天露の祝福 時の約束

誕生日に関する価値観が違っているせいだろう。
其の日、あかねが一生懸命に謝ってくることの意味が、友雅には理解できなかった。
誕生日の祝いにと、贈り物をするらしい。それを用意できなかったことを、気に病んでいたらしかった。しかし、友雅にとっては、誕生日(そもそも、誕生日という単語すら、耳慣れないものだった)に祝い事をするなど、考えも及ばぬことだった。
それでもあかねは言った。「あなたが生まれてきた特別な日」と。



「・・・だから、お祝いの言葉だけ、言いにきたの・・・」
申し訳なさそうに、しかし、どこか照れくさそうに言うあかねの姿を、友雅は、目を細めて見つめていた。
「お誕生日、おめでとう。友雅さん」
花が咲きほころぶかのような笑顔だった。頬をほのかに朱に染めながら、あかねは友雅の手を取った。握られた手を、友雅はやんわりと握り返した。そして、あかねの手を引き寄せ、優しく口づけた。
妖艶に微笑む友雅を直視できず、あかねは思わず俯いた。耳まで真っ赤になりながら、忙しく瞳を瞬いていた。


 
この時代、誕生の日を祝うという習慣は無かった。
誰もが、正月(新年)を迎えると同時に、一つ歳をとる。誕生日が特別な日で、祝う日と、日本の文化に定着し始めたのは、戦後からだと言われている。
もっとも、キリスト教の考え方であるからして、平安京・国風文化の只中に身を置く彼らに、「誕生日」を祝う習慣など、ありはしなかった。そのため、あかねが「おめでとう」と言った瞬間、友雅は、その意を理解できなかった。本当に訳がわからなくて、つい素っ気無いような言葉をかけると、あかねは酷く気落ちした様子だった。
本当に意図がわからないと言うと、あかねはたった一言、「生まれたことって、凄いことでしょう?」と逆に問い返されてしまった。
深く考えてみたことはなかったが、確かに子どもが出生したことに対して、「おめでとう」と言うかも知れない。しかしそれが、生まれた子どもに対して言われる言葉なのか、世継ぎを儲けた親に対する言葉であるのか、曖昧である。この時代、ましてや貴族であるならば、後者の方が「祝辞」の理由として明確だった。
「残念だな・・・」
顔を俯けたまま、あかねは呟く。微かに聞えるかどうかの、小さな呟きだったが、友雅は敏感に、その音を耳に留めた。
「何がだい?」
「贈り物できなくて残念だなって思って。何か形に残るものを残したかったのに・・・」
少々含みのある言い方に、友雅は眉を顰める。
 今は京を救うという使命のもと、この世界に留まっていられるが。では、この戦いが終わったのならどうだろう?神子であるあかねは、もとの世界に戻らなければならなくなるのではないのか。
どんなに否定しても、拭いきることのできない不安は、いつでも二人の間に漂っている。それは今、この場面であってもそうだし、どんなに幸せだと思える瞬間でもそうだった。・・・いつかは。そんな遠くない未来に、あかねは彼らの元を離れる時がやってくる・・・。
 あかねが元の世界に戻ってしまえば、二度と逢うことはかなわないだろう。そう、奇跡が起きない限り・・・。
 そんな不安が停滞する中であっても、あかねは、故郷への郷愁を忘れることはできなかった。どんなに虚勢を張っていても、今まで生きてきた、住み慣れ、愛着のある元の世界へ、帰りたいと望んでしまうことは否めない。むしろ、離れる時間が長くなるほど、郷愁の感は強くなっていった。
いつか、逢えなくなってしまうのならば、せめて・・・。あかねの言葉の裏に隠された、本当の意味を、友雅は理解していた。しかし、理解したくないと言う気持ちが強かったため、あえて、沸き起こる不安の感情を押し込めた。
いつものような薄い微笑みを浮かべ、友雅はあかねを引き寄せた。先ほどよりも強く引き寄せられたあかねは、何も言わずに身を任せていた。驚いてはいたが、嫌がる理由を、探し当てることができなかったからだ。
「・・・物はいつか、朽ちてなくなる。それが、どんなものであっても、だ。・・・しかし、信じる想いは、想う限り永遠なるものだと・・・。何故かな、貴女と一緒にいると、そう信じたくなってくる」
響きの良い低い声で囁きながら、友雅の表情は、何時しか真剣なものとなっていた。その言葉は、あかねに向けて問い掛けているというよりも、むしろ、自分に言い聞かせているのではないだろうか。想う心の永遠を、今、心から信じたいと。
 友雅は、平静を装いながら、あかねを抱く腕の力を緩めた。そして、何も言わずに自分を見上げる、あかねの桜色の頬に触れた。
「今貴女がここにいて、私のことだけを見ていてくれる。それだけで、充分なんだよ」
真っ直ぐに合った視線の先に、今にも泣き出しそうな少女の瞳があった。悲しみとも、喜びとも取れぬ複雑な色を湛えたそれは、友雅の心を縛り付けた。硬くなった表情から、一気に緊張の色が抜け、悪戯っぽく笑って見せた。
