+ LOVE 定額 +
ヒノエと望美の場合 |
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携帯電話を手に手持ちぶさたにしている望美に、声がかけられた。 「何してるんだい? 姫君」 声の主はヒノエ。よく聞き慣れている声なので、望美は驚くこともなく振り返った。 「あ、ヒノエくん」 「なにを持っているんだい。それは?」 「コレ? 携帯電話って言うの」 ふたをパカパカ開けて玩んでいた手を止め、ヒノエによく見えるようにかざす。 興味津々といった風で、ヒノエは携帯を受け取り、眺めはじめた。 「お前の世界の物なのかい?」 「うん。いつもスカートのポケットに入れていたから、こっちにも持って来ちゃったみたい」 この世界で通話やメールができるわけではないけど、電池が残っている間は起動できる。なんとなく元の世界が懐かしくなったときに、望美は携帯の電源を入れて、弄ってみたりするのだ。 「へぇ、不思議なものがあるんだね。これはどういう道具?」 「えっとね、遠くにいる人の声を、届けたり送ったりするの、瞬時にね」 「文みたいなもの?」 「似てるけど、ちょっと違うな。あ、でもメールっていうのを使えば、同じような感じになるよ」 それから望美は通話の説明だとかを色々、ヒノエの求めに従ってたくさん話した。 「あ、でもね、携帯電話で通信するのは携帯会社と契約してないとできなくって、その契約代金がさ〜、とってもお金がかかるんだよ〜」 友達とかと電話やメールをしていると、あっという間に使用料が大変なことに。 苦笑しながら言った望美は、あ、と気づいたような顔をした。 「どうした?」 隣に座ったまま覗きこんでくるヒノエに、望美はちょっと顔を赤くして首を振った。 「ううん、ちょっとね。ヒノエくんが私の世界の人だったら、契約したのになって」 「契約? 何に?」 「えっ……? は、話さなきゃダメ? 恥ずかしいんだけど」 上目使いで見つめてくる望美に、ヒノエはにやりと笑って促した。 「当たり前だね。ここまで興味を持たせておいて話さないなんて、お前は罪な姫君だよ。オレとだったら契約するなんて、気になる言葉だね」 ま、どうしても嫌なら、聞かないけど。などとヒノエは言うが、その瞳が面白そうに圧力をかけてくる。望美としても嫌なわけではない。ただ恥ずかしいなと思っただけだ。 望美はおずおずといった風に、口を開く。 「あのね、私が使ってた携帯会社の契約の種類にね、定額制のものがあって──定額ってのはつまり、いくら話してもメールしても一定料金ってことなんだけど。……それがね、誰か一人だけ選んで、その人との通話やメールだけ、いくら使っても安いってプランがあったの」 自分たちの世界の言葉を説明しながらなので、ちょっと説明しにくい。それでも望美は、なるべくヒノエに解りやすいようにと言葉を選んで説明した。 「その契約のCM──宣伝のあおり文句が『一番愛している人を決めておいてください』だったのね。名前がLOVE定額……」 「らぶ?」 「あ、愛、って事デス」 だんだん核心に近づいていたので、望美がますます頬を染めながら言う。 だいぶ話が読めてきたヒノエは、だがそれに気づかないフリをして、面白そうに望美を促した。 「それで? オレだった契約って、どういうこと?」 「……もぅ、わかってて言ってない?」 「さぁ? 望美の世界の事は難しくて、オレには皆目見当もつかないね」 絶対ウソだ。 そうは思ったが、話途中でやめるのも微妙な感じがして、でもやっぱり恥ずかしいので、望美はいささか怒ったように、最後の言葉を言った。 「だから! ヒノエくんが私の世界の人だったらっ、私はヒノエくんを契約の対象にしたのになってコト!!」 そう言ったっきりプイと横を向いてしまったが、ヒノエはひどく温かな気持ちが自分をくすぐるのを感じていた。しらず幸せそうな微笑みが浮かぶ。 「わっ!」 そっぽ向いたままの望美を優しく引き寄せて、ヒノエは腕の中に包み込んだ。 「ねぇ、そのらぶ定額とやら、望美はまだ使ってないんだろう?」 「えっ? ううん、使ってるけど?」 「なんだって?」 自分の答えを聞いた瞬間体を強張らせたヒノエに、望美は失敗したという風に頭をかかえた。 「……やっちゃった」 ものすご〜く小さく呟いた声は、幸いな事にヒノエには聞こえなかったようだが、そんなのは些細な事のように恐い顔をしたヒノエが望美をにらんでいた。 