心の涙
「私の元へいて欲しい」 そう泰明に言われて、あかねは悩んでいた。 彼のことは好きだ。ともに生きたいと思う。 しかしそれには、あきらめなければいけないものが多すぎた。 神子としてすごす間に多少は慣れたが、現代の常識との相違に、戸惑うことも多い。 それに、両親や友人と会えなくなるのがつらい。 この世界に来たことは、必然であったとしても突然だったので、もしのまま残るとしても、もう一度会いたい。別れを言いたい。 しかし、一度戻れば再びこの世界に来ることはできない。だから、決められない。 「本当にどうしよう……」 あかねは室の中でひざを抱えた。 「でも泰明さんと別れるのはいや。せっかく思いが通じたのに・・・」 あかねはため息をついた。室の中に静寂が降りる。 「……散歩にでも行ってこようかな」 あかねが向かった先は北山だった。 かつて、泰明と一緒に来た場所。 あかねは天狗の木の下に座り込んだ。 「……」 そのとき、頭上からこえが降ってきた。 「ふむ。我が子の思い人は、悩みを抱えているらしいの」 「!!」 「久しいの。神子。京を救ってくれて、礼を言いたいと思っていたところじゃ」 天狗は、あかねの上。枝の分かれ目に座っていた。 「天狗さん……?」 「ああ、姿を見せるのは初めてじゃったかな?」 「はい」 「わしが恐ろしいか?」 「いいえ。…なんだか優しい感じがします」 それを聞いて天狗は、うれしそうに目を細めた。 「ははは、うれしいことを言ってくれるの。神子、鬼の一件は本当にごくろうじゃった。迷える怨霊も、いなくなったようだしの」 「そんな…私は何も……。みんなが頑張ってくれたから」 「それにしても、何か悩んでいるのであろう? わしでよかったら、話してみい」 あかねは黙った。天狗もそれ以上は何も言わず、沈黙が降りた。 「……泰明さんに、京に残ってほしいって、言われたんです」 「ふむ、泰明はおぬしを好いているようだからの」 あかねは赤くなった。 「でも、私悩んでて…。泰明さんと一緒にいたいけど、でも親とか友達とかにも会いたいんです。だから……」 天狗はひげをなでた。 「どちらにも決められないんじゃな。そういうことも、たまにはあるよの」 天狗は木から降りてきて、あかねの前に立った。 「話してもらって何だが、わしでは力になれん。つらくても自分で決めないと、後で必ず後悔する」 あかねはうつむいてしまった。 「本当は……答え、出ているんです。家族と別れることは出来ないもの。・・・でも、泰明さんを残していくのはつらいから……」 「……我が子を、心配してくれるのじゃな。大丈夫じゃ。あれはまだまだ子供だが、おぬしが違う世界の人だということを、ちゃんと分かっておる。心配ない。おぬしはおぬしの決めたとおりに行くがよい」 あかねの目から涙があふれた。 天狗があかねの頭をなでる。 「……ありがとう…ございます」 じゃあ、失礼します。と言って、あかねは帰ることしにした。 天狗は、帰るあかねの後姿を見送りながらつぶやいた。 「聞いておったのか?」 「……」 木の陰から泰明が出てきた。 「…神子の気がとても乱れていた。…心配になった」 二人は黙った。 沈黙を破ったのは泰明だった。 「…神子は私が嫌いなのだろうか?」 「自分ではどう思うのじゃ?」 「……嫌われては…いないと思う。しかし…」 泰明は一呼吸おいた。 「私と共にはいられないのか……? 私より家族が…」 「おぬしは晴明と別れなければいけないとしたらどうする?」 泰明はしばらく考えて、 「見当もつかないお師匠の傍を離れるなど…」 「神子にも同じ事が言えるのであろうな。たとえ人を好きになったとしても、そういうものだて」 「……」 泰明はあかねの消えていった方向を見つめた。 「離れたくはないのだが……。しょうがないことなのか……?」 天狗は答えない。それが、泰明自身に向けられた質問だということが分かったからだ。 「神子……」 北山を離れたあかねは、神泉苑にも寄ることにした。 ここにはアクラムの作った、現代への道がある。 現在この道はとても不安定で、あと一回使ったら壊れてしまうだろうと思われた。 だから、戻って来れない。 「神子……」 あかねの背中に声がかけられた。 「……泰明さん……?」 振り向いた先には泰明が立っていた。こちらを見ている。 「答えを、聞かせてほしい」 「こ、答えって、残るかどうかの?」 泰明はうなずいた。そのまま、顔を上げなかった。 「…………ごめんなさい。やっぱり帰りたいの」 「そうか……」 そして、沈黙。 「あの、でも泰明さんのことは好きです。大切に思ってる。けど……」 けど……。 あかねの声は小さくなって、やがて消えてしまった。 泰明は顔を上げた。 「その…ごめんなさ…」 「帰れ。…おまえなど必要ない」 あかねの言葉を消し、そう言った。顔をそらして。 泰明はそのまま、背を向けて歩き出してしまった。 「泰明さん……」 あかねの声が背中にぶつかったが、泰明は振り返らなかった。 その後あかねがどうしたか。泰明は知らない。 ただ、人づてに帰ったとだけ聞いた。 晴明の邸の自分の部屋で、泰明は静かに涙を流していた。 「心を持つというのが、これほどにもつらいことだとは。しかし、それでも私は神子に会えてよかったと、心を持てたことを嬉しく思うのだな……」 京の都は、とても晴れていた。彼の思い人のような、すがすがしい青空だった。 |
〜 あとがき 〜 あらためて読みなおすと、ひでぇ話だ(爆) この話は水蓮の入ってるサークル「晴れ時々水虫」に投稿した話です。 会報が発行になってから、会員様から反響をいただきまして、続編まで書いてしまいました。 一応各話完結です。 続編は、お読みになりたい方のみお読み下さい。 |
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