いつくしみ深き
1 そこに通じる歩道には数十本の桜の木が植えられていて、春は桜の花の名所になっている。 其処はOLやプチマダム御用達のファッション雑誌の撮影のメッカにもなっていた。オープンカフェを挟んだ向こうには、流行の癒しをテーマにした雑貨屋やペットショップまである。 「どうでしょう!本当に素敵な場所ですよね。今年のクリスマスは、恋人とこちらに足を運んでみては如何でしょうか?」 リポーターの言葉に相槌を打ちながら、あかねはうっとりとTVに釘付けになっていた。 「行く!行く!絶対行くよ。」 ソファには座らず、ガラスのテーブルに臂をついて力説するあかねの後ろでくすくすと忍び笑いが洩れて来た。 「姫君はこんな作られた場所で、クリスマスを過ごしたいのかい?」 異世界 京 に天真と詩紋と共に迷い込んで、あかねはそこで唯一の人と唯一の愛に出逢った。 そんなふうに飄々と、この世界で器用に暮らす友雅だったが、目紛しく変わる流行、街、人々には時折眉を寄せたりもしていた。 今、あかねが釘付けになっていたTVのクリスマス特集も、本当の所は下らないと苦笑してしまいそうな番組だった。 「だって昨年行った友達がすっごく素敵だったって言ってたんですよ。家でしても部屋の飾りや料理は作るじゃないですか。それと同じだと思いますけど……。」 遠巻きと自分の好みを否定されたあかねは、少しムッとした表情で友雅を見つめた。 「君が作るものには、想いがこもっているだろう?あそこにはそんな想いはない。企業の金儲けの為の飾りだよ。私は君と二人だけになれるこの部屋で十分と思うのだけれどもねえ。」 そう言ってあかねの頬に手を伸ばして柔らかな肌を撫で下ろす。 自分の魅力を知り尽くしている友雅に、あかねが適う筈もない。 「ねえ、君は私と二人きりでささやかに過ごすのは嫌かい……?」 耳元で蕩けるような甘い声音で囁くと、あかねの背が震えた。 「でもあそこはどうしても行ってみたいんです。今年のクリスマスは休めそうだから、私の好きなように計画を立てて良いって言ったのは友雅さんですよ?」 あかねは以前から友人に、TVに映っていたショッピングモールのことを聞いていた。 「でもTVを見た限りでは、客層は二十代から三十代の大人ばかりだったように思えたよ。君にはまだ早いような気も……」 友雅が皆まで言う前に、あかねが口を挟んだ。 「自分を貶めるような物言いは感心しないね。」 拗ねたように言うあかねを、友雅は驚きにほんの少し目を瞠った。 「…判ったよ。今年のクリスマスはあそこで過ごそう。」 途端に明るく輝いた表情を見て、友雅は更に目を細めた。 放課後の教室に一緒に帰ろうと、蘭があかねを呼びに来た。 「ごめん。今年は友雅さんと出かけるの。」 照れながら謝るあかねに、蘭は不機嫌に目を細めた。 そうして判ったのだ。友雅はあかねのこととなると、常の余裕は消し飛んで大人げなくなると言うことを。 「友雅さんて、あかねがいなくなったらどうなるのかしら?」 京にいた頃、蘭が友雅にそんなことを問いかけたことがあった。 「そうだねえ……。鬼に代わってこの世界を滅ぼしてしまおうかな。」 笑いながら軽口を言う瞳が少しも笑っていないのを見た時、蘭は恐ろしささえ感じた。 ある意味、アクラムよりも危ない存在なのかも知れない。 しかし蘭もあかねが大好きなのだ。孤独から本当の意味で救ってくれたのは、あかねの存在だった。 「そんなこと言って、今年も駄目なんじゃないの?」 昨年のクリスマスは、友雅が仕事で年末年始と海外に行っていた為、あかねは共に過ごすことが出来なかった。 その時はこれ幸いにと、蘭と天真が自宅へと呼んだのだった。 「ううん、でも今年は海外には行かないみたいだから大丈夫だと思うの。」 昨年の森村家のクリスマスは、蘭が3年振りに戻って来てから初めてのクリスマスだった。蘭の両親の本当に嬉しそうな顔が、あかねの心に残っている。 「今年は親子水入らずでした方が良いよ。」 歩きながら蘭が怒ったように前を向いて言った。 「昨年は私と詩紋君がいて大騒ぎしてたから、お母さん達が幸せに浸る暇もなかったと思うの。」 蘭の気遣いに、あかねは嬉しそうに頷いた。 クリスマスも三日後に控え、プレゼントも着て行く衣装も準備万端整っていたあかねの携帯に、友雅から連絡が入ったのは夜に入ってからだった。 「すまない。どうしても私が行かなくては、まとまらない商談が入ってね。これからシンガポールに飛ぶ所なんだ。」 不本意だと溜め息を吐く友雅の向こうで、空港のアナウンスらしい女性の声が聞こえて来た。 「もしかして友雅さん、空港から掛けてるんですか?」 すまない、と声を落とす友雅に、あかねは笑って言った。 「仕方ないですよ、お仕事なんだから。蘭にも誘われていたからちょうど良かったし…。私は蘭の家に行きますから、心配しないで下さいね。」 あかねが携帯のボタンを押そうと親指を上げた時、友雅が掠れた声で呼びかけた。 「あかね……。」 「…………愛しているよ。」 耳元で惜し気もなく紡がれる愛の告白に、あかねは耳まで真っ赤になった。腰が砕けそうになるのをなんとか堪え、自分の精一杯の言葉で返事を返す。 「私も…大好きです。」 プツリ…と通信が途絶える音を聞いてから、あかねは苦笑を洩らした。 「ふふ…、やっぱり蘭の言う通り、友雅さんは当てにならないなあ。」 そうして自分の携帯を傍のベットへと放り投げると、その後を追うようにベットへとダイブした。 だが、今回だけは本当に楽しみにしていたのだ。 そしてそれを見たカップルは、幸せな結婚が出来ると実しやかに囁かれていた。 幾ら子供だと言われても、そんな噂を鵜呑みにする程あかねは単純ではなかったが、恋人達が幸せになりたいと望み、其処を訪れることを聞いて、一度はその光景を目にしたいと思っていたのだ。 階下にいるであろう両親には悟られたくなくて、あかねは顔を押しつけて泣き声をシーツに吸い込ませた。 どれ位、泣いただろうか………。 さすがに息苦しくなって、あかねは仰向けに転がった。 「どうしようかなあ、クリスマス………。」 蘭は電話を遣せと言ってくれたけれど、家族と知り合いのイタリアンレストランに行くことになったと、昨日聞いていた。 蘭の家族とあかねの両親の水入らずな時間の邪魔をしたくないとも思った。かと言って一人で家にいるのも不毛のような気がする。 どうしても行きたかった場所。 友雅さんに私が子供じゃないこと、知って欲しいものね! 続 く |
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