もうすぐ江ノ電折り返し地点

(まだ起きない〜……)
 自分の肩によりかかって眠るヒノエに、望美は何度目かわからない苦笑を零した。
 終点鎌倉駅のホームで乗客が皆降りる中、ずっと眠ったままのヒノエと、その肩枕になっている望美だけは、シートに腰を降ろしたままだった。
 ちょっと離れたところでは、二人に気付いた他校の女子高生がこっそり笑っている。願わくば、同級生とかの知り合いには会いませんように。
(だから、今日は家でのんびりしようって言ったのに〜)
 休みの日を利用して藤沢に買い物に出ようとしていた望美は、ちょうど家を出たところで、熊野から戻ってきたヒノエと鉢合わせした。
 自分の為に異世界とこちらとを往復するヒノエを気遣って、買い物をいさぎよく諦め、望美は有川家で過ごそうとしたのだ。
 しかしそれは勿体ないと、笑うヒノエに促されてショッピングに出た今日。その帰路でヒノエは見事に夢という名の舟を漕ぎ始めたのだった。
(そりゃさ、ヒノエくんに服とか選んでもらって、楽しかったけどさッ)
 一緒にデートできた嬉しさと、疲れてるヒノエを連れ回した後ろめたさ。でもやっぱり、ヒノエの傍にいられた嬉しさ。
 ──結局のところ、総合的には嬉しいらしい。
 二人は出身世界を別つ恋人。今はヒノエが望美の世界に通ってはくれるが、しかしそのヒノエは時々、熊野の頭領として戻らねばならない。
 望美の生活的には長くない時間。でもけして短くない時間を、二人は世界さえも離れて過ごさなければならない。
 だから、久しぶりに会えたヒノエと遊びに出かけたりなんて事があると、それだけで望美は嬉しくなっちゃうのだ。
(……でも)
 こんなに騒がしいのにそれでも起きないヒノエに、やっぱり家で過ごそうと言えばよかったかもしれない。
 そんな思いが、ヒノエを起こすことができず、周囲の視線に耐えて枕になっている理由だろう。
 折り返し運転の電車に、今度は乗車する人々が集まってきた。待っていた自分達より先に腰を降ろしている望美を見て、不思議そうに首を傾げたりしている。
 まさか話かけてなんか来ないだろうけど、何となく気まずくて望美は俯く。
 そして彷徨う視線はヒノエへと戻り、また望美は苦笑を浮かべた。
(あ……)
 熊野に戻る前のヒノエとの差異を見つけて、望美は目を瞬かせる。
(背……ちょっとだけ伸びた?)
 ほんとうに小さな成長なのに、望美にはそれがわかる。それが何より嬉しかった。
 やがて発車ベルの音と車掌のアナウンスと共に、ゆっくりと電車が動きだした。がくんと大きな発車の揺れが来ても、まだヒノエは起きない。
 鎌倉から極楽寺までは4駅7分。その間にヒノエは起きるだろうか?
(……でも無理かも〜)
 だってヒノエは、今も超寝ている。
 窓の外に流れる景色を追いつつ、望美は内心くすくす笑いたい気分だ。
 案の定極楽寺到着のアナウンスが流れても、二人は現状維持だった。
 遠ざかっていく極楽寺駅を見送って、望美はまたまた苦笑を零す。
(っていうか、私たち、何してるんだろう〜?)
 有意義な事は何もせず寝ているヒノエも、起こすこともできずに、ただひたすら枕になっている自分も。客観的に考えればすごくバカみたいだ。
 でも、なんだか幸せを感じるのが、とても不思議。
(きっとヒノエくんとだったら、私はこのまま何往復しようと、きっと幸せなんだろうな……)
 ヒノエのぬくもりを肩に感じるだけで幸せなんて、ずいぶん現金かつ単純な人間だなぁと思うけれど。
 起きない&起こせないというループが切れたのは、もう片方の終点藤沢駅まであと二駅という所だった。
「──ん…」
「あ、おはよう」
 目を覚まして身を起こすヒノエに、望美は笑いかけた。今のままでも幸せだったけど、やっぱり起きているヒノエとやりとりする方が嬉しい。
