月 花
空が闇色に変わり、龍神の神子たるあかねの周囲から人が下がった頃、あかねは一人部屋の外で空を眺めていた。 まるで明かりのないところで見る月は、記憶にあるよりも眩しく、そして大きく見えた。 ------綺麗だけど、なんだか独りで自己主張してるみたい・・・・・・。 そんな風に思える月からなんとなく目が離せずに、それからしばらく眺め続けていると、足音が一つ、近づいてくるのが聞こえた。 ゆっくり、静かに近づいてくる足音。音が近づくに連れて、その持ち主の姿がぼんやりと見えてくる。月明かりだけでは暗くて、もっと近づかなければ顔まではよく見えないけれど。 「おや?そこに居られるのは、月の姫君かな?」 足音の主が、思わぬところで出会ったことへの驚きを含んだ声で呼びかける。 「こんばんは、友雅さん。待ってたんですよ」 座った体勢のまま、顔だけを近づくシルエットの方に向けて、にっこりと微笑んだ。 「待っていた?」 今夜ここに来ることを伝えた覚えはないのだが・・・。 疑問を抱きながら、あかねの隣にそっと腰を下ろす。 腰を下ろしたのを確認するように、落ち着くのを待ってから、あかねが「そうですよ」とどこか嬉しそうに答えた。 暗闇に顔がよく見えなくても、その声だけであかねが楽しそうに笑っているのが手に取るようにわかる。そしてそれがあまりに可愛らしくて、その肩をとらえようと腕を伸ばそうとした。 あかねは友雅の腕には気付かず、でも何かとっておきの種明かしでもするみたいに、くるっと友雅の方に身体を向け、身を乗り出す。 「昼間、友雅さんが、今夜は満月って教えてくれたでしょう?だから、もしかしたら私の所に来て一緒に月を見てくれるんじゃないかと思ったんですっ。でも本当に来てくれるなんて、私ってすごいかもですね!」 なるほど、と友雅もやっと納得がいく。同時に、目の前で笑顔を見せるあかねに不覚にも感動してしまって、今度こそ彼女の肩に腕を回し、自分の方へ引き寄せた。 「それは光栄だね。まさか姫君が、私を待っていてくれるとはね」 腕の中に収めたあかねの頬に、空いた手の指先でちょん、と触れて囁く。 間近に見つめられ、突然頬に触れられて驚いたのか、なんとかもう少し距離を保とうと試みるあかねだったが、思いのほか友雅にがっちりと抱き留められていてそれも叶わない。 「・・・もうっ」 降参を呟くと、友雅も満足そうに微笑んだ。 「でも友雅さん。よくここまで来られました」 身体を友雅にぴったりと預けたまま、真上にある友雅の顔を見上げて尋ねる。 「ああ。星の姫君はよっぽど神子殿が心配らしい。これでも苦労したんだよ?」 だからもう少し労っておくれ、と耳元で囁いて、今度は両腕で包み込んだ。 あかねもすっかり諦めて、はにかむように笑いながら、大人しく胸に収まる。 だが程なく、これじゃあ月が見えないという苦情のために、友雅はしぶしぶあかねを後ろから包む形に抱き直した。 「ねえ友雅さん?どうして私が月なんですか?」 花にたとえる、というのなら分かりやすいのだが、月というたとえはあまり耳にしない。だが友雅はしばしば自分を月だと言う。 「気になるかい?」 すぐ後ろで、ちょっとした隠し事をほのめかすような口調がどこか楽しげだった。 「気になります」 ちょっとだけ振り返って答えを待つあかねに「じゃあ、教えてあげようか」と少しもったいぶって、あかねの瞳を覗き込んでやる。 「強いて言うなら、私が恋したからかな」 愚かな男ほど、月に惹かれるものだからね・・・。 囁くような甘い声がとても近くで、言葉をのせた吐息が頬にかかる。 あかねは頭に血が上るのをはっきりと感じて、思わずわたわたと顔ごと視線を彷徨わせる。 友雅はたびたびこんな風に抱きしめたり、微笑んだりしてくれるが、こうして眼をあわせて、間近で囁かれるのはどうしても慣れない。 「おや、つれないね。この答えでは、姫君はご不満かい?」 明らかにからかう響きの台詞に、再び「・・・もう」と拗ねて見せながら、自分はいつだってこうやって恋していくんだろうな、とぼんやり思った。 これからもずっと、この人だけの月でいたい、とも。 「私が月なら、友雅さんは太陽ですね」 この暖かな想いを抱かせてくれるのは彼だから。 不思議そうな顔をしているのが見なくても分かったが、あえてすぐには続けずに元通り友雅に背中を預けて月を見上げる。 「月があんなに綺麗なのは、太陽が光を分けてくれるからなんですよ」 知ってました?と弾む声で呼びかけられる。 花のよう、などと愛でてやると頬を染めたり甘えたりする娘たちは何度も見てきたが、こんな風に返されたのはこの少将の人生の中でこれが初めてだった。 「夜は、太陽の姿は見えないけど、月にだけは光が届くところにちゃんといてくれて・・・」 話し続ける彼女の声が、歌声のようにゆっくりと胸に届く。 聞いたことも、ましてや言われたこともない言葉。 この自分が、太陽だと。 「ちゃんと、同じ空の上にいて・・・」 自惚れても良いのだろうか。 自分だけが、この月の輝きを生み出せるのだと。 「・・・なんて、ちょっと私には似合わない言葉だったかな〜」 照れ笑いを浮かべながらくるりと振り向く姿が、たまらなく可愛らしく、愛おしい。 「友雅さん?」 黙ってしまった自分に、不思議そうに目を向ける様子を見て、思わず見とれていたことに気付く。だからそのまま、あかねを強く抱きしめたのはとても自然なことに思えた。 「とっ、友雅さん??」 「・・・では、今度月の下で逢うときも、私のためだけに輝いてくれるね」 私の、腕の中でね。 半分は息のような、少しかすれて低く囁かれた声が、あかねの全身を震わせる。 何を言われたのか分からなくなり、友雅に触れている背中や腕や手がやけに熱く感じられる。 そんな、今のところ静かに動揺している彼女の心中を知ってか知らずか、次の瞬間友雅の唇があかねのそれを掠めるように塞いだ。 「良いお返事をいただきましたよ、姫君」 放心したようにも見えたあかねの表情を都合良く解釈して、身勝手な自分への苦笑をほんの少し含ませながら笑った。 月明かりの中でも分かるほどにあかねはみるみる頬を朱に染め、上手く言葉の出てこない口をぱくぱくさせて抗議した。 そんな姿もやはり愛おしい。 だから額をつき合わせるくらい間近で、微笑んでやる。そうするともっと可愛い反応をしてくれるし、何より自分の目にはあかねが、あかねの目には自分しか映らないから。 半分パニック状態のあかねが、再び友雅の腕の中で大人しく月を眺められるようになったのは、それからしばらく経ってからのこと。 |
管理人感想 うふふふふふふうふうふうふふ……(危険過ぎ) |
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