「望美、聞き間違えじゃないよな? その「一番愛している人」を決める契約を、もう使っている? 誰と?」 先ほど「ヒノエくんだったら契約したのに」といった唇で、誰と契約したんだ。 表情は、分類するならかろうじて笑顔という分類の隅っこに引っかかってなくも無いが、ものすごく恐い。 望美は答えたくなかったが、とても許してくれなさそうな雰囲気のヒノエに、小さく答えた。 「…………ゆ、譲くんです」 「譲!?」 なぜあいつなんかと!? 愕然としたヒノエの声。 望美は慌てて弁解するように付け足した。 「ででででも使わないと勿体ないな〜って思ったしっ、それに将臣くんはドコモで契約できなかったしっ、お、幼なじみだからよく連絡とるから〜……」 弁解すればするほどヒノエの額に青筋が立つ。 望美はどうすればいいのかわからなくなって、泣きそうな声で叫んだ。 「それにっ、好きになる人が時空の向こう側にいるなんてわからなかったんだものっ!!」 その言葉にはっとして、ヒノエは我に返った。 自分を落ち着けるように、大きく息を吸って、吐く。 「……その言葉、できれば違う場面で聞きたかったね」 「えっ?」 望美は気づいてないらしいが、望美に「好きな人」と言われたのは初めてだったりする。普段は違う表現だったりして、はっきりと「好き」と言われた事がないのだ。言わせようとしても、恥ずかしがって言ってくれないし。 情けないことに、それでも嬉しいと思ってしまうほど、自分は望美に溺れているが。 ヒノエはため息をついて、変に力んでいた体から力を抜いた。 それを感じたのか、不安そうに見上げていた望美の唇から、ほっとした吐息が漏れた。 「まったく、オレにここまで我を忘れさせるなんて、後にも先にもお前だけだね!」 ちょっとヤケっぱちに叫ぶと、望美はますます解らないという顔をして首を傾げた。 男心がまったく解っていない。 またため息をつきたくなったが、同時になんだかおかしくなってきてしまって、ヒノエは笑った。 そうして今度は、望美を優しく抱きしめる。 「その契約さ、取り消しすることはできないのかい?」 「えっ? で、できるけど、この世界じゃ無理かなぁ。携帯会社がないと」 それ以前に、この携帯使えないんですけど。 「そっか」 「あの……ご、ごめんね?」 「なんで謝るんだい?」 おずおずと謝ってくる望美に、ヒノエは苦笑いを返した。これは自分が勝手に嫉妬ちをやいて、勝手に怒っただけだ。一応、望美に非はない。 「でも、やっぱり私が原因のような気がするから……。だから、ごめんね」 そう言って望美は、自分の腰に回されているヒノエの手に、自分の手を重ねた。あたたかな温もりが伝わってくる。 心底すまなそうに自分を見上げてくる望美に、ヒノエはふっ、と笑った。 「本当にすまないと思ってるなら、一つオレの望むものをくれよ」 「えっ? い、いいけど、何?」 どんな無理難題を吹っかけられるのだろうかと、望美の瞳に警戒の色が浮かぶ。 「あ、私にできることにしてね。携帯壊せとかはダメ」 「……オレを何だと思ってるわけ、望美は?」 「あ、いや、その……あはは」 ごまかし笑いを浮べる望美の頬に口付けを一つ落して、 「その携帯会社がないならさ、オレに契約してよ。その「一番愛している人」を決める契約」 「でも、別に一番愛している人を契約するわけじゃ……」 「嫌?」 そう言って見つめてくる瞳は紅くて、吸い込まれそうだった。 望美は自分でも気づかないうちに、言の葉を紡いでいた。 「嫌じゃない」 「なら契約してよ」 「うん。する……」 背中から抱き寄せられている姿勢を解いて、望美は体ごとヒノエへ向き直った。 「私が一番愛している人は、ヒノエくんなの。この先ずっと。──これはもう、解約しない」 少し恥ずかしそうにはにかんで、しかし望美ははっきりと言った。 こっちが照れてしまうくらい真っ直ぐに見つめられて、ヒノエは珍しく照れくさそうにしながら微笑んだ。 「光栄です。オレの姫君」 契約書はないけれど、お互いの心に真名のサインを刻み込む。 いつか携帯の電池が切れてしまったとしても、二人の間の契約は、いつまでも有効であることだろう。 |
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