「それとも・・・貴女の心には、私以外の誰かが、住んでいるのかな?」
友雅の言葉に、あかねは目を見開いた。いつもの冗談であることはわかっているが、それでも、そういう冗談は聞き流せない。
「そんなこと、ありません!私は・・・!・・・私は・・・」
一番聞きたいところで言葉を切ってしまった。残念だと思いながら、友雅は、耳まで赤くなったあかねをあおりたてる。
「私は?」
問いただされて、あかねは下を向いてしまった。
「・・・」
「どうしたのかな?貝のように口を閉ざしてしまって」
堪えきれなくなり、友雅はくすくすと笑い出す。
「もう!友雅さんの意地悪!!」
子どもっぽく頬を膨らませ、友雅に背を向けた。
「おや、嫌われてしまったようだね」
向けた背の向こう側から、忍び笑いが聞えてくる。あかねは、悔しさで瞳をうるませながら、再び、友雅と向き合った。
「誰も住んでいませんから!!」
自分の羽織っていた衣を掴み、唐突に強い口調で言うあかねに驚き、友雅は目を瞬いた。
「・・・友雅さん以外、誰も・・・」
そう言ったあかねの声は、今にも消え入りそうだった。しかし、偽りの音は全くなく、友雅は満足そうに微笑んだ。
「わかっていたよ・・・ああ。そうか」
友雅は思いついたように、笑いを堪えるために、口元に添えていた手を外した。
「え?」
意味ありげな友雅の視線を感じ、あかねは首をかしげた。
「贈り物をくれるというのは、まだ有効かな?」
「え、・・・うん。でも、私何も・・・」
しどろもどろになるあかねに、友雅は妖艶な微笑みを向けた。
「貴女の心を頂こうかな」
言葉の意味を理解できず、あかねは瞳を丸くする。
「貴女の永遠の想いを、私に。・・・嫌かな?」
やっとのことで、言葉の意味を理解したあかねは、嬉しさのあまり言葉を失った。
「・・・はい。喜んで。嫌な訳・・・ないです。凄く嬉しい」
「では、謹んでお受け取りしましょう。光栄です、姫君」
おどけたように言われ、あかねは思わず笑いをこぼした。
 友雅は再び、あかねを自分の方へ引き寄せた。そして、羽織っていた衣を、あかねの頭から優しくかぶせた。
「!」
衣が視界をさえぎり、瞬間、あかねは視力を失ったようだった。その一瞬の闇の中、あかねの唇に、暖かいものが触れた。やわらかく暖かな感触は、友雅の唇だった。
 ほんの短い間の、優しい口づけだった。
 友雅は、あかねの頭に被さった衣を右手でよけた。あかねの視界に光が戻ると、そこには、穏やかに自分を見つめる、友雅がいた。あかねは、釣られるように優しく微笑み、頬を桜色に染めた。
「心をあげる代わりに、約束、してくれますか?」
「仰せのままに」
「どんなに遠く離れていても、絶対に、私のことを忘れないって」
「約束しよう。・・・忘れられるはずもないがね」
言葉を交わす二人の耳に、地面を打つ雨の音が届いた。いつもならば、陰鬱なものでしかないその音も、今の彼らには、優しい音楽のように聴こえた。それはさながら、楽師の奏でる筝の音に似ていた。
 地面を、大地を浄化する清らなる雫は、二人の不安を洗い流すかのようだった。その清らな雫は、天露の祝福。
 心が繋がっている。それが解りあっているだけで、こんなにも安心できるものなのか。こんなにも、優しい気持ちになれるのか。
 心から信じあうこと。それは、全ての奇跡の光を描き出す。幸福の微笑みが、ここにあるように。
 ・・・交わされたのは、時の約束。

《終》

 

《あとがき》
ファンの皆様には、本当に申し訳ないけれど(笑)
ゲームをPLAYしていないので、キャラクターが・・・。マンガもきちっと読んでないから、イメージが・・・。
過去、何度言ったか解らない「言い訳」ですが、文章の場合は、さらにそれを強調したいと思います(泣)紫月的な「友雅」と「あかね」なので、ゲーム中のキャラクターを壊していたならごめんなさい。
もう一つ。「誕生日」について。これもまたまた、夢見る乙女には、現実的すぎるかな〜・・・。(そもそも、三十路越したら、年取るのイヤでしょ(爆笑))
どうにもこうにも、そんなにも私はひねくれ者です。でも、とりあえずは、イメージを壊していなかったなら、幸いです。
つきましては、ご感想を頂けると、激・嬉しいのですが(笑)
水蓮姉、宜しくね〜♪
フォント(?)についてのアドバイスもサンキューでした♪良くわかっていないので、これでも変だったら、適当に直してしまってください♪
とにも各にも、お疲れ様です〜♪

Presented By Shiduki Minase  

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