+ WARNING! +
この話はパラレル設定です。
望美とヒノエが同学年で、学園話となっておりますので、
苦手な方はご注意下さい。

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秋色写真

 学生の秋というと、一年で一番イベントが集中している時期ではないだろうか。
 体育祭に文化祭、合唱コンクールや芸術鑑賞会。学校によっては修学旅行などもある。そして最後に実力テスト……はいらないイベントだけど。
 その中で一番のイベントといえば、やはり文化祭ではないだろうか。夏休み前から準備を始め、いざ始まってみればあっという間。だからこそ印象深いのかもしれない。
 その本番を一時間後に控え、望美はクラス衣装に着替える為に鏡の前で奮闘していた。
「望美―。まだ〜?」
「う〜ん、もうちょっと待って〜」
 鏡にへばりついて離れない望美に、クラスメイトが呆れ気味の声をかける。
「早くしないと始まっちゃうよ〜?」
「う〜ん、もうちょっと〜」
 生返事ばかりで、やっぱり望美は動こうとしない。
「もう! 私達先に行くからね!」
「えぇ! そんなぁ!」
 待ってと懇願する望美に手を振って、クラスメイト達はさっさと教室に戻ってしまった。
 更衣室代わりの被服室で、望美は一人取り残され頬を膨らませる。
「もぉ! 一人にするなんて皆ヒドイよ!」
 プリプリしながらも、鏡に向き直って髪の毛いじりを再開した。でも望美はけっこう不器用なので、なかなか終わらない。
「帯やリ直すのも、手伝って欲しかったのにな〜」
 何とか頭を及第点にセットすると、望美は立ち上がって鏡に背を映した。その背には可愛く結われた帯がくっついている。
 そう、望美は今、浴衣を着ていた。クラス衣装がなぜ浴衣かというと、話は簡単。望美のクラスは文化祭で和風喫茶を出店するからだ。和の雰囲気を出すために、男子も女子も全員が和装を着る事になっていた。
「う〜ん、私一人じゃ直せないよなぁ〜」
 キレイに結われた帯は、友達がやってくれたものだ。その友達は先ほど教室へ戻ってしまったからいない。
 一応今のままでも崩れたりはしていないのだが、髪をセットするのに奮闘していたら、その間に少しばかり緩んでしまったように思えてならないのだ。
 ……かといって、自分だけでは直せない……。
 望美が唸っていたら、被服室のドアをノックする音が聞こえた。望美が振り向くと、半分開いたドアにもたれるようにして立っているヒノエの姿が。
「ヒノエくん! どうしたの?」
「ふふっ、お前が遅いから気になってね。もうすぐ開店しちまうしと思って迎えにきたんだよ」
「あっ、ごめん! もうこんな時間なんだね」
 文化祭開始時間まであと二十分もない。かなり時間を使ってしまったようだ。
 仕方ないが、帯の事は諦めよう。後で友達にあったら、教室の隅でこっそり直してもらえるかもしれないし。望美は気持ちを切り替えた。
 が、被服室を出ようとする望美の前で、ヒノエはドアを閉めてしまった。
「? どうしたの? 教室戻るんでしょ?」
 首を傾げる望美。
 ヒノエはドアに背を預け、きょとんとしている彼女を眺めながら笑みを浮かべた。
「迎えに来たってのは建前でさ、本当はお前の浴衣姿を一番に見たかったから来たんだよね」
「い、一番に……って、友達と一緒に着替えたんだから、もう見てる子たくさんいるよ? それに、浴衣なら前に何度か見てるじゃない」
 ヒノエの流し目にドギマギしながら答えるも、目の前のヒノエはわざとらしくため息をついて肩をすくめた。
「望美は男心が解ってないね。一番に見たいっていうのは女子の事じゃない。男子の中で一番って事さ。今日はお前の艶姿が他の野郎にも見られちまうからね、せめてその一番でいたいってオレは思っていたのに。なのに、望美はオレにそんな冷たい事を言うんだね」
「あ、艶姿って……」
 大袈裟に項垂れてみせるヒノエに、望美はますますドギマギしてしまう。
 このままでは何だかよくわからないけど流されそうで、それがちょっと癪に思えて望美は反撃した。
「っていうかココ、女子の更衣室なんだけど」
「ここのドア、さっきから開いてたぜ? 着替え中の女子がいるのに開きっ放しなんて事は無いだろうと中を窺ったら、中に居たのはやっぱりお前だけだったしさ」
「う、そ、それにホラ、早く行かないと始まっちゃうよ?」
