清涼なる場所へ
「あ〜。あつい〜」 宿の濡れ縁に寝転んで、望美は呻くように気持ちを吐露した。 熊野の夏は暑くて、この世界に来て久しいとは言え、クーラーの恩恵に与ってきた女子高生にはやはりキツかった。 だから風通りのいい日陰の濡れ縁で、堪え忍ぶように時間を過ごしているのだけど……。 「せめて熊野川が通れるようになればなぁ〜」 この暑さでもやる事があれば、望美は普通に活動する。……のだが、今現在目的地の方向が封鎖されているのだから仕方がない。 目的地である熊野本宮がすぐそこなのに、ただ待つしかないというのが、望美を暑さに負けさせている主な原因だった。 「おや〜? 望美ちゃんもダレてるね〜?」 「!!」 突然声をかけられて、寝転んでいた望美は慌てて起き上がった。 あせあせと乱れた髪などを直しながら声のした方向を向くと、そこには景時の姿が。 「か、景時さん」 「ごめんごめん。驚かせちゃったみたいだね」 「そんなことは……」 無い。と言いたい所だが、みっともなくゴロゴロしていたのは残念ながら事実。望美はかすかに頬を染めて俯いた。 「隣、いいかい?」 「あ、はい。どうぞ」 「ありがとう。そんな優しい望美ちゃんに、ハイ、お裾分け」 「……?」 景時から手渡された物を受け取ってみると、それは竹で作った器だった。中を覗き込むと、水らしき液体の中に透明な固体が一つ。 「あっ、氷だ!」 「ご名答〜」 「夏なのにどうして……」 冷凍庫もないこの世界に、夏なのに氷がある事に望美は驚いた。 「うん、さっきヒノエくんが、氷室から氷を切り出してきたんだって。オレも暑くてさ〜、冷たい水が欲しくて厨へ行ったら、丁度良いところに鉢合わせたみたいでね」 毎日暑くて参っちゃうよねぇ。などと言いながら、景時は氷水をにこやかに望美に勧めた。 この暑い日によく冷えた水。それはとても嬉しいのだけど……。 「あの、でも……これは景時さんのなんじゃ……?」 景時の手が空な事に少々戸惑って、望美は景時を伺う。 すると景時はパタパタと手を振って、気にするなと笑った。 「オレは厨で一杯飲んで来たんだよ。だからこれは望美ちゃんに」 再びどうぞと勧められ、望美は恐縮しながらやっと口をつける。 「おいし〜」 現代と違ってこの世界は水もおいしい。こんな暑い日なら、そう思う気持ちも倍になる気がした。 「あはは、だよね〜」 生き返ったような望美の笑顔に、景時もつられて笑う。そしてその場にごろりと寝転んだ。 「あ〜。ここ割と涼しいね〜。望美ちゃん、イイ場所見つけたね」 吹き過ぎる風が、二人の髪を優しく揺らす。 望美は冷たい水を氷ごと飲み終えてから、器を床にそっと置いた。 「ご馳走様でした」 「どういたしまして〜」 そう頬笑む景時は、清涼な風にご機嫌に伸びをする。 「ふふっ、景時さんってば、犬みたい」 「えっ、何で?」 「犬とか猫とかって、涼しい場所を探すの得意だから」 「そういえばそうだね〜。あ、でもそんな事言ったら、オレより先にこの場所にいた望美ちゃんは?」 「う〜ん、じゃあ、猫って事で」 望美がそう答えると、景時がぷっと噴き出した。笑う景時に望美も笑う。 「景時さんって、暑いの苦手なんですか?」 「うん、苦手だね〜。なんで夏ってあるんだろうね〜。いや、キライじゃないんだけどさ〜こう氷みたいに溶けちゃいそうな暑さはツライよね〜」 景時は、なんだか現代人のような事を言ってため息をつく。 「それでも今は熊野にいるから、まだ涼しいよね」 「京都は盆地ですからね」 「そうなんだよ〜。だからオレさ、夏は毎年邸に籠もって、ひっそりこっそり過ごす事にしてるんだけど……」 「……景時さん、親父くさいですよ」 思わずツッコミを入れると、景時は「えっ、そう!?」とショックを受けたような顔をして、やがてうなだれた。 「あ〜、やっぱそうかな〜。そうやって夏を過ごしてると朔も怒るんだよねぇ」 その光景が容易に浮かんでしまい、望美は噴き出した。 「笑うなんてヒドイな〜。でもさ、夏って何をするにも余計に体力使う気がしない?」 「それは……まぁ、そうですけど……」 「でしょ!! でも朔にはみっともないって怒られるし、九郎には弛んでるって怒られるし……。はぁ〜、早く夏が過ぎてくれないかなぁ……」 結構本気で困っているらしい景時に、望美はさっきから笑いを堪えるのが大変だった。最後の言葉と共にため息がつかれた瞬間、我慢も限界になって笑いだす。 「……笑い事じゃないんだよ〜?」 「ふふふっ。ご、ごめんなさい。でも本気で困ったような顔するんだもん!」 「だってさぁ、九郎なんて、なんでそんなに元気なんだろうってくらい元気なんだよ?」 「きっと『日頃の鍛練の賜物だ』とか言いますよ」 「……もう言われた」 「やっぱり!」 何だかツボにハマったらしく、二人はひとしきり笑う。もしかしたらどこかで九郎がくしゃみをしているかもしれない。 「あはははは……もぅ、面白いなぁ!」 「あ〜。笑ったらますます暑くなっちゃったね」 「本当ですね。せっかく氷水おいしかったのに、全然効果が無くなっちゃいました」 「あはは。あ、じゃあさ、今からどこかで川遊びでもしない?」 「それいいですね! 海だと遮るものがないですし、日焼けしちゃう」 「さすが猫の望美ちゃん。わかってるね!」 森の中を流れる川ならば、木陰で涼める場所があるだろうと景時は破顔した。 「どこかイイ場所知ってます?」 「お任せあれ〜ってね。この辺りの清涼場所はばっちりだよ!」 「やった! じゃ、犬の景時さんにお任せします!」 「御意〜」 そうして望美と景時は連れ立って、涼しい場所を求めて歩きだしたのだった。 まだ日も高い、ある夏の日の出来事──。 |
〜あとがき〜 にじいろ歌留多参枚目に投稿した駄文。 会報の編集作業やら秋の新刊の話やら〜ってテンバッテたから、今回は投稿お休みかなとか思ってたのに、いきなり安産しました(笑) いや〜それにしても〜、今年の夏も暑くて暑くて死にそうでした。今年は猛暑になるとか関係ないです。私は暑いのが苦手です。 そんな暑さから逃げる気持ちが、せめて脳内だけでも涼しくなろうと思ったらしく、涼しい場所を求めた作品を書いてみたのですが……結局暑さを強調しただけでした(爆) この話を読んで暑くなった方がいましたらもめんなさい。読んでくださってありがとうございました。 それにしても、久しぶりに景時さんを書けて和んだ〜。 |
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