Cafe on doy of autumn.

「望美、疲れてないかい?」
 ヒノエの言葉に、望美は今日を振り返りながら頷いた。
「ちょっとだけ、疲れたかも。いろいろ回ったし」
 昼から今までずっと、望美たちはウィンドウショッピングをしていた。今はちょうどお茶の時間だが、いろいろな店を覗いたりして結構歩いた気がする。
「なら、少し休憩しようか。あそこに丁度カフェがあるしさ。どう?」
 ヒノエの示す先には洒落たオープンカフェがあった。その可愛らしい店構えに、望美は嬉しくなって頷く。
「うん、お茶したい!」
 喜ぶ彼女に頷いて、ヒノエはカフェに足を向けた。
 陽のよくあたる場所に席をとり、そこに望美を座らせる。
「姫君は座って待っておいで。いつもの、カフェラテ……だっけ、それでいいかい?」
「うん。……あっ、お会計!」
 さっさとカウンターに向かってしまうヒノエを望美は慌てて呼び止めたが、彼は気にするなとでも言うように片手を上げて行ってしまう。
 ヒノエがカップを二つ持って戻ってきて、席に落ち着くのを待ってから、望美はもう一度言った。
「ありがとう。いくらだった?」
 そう言って財布を出そうとする望美を、ヒノエは笑って止める。
「いいって。これくらいご馳走するよ」
「でも……そうやって結局いつもご馳走になってるんだけど……」
 いつも思うが、この世界の住人ではない彼の資金源はいったい何なのだろう。本来ならこの世界の経済力は無いはずなのだが、ヒノエは何かと望美にご馳走してくれる。
 いくら付き合っていると言っても、毎回毎回甘える訳にはいかないと、望美は常々思っていた。
「今日こそは受け取ってもらうからね」
 律儀な望美にヒノエは思わず忍び笑いをもらす。
「本当に、望美は真面目だね。そんなこと気にしなくていいよ。それより、カフェラテが冷めるぜ?」
「誤魔化そうったって、そうはいきませんよ〜。ねぇ、いくらだった?」
「だから、気にしなくていいって」
 財布を握りしめる望美の手を、ヒノエは上から優しく押さえる。
 望美の遠慮や気遣いは嬉しいが、こんなことで彼女に負担をかけては、男が廃るというものだ。
「オレにだって、いろいろ伝手があるからね。それに、別に見栄張ってるわけでもない。お前の休憩のお供に、温かいものを振る舞いたいって思っただけなんだからさ」
「もぅ! いつもそればっかり……! ──あっ!?」
 ヒノエの手の隙間から硬貨を出そうとしていた望美は、手を滑らせてその硬貨を落とす。
「あっ、待って〜」
 その硬貨が転がっていってしまったのに慌てて、望美は捕獲しようと席を立った。
 望美の視線の先で、硬貨は隣のテーブルに座っていた男性の足元まで転がっていってしまう。
 靴に当たった感触に気付いて、その男性が硬貨を拾ってくれた。
「はい、どうぞ?」
「ご、ごめんなさい。ありがとうございます」
 硬貨を受け取って、望美が小走りに席に戻る。恥ずかしさにうっすら頬が染まっていた。
 可愛らしい望美の様子に、ヒノエは小さく笑いながら、放り出されていた彼女の財布を渡してやる。
「はい。また落とさないうちに、早くしまった方がいいぜ?」
「う、うん。あ〜恥ずかしかった」
 こうして望美は、今回もうっかり料金を渡し損ねてしまったのだ。




