あまいものはお好き?

 久しぶりにケーキなんて作ってみようかなと思ったのは、幼なじみから言われた一言が原因だった。
『手作り〜? やめとけやめとけ。ヒノエもせっかくこの世界に慣れてきたのに、今さらお前の料理で腹壊したら可哀相だろ?』
『そっ、……別に、そんなにヒドくないもん!! ねぇ、譲くんっ?』
『………………。ええと……そうですね』
 視線を逸らし気味で生返事をする譲を思い出して、望美はムッとした。
『そんなことないもん! 私だって頑張れば、おいしいケーキの一つや二つ!』
 まぁそういうわけで、唐突にケーキなんぞ作っているわけである。
 それにもうすぐバレンタインだ。とびきりおいしいチョコレートケーキを作って、ヒノエを驚かせたいと思うのは、年頃の乙女としては当然の心理だろう。
 だが、いきなりチョコレートケーキではハードルが高すぎる。思い返せばショートケーキでさえ作った事がないのだ。作った事のあるケーキといえばホットケーキくらい。いくら望美でも、それを指して「ケーキ作った事ある」とは公言できないのだった。
「……こんなもんかな?」
 ボールの中の生地の具合を見てみる。けっこうイイ感じな気がするんだけど。
 ちょっと緊張しながらケーキの型に生地を入れる。予め温めておいたオーブンに入れて蓋を閉めると、ちょっと安心して大きく息を吐き出した。
「ふぅ。あとは焦げないように気をつけないとね」
 それが一番失敗してしまいそうな事なので、望美は念のために、焼き上がり時間の10分前にタイマーをセットしておいた。
 もう使わない器具を洗って片付けてから、デコレーションの準備をする為にイチゴを洗ったり切ったりしていく。
 あんまりやらない作業だったからか、思ったより時間がかかって、生クリームを泡立てる前にタイマーが鳴った。
 それまでちょくちょくチェックをしてはいたが、今が一番ちょうどいいキツネ色。
「え〜っと確か〜、焦げないようにする為にはアルミホイルを〜……」
 お菓子作りの本に書いてあったことを思い出しながら、アルミホイルをケーキの上に被せる。
 オーブンを開けた拍子にケーキが焼けるいい香りがして、望美は顔をほころばせた。
「私だって、やればできるじゃない」
 最後までちゃんと出来たら、隣の家の野郎どもに突きつけて自慢しよう。
 そう心に決めて、望美はケーキ作りを再開した。
「あ。ハンドミキサーしまっちゃった……」
 これから生クリームを泡立てようというところで、小さな失敗を見つけてため息を零す望美。
 でも泡だて器でやってもいい訳だし。望美は即座に気を取り直すと、泡だて器を手に生クリームに向き直った。幸い腕力も持久力もある。生クリーム恐れるに足らず。
「……でも……けっこう……大変だ……なっ!」
 泡だて器の回転にあわせて呟く望美。かなり一生懸命に泡立てていたから、ふいに背後に現れた気配に気づかなかった。
「へぇ、何が大変なんだい?」
「うん、これが……ね。って、えっ!? わっ!! ヒノエくんっ!!」
 普通に相槌をうちかけて、母じゃない事に気づいて望美は仰天した。
「どどどどどうしたのっ!?」
「別に? 姫君の顔を見たくて来ただけだけど? ふふっ。そんなに慌てて、もしかしてオレは、来ちゃいけないところに来ちまったかい?」
「そ、そんな事はないんだけど……。いつの間に? 全然気がつかなかった」
「ついさっき。ちゃんとチャイムも鳴らしたし小母さんが出迎えてくれたよ」
「………………そうなんだ」
 全然気がつかなかった。
 人知れずショックを受けている望美を現実に引き戻したのは、オーブンの焼き上がりを告げる音。
 チン。と鳴った音にはっとして、望美は生クリームのボールを置いて、オーブンに向かった。
「ごめん、ヒノエくん。ちょっと待ってて」
 気にするなとでも言うように手を上げるヒノエを横目に、望美はオーブンを開けた。
 はたしてケーキは無事に焼きあがっているようであった。
「やった!」
 歓声を上げながら、それでも念のために竹クシを通して中の焼き具合を確かめる。クシに生の生地がついてこない事を確かめて、ようやく望美は笑顔でオーブンから取り出した。
「なんだい、それ?」
 背後から覗き込んで、ヒノエが首を傾げる。
 望美の知らない所でこの世界の知識を次々学んでいくヒノエだが、まだまだ彼の知らないものは多いらしい。
「ケーキ、食べた事あるでしょ? それの中のスポンジ」
「ああ、あれか。へぇ、こんななんだね」
「上を平に切り落としてね、生クリームとかイチゴとかで飾り付けるんだよ」
「ふぅん。……って、切らないのかい?」
 切るどころか型に入れたままコンロの上に置き去りにする望美に、ヒノエが再び首を傾げる。
 その不思議そうな顔に小さく笑って、望美は生クリームのボールを抱えた。
「今切ったら柔らかすぎて、上手く切れないんだ。少し荒熱を取ってからにするの」
「へぇ、望美は物知りだね」
 いえいえ、実は本の受け売りですが。とは言わず。
「だからその間にね、生クリームを泡立てておくんだよ」
 と、手にした泡だて器で生クリームを泡立て始めた。
 望美の作業を、ヒノエは興味深そうに見ている。望美もだんだん熱中してくるので、キッチンにしばしの静寂が訪れた。
「……ふぅ」
 疲れたのでちょっと休憩。そんな感じで望美が腕を止めると、そのボールを横からヒノエに攫われた。
「ヒノエくん?」
「姫君は少し休んでいなよ」
 そう微笑んで、ヒノエは生クリームを泡立て始める。初めてやる作業なはずなのに、まるで菓子職人のように手馴れた感じで泡立てる。さきほど望美を観察してマスターしたのだろうが、まことにもって器用な男である。
「こんな感じでどうだい?」
 以前食べた生クリームの質感を思い出し、適度な所で手を止めるヒノエ。
 差し出されたボールから生クリームをちょこっとすくい取って、望美は笑顔を浮かべた。
「すごい。さすがヒノエくんだね。あ、でもあとちょっとだけ混ぜようかな?」
 口当たりはすごく滑らかになっていたけど、望美はヒノエからボールを受け取って、ほんの気持ち混ぜた。デコレーションも初心者だから、若干固めの方がいいかなと思ったのだ。
 やってやるという風に手を出しだすヒノエを断って、扱いやすそうな固さまで泡立てる。
 満足の行くところまで混ぜて、望美は人差し指でクリームをすくってヒノエに食べさせた。
「どう?」
「甘いね。いいんじゃない?」
「あ、ゴメン。ヒノエくん、甘いの苦手だっけ?」
 あんまりケーキを食べないヒノエを思い出し、望美は慌てて謝る。
「次はヒノエくんでも食べられるような甘さ控えめのケーキを作るからね」
 頑張って練習して、バレンタインには甘さ控えめ大人のチョコレートケーキを作ろうと思っているのだ。まだバレンタインの事は言えないけど、こういう約束はしておきたくて。
 にこりと微笑む望美に、ふいにヒノエはにやりと笑った。
「……別に、甘いものは全部苦手なわけじゃないぜ?」
「えっ?」
「甘いものだって、大好きなものはいくらでもあるって事だよ」
 そう言って、ヒノエは首を傾げている望美の頬に口付けた。そして、唇にも。

