〜雪花抄〜

作者:水瀬紫月 さま

中庭を臨める縁側、寝殿造りと呼ばれる建物の、その中庭は美しく完成された造形を保っていた。今、その美しい庭には、純白の雪が積もり、目映い煌めきを秘めた化粧を施し、人の目を楽しませていた。
 昨夜から降り続いていた雪は未明に止み、空は蒼色一色に染まっている。積雪が音を飲み込み、いつもの喧噪は聞こえてこない。小鳥たちの可愛らしい囀りでさえ、いつもより遠くに感じられた。時折聞こえてくる、軋むような音は、積雪の重みに絶えられなかった枝の音だろうか。やがて、ドサリという音を響かせ、再び沈黙した。
 いつもの和装・・・狩衣を模した山吹色の衣の上に、更に三枚の衣を羽織って、花梨は純白に染まった庭を眺めていた。静かな空気の中、身を切るような寒さも、目の前に広がる美しい風景が、その全てを忘れさせてくれた。まさに、心が洗われるといった感じだろうか。見える白は、あまりにも純粋で、美しいものだった。
「おや、こんな所にいたね」
急に声を掛けられ、花梨は飛び上がりそうな程驚いた。心臓は早鐘を打ち、今にも口から飛び出してしまいそうだった。
 そんな花梨を見て、翡翠は低く笑いをこぼす。
「おはよう、神子殿。驚かせて、すまなかったね」
「お・・・おはようございます」
とんだ醜態を見せてしまった。花梨は耳まで朱に染まり、思わず俯いた。
 花梨は、腰掛けていた階段から立ち上がろうとすると、翡翠がそれを止めた。そして、寄り添うように隣に腰掛ける。
「ここからの景色は、随分と美しいね」
白く化粧を施された庭の美しさに、目を細めながら、翡翠は囁く様に言った。低く、優しい響きを込めた彼の声は、耳に心地よかった。
「はい。だから私、ずっと眺めてたんですよ」
息を弾ませて花梨は言う。
「真っ白でキラキラしてて、凄く綺麗・・・」
うっとりとしたように瞳を細める花梨を見て、翡翠は思わず微笑した。無邪気に感激を露わにする花梨の姿は、幼い様で、しかしその純粋さが、可愛らしい。
 自分の横で、笑いをかみ殺している翡翠に気づき、花梨は瞳を瞬いた。
「私・・・何か変なこと言いました??」
「いや、そういうことではないんだけどね」
「?」
花梨は不思議そうに、翡翠を見上げる。そして、翡翠が言葉を紡ごうとしたとき、唐突にそれは遮られた。
 ドサリ。
 重たい音が、二人の聴覚を刺激した。瞬間、花梨は思わず翡翠の衣を掴み、首をすくめた。視界の微か横を、白く大きな影が落下した。それが何か、認識出来ずに、花梨は一瞬恐怖の表情を見せた。
 「怖がらなくても平気だよ、神子殿」
 花梨は瞬間、我に返った。自分の身に何かが起こった訳でもなく、顔を上げた視線の先には、先ほどと全く様子の変わらない翡翠の姿がある。
 「屋根の雪が落下しただけだよ」
 言いながら、翡翠は白い庭を指さした。そこには、雪で創られた、小さな山がこんもりと盛り上がっている。宙には未だに、粉雪が舞っていた。その粉雪に反射した光が、きらきらと眩しかった。
 「はぁ〜・・・。驚いた」
 安堵の溜息を吐きながら、花梨はきつく握っていた手を緩めた。
 「本当に君は可愛いね」
 翡翠は笑いを含んだ声で言った。花梨はまた、驚いたように瞳を瞬く。
 「表情がくるくると変わって、話していて本当に飽きないよ」
 からかうような物言いに、花梨は眉を顰める。確かに自分は子どもっぽいところがあると自覚しているが、そこはまだ高校生である。あか抜けないのは仕様のないことで、自分でも気にしているところだった。それを遠回しに指摘されているようで、花梨はいたたまれない心持ちになった。
  少しずつ曇っていく花梨の表情を、翡翠は見逃すことはなかった。花梨の表情を曇らせるような事を発言した覚はないが、翡翠はなんとなく、花梨の落ち込む理由がわかるような気がした。
  翡翠は花梨の頬に触れた。冷たい空気に触れ続けていた彼女の頬は、氷のように冷たかった。
 頬に急に暖かいものが触れ、花梨は驚いて顔を上げようとした。しかし、翡翠がそれを制止する。
「動かないで」
耳元で囁かれ、花梨は言葉も無く硬直した。頬に触れていた手を離し、翡翠は優しく彼女の前髪に触れる。
「あの・・・」
やっと出た声は、恥ずかしさのあまり掠れていた。極近いところで、優しく微笑んでいる翡翠が見えた。
「君の前髪を、白雪が飾っていたからね。そのままでも綺麗だけれど、君が風邪をひいてしまっては、大事だから」
先刻、屋根から落ちた積雪が舞上げた粉雪が、花梨の前髪にまで降りかかってしまっていたらしい。
「あ・・・有り難うございます」
花梨は高鳴る心臓の音を、必死に押さえようとした。しかし、それは無駄な努力に終わった。何か話さなくてはと、必死に思考を巡らせる暇もなく、強い力が、彼女を持ち上げた。
「きゃぁ」
素っ頓狂な声を上げて、花梨は瞳を瞬いた。瞬間、何が起こったのか、状況がつかめずにいたのだ。
「随分と身体が冷え切っているね、神子殿。そろそろ、部屋へ戻らなくてはね」
花梨を抱えている彼の腕には、ぬくもりが伝わってくることはなかった。それが、花梨の身体が冷え切っていることを意味する証拠だ。
「は・・・はい。あの・・・自分で歩きますから・・・」
居心地が悪そうに、花梨は小さく身じろぐ。降ろして欲しいと、訴えると、それは無言のうちに却下された。花梨の意と反して、翡翠は彼女を抱えたまま、室内へと歩を進める。