 結局ご馳走になってしまうことに恐縮しながらも、カフェラテが大好きな望美は嬉しそうにのどを潤す。
 秋色が深まる今の時分は、温かい飲み物がよく似合った。
 オープンカフェではそよぐ秋風が髪を揺らすが、柔らかな日差しがとても気持ち良かった。
 だからだろうか。望美たちが休憩しているカフェには、同じように小休憩をとろうとする人々で賑わっていた。洒落たカフェなので特にカップルが目立つ。さっき硬貨を拾ってくれた男性も、彼女らしき女の子と談笑していた。自分たちもその甘い雰囲気に溶け込んでいるのかと思うと、望美は何だか嬉しくなって笑みを浮かべた。
 望美が辺りを見回していた視線を前に戻すと、目の前の彼は興味深げに自分を見つめていた。
 真っ直ぐに見つめてくるヒノエの視線に照れてしまって、望美は誤魔化すように話題をふった。
「そ、そういえばさ、さっきコイン拾ってくれた人見た?」
「は?」
「な、何だかすっごい格好よかったよね! モデルって言っても通用しそう!……って……」
 言いながら、望美は話題を間違えた事を悟った。
 さっき起こったばかりの出来事で、鮮明だったのだ。でも話す相手を間違えたと思う。
 案の定、ヒノエは面白くないというような顔を作って、
「ふぅん。ああいうのが望美の好みなんだ?」
「べ、別に好みって訳じゃないよ……!」
「気を使ってくれなくてもいいよ。そうだね、オレとはルックスのタイプが違うけど、なかなかいい男なんじゃない?」
 一応の誉め言葉も、全然誉め言葉に聞こえないくらい気持ちが入ってない。
 やっぱり拗ねちゃったと、望美は心の中でため息をついた。普段ほとんど動じない大人なヒノエだが、他の男を誉める望美に対しては歳相応の子供っぽさを発揮する。
 ほんの少し膨れっ面をしてそっぽ向くヒノエは、結構可愛いなとこっそり思っていたりするが、早めに機嫌を直してもらわないと大変な事になる。
 これからだってショッピングの続きがあるし、夕飯だって食べて帰るし……と思い、望美は両手を合わせて軽く謝罪のポーズを作った。
「ごめんってば〜。私にはヒノエくんが一番だよ?」
 ヒノエのご機嫌を戻す一番の近道は、ちょっと恥ずかしいけど気持ちを素直に伝える事だ。ヒノエ自身も本気で拗ねている訳でなく会話を楽しむ為のものだから、いつもすぐに許してくれる。
 それに、謝る自分に「まぁ、いいけど」とため息をつくヒノエは、ちょっとバツが悪そうで、一層可愛かったりするし……。
 一方ヒノエの方も、自分が拗ねて見せれば望美が謝るだろうということはお見通しだった。
 ただ、今回は謝罪の向こうにある笑顔が、ものすごく面白そうにしているんだけど。
(このまま普通に許してみせるもの、何だか癪だな……)
 そう思ったヒノエは、ちょっと考えてからにやりと笑った。
「姫君、ホントにオレが一番だと思ってる?」
「もちろんだよ」
「ふふっ、なら気持ちを態度で示してくれる?」
「態度?」
 態度なら、今も言葉にしてアピールしてるんだけど。そんな不思議そうな顔で望美が首を傾げる。
 そのきょとんとした様子にヒノエは面白くなって、腕を伸ばし望美の唇に触れた。
「そう。お前の柔らかな唇で、オレに気持ちを伝えてよ」
「えっ! で、できないよこんな所で!!」
 キスを要求され、望美が真っ赤になって叫ぶ。
 ヒノエはその唇を指でそっと塞いで、愉快そうに囁いた。
「ほら、大声ださない。周りがオレたちに注目しちまうぜ?」
「うぅ、だって…。……っていうか、こんな所でキスなんかしないからねっ」
 頬を染めたまま、ちょっと怒った風に望美は言う。
 ヒノエは大げさにため息をついてみせた。
「やっぱり、そうだよね。好みじゃない男なんかに、口付けなんかできないよな……」
「うっ。……イジワル!」
「意地悪はどっちかな? お前がいけないんだぜ、オレ以外の男なんか誉めるからさ?」
 確かに、最初に種を蒔いたのは自分だ。
 にやにやと笑っているヒノエを前に、望美はものすごく葛藤していた。原因を作ったのが自分だとか、でもヒノエの言うとおりにするのが癪だとか、っていうか、キスしたくない訳じゃないけど人前で恥ずかしいとか……。
 で、結局望美はどうしたかというと……。
「……っん!」
 怒った顔のままヒノエに軽く口付けて、仏頂面のままカフェラテを一気。そして空のカップを持って、さっさと席を立った。
「休憩終わり! また見たいところがあるんだから!」
 そう言うと、ヒノエが立ち上がるのも待たずにカップを返しに行ってしまった。
 望美があんな行動をとったのはもちろん照れ隠し。彼女の可愛らしい様子に、ヒノエは喉の奥で笑いながら、後姿を追いかけた。
「ホント、望美といると退屈しないね」
 その呟きを聞きつけたのかどうなのか、望美のヒノエを急かす声が聞こえる。
「ヒノエくん? 早く〜!」
「ふふっ、今行くよ」

 

〜あとがき〜
 2006年11月にありました遙かのオンリーイベントで無料配布冊子としてお配りした作品です。
 イベント前のゴタゴタで、原稿出力後にデータをポイしちゃって、今ごろ打ち直してアップしてます(苦笑)
 同じテーマで友あかも書いたのですが、よろしければそちらも読んでいただいて、同じステージでそれぞれバカップルする連中を感じていただけたら嬉しいです。

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