+ LOVE 定額 +

土浦と香穂子の場合
 枕元の携帯が鳴りだし、土浦は雑誌をおろしてそれを取った。
「どうした〜?」
 仰向けに寝転んでいたせいでどことなく眠い。すこし間延びした声で応えると、まどろみを粉微塵に吹き飛ばすような元気な声が聞こえてきた。
『ねぇねぇ土浦くんテレビ見た!?』
 あまりに溌剌なその声に、土浦はちょっと受話器を遠退ける。
「見てねぇ。テレビって……なんかやってたか、今日?」
『えぇっ!? 見てないのぉ!?』
 スピーカーを震わすほどの声に、土浦は今度こそ手を突っ張って、受話器との距離を確保した。
「──ったく、静かにしろって。いま夜だぞ」
『あっ、ゴメン〜』
 我に返ったらしい香穂子の声が、急に小さくなる。土浦は携帯を元の位置に引き寄せた。
「で、いったい何がどうしたんだ?」
 眠気は完璧に吹っ飛んでしまった。やれやれとため息をつきながら、土浦はベットの上に座りなおす。
 土浦が、面倒くさそうにしながらも話を聞いてくれるようだと感じ取った香穂子は、嬉しそうな声で──しかし最初よりは静かに──話し始めた。
『あのね、さっきポーダフォンのCMをやってたの〜』
「へぇ、で?」
『でね、特定の相手との通話やメールが月315円の定額になるサービスが始まるんだって♪』
「……で?」
『キャッチフレーズが「あなたの一番愛してる人を決めておいて下さい」なの!』
 香穂子の声はどこまでもご機嫌で、曇りがない。
 トコモユーザーの土浦は、なんだかちょっとイヤな予感がした。
『一番って言ったら、そりゃあ一人しかいないよね〜!』
「ちょ、ちょっと待て、香穂」
『うん?』
「それはポーダフォンのCMなんだよな?」
『うん!』
 と頷くポーダフォンユーザー。
「……言っとくが、ポーダフォンにかえる気はないからな」
 先手をとって、土浦はガードを繰り出した。
『えぇ〜!!』
「えぇ〜じゃない! たかだか定額のためにかえられるか!」
 土浦家はトコモ一家。たいして携帯にこだわりはないが、ないからこそ、社種がえなどしたくない。第一手続きが面倒だ。
『なんで〜! 土浦くんがポーダフォンになってくれれば、どんなけ話したって何回かけたって315円だよ!?』
「それはそれで魅力だとは思うが、別にそんなに話さないのに申し込んだってイミ無いだろうが」
 彼氏彼女はさきほど反省したのもすっかり忘れ、「かえて」「かえない」という子供のケンカような言い合いを繰り広げていた。
 ずっと終わらないかに思えた舌戦は、急に弱気な声の彼女の台詞に、打ち切られる。
『……なんにも気にせず、土浦くんと電話したかっただけなのに……』
「香穂……」
『別に今だって電話に不自由してるわけじゃないけど、でも「一番愛してる人」っていうのに土浦くんを登録できたら、なんだか、何にも縛られないで土浦くんの声を聞いていいっていう……許可みたいな気がして……』
 ──ったく、可愛いこと言うなよ。
 土浦は内心で苦笑しながら、なら、と聞いた。
「なら今話してんのは、何かに制限されてんのか?」
『えっ?……されてない。あっ、ときどきお母さんにいい加減にしろって言われる』
「そりゃな、それこないだの1時まで話してた時のことだろ?」
 笑いながら言う土浦に、受話器の向こう側で香穂子が頷いた。
「それは定額になったらもっと言われるんじゃねぇの?」
『……う〜ん、確かに』
「だろ? それになんでもかんでも電話で済ますようになったらどうするよ? 全然会わなくなってさ?」
『そっ、それはヤダっ!』
 あわてて否定す香穂子に、土浦なニッ、と笑った。
「上等! ならさっそく、明日どこか行くか?」
『行きたい! あ、あそこがいいな! こないだできた中華街の!』
「了解。なら、11時くらいに駅でいいか?」
『うん!……あの、土浦くん……』
 一段落してから、恥ずかしそうに香穂子は言った。
「ん?」
『ごめん……ね。いきなり電話しちゃって』
 とんでもないこと押しつけようとしちゃって。
「いいさ、そのおかげで明日お前と会える」
『土浦くん優しいね』
「当たり前だ。今さら気付いたのか?」
『も〜。誉めるとすぐこれなんだから』
 ぷくっと頬を膨らます香穂子の姿が想像できる。
 でもどれほど鮮明に想像できても、実際に見たほうがいい。
「じゃあ明日、な」
『うん、明日。おやすみ』
「おやすみ」
 二人の通話料は定額じゃない。お互いを想い合う心と一緒で、きっと無限大なんだ。

 

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