ふゆのさきぶれ
ある日の学校が終わると、一件のメールに気付いた。 その差出人は望美が一番連絡を待ち望んでいた人からのメールだったから、内容を読むなりすぐ帰路に着いた。 掃除当番まで代わってもらったなんて言ったら、彼の人は笑うだろうか? 笑うかもしれない。だって掃除は20分もかからない。 でもそんな時間さえ、今の自分は待てない。だって本当に待ち遠しかったのだ、彼からの連絡が。これから彼に会えることが。 「早く〜。早くきて〜っ」 10分ちょっとの間隔でくる江ノ電にも、今日ばかりはものすごく不満だ。 電車の中でも始終そわそわしていて、駅のホームに降り立つなり彼の携帯に電話をかけた。 『──もしもし? 望美?』 「ヒノエくん!」 久しぶりに聞いた彼──ヒノエの声に、望美の声が弾む。 その声の様子から、望美の顔がご機嫌だと容易に想像できるのだろう。携帯の向こうから忍び笑いが聞こえた。 恥ずかしさに顔を赤らめながら、それでも望美の顔はゆるみまくりだ。 「おっ、おかえり……っ」 『ふふっ、ただいま。今ドコだい?』 「さっき電車降りたところ!」 『迎えに行こうか?』 「えっ? あっ……ううん、いいよ。疲れてるでしょ?」 かなり後ろ髪を引かれながらもそう答える。駅から有川家なんてすぐだ。彼にわざわざ来てもらわなくても、自分が早く歩けばいいのだから。 『そうかい? ならオレはお前の家の前で待たせてもらうよ。今、お前の母上に挨拶してたんだ』 「家の前? いいよ、寒いから家の中に入ってて?」 『そんな気遣いは無用さ。オレがそうしたいんだからさ、ね?』 「……うん、ありがとう」 もしかしたら彼も自分と同じで、早く会いたいと思ってるのかもしれない。そう思って、望美はほんのり頬を朱色に染めて微笑んだ。 それを肯定するかのように、携帯の向こうのヒノエが優しげな吐息をもらす。 『ふふっ、お礼を言う必要なんてないよ。それより、寄り道なんかするんじゃないぜ? じゃないとせっかくの土産がなくなっちまうからね』 この状況で誰が寄り道なんかできるというのだろう。望美は打てば響くように元気に応えた。 「しないよ! 掃除代わってもらって急いで帰ってきたんだからっ。……って、アレ? 今回のお土産って食べ物か何かなの?」 異世界へ戻るたびに故郷の土産を持ってきてくれるヒノエを思い出し、望美は疑問を口にした。 が、ヒノエは「掃除を代わってもらった」という部分に笑っていて、望美の質問に答えるどころではないようだ。 「もぅ! 笑うなんてヒドイよ!」 『わ、悪い……くくっ。……いや、それだけ早くオレに会いたいと思ってくれたなんて光栄だね』 うっかり滑った自分の口を呪いながら、望美は唇を尖らせる。 「……それで、私の質問には答えてくれないの?」 ついつい声が刺々しくなってしまうのは照れの裏返し。 『ふふっ。オレよりお土産の方を気にしてる姫君には、教えてあげない。帰ってからのお楽しみだね』 そんな望美の気持ちなんてヒノエはお見通しだから、特に気にした風もなく携帯の向こうで悪戯っぽく言った。 いつでも自分の気持ちを汲み取ってくれる彼に嬉しくなって、望美もくすくす笑いながら答える。 「あっ、イジワルするんだ〜」 『意地悪なのはどっちかな? まぁ、駅からならそんなにかからないだろ? あと少しの辛抱だよ』 他愛のない会話が楽しい。ヒノエと話しているというだけで、心が温かくなっていく。 そして早く彼に会いたい。声だけじゃない、彼の全てと。 「ヒノエくん!」 ほとんど小走りで道を曲がると、見慣れた自分の家と、その門前に立つ長身が見えた。 望美の声に振り向いたヒノエが、携帯を仕舞いながら片手を上げて応える。 その彼に向かって、望美は小走りな速度のまま腕の中に飛び込んだ。 「おっと。ふふっ、おかえり、望美」 抱きついてきた望美を受けとめ、ヒノエが腕に力をこめて抱きしめる。 そのたくましい抱擁を堪能するかのように、望美は彼の胸板に頬を寄せうっとりと目を閉じた。 「ただいま。あと、おかえり」 「ああ、ただいま」 もうすぐやってくる冬を思わせるように吹く風は、冷気をたっぷりと運んでくる。それでも抱き合う恋人達にとっては、気になるものではなかった。 別れていた時間を埋めるかのごとくぬくもりを確かめ合って、そして顔をあげる。 ヒノエの顔を見上げたら、焦がれてやまなかった彼の笑みにぶつかって、望美は顔を赤らめた。 「そっ、そうだ。そういえば、電話で言ってたお土産はっ?」 自分から抱きついたくせに急に恥ずかしくなって、望美はヒノエから離れつつ雰囲気を変える話題を口にした。 が、無論それを許すようなヒノエではなく、望美が脱出する前に腕に閉じ込め、悪戯のように笑った。 「ふふっ、姫君はつれないね。オレよりお土産の方が気になるなんて。そんな意地悪をしてオレを焦らしたいのかい?」 「や、あの、その……焦らしてなんか……。