「あと五分くらいなら大丈夫さ。……ねぇ、お前はオレと二人きりになりたくなかったのかい?」
 真っ直ぐに是非を問われ、望美はうっと詰まる。そういう風に直球で聞かれたら、嫌だなんて答えられる訳がない。
 ちらりと壁掛け時計に視線をやる。ヒノエの言うとおり、あと五分くらいなら、ギリギリ大丈夫そうだ。
「どう?」
 にやりと笑みを浮かべるヒノエに、何だか無性に腹が立つ。
 問いかけに是と答えるのが悔しくて、望美はそれを行動で示した。ヒノエの腕の中に飛び込む。
「おっと。……ふふっ、姫君は時々すごく大胆だよね」
 腕の中に望美を収め、ヒノエの瞳が幸せそうに細められる。その嬉しそうな顔を見て、望美もようやっと膨れ面をやめて笑った。
「いいね。お前の花の笑顔と艶やかな浴衣。……それ、この間着ていた奴と違うね」
「うん。どうせなら違う柄の浴衣を着てみたいと思って、友達と交換したの。……へ、変かな?」
「そんな訳ないだろ? 前の紅色もよかったけど、その紺の着物と山吹の帯もいいね。お前の白い肌には、濃い色がよく映えるから」
「あ、ありがとう……」
 ヒノエの賛辞に、望美は照れながらも嬉しそうに笑う。こんなヒノエの顔が見られるなら、友達の浴衣をとっかえひっかえして選んだ甲斐があったというものだ。
 照れる望美の様子に愛しさが募り、ヒノエも彼女を抱く腕に力を込める。自然と二人の顔が近づいて──。
「ま、待って!」
 唇が触れる直前。望美の手が無粋に割り込み、ヒノエの口を塞いだ。
「…………何?」
 いい所を邪魔されて、あからさまに不機嫌な顔をしてヒノエ。
「ご、ごめん。私今口紅塗ってるから、キスはできないんだった。ヒノエくんに口紅が付いちゃう」
「いいよ、そんなの」
「良くないよ! ヒノエくんの唇に口紅が付いてたら、私たちが何してきたのか皆にバレちゃうじゃない。そ、それは恥ずかしいよ」
 口紅は拭いてもキレイに落す事ができないし。化粧落しは友達が持っていってしまったろうし。
 その紅を引いた唇が必死に訴えるが、いつもより艶やかな唇を見せられては、誘われているようにしか見えないんだけど。
 ヒノエは仏頂面でしばらく沈黙したのち、ため息をついて顎にかけていた手を離した。
 わかってくれたかと望美は安堵して、ヒノエの手に自分の手を重ねる。
「ごめんね。……文化祭が終わったら……しようね?」
「ふふっ、お前の方からそんな事を言ってくれるとはね。了解、放課後まで我慢するよ」
「うんっ、ありがとうっ」
 だからそんな弾けるような笑顔を見せられては、ますます口付けたくなってしまうんだけど。
 ヒノエは苦笑しながら、ふと思いついて瞳を輝かせた。
「じゃぁ、キスの代わりに……」
「えっ? 何? わっ!」
 重ねていた手を握られて引かれ、望美は前につんのめる。ヒノエは彼女の浴衣を腕まくりし、白い二の腕に唇を寄せた。
「あっ!」
 内側を強く吸われて、くすぐったさに望美が身を竦ませる。
 ヒノエの唇が離れた後には、赤い花のような所有印が腕に咲いていた。
「ん。上出来」
「ちょ、ちょっと! 何キスマーク付けてるの〜!」
 満足げに微笑むヒノエに、望美は泣きそうな悲鳴を上げる。これはある意味ヒノエが口紅を付けているより恥ずかしい。
「何って、見ての通りさ。ちゃんと見えない場所につけたんだし」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「恥ずかしいなら必死に隠しなよ。そうすれば、お前が他の男の前で腕をさらす事もないし、オレも万々歳だね」
「ちょっと〜!」
 それが目的か。もし袂が邪魔だったら襷をしようと思っていた望美はがっくり肩を落とした。
 泣いても喚いても、つけてしまったキスマークは消えない。
 フツフツと怒りが湧き上がってきて、望美はヒノエに一撃くれてから腕の中から抜け出した。
「イテッ」
「悪い事するからでしょ! ヒノエくんなんかもう知らない!!」
 そうして望美は、ヒノエの横を通過して外へと行ってしまった。
 教室に向かう後姿を見ながら、ヒノエはため息をつく。本当に男心がわからない姫君だ。
「……首筋にでも付けておけばよかったかな」
 それなら、もしかしたら望美は文化祭をバックレてくれたかもしれない。
 きっとものすごく怒るだろうけど。
 その光景が簡単に想像できて、ヒノエは苦笑したのだった。




