君のいる休日

 初夏の足音さえ聞こえてきそうな五月晴れの空のした、望美は景時の背にもたれながら簀子縁でまどろみの時間を楽しんでいた。
 西国統治の任に就いている景時が、今日のようにゆっくりと自由な時間を過ごせるのは久しぶりのこと。
 忙しい毎日の反動のように「今日は好きなことをして過ごす!」と宣言をした景時は、洗濯や書、読み物……など、趣味としていることを次々として過ごしていた。
 そして今は普段から愛用している術式銃の手入れをしている。銃の部品をバラして、一つ一つ丁寧に磨いていく景時の姿は、まるでおもちゃを手に入れた子供のようだった。
「ふんふふ〜ん♪」
 彼の広い背中を通してご機嫌な歌声、そして手入れ作業の振動が伝わってくる。景時は望美がさっきからうとうとしていることに気付いていて、邪魔をしないようにと動作を押さえて作業してくれていた。
 望美はそんな景時の気遣いに包まれながらまどろむ。やわらかな日差しと時折吹く風の心地よさも手伝って、それはまるで極上の揺りかごのようだ。
「よっ、ほっ、えぃ、よっ!」
 景時の体がわずかに傾ぐ。掛け声とその動きから想像するに、離れた所に置いた物を体を傾けないようにしながら手だけ伸ばして取ろうとしているのだろう。
 夢半ばにいたせいで、その景時の姿を鮮明に想像してしまった望美は、ついくすりと笑い声をもらした。
「あっ。ごめん、起こしちゃった?」
 悪戯が見つかった時みたいな景時の声。望美はまだ景時にもたれかかったまま、首を振って否定した。
「いえ、大丈夫です〜。うとうとしてただけだし」
「そう……?」
 首だけで振り返って伺い見てくる景時に、望美は身を起こして頷いてみせる。
 景時はよかったと微笑んで、銃の手入れを再開した。望美が身を起こしてくれたので、今度は体ごと手を伸ばして部品を手に取った。
 軽く伸びをして、望美は景時の隣に膝を抱えて座り直してみた。作業を再開する彼の横顔をじっと見つめる。
「…………景時さん、楽しそうですね」
「んー? そりゃね。こうしてゆっくり好きな事ができるのも、結構久しぶりだし」
 鼻歌まじりに作業しながら、嬉しそうに微笑む景時。その表情は今にも銃の部品やら磨き布を抱きしめてしまいそうな程に幸せそうだ。
 そんなにも心底幸せそうな表情をされちゃうと、ちょっと嫉妬しちゃうんだけど……。望美は自分以外を熱心に見つめる景時の横顔に、少しの悪戯心を芽生えさせながら思う。
「……そんなに好きですか? 銃の手入れ」
「うん、好きだよ」
「洗濯も?」
「そうだね。最近雨が多くなってきたし、こう晴れた日にたくさん洗濯できると、やっぱり気持ちがいいでしょ〜?」
「文字書いたり、本を読んだりもできたし?」
「うんうん! 好きな事するって、やっぱり楽しいよね!」
 望美の悪戯が始まっていることなどカケラも気付かず、景時機嫌よく頷く。希望どおりに会話を運べた望美は、内心でにやりと笑んで続けた。
「……じゃぁ、私は?」
「えっ?」
「私と過ごすのは、好きな事には入ってないんですか?」
「えぇっ!? そ、そんな事ないよ!!」
「そうですか? でも今日は、朝からずっと好きな事に夢中じゃないですか。……私よりも、そっちのが好きなのかなぁって」
 わざとらしい程に寂しげな顔をして、ため息をつく望美。景時は銃を取り落としながら慌てて否定した。
「そ、そんな事ないよ! や、やだな〜。俺の一番好きなのは……ッ!」
「…………」
「そ、その……好きなのは……」
「……好きなのは?」
 顔を上げた望美が期待に満ちた表情をしているのを見て、景時はようやっとこれが彼女の仕掛けた悪戯なのだと悟った。
「──あ〜、なんだびっくりした〜」
「あっ、ちょっと景時さん!?」
「も〜。望美ちゃんってば、びっくりさせないでよ〜」
 君に嫌われるような事したのかと思って焦っちゃったじゃない。などと安堵したように大きく息を吐き出す景時。
 見る間に緊張を解いてしまった彼に、望美は頬を膨らませて叫んだ。
「景時さんってば! 続きは〜!?」
「ありませんー。……望美ちゃん、この悪戯好きだね」
 そう、望美が景時に好きと言わせようとする悪戯は、今に始まったことではなかった。今までに仕掛けられた時の記憶を思い起こしながら、困ったものだと景時がため息をつく。
 指摘された望美は、不服を隠そうともせずに頬をより膨らませた。
「だって……景時さんに『好き』って言われるの、私すごい好きなんですもん……」