ホラ、ここ外だし、ね?」 恥ずかしそうに身を縮こまらせて、望美が上目遣いに訴える。 その可愛らしい仕草にヒノエは愛しさを煽られつつも、ふと何かを思い出してあっさり腕を解いた。 「まぁ、そうだね。愛を確かめ合うなら、人目が無い場所がいいね。それにお前の帰りを待ってたのはオレだけじゃない」 「えっ?」 他に誰かいるのかと首を傾げた望美は、ヒノエの示す先にあったモノを見留めて歓声を上げた。 「あっ! 雪うさぎ!」 日差しを反射してきらめくのは、雪で作られた冬うさぎ。 「なんで、雪……」 いくら冬が近いからといって、こちらではまだまだ雪は降らない。そして『お土産』と言うからには、このうさぎは熊野の──。 「ああ。ついこの間、熊野では初雪が降ったんだ。少しだけどね」 望美の思考を察して、ヒノエが頷く。おとなしく門柱の上でお座りしていた冬うさぎを手に取り、望美の手の上に乗せた。 「お前が熊野の冬景色を見るのは、きっと来年になっちまう。だから、少しだけでもお前に届けたくてさ」 今はこの世界で生活をしている望美だが、高校を卒業したら異世界へ──彼の生きる世界へと時空を越える。 だが、その季節は春。そんな望美にヒノエは熊野の四季を少しでも伝えたかった。この世界と同じように、異世界の熊野もまた、息づいているのだと。そして望美を待ち望んでいるのだと。 ヒノエの深い思考が伝わったのか、望美がふわりと頬を朱色に染めて微笑んだ。 「──ありがとう。嬉しい」 その幸せそうな笑顔が、彼女の熊野へ対する思いを物語る。 少しの異世界への不安と、新たな故郷になることへの大きな希望。 はかない雪で作られたうさぎが、望美の体温に僅かにずつ溶かされてゆく。それはまるで望美と溶け合っていく様で。 「ふふっ、冷たい。可愛いね」 うさぎの鼻先をつつきながら、望美は笑う。そしてうさぎに語りかけた。 「来年になったら、会いに行くからね?」 熊野の大地と、自然と、人々に。来年になったら会いに行く。とても緊張するけれど、とても楽しみだった。 「わっ!?」 背後からふいに力強く抱きしめられて、望美は目を白黒させた。 ヒノエに抱きしめられたのだと気付いたのは、彼の額が自分の後頭部にコツンと寄せられた音で。 「ヒ、ヒノエくん?」 「──好きだよ」 「えっ? い、いきなりどうしたの?」 「望美が、好きだ。愛してる」 「ヒノエくん? あ…の、ちょっと……」 耳元で愛を囁かれて、望美は驚きと照れにアタフタしてしまう。手に雪うさぎを持っているので、どう動いたらいいか迷ってしまい、結局彼にされるがままに体を預けた。 「私も好きだよ」 しばらくそのままヒノエに寄り掛かっていた望美は、手から零れ落ちた雫を見て身じろぎした。 「ねぇ、家の中に入らない? うさぎが溶けちゃうから、その前に写真撮ろうよ。できればお父さんにも見せてあげたいから、冷凍庫で冷やしたいし」 望美の明るい声に、ヒノエの腕がそっと解かれる。 「……お前は時々、オレの予想の遙か上をいく行動を取るね」 「えっ、な、何が? 私何かした?」 「……内緒」 「えーっ! ヒドイ! 教えてよ〜!」 「ダメ。……ふふっ、お前にどれだけ翻弄されているかを言わなくちゃならないからね。男としてちょっと情けない気持ちになるだろ?」 「何それ、ズルイよ! 私なんて、いつも……」 ごにょごにょと言葉を濁していく望美。いつも自分の方がヒノエに翻弄されているのだと、そう言いたいのだろう事は容易に想像がつく。 望美は知らない。自分がどれだけ彼女に夢中になっているか。 彼女から一言だって否定的な言葉を聞きたくなくて、熊野の季節を贈る事に人知れず緊張していた事も。 そして当然のように受け入れられて、思わず抱きしめてしまう程に嬉しかった事も。 故郷との別れを思うより、新しい世界への期待を持っていてくれた。真実自分を選んでくれたのだとわかったから、心が歓喜に震えたのだ。 ヒノエは僅かに拗ねた顔をしている望美の耳元に唇を寄せ、微笑みながら囁いた。 「望美、好きだよ?」 「…………ふふっ、私も」 睨めっこの引き分けの時のように、二人で同時に笑いだす。 そんな二人を見上げた雪うさぎが、首を傾げたかのように耳を揺らした。 |
〜あとがき〜 またまたまたにじいろ歌留多に投稿した作品。 元ネタは去年の冬のケン●ッキーのCMだったり。作品になるまで時間かかり過ぎです(笑)でも「早く帰ってこないと無くなっちゃうよ〜?」「えっ? 何かあるの?」というシーンが妙に気に入りまして、やっと完成させました〜。 そうそう、今回タイトルも困りました。基本的にネーミングセンスが欠落しているので、いつもいつも苦労するのですが……。はぁ、誰かネーミングセンス下さい(爆) あ! あと日本語についてのセンスも欲s(略 |
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