 ほんの少しぼぅとして現状を把握しようとしてるヒノエに、望美はどう説明したものかと一瞬迷った。
 が、ヒノエが状況を理解するには、その短い間で十分。鎌倉行きの電車がいつのまにか藤沢行きになっていれば、イヤでもどういうことか解るというものだ。
「……これは……不覚だったね」
 情けなさそうな、それでいて悔しそうな。バツが悪そうな感情も入ったなんとも微妙な顔をヒノエが浮かべる。
 その顔がちょっと面白くて、望美は思わず小さく噴き出す。それを慌てて誤魔化して、望美はヒノエに謝った。
「ごめんね。あんまり気持ち良さそうに寝てるもんだから、つい、起こせなくて……」
「姫君が謝る必要はないだろ? オレが悪いんだよ。お前を放っておいて眠りこけてるなんざ、情けないね」
「ヒノエくん、帰ってきたばかりだから疲れてるんだよ。なのに私が連れ回しちゃったからいけないんだよ」
 それだって、そもそもは家で過ごそうと言った望美に自分が勿体ないと言ったのが原因のはずだが、それを言っても望美はきっと他の事を言いだして慰めてくれようとするだろう。
 このままでは会話が終わらないだろうと思い、自分の情けなさはひとまず後で反省することにヒノエは決めた。
「ふふっ、お前がそこまで言ってくれるのなら、その言葉に甘えようかな」
 少々照れながら微笑むと、望美も同じようにして笑う。
 そんなこんなをしているうちに、車掌のアナウンスが終点藤沢の到着を告げた。
「あーあ。また藤沢まで戻ってきちゃったね」
「ホント〜。でも何だか面白かったけど」
 ヒノエくんの寝顔を堪能できたしと笑う望美。
「オレ的にはどうせなら逆がよかったね」
「なに言ってるの。ヒノエくんこそいつの間にか私の寝顔とか見てるんだから、たまにはこういう方がいいんだってば」
「ふぅん。オレの寝顔は、そんなにも姫君のお気に召したわけだ?」
「なっ! ちょ、ちょっと図星突かないでくれる!?」
 図星なのかい? という突っ込みはせず、
「ははっ、それは悪かったね。──藤沢だ。とりあえず降りようか?」
 がくんと停車の衝撃が体を揺らし、ヒノエは立ち上がる。
「えっ、何で? このまま待ってれば帰れるよ?」
 頭上にハテナマークを飛ばしている望美に手を差し伸べ、ヒノエは片目を瞑ってみせた。
「藤沢まで戻って来たんだ。どうせなら、何か食べて帰ろうぜ?」
 江ノ電を往復してしまったおかげで、すっかり夕飯前に帰宅という時間ではなくなっている。
 これからお腹を空かせつつ帰るより、藤沢で何か食べて帰るほうがいいと思ったのだ。
「今日のお詫びに、姫君をおいしいディナーにご招待いたしましょう!」
 エスコートするように伸ばされたヒノエの手をとって、望美は華やかな笑みを浮かべた。
「それいいかも! どんな所へ連れてってくれるのか楽しみにしてるからね!」
「ああ、姫君の期待は裏切らないって約束するよ」
 手を取り合った恋人たちの姿が、同じく降車する人々の合間に消えていく。
 そんな藤沢駅を望む夜空の上では、広がる雲とちょっぴりだけ顔を出した月が見守っている。
 そんな秋雨の時期の休日だった。

 

〜 あとがき 〜
 最初は「もうすぐ江ノ電三往復目」っていうタイトルで書きたかったんですが、江ノ電って片道34分かかるんですよね〜。で、往復すると1時間10分(折り返し地点の停車時間含)。三往復すると3時間半(大笑)
 さすがにそれは起こすって!! と思いまして、上記タイトルに相成りました(笑)
 ちなみに、江ノ電はかなりのどかな気分になれるのでオススメです。自分の好きな海も見れますし〜!
 でも、もし鎌高生だったら、同級生には誰かしら会いそうな気分(笑)

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