「それなら普通に言えばいいじゃない。わざわざ誘導しようとしてさー。こういう事されちゃうと俺、本当びっくりしちゃうんだから」
 勘弁してよホント。と、景時は心臓を押さえてみせる。しかし望美はぷぃとそっぽを向いて見ないフリをした。
「私はちゃんと気持ちを籠めた言葉が聞きたいんです!」
「……普段のはダメって事?」
 とほほ。と肩を落とす景時。
「そ、そうじゃなくて! いつでも心を籠めて、真剣に『好きだよ』って言うのを聞きたいんです! たくさん!」
 力説する望美を前に冷や汗を垂らしながら、景時がわずかに後退さる。
「そ、そんなにたくさん言う台詞じゃないんじゃない? ほら、は、恥ずかしいしさ〜」
「大丈夫です。私は恥ずかしくありませんから!」
 何を根拠にしているのか、自信たっぷりに大丈夫と言い張る望美。景時はがっくりと崩れ落ちながら、首を振った。
「……いや、それ全然大丈夫じゃないから。俺的に、全然大丈夫じゃないよ……」
 よく晴れて乾いた空気に、景時の乾いた笑いも響く。ちょうど庭先に下りてきていた雀が、不思議そうな顔で二人を見て首を傾げた。
「……さて。続き続き」
 わざとらしく咳払いをし、景時は取り落とした銃を拾って手入れに戻る。
「えー! もぅ、景時さんってば!!」
 完全に話題を終了させてしまった景時に、望美はむくれた顔をする。しかしすぐに作戦を切り替えることにして、彼の肩へ後ろから腕をまわし抱きついてみた。
「景時さん、お願い!」
 それを優しく受け止めてはくれるものの、景時は頷かない。
「ね〜、お願い〜」
「言いませんー」
「お願いします!」
「また今度ね」
「私、景時さんの事すごーく好きなんですよー!」
「はいはい。ありがとね〜」
 望美をひっつかせたまま景時は銃を磨く。
 夫婦というより我儘な娘とその父のようだが、当人たちはまるで気付いておらず、また気付いても気にしないだろう。
 不毛で親愛に溢れたやり取りをしている二人へ、遠くから呆れた声が降ってきた。
「……何やってるんだ、お前達」
 その声と簀子を渡る足音の方へ、景時と望美は二人揃って顔を上げる。
「あ、九郎。どうしたの?」
「九郎さん。どうしたんですか?」
「……同時に聞くな……」
 近づいてきた九郎はため息をついた。だがすぐに気を取り直して、持っていた土瓶を景時に差出す。
「良い酒をもらったんで、分けてやろうと思ってな」
「そうなんだ。ありがと〜、九郎」
 にこやかに礼を言い、景時は九郎から酒瓶を受け取る。
「──で? 俺の質問には答えてくれないのか? ……あ、いや。やっぱりいらん」
 聞かなくても何となく分かる。呆れた表情のまま自己完結しようとした九郎だが、それよりも早く景時にひっついたままの望美が憤然と口を開いた。
「聞いてください九郎さん! 景時さんってばヒドイんです! 私の事好きって言ってくれないんですよ!!」
「……なんだ、今日は喧嘩か?」
 べったりとひっつきながら喧嘩も何も無いものだが、あまり興味も無さそうに相づちを打つ九郎。
「喧嘩じゃないです!」
「け、喧嘩じゃないよ〜」
 そんな九郎に、望美と景時はまたしても同時に言った。
「……お前達、いったい俺をどうしたいんだ……」
 微妙に噛み合わない会話に、ついつい大きくため息をつく。
「うふふ。あまり真剣に話を聞いてはダメよ、九郎殿」
 ころころと鈴の鳴るような笑い声と共に、奥の部屋から朔が現れた。簀子へ出て陽の光に目を細めつつ、九郎へ目礼をして続ける。
「望美も兄上も、他愛ないやり取りを楽しんでいるだけなのだから。ね、二人とも?」
「さ、朔。別に俺は楽しんでる訳じゃ……」
「そうだよ、私は真剣におねだりしてるんだってば!」
 この期に及んでまだ諦めてないらしい望美が、再度願いを主張するように景時を抱く腕に力を込める。
「……望美、飽きないわね」
 この兄の言葉がそんなに価値のある言葉なのかとでも暗に言うように、朔は呆れた視線を景時に向ける。妹の視線が痛くて、景時は独りごちるように呟いた。
「いや、俺はそろそろ飽きてくれてもいいんじゃないかな〜とか、思ったりするんだけどね〜……」
 望美はそんな彼の頬をむにっと抓ってから朔へ向き直る。
「だって景時さんの声ってイイ声じゃない? そんな声で『好き』って言われるなんて、とっても贅沢だと思わない!?」
 だから言われたいの! 握りこぶしでそう望美は断言する。
「ふふふっ。その辺の主張は、個人の嗜好の違いだと思うわ」