 室内は、ほんのりと暖気を帯びていた。世話付きの女房が、火鉢に炭をくべてくれていたようだ。
 翡翠は、花梨を優しく火鉢の前へと降ろした。あんなに恥ずかしいと思っていたのに、ふと無くなった温もりに、花梨は少々寂しさを覚えた。
「ありがとうございました」
儚い微笑みとともに、花梨は軽く会釈をする。
「泣きそうな笑顔だね。どうかしたのかい?」
「え?」
翡翠の言葉の意味を飲み込む前に、花梨は強く腕を引かれ、転びそうになった。驚きと共に、小さな悲鳴が響く。
「そんなに、私に抱かれていたいのなら、いつまででもこうしていてあげるよ」
「あのっ?え・・・え?」
からかうように、低い笑いを零しながら、翡翠は花梨の顔を、自分の顔の側に引き寄せた。
「可愛い人、このまま連れ去ってしまおうか?」
そのまま翡翠は、花梨の額に口づける。
 あまりの事に言葉を失った花梨は、そのまま頬を真っ赤に染めて、固まってしまった。何をどう、言って返したら良いのか、思考が回転しないため、思いつかなかった。
 自分の腕の中で、微動だにしなくなってしまった花梨を見ながら、翡翠は一つ、溜息を吐いた。
「冗談だよ。君を連れ去ってしまったら、紫姫が泣くだろうからね」
女性の涙は苦手だと、翡翠は苦笑を浮かべた。そして、それまで真っ直ぐに花梨を見つめていた瞳を、不意にそらす。
 刹那、彼の瞳に、悲しさとも思える色が見て取れた。
 花梨はやっと我に返り、翡翠の衣を掴んだ。
「私・・・神子として、まだやらなきゃならないことが沢山あるの」
強く握られた衣と、花梨の突然の言葉に、翡翠は瞳を瞬いた。
「それに、皆の協力がないと、京を救えない・・・」
花梨は恥ずかしそうに俯いた。
「大好きな翡翠さんと出逢わせてくれた、この京を救いたい・・・」
だから・・・と言葉を紡ごうとする彼女の声は、微かに震えていた。感情がたかぶっているせいか、その瞳は、涙に潤んでいるように見える。
「・・・だから、私の側にいてくれますか?」
花梨を静かに見下ろしながら、彼女の肩に両手を乗せた。
「まるで愛の告白みたいだね?・・・私は期待していいのかな?」
言う声は穏やかだった。心地よい低音の声を耳元で聴き、花梨はくすぐったそうに俯く。そして、ためらいがちに、小さくうなずいた。
「・・・貴女の御心のままに、可愛い人」
翡翠は優しく微笑み、花梨の頬に触れる。そして、花梨は自分の頬に触れる翡翠の手に、自分の手を重ねた。
「この、冴ゆ星を湛える瞳に誓って、貴女を護ろう・・・ずっと」
 
 雪の冷たさと外気の寒さで、冷たくなった身体は、いつの間にか温かさを取り戻していた。
 そして、身体以上の温かさを、心に帯びて、二人は微笑みあった。
「全てが終わったら、私を連れ去ってくれますか?」
無邪気に微笑む花梨を強く抱きしめながら、翡翠は少々照れた様に微笑んだ。

 

〜あとがき

ゲーム終了から、半年以上。もうすでに、キャラの感覚忘れてる〜♪
こんにちは、紫月です!前回と似たようなお話になってしまいましたが、ま、同じ作者が書いたものと考えて頂ければ、そんなに不思議なことでもないと思います。

と、言うか、我の強すぎる女子か、大人しすぎる女子ばかりしか作れないようで・・・。どうも、この花梨さん、大人しい子気味ですよね?本当は、もっと元気ッコさんなんだと思いますけど。どうなんでしょう?
なにはともあれ、一寸でも楽しんで頂けたならば、幸いでございます。

BACK

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送