汐さんからの頂き物vv

 唇を啄ばむようなキスを残して離れると、怒ったような望美の顔があった。
「ヒノエくん! こんな所でなにするのよ!!」
「何って、お前の甘い頬や唇を味わっただけだよ」
「だっ、だからって、こんな所ですることないでしょ──!!」
 ヒノエとしては背後の気配確認は怠らなかったのだが、どうやら彼女は開放空間で口付けた事が気に入らなかったらしい。
「ヒノエくんのバカ! バカバカ!!」
 泡だて器を振りかざして自分をぶとうとする望美に、ヒノエは思わず苦笑を漏らす。
 彼女はいつまでたっても初々しく、それがもどかしくも可愛らしい。
「ほら望美。生クリームが落ちるから」
 そう宥めても、軽くパニックにある望美には聞こえてないようだ。

 結局、この時に作られたケーキは、罰としてヒノエには振舞われなかった。
 だが後日、好きな人に贈り物をする某日には、ヒノエは甘くないケーキと、「甘い」口付けを貰ったのだった。

 

〜 あとがき 〜
 昨今バレンタインなんてのは年々縁薄いものになっております(爆)
 精々あげるのは父親と会社の上司くらい? 学生時代は「友チョコ」と称して色々味見&チョコの交換をしまくりましたが、最近では自分の為にもあんまり買わない。
 おいしいチョコは「大」がつくほど好きなのですが、どうも売り場が混んでいるのがダメらしいですよ。
 でも最近はコンビニでも質・安さ・ラッピングが合格ラインのチョコがたくさん置いてあってありがたいですね。

 挿入画は、汐さんより頂いたイラストですvv

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