(──だから、嫌だったんだよね)
 クラスで接客する望美を見ながら、ヒノエは眉を寄せた。
 視線の先では、望美と他校の男子高生達が親しげに笑いあっている。聞こえる単語から推測するに、中学の時の同級生らしい。
 男子高生達が口々に言う『変わったな』とか『浴衣いいな』とかの賛辞を、きっと望美はそのままの意味で受け取っていることだろう。男子高生達の隠れた感情には気づいていないに違いない。
 浴衣を誉められたのが嬉しかったのか、望美がくるっと回って帯の結びを見せたりしている。
(そんなサービスしなくていいんだって)
 男子高生達は浴衣を誉めたんじゃなくて、浴衣を着ている望美を誉めたんだろうから。
 同じ男として気持ちがわかる分、ヒノエはイロイロ気が気ではない。
(独占欲なんだって、解ってるけど。だけど……)
 自分の彼女が他の男に賞賛されている光景を見て、嬉しく感じる男はいないはずだ。
「望美!」
 無邪気な望美に僅かに怒りを覚えつつ、ヒノエは望美に近づいて声をかけた。会話を割っているのは承知の上。ヒノエには時間がない。そろそろクラスを離脱する時間なのだ。
「あ、ヒノエくん!」
 振り向いた望美が何とも嬉しそうな笑顔を浮かべる。それを見て、ヒノエは少し溜飲を下げた。
「オレ、これから委員会の当番に行ってくるよ」
「わかった、いってらっしゃい。待ち合わせは二時に体育館前でいい?」
「ああ解った。じゃ、楽しみにしてるぜ?」
 最後に手を一瞬握って、ヒノエは望美から離れた。その去り際、ちらりと男子高生達に冷ややかな視線を投げる。望美は気づかないだろうが、こいつらならこれで気づくだろう。
 案の定、背後で『今の、彼氏?』なんて会話が始まって、ヒノエは内心でザマアミロと舌を出した。ガキくさいと笑うなら笑え。こっちは形振り構っていられないほど、望美に惚れているんだから。