 朔は穏やかに微笑みながら答えた。妹から言外に否定されてしまった景時は、反応に困って空を見上げ笑う。
「何だ。望美は贅沢がしたいだけか」
 その中で一人、九郎だけがどこかズレていた。望美の睨むような視線と朔の苦笑、それに景時の憐れむような視線まで一身に集め、慌てて咳払いをして誤魔化す。
「と、とにかく。用事も済ませたし、俺はこれで失礼する!」
「えっ、もう? お茶でも飲んで行かなくていいの?」
「あぁ、お前達の喧嘩をいつまでも邪魔するのも、悪いからな」
 だから喧嘩じゃないって……と突っ込むのももう疲れてしまい、景時は頬を引っ掻きながら笑う。
 代わりを継いだ訳ではないだろうが、朔も口を開いた。
「それなら、私も二人の邪魔をしていてはいけないわね。折角の兄上の休日なのだし。……少し早いけれど、市にでも出かけてこようかしら」
「お夕飯の買い出し? 私も行こうか?」
「いいえ、付け合わせに良い物を見てくるだけだから」
「そう?」
「ええ。……九郎殿、門までご一緒に。お見送りしますわ」
「ああ、そうだな。ではな二人とも。喧嘩は程々にしておけよ」
 九郎のその言葉を最後に、二人は背を向け行ってしまった。
 見送りに望美と景時は揃って手を振る。九郎と朔の姿が寝殿の向こうへ消えると、辺りが急に静かになった気がした。
 鳥の泣き声と風が木々を揺らす音。日常の音はこんなに閑かだっただろうか。
「…………え〜っと」
 今まで振っていた手を所在なさげに見つめながら、景時は言葉を探す。その手で何となく頬を掻きつつ、わずかに緊張しながら口を開いた。
「えっとね。その……俺、望美ちゃんと過ごす時間も、とっても好きだよ?」
「景時さん?」
 いきなり話題の最初まで戻ったことに、望美は少しびっくりする。首を傾げる彼女の気配を肩口に感じながら、景時はたどたどしく続けた。
「つ、つまりね。俺は洗濯も書も銃の手入れも好きだけど、それは君が傍にいるからより楽しめる事であって、その……。お、俺が何か好きな事をする時には、すぐ傍に愛しい奥方の存在が必要不可欠……と、言いますか……」
 ごにょごにょごにょ。段々と小声になりながら景時は言う。
「……景時さん、今の『愛しい奥方』で何とか誤魔化そうとしてません?」
「う。……ダ、ダメかな、やっぱり?」
 後ろから回された望美の腕に触れながら、言い当てられて景時は情けなさそうな顔をする。望美はくすくす笑いつつ、景時に抱きつく力に愛情を込めた。
「それはそれで嬉しいですけど、ダメです〜」
「う〜ん、やっぱりダメか……」
 でも面と向かって言うのは恥ずかしいんだけどな〜。景時は照れ隠しするように頬を引っ掻く。
「そうだ! そう言う望美ちゃんこそ、俺が好きって言ってって言ったら、真剣に好きって言ってくれるの?」
 お返しを思いついたとばかりに勢い込んで問う景時に、しかし望美は余裕の態度を崩さず答えた。
「……それ、私があっさりと達成しちゃったら、景時さんは余計に困りませんか?」
 余裕の表情でそう返されてしまっては、景時はぐぅの音も出ない。心底困ったような表情で、顎に手を当てて唸った。
「ね、景時さん。そろそろ観念しましょうよ〜!」
 うきうきと弾んだ声で降服勧告をする望美。来たる時に望んだ言葉をより堪能できるようにと、景時に抱きつく腕を解いてその隣に座り直した。
 ご丁寧に正座までして待機する望美に、景時はあぐらの上に頬杖をついて唸る。ちらりと横目で彼女を伺い見ると、頬を染めて嬉しそうに待つ可愛い望美の姿があった。
 唐突に、抵抗していた自分が何だか遠くに行ってしまったような気持ちになる。景時は軽く笑って彼女を振り返った。
「……じゃあ、一回だけね」
「一回? う〜ん。じゃあとびきりイイ声で言って下さい」
「御意〜」
 ここまでくればイイ声も悪い声も恥ずかしさは一緒だ。
 往生際悪くも辺りの人影を確認してから、景時はそっと望美の耳元で囁いた。
「君が、大好きだよ」

 ──のどかな昼下がりのできごと。

 

〜あとがき〜
 いつものごとく会員制サークルに投稿したヤツですが。
 バカップルの話というより、ただの景時バカな話になってしまいました。望美の叫びは私の主張でもあります(笑)
 九郎さんと朔ちゃんが出てきたのはただの趣味です。ポロっと「九朔とかどうかな…」なんて思ってません全然。

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