノエはそうのたまった。
「そ、そうですか……」
 その視線にうすら寒いものを感じて、望美は冷や汗かきかき相づちをうった。
「──…ったく。オレに応えていますぐ熊野に来れば、こんな怪我なんてしないで、お前の望むものをやるのにさ!」
 イラだたしげに吐息を吐き出すヒノエに、望美はやっぱり困ったような微笑みで答える。
「ごめん。でも私は自分の手で、皆を守ってこの戦を終わらせたい。自分で見届けたいから」
 ヒノエの望む応えを返せれば、一番楽でそして幸せなのだろう。でも自分の答えは、応えとは違う。
 運命を受け入れてしまったからには最後まで付き合うと主張する望美に、ヒノエは諦めたような笑みを浮かべた。
「ま、そういうお前の真っすぐな強さにも惚れてるからいいけどな。でも……」
「あっ」
 怪我に巻いた帛の上から口付けを落とし、ヒノエは片目をつむってみせた。
「お前をいつでもどこでも想って、心配してる男がここにいるって……ちゃんと覚えていてくれよ?」
 お前は平然とした顔で無理をするから。
 真っすぐに見つめられ、望美は頬を紅潮させながらうなずいた。
「う、うん、ごめん。わかった。──んっ」
 ドギマギしている望美の唇を軽く奪って、
「その代わり、オレはいつでも、お前を守れるような男でいるからさ」
 そう言ってヒノエはニヤリと笑った。
 ヒノエの笑顔は一種挑戦的で、口付けに照れながらも、望美も不敵な笑みを浮かべてうなずいた。
「私もヒノエくんを守れるように強くなるからっ。よろしくね!」
 よく晴れた青空が高い、清々しい日の出来事だった。

 

〜あとがき〜
 言うまでもないんですが、ヒノエは独占欲強いですよね〜。否むしろ強い設定希望。
 ついでに、思っているよりも無駄に責任感が強いと思うのですよ。
 その2本を柱に、ちょっとからかってみました(爆)

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