 文化祭も終わりの時間が見え始め、賑わいも少しずつ落ち着いていく。
 日も大分傾き、刻一刻と赤い色が強くなっていく時分。
 望美はヒノエの姿を探し、校舎の端の方に位置する教室へ向かっていた。
「……ヒノエくん?」
 教えられた教室の入り口で、望美は恐る恐る中を窺う。
 文化祭では使われていないはずの教室。電気もついていないこの教室には、一足先に夕闇が訪れていた。
 こんな所に本当にヒノエがいるのだろうか?
 そう思いながら教室の中を覗くと、窓近くの机に座っていた人物が振り返った。
「望美。どうしたんだい?」
 夕日の赤に染まった髪。端整な顔には影がおりていて、いつも以上に色香を漂わせていた。
 その様子にドキリとしながら、望美はおずおずと教室の中に入っていく。
「どうしたのはこっちの台詞だよ。急にいなくなるんだもん、探しちゃったよ」
「ああ、悪かったね。ちょっと一人になりたくてさ」
「……どうかしたの?」
 静かなヒノエの様子に、望美は眉を寄せる。何だかちょっと落ち込んでいる……?
 ヒノエは望美の問いかけには答えず、微笑んで望美を手招きした。そして自分の足の間を指して、ここに座れと示す。
「?」
 何だかよくわからないまま、望美は指示通りヒノエの足の間に腰を下ろした。背後からヒノエの腕が伸びてきて、当たり前のように望美を抱きしめた。
「ねぇ、どうしたの? 何かあった?」
「ふふっ、望美はするどいね。オレの異変を一番に気づくのは、やっぱり望美なんだね」
「話を逸らそうとしてもダメ。ね、よかったら私に話してよ。力になれるように頑張るからさ!」
 静かなヒノエを元気付けようとしているのか、望美はいつも以上に明るく振舞う。
 それが堪らなく愛おしくて、ヒノエは望美の首筋に顔を埋めた。
「大した事じゃないよ。自分のガキっぽさに、ちょっと呆れてるだけ」
「ガキ……って、ヒノエくんが?」
 一体、このヒノエのどこがガキなのだろう? いつも自分を翻弄し、恋に関してもそれ以外でも、自分より一枚も二枚も上手なこのヒノエの。
「ね、どこがガキなの?」
 心なしか嬉しそうに、望美が問いかける。きっとヒノエの子供っぽい所を知りたくてうずうずしているんだろう。
 そんな彼女にヒノエの顔から苦笑が漏れる。
「ねぇ、オレは望美の何だい?」
「えっ?」
 また話を逸らすつもりかと思ったが、ヒノエの表情を見て望美は違うと思った。
「何って、ヒノエくんは私の彼氏でしょ?」
「そう……そうだね。ふふっ、その通りだ」
 ヒノエが襟元でくすくす笑うから、くすぐったくて望美はちょっと首を竦める。だが同時に心地よくもあって、望美もヒノエに頬を寄せた。
「ね、望美。お前が好きだよ」
「私も、ヒノエくんが好き」
「本当に?」
「うん。当たり前でしょ?」
「……オレが、何でもかんでも嫉妬ちを妬く、独占欲の塊みたいな男でも?」
「えっ!?」
 ヒノエの紡いだ言葉に、望美はびっくりして振り向く。
 振り向いた事で出来た距離の向こうで、ヒノエは情けないような笑みを浮かべていた。
「嫉妬ちって……私何かした?」
 全然心当たりの無い望美は、心底戸惑ったように聞く。
「そうだね、強いて言えば浴衣を着ている所かな」
「は?」
 望美の瞳が一層丸くなる。そんな彼女の反応を見れば見るほど、ヒノエは自分が情けなくなった。
「そんなに驚かないでもらえるかな? 自分がいかにガキか、思い知らされる」
「ご、ごめん。……っていうか、何だかヒノエくんと結びつかなくて……」
「ふふっ、まぁいいよ。浴衣の望美を見てた他の野郎に対して、オレが勝手に嫉妬ちを妬いてるだけだしね」
「も、もしかして、同級生と話してた時の事が原因……とか?」
「それもあるよ。要はお前の普段とは違う姿を、できれば独り占めしておきたかったって事さ。お前の全てを知っているのは、オレで在りたかったんだよ」
 望美は心底びっくりしていた。ヒノエがこんなに強い想いを、自分に対して抱いていたなんて。
 でも、それはちょっと……。
「望美……?」
 呆然とした風に自分を見つめる望美に、ヒノエが首を傾げる。
 望美は不意に、ヒノエに抱きついた。
「の、望美っ?」
「それはちょっと……いや、かなり嬉しいかも」
「えっ?」
「だって……。むしろ私の方が、ヒノエくんに翻弄されてると思ってたから」
 だから、ヒノエが自分に嫉妬ちを妬いて、一人でヤキモキしていると知って嬉しかった。
 ふと、望美は朝の出来事を思い出した。
「ヒノエくん、朝の事覚えてる?」
「朝?」
「うん。……放課後になったらキスしようねって事」
「あっ」
 言われてヒノエは思い出した。望美は特別な約束をくれていたのに、ここまで嫉妬した自分がちょっとどころではなく情けない。
「ね、キスしよう? 今だったら、どうせ後はホームルームやって帰るだけ──ッ!」
 望美の台詞は最後まで紡がれる事なく、ヒノエによって途中で奪われた。
 深い口付けに瞬間的に身を引くも、すぐに情熱的に受け入れる。
 何度も唇を重ねて、やがて熱い吐息を漏らしながら二人は離れた。
「……もうちょっと、落ち着いてキスしたかった」
 頬を染めながら、仏頂面で望美がヒノエを見上げる。
 奪ってしまったヒノエは苦笑した。
「それは仕方が無いな、お前があまりにも可愛い事を言うからさ」
「だって──私だって、ヒノエくんとキスしたかったんだもん」
「ふふっ、そんなに誘惑の言葉を言わないでくれるかい? また口付けたくなる」
「いいよ。……もう一度」
 そう言って、望美は瞳を閉じた。
 思わぬ台詞にヒノエは再度驚かされたが、やがて笑みを浮かべて唇を近づけた。──今度は彼女が望むように、ゆっくりと。
 夕日の紅で染まった世界に、二人のシルエットだけが浮き上がる。
 それはまるで、一枚の写真のようだった。

 

〜あとがき〜
 アンジェ雅にて、新刊の「Felix Culpa」をお買い上げくださった方に、無料配布として先着順でお付けしていた話です。
 本当は新刊の中に収録しようと思っていたエピソードだったのですが、その季節が来る前に話に決着がついてしまって、収録できんかったとです(苦笑)

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